――ボスッ  
 隣の部屋から壁越しに大きな音が響いた。  
 隣は10歳年上の姉、佳子(けいこ)の部屋だ。  
 28歳にもなって結婚もせず、かなりモテるのに彼氏の一人も作らない姉。  
 その姉が何やら大声で叫んでいる様だ。  
 幸い、両親は一昨日から旅行に出かけており、1週間は帰って来ないらしい。  
 
「お姉ちゃん、どうしたの?」  
 
 彼女の様子を伺おうと扉を開けた瞬間、枕が飛んできた。  
 僕がソレを払うと、今度は消え入りそうな声で『和樹のバカ』とのたまわった。  
 
「……は?」  
「和樹のバカ!ばかばかばかばかばかばか、ばかー!!」  
 
 彼女は手当たり次第にぬいぐるみを投げつけながら、僕に罵声をあびせる。  
 
(何かしたっけ?)  
 
 まったく心当たりが無い。  
 それなのに何故こんなに姉は怒っているのだろうか。  
 
 漸く弾切れなのか、彼女は肩を上下して荒い息を吐いている。  
 
「落ち着いた?一体何が…」  
 
 僕が言いかけると、姉はスッと壁に掛かった時計を指差した。  
 
「今、何時?」  
「え?11時だけど?」  
「…今日は何日?」  
「今日?まだ日は替わってないから14日で…あっ!!」  
 
 そこまで言いかけてやっと思い出した。  
 そう、今日はホワイトデーだ。  
 
 2月14日、バレンタインデーに姉からチョコレートを貰ったのだ。  
 しかも手作りらしく、それもかなり手の込んだデザインになっていたのを思い出す。  
 
「ゴ、ゴメン、忘れてた」  
 
 その瞬間、彼女は目尻に雫を溢れさせベッドに突っ伏した。  
 
「わ、忘れてたって…ひどい!あたしは和樹だけだったのに…」  
 
(――え?)  
 
 一瞬耳を疑った。  
 
(僕だけって…?)  
 
「え?お姉ちゃん、誰かにあげるために僕を試食に使ったんじゃないの?」  
「違うもん!あたしは…和樹だけにしかあげてないもん!」  
「……」  
「もしかして…和樹は他に誰かから貰ったの?」  
「え?それは、その…」  
「貰ったんだ…その娘たちのにはちゃんとお返しして…あたしの事なんかどうでもいいんだ…」  
 
 大声をあげて泣き出す姉。  
 
「ご、ごめんってば」  
「わぁーん」  
「そ、そうだ!明日帰りに買って来るから!何がいい?お姉ちゃんの好きなの何でも言ってよ!  
 あ、あまり高いのは無理だけどさ」  
「…何でも?」  
 
 泣きはらした目で僕を見つめる姉。  
 
「うん、男に二言は無いよ。って言ってもあまり高いのはやめてね」  
「…じゃぁ」  
「うん」  
「…和樹がいい」  
「……は?」  
「和樹がいい!」  
 
 何を言ってるんだ、この姉は?  
 
「あのー、僕がいいって…」  
「……」  
「……」  
「もぉ…和樹が欲・し・い・の!」  
 
 僕が欲しいって、その…  
 
「お、お姉ちゃん、何を言ってるか分かってるの?」  
「だって…和樹が好きなんだもん!愛してるんだもん」  
「で、でも…僕達は姉弟…」  
「知ってるわよ!でも…あなたを好きになっちゃったんだもん。  
 仕方無いじゃない!  
 この気持ち、押さえられそうに無いんだもん!」  
「……」  
「…何でもって言った癖に!」  
「いや、それとこれとは…」  
「男に二言は無いとまで言った癖に!」  
「……」  
 
(もしかして、この為にわざとお父さんたちを旅行に招待したのか?  
 チケットをプレゼントしたのもお姉ちゃんだし…)  
 
「ねぇ…和樹ぃ…」  
 
 立ち上がり僕の首に腕を回してくる姉。  
 自ら目を閉じ、唇を近づけてくる。  
 
(…仕方ないか)  
 
 
 この後僕は、禁断の園に足を踏み入れたのだった  
 
 
 

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