昔々、遠い未来の3000年後。
ある所におじいさんとおばあさんが住んでおりました。
おじいさん、とは言いつつも、メトセラ遺伝子研究とナノマシン技術の発達により、ホルモン制御や中心教義介入のおかげでどうみても20代です。本当にどうもありがとうございます。
彼が不老化処理を受けた当時は、まだ長寿化の上限が設定されておらず、既に600歳を超えています。
おじいさんは山へ鉱物資源採集に出かけます。
「行ってくるよ」
【気を付けてね】
おばあさんは180年前にカゼと呼ばれる薬の利かない病を患い、ディアスポライズ(身体からの精神離脱処理)をうけたために実体が存在しません。
位相空間に精神のみが介在し、脳波を操り、直接脳に意味を想起させる事で意思の疎通をはかります。
おじいさんは飛行ポッドに乗り、山へ向かいます。今日は天気が良くて、頬を打つ風がおじいさんの気分を爽快にします。
お爺さんが、重力制御装置で落下地点に設定した第18地区に着くと、今日も新たなクレーターが増えています。
18地区は重力加量してあるため、下手に侵入すると時間圧縮されて動けなくなってしまいます。
慎重に装置の出力を緩め、クレーターに近付きます。
「…ちっ、デブリか」
おじいさんが嘆息するのも無理ありません。
鉱物資源、つまり隕石を求めてわざわざ足を運んだのに、クレーターにあったのは大気摩擦で表面が白く焼けた人工物だったのですから。
「中身を調べてくれ」
【ええ】
おばあさんは位相に存在するため、物理的距離は関係ありません。
【…放射能汚染度、量子爆弾可能性、ウイルス危険率、オールグリーン…大丈夫、安全よ】
「ありがとう」
安全が確認され、中身を確認します。
この人工物、見たところ宇宙葬に使われる軌道ロケットのようです。
「…ふむ」
中身は案の上、仏さまでした。
墜落の衝撃で、ミイラ化していた遺体はバラバラです。
【ここまで飛んで来るなんてすごいわね】
「普通ならありえないな。狙ったのかもしれん」
宇宙葬は人類が地球から脱した900年前頃に、既に禁止されています。
つまり、この遺体は地球から、おじいさんとおばあさんが住むα‐ケンタウリまで、何百年もかけて飛んで来たのです。
【狙ったなら何か渡すべきもの、とかが封入されているはずだわ】
「だな。少し調べてみる」
ミイラの破片を掻き分けてみると、ミイラの手がしっかりと何かを掴んでいます。
宝石箱の様な箱に、一粒のカプセルが大事に納められていました。
おじいさんはそれをつまみあげ、しげしげと眺めます。
【ナノレベルクラフターのようだけど…ノイマンマシンかしら】
「《安全な土中に埋めてください》、と書いてあるが」
【起動させるの?…賛成しかねるわね】
「仏さんの願い、無視するわけにはいかんだろう」
お爺さんはクラフターを箱に納め、ポケットに大事にしまいこみました。
おじいさんは、第5区画、農業用地でクラフターを起動させることにしました。
多量の土を内包する形で高重力場包囲陣を展開、バイオハザードや危険宇宙獣などが発生しても大丈夫なように万全を期しナノレベルクラフターを埋設しました。
おじいさんは重力場の障壁の外から、クラフターの動作を観察します。
ナノレベルクラフターは土中から目的の構造物に必要な成分を抽出、事前に設定された物を自動的に生成する装置です。
うっすらと積もっていた雪が溶けてなくなったかと思うと、徐々に土くれが盛り上がり、重力場内の土全体が粟だつように蠢き出します。
反応が済み、小さな土山が出来ました。
「終わったようだな」
【小判?鬼?蛇?…何がでるやら】
土山がもぞりと動き、土を掻き分けて姿を現したのは、一糸纏わぬうら若い女性でした。
土埃まみれですが、長い黒髪、ぱっちりと大きな目、スラリとのびた手足、雪のような白い肌。
非常に美しい女性であることがよくわかります。
「これは」
【人体錬成ね…珍しい】
人体錬成は、寿命制限特別法によって規制されているイレギュラーテクノロジーのひとつです。
「うっ…げはっ!かはっ…」
クラフターに生成された女性は、口に入り込んだ土くれを吐き出し、そのまま倒れこんでしまいました。
【土中のミネラルが不足していたようね。脱水症状をおこしているわ】
「…どうやら、取って食われるような危険はなさそうだな」
【浮気の危険は高そうだけどね】
「…留意しておく」
おじいさんは重力場包囲陣を解除し、自分の着ていたカエアン製フラショナールコートで女性を包み、家に連れて帰りました。
おじいさんとおばあさんの家は、白川郷の茅葺屋根建築を模した純和風の家です。
おじいさんが雪景色が非常に好きなため、わざわざ積雪量の多い、西に海、東に山があるところに立地しています。
始めは暖房装置も囲炉裏と火鉢しか認めなかったのですが、おばあさんがカゼを引いてディアスポライズを余儀なくされてからは、エアコンが設置されました。
「うっ…」
女性は目を覚ましました。
「ここは…?」
が、同時に目を疑いました。
無理もありません。900年前と言えば月面国家誕生に伴い、地球では非常に近未来的な、悪趣味なほどのSFチック服飾や建築が流行っていたのですから。
おじいさんとおばあさんの家は、彼女にはさぞかし奇異に映ったことでしょう。
「気がついたか」
「!」
おじいさんの声に一瞬怯えた女性でしたが、すぐに気を取り直しました。
「あなたが、助けて下さったのですか?」
「そういうことになるな」
おじいさんは、女性の布団のそばに小さな飯台に乗せた湯気の立つ粥を置き、少し距離を置いて胡座をかきました。
「食べろ。消化器管を早く動かさんと、ゼリーしか食えなくなる。話はそれからだ」
おじいさんは愛用の作務衣の袖を正し、茶を啜りはじめました。