昼。男たちは大概仕事に出かけている。  
そして彼らの妻は、家事をしたり、子供の世話をしたり、あるいは怠惰に過ごしたり、家で友達と話したり。  
おそらくは、多くの国で見られるだろうこの生活様式は、  
たとえ、妻が人間でなかったとしても、それほど変わりはしなかった。  
 
うららかな昼の時間。閑散とした住宅街の、それほど大きくはない一戸の家。  
その居間で2体の、人間の服を着た、人間によく似た雌生体が、座って向かいあいながら談笑していた。  
 
「聞いてよ聞いてよ、この前、おいしく食べちゃった男の子がいるんだけどさぁ」  
「どうかしたの?」  
「昨日、告白してきたんだよ、アタシに!」  
「あらら、惚れちゃったのね、アナタに」  
「まぁ、色々まずいし、優しく断ってあげたんだけど……いやー!モテる女はつらいよねぇ!」  
「私も保健の先生になってみようかしら、別にアナタじゃなくても、そういうの多そうだし」  
 
楽しげに猥談をする二人の、二十代と思しき美女は、一見するだけで異形と知れた。  
 
快活に自慢話をする女の両こめかみには、短く赤いまっすぐな角が生え、耳は長く長く尖り、  
背中から生えた紅い、大きな、コウモリのような二枚の翼はおとなしいながらも、  
ウロコが所々に生えた、太く赤黒い尻尾は、機嫌のよい犬のごとく振られている。  
 
相槌を返す女、その尖った両耳の上からは、後ろに大きく湾曲し丸まった、黒い大きな角が生えている。  
そして、その背中からは大きな、黒い羽に覆われた二枚の翼が生え、畳まれていながらも時々動き、  
臀部からはこれもまた黒い、艶を放ち先細りしている尻尾が、床面まで垂れ下がり、時折先端が上下している。  
 
彼女らは、人間とは違う生物――サキュバス。男の精を吸い取る事で、生きる魔物たち。  
人間達の間に溶け込んだ彼女らは、こうしてたまに、互いの状況を確認しあうのだ。  
 
「アンタはいいでしょが!男がいるんだから!っていうかなるな、大食い女!」  
「もう、勿論冗談だってば……酷い言い草ねー、大食いだなんて」  
「昔はそうだったじゃん、実際……毎夜毎晩、男を漁ってたみたいだし」  
「過去は過去、今は今よ。もう、主人以外の人は食べてないわ、そんな気もないし」  
「はぁ〜……仲間内でも、大食らいで有名だったアンタがねぇ……人も変わるもんだねー、ホント」  
「そうねぇ、確かに変わったわね」  
色々と……ね。  
 
話をしながら、夫を持つ女は、過去の事を思い返した。  
 
空は厚い雲に覆われ、小雨がぱらぱらと降っている。街灯が道を照らし、車の走行音と、喧騒が通りを包む。  
そして、地上に蠢き、各々の目的のためにせわしなく行き交う、大量の女性と、男という名の『餌』。  
その『餌』を、彼女はある建物の屋上から細かく見分け、選別する。  
どれが美味で、どれが不味いか。好みの顔か、体つきか。健康状態も、動きの機敏さなどでチェックする。  
狩猟の下準備である。  
 
その彼女の眼に、一人の男の姿が入った。雨の中を必死に走っている。  
顔や体は引き締まっている。体も健康なのだろう、精気が体に満ちている。  
タイプではないけれど、精は美味しそうだ。  
(今日は、あの男にしよう)  
目標を定めた女は、薄く笑みを浮かべ軽い舌なめずりをすると、  
黒い羽に覆われた、大きな翼を羽ばたかせて、音もなく飛び立った。  
 
(あの時は、美味しそうな餌って程度だったのよね)  
 
「ふーん、それで?それで?」  
「あ!もう、エンネったら、心を読まないで」  
だがそんな怒りもどこ吹く風に、自分の手を握ってくる、興味津々そうな友人の顔に、女は結局観念した。  
「……食べてるところは、かいつまんで話すだけだからね」  
夫のはしたない表情を見せてしまう訳にはいかない。彼に失礼だ。  
それに、あの可愛いカオは、自分だけのモノだ。  
「えぇ〜、いっちばん大事そうなトコなのに……まぁいいや、で?次どうなるの?」  
「ちょっと待ってて……」  
女は、友人に心を読まれたまま、次の思い出を辿り始める。  
 
 
夜中。  
ベッドの上で寝ていた男が、ベランダから聞こえる、何かの音で眼を覚ました。  
男は警戒を露わにする。物盗りかもしれない、と。  
このとき彼は完全に寝ぼけていた。だから気がつかなかった。四階のベランダから侵入する物盗りなどいない、と。  
 
カーテンを開け、窓からベランダを見渡してみる。誰もいない。  
けれど、見えないところに誰かいるやもしれない。男は意を決して、窓を開け、  
風の吹き込むベランダへと出た。それが、今後の彼の運命を決した。  
 
風の寒さに震えながらも、男は左右を見渡そうと、まずは右を見る。異常は無い。  
次に、左を確認する。やはりこちらも異常は無い。安堵と疑問を覚えた男が正面を向く。  
いつのまにか、目の前に異形の女が立っていた。  
 
 
「それにしても……よくそんな高いトコいけたよねー、アタシにゃ到底無理だわ」  
「ああ、そういえば、アナタって高所恐怖症だったんだっけ、翼があるのに」  
「うっさい!それより、早く続き!」  
 
男は一瞬、硬直した。目の前の非常識を、脳が処理しきれなかったのだろう。  
黒い、ヘソの部分が楕円に抜かれたレオタードに、ふとももの中頃まである黒いタイツ、また手から二の腕の中ほどまでが  
しっかりとラインを表しながら、やはり黒い、長手袋のようなもので覆われている。  
だが、そうした服装に対する疑問は、その女の、やはり黒一色に統一された角、翼、尻尾に対しての衝撃で、  
完全にどこかへ素っ飛んでいた。  
 
女は、驚愕で固まったままの男に、  
「ふふふ、こんばんは」  
そう、声をかけると、無造作に歩み寄り、  
 
そのまま男の頭を抱え、唇を重ねた。そして、その舌を、強引に男の口中に差し入れる。  
それによって男が放心から戻ってもお構いなく、舌と舌を淫らに、激しく、かつ傲慢に、絡み合わせる。  
(美味しい……ふふ、正解だったわね)  
女は、非常にわずかな、口内の唾液に宿る精で、しばらくの間『味見』をし続けた。  
 
 
「あーっ、いいねーっ!すっごく美味しそう!」  
「ふふふ、ええ、とっても美味しかったわよ。今は、もっと美味しいの」  
「アタシにも今度、味見させてよ!」  
「何か言ったかしら?…今度、東京タワーの頂上まで飛んでみよっか、それとも今すぐがいい?」  
「あっははは冗談きつ……ごめんなさい」  
「冗談はほどほどにね♪…さて、と、どこまでだったかしら」  
 
 
やがて、貪るような激しい接吻を終え、女は唇を離した。  
唾液の糸が一筋、唇と唇を結び、切れる。そのまま自らの下唇にかかったそれを、  
舌で舐め取ると、女は軽く笑みを作り、男を抱きしめる。  
精を軽くでも吸い取られ、脱力していた男は、異形の女に体を預ける格好になった。  
「……な、何だてめぇ…何もんだ……」  
億劫に口を動かしながら、男はこの異常な女に対し、敵意の漲った疑問の声を発するが、  
「そんな事、気にしないでいいのよ」  
女は軽くあしらい、  
「ただ、気持ちいいコトを、するだけなんだから……」  
そう、耳元で囁きかける。  
「さぁ、ここでは寒いわ。中に入ってたくさん、愛し合いましょう」  
狩人と、獲物として。  
女は男を抱きしめたまま、翼をはためかせて浮き上がり、そのまま部屋の中へ、滑るようにして入って行った。  
 
ここまでは、女の考えた通りであった。男の度肝を抜き、その隙に力を抜かせ、あとは犯す。  
彼の部屋でなければ、そのように事が運んだはずだ。  
 
 
「……うっわ、これは……」  
「驚くでしょ?ホント」  
「うん、驚いた。っていうか、よくもまぁ、この中でねぇ……」  
「私も、未だに理解できないのよねぇ」  
「いや、アンタもアンタだよ、よく『出来た』ね?こん中で」  
「仕方ないじゃない……後には引けないわよ」  
 
部屋は、壮絶なゴミ部屋だった。  
 
コンビニ弁当、ティッシュ、成人向けも含めた雑誌、ペットボトル、男のものではなさそうな  
空きのビール缶やタバコの吸殻、etc。  
それらが、ありとあらゆるスペースを完璧に占領している。いや、占領などという穏やかなものではない。  
蹂躙している。それも一度ではなく、何度も。積みあがったゴミの上から、更に。  
更に、日本全国どこにでも居るという、人間に忌み嫌われる黒い虫も一匹、元気に走り回っていた。  
「…………」  
女は絶句した。顔には、ありありと驚愕の色が浮かんでいた。  
 
彼女とて、今までも汚い部屋は見てきた。狙うのは大抵、独身の若い男だからだ。  
あまり整理がついていないという事は多く、あくまで常識から考えて、足の踏み場が『多くない』、という部屋もあった。  
そういう部屋なら、むしろ年頃の男として、相応しい方だろうといった程度で、女はさほど気にしなかった。  
だが、今回見た部屋は、それらのレベルを超越している。足の踏み場が『無い』。  
 
そして、ここの部屋は八畳一間。間取りから、女はそう察した。つまり、  
(ここでしなきゃならないのね……)  
それに、おそらくバスルームも、トイレも、ここと大した違いはないだろう。むしろもっと酷いかもしれない。  
あれだけ美味しい精ならば、食欲も性欲も満たせると思ったのに。これでは興奮も、ムードも、あったものではない。  
女は美食への期待から、失意の底へと突き落とされた。そしてそんなタイミングで、男が力を取り戻してきた。  
 
「てめぇ、離しやがれ、くそっ!」  
グイグイと肩を押してくる男に対し、女はいかにも面倒げに、  
「仕方がないわね、さっさと済ませましょう」  
そう言って、またも唇を奪い、口内を舌で犯しつくす。そして、再び力が抜けた男を、ゴミ床の上へゆっくりと押し倒し、  
自らはその上に跨った。狩猟の仕上げにとりかかるために。  
 
 
「なんか色々サプライズがあったけど、いよいよ本番だねぇ!うひひ!」  
「そうよ、でもアナタにはここまで!」  
「むー、ケチ!」  
「まぁ、いいじゃない、ちゃんと、かいつまんで話してあげるから」  
そう言って女は、友人に触れられないよう注意しつつ、『本番』の事を思い返した。  
尻尾がゆらゆらと振れはじめている事を、女は自覚していない。  
 
下着を脱がすと、そこには数回のキスでガチガチになった怒張が、ピンと自立していた。  
そして、女もまた、レオタードの下の部分をずらし、肉膣を露わにすると、男にそれを見せ付ける。  
赤黒いそれは、ヒクヒクと動き、愛液を垂らしていた。  
(はーぁ……こんな状況でも、食べたくてしょうがないんだものね)  
女は心の片隅で、自嘲に近い思いを抱きながら、しかし妖しい微笑みを浮かべて男に問いかける。  
「ふふふ、ねぇ、したい?」  
肯定否定問わず、どの道入れてしまうのだが。こんな状況では、せめて完全に『堕とす』事で、愉悦を味わいたい。  
「……んな汚い…モノに……いれたか……ないね」  
「あらあら、この部屋ほどではないわ。それにね」  
意地を張る男に、女は意思を蕩けさせるように、甘い艶やかな声をかける。  
「この部屋は居心地悪いけど、この中は、一度入れたらもう、出したくなくなるのよ」  
更に、男の、力の抜けた手を掴むと、それを自らの胸まで運んでいった。そして、自分の手で、男の手を  
その体のラインにフィットしたレオタードの上から、豊かな乳肉の中へ押し込んでいく。  
 
「ふふ……柔らかいでしょう?」  
手の力を抜き、入れ、またゆっくりと回すように動かし、男の手へ、形の変わる柔らかい乳房の感触を伝えていく。  
「アナタがしたければ、自由にしていいのよ。このおっぱいも、お口も、お尻も、もちろんここも」  
そう言って、女はいかにも艶めかしく、空いている手を秘部に添えていく。  
真っ赤になった男の、真っ赤な眼が注がれているのが分かる。もう少しで、堕ちる。  
狼の口の中に、魅了された羊が自ら飛び込んでくる。それは彼女ら、サキュバスにとって、最高の喜びだ。  
「私と、したい。それだけ言えば、アナタに極上の快楽を、たっぷりと望むままに、味わわせてあげる」  
そして女は片手を男の頬に添え、その眼をまっすぐに見つめながら、妖艶な表情で、  
「ふふふ……♪ねぇ、どう?……気持ちよく、なりたい?私と、したい?」  
そう問いかけた。  
 
「いや……だ!」  
男は否定した。果たして負けん気か、意地か、羞恥心か。  
「あら、そう、残念ね――」  
少しも残念そうにせず、そう言いながら女は、男のペニスの真上へ腰を浮かして移動し、  
 
「――それじゃ、おねだりしたくなるくらい、気持ちよく犯してあげる」  
そのまま腰を落とし、もうひとつの『口』で、モノへと貪りついた。  
もはや男には、抵抗する手立ては、何もなかった。  
 
 
(ふふ、あの時の恥ずかしそうな、それでいて欲の滲み出した顔……可愛かったわ)  
「おーい、エミナ」  
「……何?」  
「尻尾、ものっすごい振れてるよ」  
「あら、ホントに」  
千切れんばかりに振られている尻尾を、深呼吸によって落ち着かせる。  
「とりあえず、色々して興奮させた後、バクっ!と食べてあげたの」  
「……えらくかいつまんだなぁ……で、どうしたん?」  
「ええ、それで……ガブッ!て、したのよ」  
また、尻尾が振られ始めていた。  
 
「うぐっ……あぁぁぁぁーーーっ!?」  
女が腰を落としたとほぼ同時に、男の背中に、凄まじい電流が流れる。  
電流は脳に達し、思考回路を焼き尽くし、体が激しく痙攣する。  
入れただけで、男は絶頂に達してしまったが、射精は許されなかった。  
 
「ふふふ…そんなに喘いで、可愛い……気持ち良い?」  
女が声をかけると同時に、膣内の動きは停止した。男のモノへの刺激も消える。  
だが、膣口の、極めて強い締めは、一向に弱まらない。  
「て……てめ……ぇ……何……を」  
そのかすかな声に、女は何も言葉を返さず、ただ倒れこみ、男と唇を重ねた。  
そして、激しい接吻をしながら、腰を打ちつけ始める。同時に膣内もまた、  
男のモノを絞り、舐め、こすり、撫で始め、徹底的に責めてゆく。  
 
「ん!んん!んんんんんん!!」  
「んん♪んんん……はぁっ」  
女は、男がイク顔をしばらく楽しんだ後、唇を離し、またも腰と膣内の動きを抑えると、  
「……どう、射精したい?」  
男の耳元で、囁く。  
「いつでも言っていいのよ、『出したい』って。そうしたら、たくさんたくさん、射精させてあげる」  
「だ……れ…が……言う……か」  
そして、男の頬に両手を当て、向かいあうと  
「意地張って、可愛い……それじゃ、また気持ちよくなりましょうか……」  
責めを再開し始めた。男は悲鳴をあげるように喘ぎ、女はそれをうっとりと、楽しそうに見つめ、時たま、激しく舌を絡ませる。  
少したって少々のインターバルがあり、そして再び責めが始まる。このサイクルを、彼らはしばらくの間続けた。  
男の喘ぎと、時折女の艶やかな声と、卑猥な水音と、  
床のゴミがガシャガシャこすれ合う音だけが、部屋の中に響き続けた。  
 
 
「ガ……ガブって。で?」  
「それで、出させてあげないままずーっと、パンパングニュグニュ、とね」  
「鬼!悪魔!」  
「酷いわねぇ、もう……見てて結構いいものよ?男の人がイッた顔や、出せなくて泣きそうな顔や、子供みたいにおねだりする顔は」  
「最凶の鬼!最悪の悪魔!……あ、でも、今度アタシも試してみようかなぁ……」  
「いいと思うけど、加減しないと、相手が一週間ぐらい動けなくなっちゃうわよ?……一ヶ月かも」  
「…やっぱやめとこ、責任取れない。……で、次どうなったの?どうなったの?」  
女二人の尻尾が、飼い主を迎えた犬のように勢いよく振られていたが、もう突っ込む者はこの場に存在しなかった。  
 
 
(おかしいわねぇ……)  
女は、異常を感じ始めていた。  
(そろそろ、出したい出したいって喚いてもいい頃なのに)  
 
跨った状態で腰を振りながら、そんな事を考える。もう、責めが始まってから、三十分は経っている。  
喘ぐ男の顔を見ながら、女は考える。もしかしたら、痛みと疲労と快感で、口が動かないのかもしれない。  
すこし休ませてあげるとしよう。そう決めて、女は内外の動きを止めた。  
 
男は息も絶え絶えにしながら、急に動きを止めた彼女をじっと見つめていた。  
(ふふふ、やっぱり)  
女の見るところ、心を覗くところ、男はもう、屈服しているようだ。聞けば、たやすく答えるだろう。  
「出したい」と。  
 
そろそろ、女も我慢の限界だった。何だかよく分からない嗅ぎ慣れない臭いと、  
腰を動かすたびに鳴る、がしゃがしゃという音。ゴミがいちいちこすれ合っているのだ。  
興奮できそうで、臭いが邪魔でしきれない。軽くイキそうで、音が耳障りなためにイク事が出来ない。  
さっさと男の口から降伏の言葉を聴いて、美味を味わって、終わりにしたい。  
そう考えて女は、少し経った後、淫らな笑みを浮かべながら男に語りかけた。  
 
「ふふふ……そろそろ、出したくなってきたんじゃないかしら?」  
語りかけられた男は、口を開いて何か声を出している、が、小さすぎて女の耳では聞き取れない。  
「ん?なに?ふふふ……♪」  
何を言っているのか判別するために、期待しながら、女は耳を、男の口元まで近づける。  
 
 
生暖かい液体が、びちゃりと女の頬にかかった。  
 
それはもちろん、彼女の求めている液体などでは無い。  
手で掬い取り、掬い取ったそれを見つめ、唖然とした表情を浮かべる女に対し、  
 
「あり……が……と…よ……」  
男はひっひっと笑いながら、  
「唾を……出したかっ…たんだ!」  
女を嘲るような目をして、そう言った。  
 
だが男の反撃も空しく、女の反応もまた、男の期待していたものとは違っていた。  
男は、女が怒り狂うものだと考えていた。だが、男の方へそのまなざしを向けた女の、表情。  
むしろ別の感情が、ウェイトを占めているようだった。  
 
(不思議ね……)  
それが、女の心中の七割を占めていた。  
何故、この男はここまで耐えられるのだろうか。そして耐えるのだろうか。それが彼女には理解できず、それ故に興味を抱かせた。  
 
もっとも男にしてみれば、  
(逆レイプメンヘラ女ウゼェwwwww誰がテメーの思い通りになるかバーカwwwww)  
という程度の行動原理で、しかもゴミの音と感触が性的興奮を阻害し、だめおしに  
たまたま、異常な頑固・負けず嫌い・強情ッ張りな、つまり凄まじくわがままなだけ、だったのだが。  
このとき、まだ、彼女はそれを知らない。  
 
「どうして、そこまで嫌がるの?快楽に浸りたくないの?それともマゾなのかしら?」  
女はそう男に問いかけるが、男は答えない。長い責めによる、痛みと快感で、思考が麻痺しかかっているのもあるが、  
彼にしてみれば、強盗が、なんで物を盗まれるのが嫌なの?と聴いてきているようなもので、  
バカらしすぎて頭に来すぎて、答える気も湧かなかった。相手が誰であれ、自分から見て  
理不尽なモノに付き合わされる気はなかった。  
付き合わされないために、自ら「理不尽」を通しているのだ。  
 
このまま続けても、自分のお腹が減るだけだ。そう考えた女は、  
「分かったわ、ここまで耐えたご褒美に……出させてあげる」  
膣口の締めを緩くし、腰を上げ、一気に落とした。  
 
「う!?うぐっ、うがあああああああああああああ!!」  
塞き止められていたマグマが、大きな刺激を与えられ、岩盤をぶち破って噴出する。  
 
それは、凄まじい射精だった。いつまでも止まらず、勢いも衰えず、噴き上がっていく。  
それはすなわち、急速に、絶えず精を奪い取られていくという事であり。  
男は、激しすぎる快感に突き上げられ続け、やがて射精の続く中で、疲労感の中に沈むようにして、意識を失った。  
 
 
「……それがねー、結局堕とせなかった上に、唾まで吐かれちゃったの」  
「うげっ!って事は耐え切ったんだ、凄いな!……どうやって?なんでだろ?何のメリットが?」  
「ふふふ、さぁ?」  
「で、どうしたん?放置でもしたの?」  
「まさか。美味しい精だったから、口を緩めて全部もらったわ。で、その後に……」  
 
 
やがて、男も知らぬ間に、射精が止まった。その噴き上げる勢いは、吸収スピードが追いつかず、  
女は膣からこぼれ、男の皮膚の上に残った精液を、指ですくって舐め取り、また、身体に塗りつけていた。  
狩猟が終わった。  
その味は確かに、女の予想通り美味だったが、女は今、それとは別の事を考えていた。  
 
(何にしろ、このままでは気がおさまらないわ)  
冷静に考えれば、せっかく最悪の状況で苦労したのに、結局堕とせず唾まで吐かれるという結果だ。しかもイク事もできなかった。  
男を快楽に溺れさせ、対価として精をもらうサキュバスとしては、そして自信のある女としては、  
それは非常にプライドが傷つく事だった。屈辱は、しっかり返上しなければならない。  
それに、男の行動原理に興味もある。解き明かせれば、もっと効率よく、気持ちよく精を搾れるかもしれない。  
 
男は、先ほどから意識を失っている。ほとんどの精気を持っていかれたせいで、ぴくりとも動かない。  
おそらくは、まともに動けるようになるまで、半月はかかるだろう。  
(これは、しばらく付き添って、生活を手伝ってあげなきゃかしらね……一人暮らしみたいだし)  
いくら男の意地張りが原因とはいえ、このまま餓死でもされたら、少々夢見が悪い。そして、ちょうど良い機会だとも思った。  
 
(彼と共に暮らして、何度も搾りとれば、その内……?)  
種族の生態・食性からくる性質として、見知らぬ男女同士でも、同棲する程度なら抵抗が無い。  
人間としての生活も、困る事はないだろうと思った。もともと、『はぐれ』だ。定住所など持たない。  
貪った男の家で、様々なものを補給し、そして去る。そういう生活だった。今回は少々、その補給期間が  
長いだけの事だ。この時は、女はそう楽観していた。  
 
(そうと決まれば……)  
女は、自分の足元にまんべんなく敷き詰められた、ゴミのじゅうたんを見渡し。  
(まず、これを片付けなきゃいけないわね……)  
深い溜息をついた。  
 
 
「やっぱりね、悔しいでしょう?したいって言ってもらえなきゃ」  
「うんうん」  
「だから、言ってもらえるまで、一緒に暮らす事に決めたの」  
「あー、そうくるのか、アンタってそういう所あるよねー。なんていうか、喰らいついたら離さない!みたいな」  
「ええ、そうかもしれないわね」  
女はあえて同調しながら、  
(でも、深追いしすぎて、逆に食べられちゃったけれどね)  
心の中で苦笑いを浮かべた。  
 
「そんで、結局、結婚までいっちゃったわけ?……どっちがしたの?」  
「何を?」  
「プロポーズ。だって話聞く限りじゃ、男の方はなんか、しそうにないし。アンタも、魅了する立場だしねぇ……」  
「……ふふふ、さて、どっちでしょう?」  
「あー、その言い方!すっごい気になる!ちっくしょー!」  
女はただ、含みのある笑みを、浮かべるだけだった。  
 
空は茜色に染まり、夕焼けが遠くへ浮かぶ。外で遊んでいた子供たちが、家々へと帰っていく。  
もう、人間の時間は終わる。逢魔が時に、夜闇が街を包もうとしていた。  
 
「今日はあんがとね!色々参考になった!興味深い事も聞けたし!」  
「ふふ、こちらこそ。また色々、健康法とか教えてね」  
「あはは、おっけー!そんじゃ、また!」  
 
女は  
、人間姿の友人を、玄関で人間として見送ると、家へと戻り姿を戻し、夕食の準備を始める。  
豪勢なものにするため、多少時間がかかるだろう。  
友人が来ていたために、寝室の掃除などもしていないから、これからやらなくてはいけない。  
冷えた身体を暖める、風呂の準備も。熱めが好きな男のためには、早めに用意しておかないといけない。  
一人で生活していた時とは、手間がはるかに違う。その上、直接的には自分のためではない。  
 
だが、女はそれらをおっくうには感じていなかった。一年経った末の慣れ、だけではない。  
妻の、夫への献身的な愛……もあるにはあったが、それが全てではなく。  
 
(早く帰ってこないかしら……たくさん、してあげたいのに)  
食欲と分離した、純粋に夫と快楽を貪りたいという気持ちが、女の心底からこみあげてきていた。  
昼間の回想によって、女は昂ぶってしまい、むしろ手間をかけなければ、抑えが利かなくなっていたのだ。  
おっくうだと感じる余裕もなかった。  
 
(今日は食事の日でもないし、明日は夫の仕事もお休みだし……ふふふ♪ながーくながーく楽しもうっと♪)  
女が初めて男を堕とし、また自らも堕とされ、互いに互いを逃がさない事を誓った日を  
思い出しつつ、女はこれから味わう、長く激しい快感と愉悦を想像し。  
こみあがってくる自慰の衝動を押さえながら、てきぱきと家事をこなした。  
 
やがて、すっかりと日が落ち、魔物の蠢く時間となってから、夫である男は帰宅した。  
その後、家々の明かりが消え、皆が寝静まった頃から、夜明けまで。  
閑散とした住宅街の、それほど大きくはない一戸の家から。  
男の、快感に喘ぐ声が、断続的に響いていたという。  
 
 
 

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