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get started その1 本屋にて  
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中々時間が取れなくて申し訳ないね。  
色々と忙しくって。  
そこ座って。そうそこ、ソファのとこ。  
今お茶出すから。  
 
あ、カステラあるんだけど食べる?  
あっそう。じゃ煎餅は?あれ?どこだっけ。  
まあいいや何か出すね。  
唯奈さんがいればどこに何があるかすぐわかるんだけど・・・  
 
で、どこまで喋ったっけ。  
ああ、そうそう。  
そうだね。そこんところ。  
唯奈さんと僕が次に喋ったのはってところだ---  
 
@@  
 
つまり、唯奈さんと僕が継続して喋るようになったのはって意味だけれど  
それは僕が高校1年生の最後の頃、  
日曜日の午前中に地元の本屋で偶然に唯奈さんと桜ちゃんに会った事が切欠だった。  
 
僕はその時ジョン・グリシャムか藤沢周平か池波正太郎あたりの小説でも買って  
休日の昼下がりに気軽な読書でも楽しもうかななどと考えて、  
お小遣いを握り締めて地元の駅ビルの3階にある有隣堂に足を運んだところだった。  
 
僕は本屋で知り合いに会う、というのは気まずいものだと思っている。  
少なくともあまり歓迎すべき事ではない、と。  
だってさ、日によって色々あるじゃないか。読みたい本の気分って。  
漫画を読みたい時もあれば純文学とかとにかく小難しそうなものを読みたい時もある。  
漫画雑誌を5冊と新刊の漫画を4冊抱えてレジに行くときもあれば  
眉をひそめ、指で顎の先端を弄んで気取った顔をしながら  
カフカあたりの短編を一冊だけレジに持っていくこともある。  
たまにはライトノベルコーナーにも行ったり、  
ハードボイルド小説の銃撃シーンと濡れ場をじっくりと立ち読んでからレジに持っていくこともある。  
 
そういうのを知り合いにみられるのって嫌じゃないか?  
僕は何か内面を見透かされるような気がして嫌だ。  
漫画雑誌だと何か幼く見られそうだし、  
カフカだと何か難しい事を考えていそうに思われるかもしれない。  
ハードボイルド小説なんかを買う所を見られたらこう思われるかもしれない。  
あいつ、今日は布団にもぐりこんで名探偵マイクになりきるつもりだぜ。  
 
--よう、あんたが最近越してきたって言う美人のおねえちゃんか。  
 俺は私立探偵のマイクっていうんだ。この街の事なら何でも聞いてくれよ。ヨロシクな。  
 
まあもちろん、そういうのって自意識過剰なのかもしれない。  
誰もお前のことなんか見ちゃいないよ。って奴。  
でもやっぱり本を買う時は気になるし、  
なんだかお風呂場やトイレを覗かれているようなそんな気さえしてくるのだからしょうがない。  
僕はその時のその気分で好きな本を買いたい。  
他人の目なんか、気にしたくないのだ。  
 
まあそう思っていたから、有隣堂の外国小説の棚でうんうんと唸っている唯奈さんを確認したときに  
僕は正直、しまったなと思った。  
思わず引き返しそうになったくらいだ。  
唯奈さんの事は勿論覚えていたけれど中学3年生の時以来話したことが無かったし、  
すこぶる美人なのは判っているのだけれどこう、取っ付き難い感じがするしね。  
それに僕はその時まだ半分くらい、やっぱり唯奈さんは不良なんだと思っていた。  
これは僕だけじゃない。クラスメイトだってそう言っていた。  
 
「あの岡田さんって女の子、中学の時有名な不良だったらしいぜ。  
 可愛いけど怖いよな。背高いし。」  
 
何故かその時、僕は唯奈さんと同じ学校だったっていう事を友達には伏せてしまった。  
それにたぶん不良じゃないという事も。  
不良じゃないと思うよ。と言った方が唯奈さんの為になるかも、とは思ったのだけれど  
そこまで確信がもてなかったのと、  
なんだか中学2年生の時のあの事は現実味がなくて、そして何だか面白くて、  
友達とはいえあんまり人に話してしまいたいとは思わなかったからだ。  
何故だか判らないけれどこういう秘密は自分の中でだけ持っていたかったっていうのもある。  
 
そんなこんなで僕は唯奈さんを前に引き返すべきか挨拶をするべきか逡巡した。  
とっさに引き返さなかったのは唯奈さんの状態が僕が立ち止まってしまう位に酷く珍しい状態だったのと、  
その時僕が持っていた本は池波正太郎の鬼平犯科帳が2冊でまあ見られたとしても  
爺臭いと思われる位のもので漫画雑誌ほど恥ずかしくは無いし、  
あんまり気取ってるようにも見えなさそうと瞬時に判断したからだった。  
 
唯奈さんは薄いピンクのコートにチェックのスカート姿、  
白くてリボンの付いているクロッシェの帽子から長めの髪を垂らすという  
なんだかとてもお嬢様っぽい風情(可愛らしいと言ってよかった)  
で175Cmの身長をかがめる様にして下のほうの棚にある小説を1冊づつ取り出しては手に取り、  
表紙を眺め、片手でぺらぺらと捲ってから棚に戻すという事を繰り返していた。  
 
これはまあいい。唯奈さんの足が長く、僕の背が低いから  
もう少し屈むとパンツが見えてしまいそうという以外には  
唯奈さんのやり方は本屋で本を探すスタンダードなやり方でごく普通の光景だ。  
 
左手に3歳くらいの女の子を抱えていなければの話だが。  
 
唯奈さんは左手に小さな女の子を抱えていた。  
赤い子供用コートを着て肩くらいの髪を両脇で結わえた可愛い髪型をしているその女の子は  
抱えられた唯奈さんの手から脱出しようと必死にもがいていて、その度に唯奈さんが  
「こぉら。桜、おとなしくするの。」  
と言って視線は棚の本を見つめながら女の子を慣れた手つきで抱えなおしていたのだ。  
 
え、唯奈さんの子供?  
一瞬考えて僕は頭を振った。  
いやいやいやいやそんな訳があるか。  
僕も唯奈さんも高校一年生だし、あの子は多分2〜3歳位にはなってる。  
4年前と言ったら中学一年生じゃないか。  
いやいやいやいや。何を馬鹿な。  
 
混乱しながらぼんやりと唯奈さんの方を見ているうちに、  
「おろして、ゆーね、おろして」  
と繰り返し言い出した女の子を唯奈さんはもう、と言いながら床に降ろした。  
 
「桜、走ったりしちゃ駄目だよ。後遠くに行っても駄目。ここにいて。」  
その子の目線になるように屈みながら唯奈さんがそう言ってその子の頭を撫でた後、  
桜ちゃんと呼ばれた女の子はまったく唯奈さんの言葉に関係なく  
とてとてとたどたどしい走り方で僕の方に走り出し、そして転びそうになって。  
 
「こら、言ったそばから、桜ぁ」  
「あ、危な」  
 
必然的にしゃがんだ格好で女の子を目線で追った唯奈さんと  
女の子を受け止めようと咄嗟に屈んだ僕との目が合った。  
 
唯奈さんは桜ちゃんを受け止めた僕をフクロウのように目を丸くして見て、  
僕は2年前の図書室での出来事を思い出した。  
まあ今度は僕は鼻歌を歌っておらず、不意打ちを受けたのは  
どちらかというと恐らく唯奈さんの方だという違いはあるけれど。  
 
あの時と同じように暫く僕と唯奈さんは互いに見つめあうような格好になった。  
今度はお互い本屋で屈んだ格好で。  
ちなみにスカートをはいてしゃがみ込んだ格好でいるので  
僕の所からは唯奈さんの下着がしっかりと見えている。  
転びそうになった所を僕にがっしりと受け止められた桜ちゃんは  
不思議そうに僕と唯奈さんの方を交互に見ている。  
 
やっぱり何か喋らないと大変な事になる位の沈黙の時間が過ぎた後、  
僕はようやく覚悟を決めて口を開いた。  
できるだけ唯奈さんの下着を見ないようにしながら。  
 
「こんにちは。」  
やっぱりこのセリフになるのか。  
 
「こ、こんにちは。」  
呆然と僕と桜ちゃんと呼ばれた子を交互に見ている唯奈さんを見て、ふと気が付いた。  
もしかして覚えられてない?不振人物?  
誰こいつ、キモーイ。何してんの?ロリコン?とか思われてる?  
 
「お、岡田さんは僕の事覚えてる?一緒の中学校だったんだけど。今も同じ高校で。」  
慌てて自分を指差しながら僕がそう言うと  
唯奈さんは僕にもまして慌てたようにこくこくこくと3回も頷いた。  
 
「う、うん。うん。お、覚えてるよ。あ、あのね、あのね岸本君、こんにちは。でね。  
この子い、妹なの。あの、その随分年が離れてるんだけど、うち5人姉妹で、で、末っ子の桜っていうの。」  
 
その桜ちゃんは僕に抱きとめられたままだ。  
 
「そ、そうなんだ。」  
 
「きょ、今日私ね。スティーブンキング探してて、ほら岸本君は覚えてないと思うけど  
む、昔私、岸本君にスタンドバイミーって教えてもらって  
それから時々そういう小説も読んでみようかなって買ったりしてて  
でも怖いのは嫌だからちょっと読んで怖く無さそうなのから買ってるの。  
で、今日もそう思ってたらね、岸本君がいて、あれ私何言ってるんだろう。」  
しゃがんでわたわたと手を動かしながらマシンガンのように喋る唯奈さんに圧倒される。  
 
「ねーね。」  
その時、僕の手の中にいた桜ちゃんと呼ばれた女の子が唯奈さんに手を伸ばした。  
女の子の言葉に我に返ったように唯奈さんが立ち上がって近寄ってくる。  
 
「ご、ごめんね。岸本君。ほら、桜、迷惑、だよ。」  
「い、いやそんな事無いよ。」  
 
ひょいと女の子を持ち上げて唯奈さんに渡してあげると  
「そんあことないよー」  
桜ちゃんがケタケタと笑いながら僕の言葉を繰り返して真似た。  
 
「こら、桜。ほら来て。」  
「そんあことないよー」  
「もう。あ、桜トイレ行きたいんでしょ。」  
あ、と言いながら唯奈さんは桜ちゃんを揺さぶった。  
桜ちゃんは  
「といえいくー」  
とにこにこしながら唯奈さんに抱かれている。  
唯奈さんはばっと振り返った。  
「ご、ごめん岸本君、ちょ、ちょっと待っててくれる?」  
 
「え、ま、待つってなんで?」  
言ってみて自分がいかに愚かな事を口にしたか判った。  
女の子が待っていてと言ってなんでと答える阿呆がいるか。  
その位高校1年生でも判る。  
でも唯奈さんは僕の言葉に、一瞬逡巡した。  
 
「そ、その、お、お話したいから。だ、だ、駄目かな。」  
そう言ったその一瞬、猛烈に唯奈さんの顔が赤くなった。  
慌てたようにクロッシェの帽子をぐいと押し下げた彼女を見て、  
僕はやっぱり唯奈さんは不良じゃないかもしれないとそう思った。  
何より女の子からお話のお誘いを受けるのは幼稚園以来で、しかも美人の唯奈さんからだ。  
 
うん、今思うにこれが僕と唯奈さんが何かを約束したその初めの一つ目だ。  
そして一緒に喫茶店に行って本の話をした初めての日でもあった。  
 
「も、勿論僕は全然構わないけど。」  
僕の身長はその時まだ168cmで結局最終的には171cmにしかならなくて、  
その頃もう唯奈さんは175cmはあった。  
だから僕は真っ赤になっている唯奈さんの顔を見上げながら喜んでそう答えたのだ。  
 
 

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