【そのまた1週間位前の話】
「姉さま。由佳姉さま。」
「何よ咲野。」
ぺたんと絨毯の上に座り込んでいる咲野に声を返す。
一番仲の良い後輩だった咲野が拓郎様の所に行ってからもう数ヶ月になるが
咲野は今でも時間があるとこうやって私の所にちょくちょくと遊びに来てくれる。
メイドの仕事は通常考えられているよりも遥かに忙しい。
他の家に行ってしまえば会えるチャンスなど普通は殆ど無いものだ。
それなのに咲野は今もこうやって私の部屋でのんびりとお喋りをする位の時間を貰えたりする。
咲野の顔は柔らかく、そして穏やかなままだ。
咲野は良い所に行ったのだと、そう思う。
「この本、借りていっても良いですか?」
「いいよ。っていうかもう読み終わったからそれあげるよ。」
咲野は私がこの前買ったMaiMaiという雑誌をぱらぱらと捲っている。
私達の仕事は家の中にいる事が多いからちょっとした空き時間なんかの為に雑誌を読む娘が多い。
咲野が読んでいるMaiMaiはちょっとした仕事の工夫の記事だけでなく、
メイド服の着こなし方とかちょっと洒落た礼儀作法についてだとか
ファッション性のある記事なんかも多くて若いメイドに人気の雑誌だ。
咲野はここにいた頃はたしか真面目な月刊メイドマガジンしか買っていなかったはず。
メイド長なんかが好むような伝統的な仕事方法の特集満載の雑誌だ。
辞書みたいな分厚さと辞書みたいな内容に定評があって、ページを開くと辞書みたいに字で埋め尽くされており
辞書みたいに内容が難解だから若いメイドには非常に人気が無い。
その咲野がはーとか興味深げに溜息を吐きながらぱらぱらとファッション記事を捲っている。
そういうのに興味が出てきたかぁ・・・と昔から咲野と付き合っている私には感慨深いものがあった。
私とさほど年齢も変わらないのに今まで咲野は仕事一本やりでこういうものに興味を示す事があまり無かった。
新しい家に行くと考え方も変わるものなのだろうか。
そもそもが化粧っけも殆ど無いのに若手メイドたちの中では群を抜いて美人の咲野だ。
こういった事に興味を持ち始めたら凄いものが出来上がりそうだ。
「こんなの良いんじゃない?」
私も一緒に見よう、と思って咲野の脇にぺたんと座り込みながらメイド服をミニにしたモデルの写真を指差すと、
咲野は目を丸くした。
「こんなの穿いたら高い所でお仕事できないじゃないですか。不便です。」
「だって拓郎様のお屋敷ってお客様とかそんなにいらっしゃらないんでしょう?」
「ご主人様がいるじゃないですか。」
「ご主人様になら見せたって良いじゃない。」
「お姉さま言っている意味が良く判りません。」
大体見せても良くないですし、叱られます。と咲野は生真面目な顔をして言う。
「私だってこれくらい短くしてるし、平気じゃない?」
「姉さまは短くしすぎです。お客様、よくちらちらと姉さまの方見てたりするじゃないですか。
姉さま可愛いんですからそう云う所、気をつけないと。」
「そうそう、この前秋良の若様から食事に誘われたの。今度の休日いかがですかって。」
「だからそれが駄目なんじゃないですか。」
「勿論断ったわよ。ご主人様のメイドが他の男と出歩いてるなんて噂になったら大変だもの。」
この場合のご主人様のメイドとは御前様御手つきのメイドを指す。
案の定咲野は顔を赤くした。
メイドはまあお仕えする家によるけれども、少なくともこの家では恋愛をする事は自由だ。
若いメイドが恋愛結婚して家を出るなんていう事も結構ある。
けれどご主人様のメイドとなると違ってくる。
ご主人様の態度も、仕事に求められる質も、そして自分の気持ちそのものもだ。
それに相応しいものを求められるし、自分でもそうあろうとするようになる。
御手付きは通常メイド達の中でも話す事は厳禁とされ、極秘事項となっているのだけれど
残念ながらその秘密が守られる事は殆ど無い。
まあ当たり前といえば当たり前、若いメイドの間でその手の秘密が保たれる訳が無いのだ。
だから私がご主人様の御手付きである事も、若手メイドの中で唯一の御手つきが私だという事も咲野は知っている。
「そ、そ、そ、そうですよね。お姉さま、御前様のメイドですもの。」
そこまで言って黙り込む。
ふむ。拓郎様が如何に真面目な方とは言え咲野が拓郎様の家に行ってもう数ヶ月。
特殊な嗜好でもない限り若い貴族様が咲野を見て何も感じないという事はあるまい。
普通ならもう手がついている筈、と思っていたのだけれどこの反応、そうでもないらしい。
「咲野、あなた 拓 郎 様 の メ イ ドになってないのかしら。」
ずばりと聞いてみる。
途端に目を泳がせる咲野を見て思う。やっぱりそうか。
「そ、それはそうですけれど、お仕事はきちんとしていますし、
というか姉さま、別にそれはお仕事ではないかと思うのですが。」
しどろもどろになってそういう咲野を冷たく突き放してやる。
「そりゃあ、仕事じゃないわよ。でもメイドたるもの常にご主人様の一番側にいる事が仕事でしょう?
ご主人様本人よりもご主人様の事が判っている事。ご主人様の求めるもの以上の絶対の忠誠。
そして必要であれば死をも厭わずなんだって喜んで行う行動力。
特に専属メイドにはこの気持ちが必須じゃない。」
「うう…」
「ま、咲野がお食事と掃除洗濯だけで大満足、というのなら話は別だけれど。
でもそれじゃあ拓郎様もご不便でしょう。
お仕事の調整だとか、生活の全てを任されてこその専属メイドじゃないかしら。」
がっくりと肩を落とす咲野に追い討ちを掛ける。
「私達にとってご主人様は街の食堂で売っている食券とは違うの。
私はご主人様を愛しているし、それは仕事でもあるけれど決して仕事だけではありえない。
ご主人様に気に入られる事も然る事ながら自分達がご主人様を気に入れるかどうか。
それが専属メイドには何よりも大事なのよ。
もし咲野が無理なのなら御前様に言って今からでも変えてもらったらどうかしら。
もし拓郎様が宜しいようだったら私からご主人様に言って他の子でも良いし、お許しがあるなら私だって」
「いやです。だめです。姉さま酷い。」
私にだって判っていますし。と言いながら不安そうに私を見上げてくる。
ふむ、判ってはいた事だが咲野も拓郎様を憎からず思ってはいるのだろう。
でもはっきりと安心は出来ないって所か。
私が御前様に言ったら本当に変えられてしまうかもしれない、そんな風に思っているのだろう。
ここで私が同じ話をされたら薄く笑ってご主人様がそう望まれるのならどうぞ。と答えるだろう。
しかしどこまでいっているのだろう。興味はある。
拓郎様が男色、という事もないだろうし
お口で欲望を受け止めて差し上げる、とか体をお見せする位は咲野でもさすがにやっているとは思うのだが。
いや、咲野ならそれだけでも覚悟が決まるかもしれないか。
それとも鈍い所もあるから逆だろうか。
どちらにせよ最後までいっていない事は確実だ。
下世話な話だけれど、専属メイドにとってご主人様に挿れて頂く事は契約と赦しに他ならないのだから。
どんな娘でもそれだけで変わるものだ。
ご主人様が自分を手放したらどうしよう。
そんな事を考える専属メイドなど存在しないのだから。
そんな事をつらつらと考えていると咲野がおずおずと口を開いた。
「そのですね、姉さま、」
「何?」
「その、切欠みたいなのはあったんですか?姉さまの場合。」
「…何の?」
判っているけれどにやにやと笑いながら聞いてみる。
性的嫌がらせかもしれないが、お説教と為になる先輩のお話の御褒美にお礼としてこれ位は良いだろう。
「その、あの、御前様のメイドになった切欠です。」
首筋まで真っ赤になって咲野が呟くように言う。
「咲野はそれを聞いて真似しようという訳ね。」
「いえいえいえいえ違いますよ。そんなんじゃないです。
でもあのそういうんじゃないですけど姉さまの場合、どうだったのかなあーっと思いまして。」
ひょっと床に手をついてから立ち上がる。肩のところで切りそろえた髪が揺れて耳をくすぐる。
髪の色素が薄いところが可愛いとよく他の娘に言われるけれど、個人的には咲野みたいに黒髪でロングにしてみたいなとよく思う。
「しょうがないわね。でもその前にお茶にしましょうか。」
さて、お茶とお菓子と一緒に悩める後輩にアドバイスをしてあげる事としようか。
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休日がある、というのがこのお屋敷の素晴らしい所の一つだ。
普通メイドに休憩はあってもそうそう定期的な休日なんてものはない。
お皿を洗わないでいい日なんてものが無いからだ。
このお屋敷はメイドの数が多いからこうやって順番にしかも定期的にお休みが貰える。
その上そのお休みが皆に尊重されるという所が素晴らしかった。
メイド服を着ていない限り、ご主人様をはじめ誰も絶対に手を貸して欲しいなどという事は言わない。
まあ見かねてこちらから手伝ってしまう事はあるけれど大抵は無視する。
他の子が休みの時にも休みを満喫して欲しいからだ。
あ、まあ私はご主人様に夜呼ばれる時だけはこのルールは適用しない事にしている。
そんな事はあまりないけれど、
休みの日にもしご主人様が勘違いをされて私を呼ばれた場合、それは嬉しい誤算、というやつだからだ。
とそんな訳で私は堂々とお屋敷の厨房に入りこんで死ぬほど忙しそうにしている同僚を尻目に
私と咲野の分のお菓子を見繕い、お茶の用意をしてくる事が出来るという訳だ。
部屋に戻ってテーブルの上にお菓子とお茶を並べて咲野とそれを囲む。
咲野はすっかり私の話に期待しきって目をきらきらとさせている。
さて、と気合を入れる。
後輩に為になる話をしてあげる事としようか。
煎餅を5分の1に割って口の中に放り込みながら話を始める。
「そうね、さっきの話の続きだったっけ。私の切欠、ね。」
「宜しくお願いします。」
ぺこりと頭を下げられる。
「ところで咲野、あなた拓郎様に叱られたりはしないの?」
「…?結構叱られますけど。」
少し考えた後、咲野は急に話を変えた私に対して小首を傾げながら答えてきた。
「その時お尻を叩かれたりはしない?」
「お、お尻っ!そ、そんな事しないですよ。」
「お仕置きといえばご主人様がお尻を叩くものと相場が決まってるじゃない。」
私の言葉にうわうわうわと咲野が慌てる。
「えええええ、お尻ってこう、どうやって叩くんですか?」
「拓郎様に叩かれた事無いの?」
「無いです。小さい頃メイド長に叩かれた事位はありますけど。」
「じゃあ、お仕置きのされ方は知らないのね。」
「知らないです。」
教えてください。と咲野が仕事モードにになって私の言葉に喰らいついてくるのを待ってから、
私は一口お茶を啜って口を開いた。
「しょうがないなあ。まずはこう、下着を脱ぐわよね。」
「ええええええ」
本当ですか、と目を見開いた咲野に頷いてから続ける。
「当たり前じゃない。」
「当たり前なんですか?こうお尻を叩くんですよね。何で下着を脱ぐんですか?」
「下着を着ていたらお尻、叩けないでしょ?」
「……?」
咲野がばっと両手を口に当てる。
「まさか…!」
「まさかも何もそうに決まっているでしょう?」
信じられない。という顔の咲野を前に更に話を続ける。
「あ、そうそうあなたまさかご主人様の前で下着を脱ぐ時にご主人様にお尻を向けて脱いだりしてないわよね。」
「まさかもなにも脱いだ事無いです。」
「しょうがないわね。ご主人様を前に下着を脱ぐ時は必ずご主人様の方を向いて脱ぐのよ。」
「そうなんですか?」
頭に?マークを浮かべた咲野に苦笑を浮かべる。
「当たり前よ。ご主人様の顔を見ながらゆっくりとスカートの中に手を入れて下着を下ろすの。
この時不恰好に屈んだりしては駄目。膝まで下ろしたらゆっくりと片足ずつ下着を外すの。私は右足、左足の順番ね。
そのあとはご主人様によるけど、その下着はご主人様に渡すか、たたんで脇においておきなさい。」
「はい。」
「それが終わったらスカートを胸の方まで捲り上げてきちんと下着を脱いだ事をご主人様にお見せするの。」
「えええええ」
「これは昔の武士の作法なのよ。お仕置きを受ける前にこちらが何も武器を持っておらず、
神妙にお仕置きをお受けいたします、という証を見せるという意味ね。」
「そうなんですか。」
へええ、と感心したという感じに咲野が頷く。
「でも、いくらご主人様とはいえ、恥ずかしくないですか?」
そう、ここからが大事な所だ。咲野の言葉に重々しく頷いてから言葉を続ける。
「勿論恥じらいは大事よ。恥ずかしいその事もお仕置きの一つと思いなさい。
だから無表情にお仕事としてこういう事を出来るようになる事は無いわ。
お仕置きをされる身としてご主人様に恥じらいの表情をお見せする事も大事。」
「はい。良かった・・・さすがに私、ご主人様の言いつけとはいえ、淡々とそんな事は出来そうにありません。」
「それでいいのよ。でもご主人様がきちんと確かめられるまで、スカートは下ろしては駄目よ。」
「はい・・・自信、ないですけど。」
「ご主人様がお確かめになられたら、そうしたらスカートを元に戻してご主人様の膝元に進みなさい。
そして椅子に座っているご主人様の脚の部分、太腿の部分におなかの下の部分を当てるようにして
横向きにご主人様の脚に被さるように体を下ろすの。」
「そうすると、頭がこう、下に下がっちゃいませんか?」
「それでいいのよ。ご主人様の脚の上にお尻が来るようにしないといけないもの。
だから出来るだけ体を前に倒してこう、手を床に付いて支える位にするの。
手を床に付けてそうして首を持ち上げれば頭が真下に行かないからぼうっとなる事も無いわ。
脚は宙に上げてしまって構わないから出来るだけ前に体を倒しなさい。」
「お尻を高く持ち上げるんですか……」
自信が無い、と云う風に咲野が俯く。
「それだけじゃないわ。そのままだとご主人様がお尻を叩けないじゃない。
手を後ろに回して、スカートを捲くらないと。」
「えええええええええ」
「なにがえええよ。当たり前でしょう?」
「でも、でもええと、その時は下着を脱いでますよね私。」
「しっかりしなさい。きちんとスカートを捲くって、
そうしてようやくご主人様にお仕置きをして頂く為にご挨拶が出来るという訳。」
「ご、ご挨拶って…」
「それはご主人様によるわね。最初のうちはそう、
〔いけない咲野が本当にご主人様の気持ちをお判り出来るようになるまで思い切りお仕置きくださいませ。〕
って所かしら。そうすればご主人様はきっとお仕置きして下さるわ。」
「なんかもうそんな格好でご主人様の膝の上に乗るだなんて叩かれる前に泣いてしまいそうなんですけれど私。」
「泣いては駄目よ。最後にご主人様の足元に接吻するまでがお仕置きだもの。
それまではどんなに厳しくお仕置きされてもそれを受けなくては駄目。」
咲野が眉をひそめる。
「そんなに強く叩かれるんですか?」
「それはご主人様のお気持ち次第ね。私のご主人様の場合だと…」
「ご、御前様の場合はど、どうなんですか?」
「そんなに強くはお叩きになられないの。でもゆっくり叩かれるのよ。」
「じゃあ、痛くはないんですね?」
ほっとしたように息を吐く咲野を見ながら話を続ける。
「痛くないから良い、という訳じゃないわ。」
え?と顔を上げる咲野に頷いてみせる。
「ご主人様はゆっくりと叩かれるの。勿論お仕置きをされるのだから部屋の中は静まっている訳。
そんな中ご主人様に横向きに抱かれてお尻を見られている訳でしょう?」
「は、はい。」
咲野は拓郎様に横向きに抱かれている事を想像しているのだろう。
もうはや首筋まで真っ赤にさせている。
「そしてゆっくりとお尻を叩かれるの。叩かれた時はぴしゃりって云う音が自分の耳に聞こえる訳。
思い切り叩かれたのなら痛みで全てを忘れられるかもしれない。でもそうじゃないの。
叩かれたって判るくらいの鈍い痛みと共に叩かれた音が聞こえるだけ。
しかもご主人様は連続して打っては下さらないの。一回打ったら30秒くらいは何も仰らずにそのままなのよ。」
「そうすると叩かれている私は色々な事を考えてしまう訳。
ご主人様に恥ずかしい姿を見せてしまっている上にお仕置きをされている訳じゃない。
もう恥ずかしくて、頭が混乱して、ってそんな時に又叩かれるの。
毎回ちょっとづつ力を変えてそうやっているうちに恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなくて
顔とか首筋まで真っ赤になっているのが自分でもわかるくらい。」
はあーと咲野は息を吐いている。
「でもお仕置きされている時にこちらからご主人様に声を掛けるなんて事は赦されないからお許し下さいとも言えない。
だから部屋の中にはご主人様が私を叩かれる音と、叩かれたその時に出てしまう私のはしたない声だけが響く訳。
そうやってご主人様がお許しくださるまでお仕置きを受けて、反省しなくてはいけないの。
だから寧ろされている時は思い切り叩いて欲しいとすら思うわ。
そうすれば痛みで恥ずかしさはなくなると思うから。」
咲野がごくっと唾を飲んだのを確認してから私は口を閉じた。
きっと咲野は拓郎様もご主人様と同じタイプだと考えているのだろう。
私もそう思う。だからこの話をしたのだ。
「そ、それは判りました。す、凄いお話でした。
で、でもこれと御前様と姉さまの切欠とどういう関係が・・・」
「あら、判らないの?鈍い娘ね。私が今まで話した事で、大体判るでしょう?
お仕置きされて見も心もご主人様に委ねている状態、
しかもご主人様はお仕置きの時は少なからず興奮されている訳じゃない。」
「あ。」
と咲野が声を上げるのに合わせて頷いてみせる。
「そ、そうなんですか。」
そういう訳でしたか…と咲野は納得したように何度も首を上下させているのに合わせて私は続けた。
「そうなったらお仕置きのときと同じ。ご主人様の仰る事に全てお任せしていれば良いのよ。
まあ、細かい所は省くけれどね。」
咲野は尊敬しきった目で私を見ている。
中々優越感をくすぐる視線といえる。
先輩の醍醐味だ。
「まあ、これは一つの例、と思っておけばいいわ。そうね、咲野に特別なものをあげる。」
咲野の頭をぽんと叩きながら立ち上がると私は本棚から1冊の雑誌を取り出した。
ずい、と咲野の前に置いてやる。
「これも持っていきなさい。」
表紙に夜の特選メイドと書かれている雑誌を咲野は宝物でも見るかのような目で見ている。
「こ、これはなんですか姉さま」
メイドの真面目な仕事に関する記事はほぼ0、もの凄っっくいい加減でかつ扇情的な記事と
非常に偏った方向にとても詳細な説明がされている袋とじ特集が若手メイドに人気の雑誌だ。
これを買っていることを知られるとメイド長にものっ凄く怒られるが、
大抵どのメイドも休みの日にわざわざ遠くまで買いに出たりして1冊は自分の部屋に隠し持っている。
「大事な事が書いてあるわ。咲野の役に立つかもしれない。私の話は私の話。
お仕置きされたときに作法通りにするのは大事だけれど、勿論お仕置きされるのはいけない事よ。
参考程度にしておいて咲野は咲野で拓郎様の専属メイド足りえる実力を身に付けなくては駄目だよ。
例えば…拓郎様は朝が弱いと仰っていたじゃない。
もしかしたら、そういう事のヒントが書いてあるかもしれないわ。
そういう事をきちんとやっていくうちに拓郎様も咲野に全てを任せよう、そう思って下さるかもしれないからね。」
さくやははい。と言いながら瞳を輝かせて雑誌を両手で持ち上げた。
私はいそいそと鞄の中にMaiMaiと夜の特選メイドの2冊をしまう咲野に温かな笑みを浮かべながら、
拓郎様にご迷惑にならないように今日はそろそろ行きなさい、とそう口を開いた。
@@
「またいらっしゃい。」
「はい、由佳姉さま、今日は本当にありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げてから廊下の絨毯の上を歩いていく咲野を見送る。
ぐぐっと手を天井に伸ばすと息を吐いた。
さて、気合を入れて嘘を吐くのも疲れるものだ。
素直で美人で、可愛くて可愛くてしょうがない後輩にも言えない事だってある。
そのうちに咲野にも判るだろう。
どんなに可愛い後輩にだって話せないこと。
ご主人様と私の事なんて、本当に本当に自分の中にだけ大事にしまっておく、とっておきの秘密に決まっているじゃないか。
そうそう簡単に教えてもらおうだなんて、そうは問屋が卸さないのだ。
ま、嘘を吐いたと言っても本当の初めての時の話をしなかったと云うだけで他はまるっきり嘘という訳ではない事だし。
咲野には我慢してもらおう。
くつくつと笑った。
どちらにせよ、今日のお屋敷での夕食のテーブルの話題は私の独り占めになりそうだ。
さあて、皆にどうやって話してやろうか。
そう思いながら私はもう少し残った休日を楽しむ為に、ゆっくりとドアを閉めた。
了