「こらぁっ、いつまでも寝てへんと、早よ起きや!」  
日曜日の朝っぱらから、俺は乱暴にたたき起こされた。  
うっすらと目を開けると、枕元には、中学生ぐらいの女の子がいた。  
「あんた、今すっごい失礼な事考えたやろ」  
訂正。 高校生ぐらいには、見えるかもしれない。  
これでも、俺の三コ上の姉なんだからたいしたもんだ。  
 
「何ぶつぶつ言うてるんよ」  
「ぶつぶつも言いたくなるよぉ。 今日は休みだろぉ?」  
「今日は休みやけど、明日は違うんや」  
はぁ? 何言ってるん、姉貴。合点のいかない俺に、じれったそうに言った。  
「私に、ネクタイの締めかたを教えよし」  
へ? ネクタイ? 俺は、ますます混乱した。  
 
「明日、打ち合わせで出張(でば)らなあかんのよ。  
子供っぽぉ見られたないし、ネクタイ着ていきたいんや。  
でも、締めかた分からへんから、教えて」  
「そんなん、午後からでもええやん?」  
しまった! 俺の口ごたえに、姉貴は泣きそうな顔して、  
こっちをにらんでいる。俺は速攻飛び起きた。  
すぐに着替えるからと、姉貴には自分の部屋で待っててもらって、  
休みの日の朝だっつうのにワイシャツ着て、自分のネクタイ持って、  
姉貴の部屋に駆け込んだ。  
 
「まず、左っかわに大きいのを持ってって ……」  
そうそう、それをぐるっと回して、喉元んところを通して、  
きゅっと締めたら出来上がり ……  
って、あれ? なんでそんなダンゴになるワケ?  
「そんなん、こっちが聞きたいわ! あんたの教え方が悪いんちゃうん?」  
んな御無体な。ほらほら、同じようにやって、俺のはちゃんと結べてるし。  
 
姉貴は無茶苦茶、頭ええくせに、意外とこうゆう事が不器用なんだ。  
「えぇい、面倒くさい。ちょっと見せてみ」  
俺は、姉貴の手をどけさせて、自分で姉貴のネクタイを締めようとした。  
えーと、ここで左に回すから、この場合は、こっちだっけ?  
「あんたがやってもダメやないの」  
「えー、黙っててや。 対面やったら左右逆んなって、ややこしいんやから」  
 
あ! そうか! 姉貴の後ろに立って、前に手を回せば、左右同じじゃん。  
俺は、姉貴の後ろに回って、ネクタイに手を伸ばした。  
「ひゃあっ!」  
いきなり姉貴が、変な悲鳴をあげた。  
「な、なんやねん、いきなり」  
「いや、あ、あの、急やったから……」  
顔を真っ赤にして、上目遣いに、姉貴が言ってきた。  
何なんだ? 変な姉貴だな。  
 
後ろに立って襟元に手を回してると、髪の毛の香りが立ち上ってくる。  
姉貴もやっぱり女なんだな。ちょっといい匂いだね、こりゃ。  
これで、もし姉貴に人並みの背丈があったら、  
うっかりわざっと、髪の毛に顔を埋めとったかもしれへんな。  
 
「あによ。私よりタッパがあるからゆうて、  
上から見下ろしてニヤニヤせんといて」  
鏡を見ながら、姉貴が文句を付けてきた。  
だけど、姉貴の背丈って、俺の胸元ぐらいまでしか無いもんなぁ。  
 
よいしょっと、これでどうよ?  
「結び目んとこを、少し緩めて、長さ調節して。  
表っかわの太い方と、細いのが同じくらいか、細いのがちょっと短いぐらいに」  
「んー、わかった。 ちょっと自分でやってみるわ。  
上手い事いかなんだら、また呼ぶし。 とりあえず、私の部屋から出ていきや」  
顔が赤いまんまの姉貴が、暖かいねぎらいの言葉を投げかけてきてくれた。  
 
「ごはんやで〜」  
ちょうどその時、お袋が俺達を朝食に呼ぶ声が響いた。  
「何や、お前ら、揃って出かけるんか?」  
姉弟でネクタイを付けている俺達を見て、親父が声をかけてきた。  
「いや、違うで。 姉ちゃんが明日、ネクタイで出勤するって ……」  
と、説明しかけた俺を遮って姉貴が言った。  
 
「あ、それもええわね。 ね、ごはん食べたら一緒に出よ。  
お母さん、わたしら、今日のお昼は外で済ますしぃ」  
ああっ、強引に予定を決められてしもた。  
でも、いつになく姉貴が機嫌良さそうやし、ま、ええか ……  
 
…… ええこと無かった。  
日本橋パーツショップめぐりという、(ごく一部の人にとって)  
極めて有意義な休日を過ごしてしもた。  
なんで、ああいう時だけはやたらと元気なんだろうね、姉貴って。  
こっちに掘り出し物がある、て思たら、エロい店の前も平気で通るしな。  
ダンジョンのような雑居ビルの徘徊に疲れきった俺は、  
晩飯を食うと、ばったりと床に付いた。  
 
***  
 
「ちょ、ちょっと、早よ起き! 一大事や!!」  
あくる早朝、俺は昨日と同じように、たたき起こされた。  
「ん”〜、どうしたん。ネクタイの締めかたやったら、昨日教えたげとるしぃ」  
ぼやきながら目を開けると、襟元に玉をぶら下げた、涙目の姉貴がいた。  
「ゆうた通りにやってんのに、今朝んなったら、上手い事締められへんのよー!」  
 
いっその事、そのまんまにしとった方が、  
ねこの鈴みたいで、可愛らしゅうて、ええかも?  
「あんた、また、ごっつい失礼な事考えたやろぉ!」  
また、昨日みたいに、ばたばたとネクタイを締めてやると、  
姉貴は、元気いっぱいに張り切って、出勤していった。  
俺たち家族は、家の前で駅に向かう姉貴を見送った。  
 
「なぁ、お袋」  
「なんだい」  
「姉ちゃん、ネクタイ締めてないほうが、子供っぽく無いんじゃねぇ?」  
「それを言っちゃあ、おしまいってもんよ。  
お前だって、人様に賢こげに見て欲しい時だってあるだろ? それと一緒さぁ」  
俺のぼやきを、お袋は豪快に笑い飛ばした。  
でも、それって、無茶苦茶失礼な例えちゃうん?  
 
ちなみにこの日、姉貴は朝と夕方の一回ずつ、梅田の駅で  
警官と補導員に職質を受けてもうたらしい。  
つか、警官はともかく、補導員がやるのは「職質」ちゃうでぇ。  
 
 『ぱしこーーーん!』  
い、痛ーっ! 姉貴! 何すんねん!  
「あんた! また、2ちゃんに、いらん書き込みしてるんやないやろうねぇっ!」  
 
〜完〜  
 

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