「また、そのブランコ乗ってるんだあ」
高校の制服姿のまひるは、公園でひとりたそがれる竜太をからかった。
「だって、懐かしいじゃん。ここ」
そんな、言い訳をしてポーンと蹴ってブランコを漕ぎ出す。
「わたしも、乗ってみようかな」
開いている横のブランコに、竜太と並んでまひるは腰掛ける。
「公園ってこんなにちっちゃかったんだね」
まひるは、辺りを見回しながら懐かしそうに語るが、少し憂い気な表情を時折見せる。
「昔、一緒に遊んだ公園にはもう行けないけど、ここってホラ、
そっくりすぎて思い出すんだよね。あの大きな木とか」
「ああ。あの木の前で幼稚園の頃、お前がおにごっこでイヌのウンコ踏んだ事とか」
「うるさいな!竜太だって、水鉄砲をベンチにおいて帰ったのを忘れて『なくなったよお』って泣いてたくせに」
ぐいぐいとブランコを思いっきり漕ぐまひる。ボブショートの髪が一緒に揺れていた。
「でも、あのことが無かったら、ずっといっしょにならなかったのかも」
「そうな、腐れ縁かあ」
「そんなのじゃないよ。わたし、あのときの竜太に感謝してるんだしね。ちょっと…うん。なんでもない」
まひるは、何か言おうとしたが、照れくさくなってやめた。
さらに空気が読めない竜太がフッと笑い、まひるを追い詰める。
「何だよソレ。もともとは、まひるがドンくさいからだよ」
「うるさいな!もう!」
まひるは、プーっとふぐのように膨れた。だが、立ち直りの早いまひる。
「ねえ、いつものトコ。久しぶりに行かない?」
ふと、思い出したように竜太を誘ってみる。
「そうな、オレもそろそろ行きたいなあって思ってた所だよ」
まひるは、竜太の手を引っ張り駆け出し二人は公園をあとにする。
いつもの歩きなれた大通り。人はまばら、車は殆ど走っていない。
広い歩道を、竜太が車道側、まひるが内側を一緒になって歩く。
「この先だっけ、ネットカフェ」
「あの交差点の先だよ」
交差点で信号を待つ。信号が変わるまで、二人はじっと赤く光る信号を見つめていた。
青信号。まひるは、一歩進む事をすこしためらった。
「ねえ、一緒に手をつなご」
ちょっと先に進んでいる竜太を呼び止める。
「うん、そうな」
まひるは、まるで恋人同士のように竜太の腕をしっかり握り、寄り添いながら横断歩道を渡る。
横断歩道を渡り終えると、ゲームセンターが入居するビルの入り口が見えてきた。
そのビルの8階に目的地があるのだ。まひるは竜太を引っ張るように、自動ドアに向かう。
8階、ネットカフェのカウンター。
ここは30分単位で利用でき、お手ごろ価格なので評判の店。
「えっと、30分のコースだと…うん、余裕余裕」
しかし、竜太は自分ポケットをまさぐりながら、少し焦っている様子。
「…やべえ、オレのサイフ…」
「おやおや?竜太のうっかり屋さん。忘れ物大王だけは、ちっちゃい頃から変わんないね。安心したよ」
「うるさいよ!うーむ…」
「はいはい、わたしが貸してしんぜよう」
「なま言うな。まったく」
竜太はまひるの顔を見るのをわざと避けながら、1000円札を受け取った。
「今度会った時、返すからさ」
「ふふふ、いつでもいいよ。なんせ、まだ駄菓子屋さんの10円チョコの貸し、まだ返してもらってないからね」
竜太は、よくそんな小学生の頃の話覚えてるなあ、とまひるに感心しながら呆れている。
この店の客層は、若い人たちが多いのだが、年配の人間もちらほらと見受けられる。
「ここにしよっ」
まひるの一声でブースを決める。
「久しぶりだから、ちょっとワクワクするね」
PCの前に座り、カチャカチャとキーボードを叩くまひる。
隣の席で、竜太がコーラをストローでちゅうちゅうと飲みながら眺めている。
「この住所を思い出すのも、何ヶ月ぶりかなあ…」
まひるの手が、一瞬止まり寂しそうな表情をする。
横顔を見ていた竜太、また空気を読まずに横から割り込み、まひるに続いてキーボードを叩く。
「えっと、城北区桜ヶ丘5丁目…」
竜太もこの住所を口にするのも何ヶ月ぶりだろう、と懐かしむ。
「おせっかいなんだから、竜太は」
キーボードの入力を終えると、検索ボタンをポチっと押す。モニターには町の上空画像が広がる。
「あっ、桜高校じゃん。変わんねー!」
「コレコレ!私の家だね」
ごく普通の一般的な一軒家。それでも、自宅が写るとちょっとわくわくする。
「そうそう、コレつけなきゃ」
装備されているヘッドフォンを取り出し、プラグに差し込む。残念ながら一つしかないので、まひるに譲る事に。
マウスを動かし、ホイールを回しながら画像をズームアップすると、屋根を突き抜け家の中が映し出された。
画像はリアルタイムで更新され、中の人物が動いている所まで分かる。
さらに、ヘッドフォンからは人物の声、音が伝わってくる。
二人はしばらく画像をじっと見つめる。
「あれ、おまえの母さんと兄貴だろ…」
「うん」
まひるの母親と兄は、何か話しているのを娘は静かに聞いている。
「あれから3年ね。この季節なるとなんだか…」
「母さん、あんまり思いつめると体に毒だよ」
「うん、分かってる。今頃は高校を出てるはずなんだろね、きっと。」
まひるは、涙でいっぱいになった瞳をぬぐう。
「お母さん…、お兄ちゃん…、元気そうだね…」
音は聞こえないが、竜太も一緒になってモニターに食い入る。
「最近、お母さん『コレが現実なんだね』と思えるようになったんだよ」
「うん、ぼくらができることは、まひると竜太君のことを忘れないことなんだよね」
「でも、まひるを助けようって飛び出した竜太君に、申し訳なくてね」
「あれは、信号無視のダンプが悪いんだって…」
モニターの画面をまともに見られないまひるは、号泣する。
隣の竜太も黙って、コーラをチュウチュウと飲んでいる。
「おかあさん…。また会いたいな…」
吹っ切れたように、まひるの涙は止まらない。マウスパッドに一滴一滴こぼれるものが。
無情にも、30分が過ぎ二人はネットカフェを後にする。
店から出た二人は空を見上げた。真っ青な空には雲がひとつ無い。
まひるは、ほんの少し今までの元気を取り戻す。
「下界のみんなも、元気そうだったね」
「うん、ここに来ればいつでも会えるしね。しっかし、便利な世の中になったもんだよ」
「うん。ここに来るまでは天国って天使が飛んでたり、神殿があったりするのかなあ、って思ってたけど、
下界とおんなじだからびっくりだなあ。だけど、逆に安心したよ。この世界」
今は、あの世もネット社会。
衛星を使った動画配信で、いつでも今後一生会うことの出来ない人たちをリアルタイムに見ることが出来る。
「コレ、発明したヤツ天才だよなあ。たしか、ネットのニュースで取り上げられてたっけな」
「そうそう、ナントカ製作所の元・技術者だっけ。こっちにきても研究熱心な人だった、て
関係者のブログに書いてたよ。きっと死ぬ気で開発したんだろうね」
下界の家族達を見て安心したまひるは、お寒い冗談を飛ばす。
そのギャグにげんなりした竜太は、突っ込む気力もなかった。
突然、ふと思い出したようにまひるは竜太を指差した。
「それはそうと、お金…」
「分かってるって、今度は早く返すから。1000円な!」
まひるは、首をブンブンと振る。
「ちがうよ。チョコの10円、早く返してよ」
おしまい。