ずしり、ずしりと大地を踏みしめる太い足。  
 
 続いて大気を裂く野太い咆哮。  
 キムン・ウルス。先の大戦で『吸血公』ヴラド・デスモダを討ち、その勇名を轟かせた熊の英雄。  
そして反乱軍の頭。もはや相当な高齢である筈なのに、その足取りに衰えはない。  
 わたしは脅える。老英雄の強靭な肉体と鉤爪に、彼と相対する今の状況に、  
戦場にたちこめる血と鉄の臭いに、そしてわたし自身の立てた作戦に。  
 彼は、キムンはきっと見抜いている。卑小な土狼であるわたし、アード・プロテリナの全てを。  
 膝が笑う。たてがみが逆立ち、震えが止まらない。この場で全てを投げ出してしまいたい。  
 
「アード?」  
 どうした、という声と共に肩に手が置かれ、わたしの思考を現実に引き戻した。我が女主人、  
美しきエルミナが、いつもの表情でわたしを見つめている。  
 
 そうだ、いまさら悩んでも何ら変わりはせぬ。賽は投げられたのだ。  
 わたしは深呼吸をする。少しずつ震えが収まっていくのが感じられた。  
『敵部隊、目標ヨリ20めるてノ地点ニ到達セリ。』  
 蝙蝠の伝令兵が甲高い声で告げた。いよいよだ。  
 
 次の瞬間、敵軍の大半を巻き込み、ずぶりと大地が陥没した。穴の内部でミミズトカゲの細長い体が踊る。  
 
 モグラ族がほぼ絶滅した今、地下を移動できるいきものは限られている。この国で爬虫類はひどく嫌悪され  
るため、戦で姿を見る確率は限りなく低い。老獪なウルスと言えど彼らへの対策はできないだろう、と、わたしは推測した。  
 どうやらそれは正しかったようだ。  
 
「今だ、進め!殺し尽くせ!」  
 
 敵軍が浮き足立っている今こそが好機。エルミナの命令が飛び、我が軍はそれに応えた。  
朱の飛沫が飛び、悲鳴と怒声が響き渡る。戦場は一瞬にして地獄と化した。  
 最早反乱軍に勝ち目はない。それでも牙を剥き爪を振るう老兵に向けて、容赦なく攻撃が加えられる。  
 
 とうとうウルスが膝をつき、倒れた。伝説の終焉。  
 
 副団長スコルピウスが低く唸った。蟲の表情は読みづらい。笑っているのか、それとも昂っているのか。  
彼の眼を覗き込んでも、蠍の複眼からは何の感情も読み取れなかった。  
 
 宿敵が息絶えたというのに、わたしはなぜか落ち着かない。まだ、なにかある。  
 
 
「ぎゃあっ!」  
 唐突に頭上から悲鳴が降る。何事か、見やった眼前に、先程の伝令兵の屍と、何か大きな物がもつれあって落下してきた。  
その落ちてきたもの、猛禽ハクトウワシの燃え上がる目と視線が交錯したその一瞬、わたしは失禁した。  
 
「くたばれ!けだも・・・」  
 
 ひゅう、と音を立ててスコルピウスの毒針が風を裂き、鳥類の脆い胸骨を砕いて息の根を止めた。の、という音は発声される事なく失われた。  
 その代わりとばかりに、湯気の立つ鮮血が彼(あるいは彼女)の嘴から大量に迸る。冷徹な蠍は全く表情を変えぬままに、  
尾にぶら下った死骸を振り飛ばすとエルミナに謝罪した。  
「・・・申し訳ございません」  
 彼の言葉が何に対して発せられたのか、わたしにはとんと見当がつかぬ。主の毛皮を汚した返り血に対してなのか。  
 
 我が主は血と騒乱を好む。これは亡き父王の遺伝であるらしい。優美なる軍団長、オコジョのエルミナはさも愉しげに笑った。  
「構わぬさ」  
 何が構わないのか、わたしにはやはり見当もつかぬ。しかし、返り血とはらわたにまみれた彼女の笑顔に、そんな疑問はどうでも良くなった。  
 本来おぞましいはずのその笑い顔が、わたしには何よりも美しく見えた。  
 
 
 
「・・・君たちの働きを誇りに思う!以上!」  
 エルミナの短い演説の後、軍団に解散命令が出た。彼女はこれから王に謁見せねばならない。  
ストウト・アーマイン=ウィーズル12世。4人の兄と3人の姉を殺し、王位を簒奪した残虐な男。  
わたしは彼のような兄を持ち、しかもそれと頻繁に顔を合わせねばならないエルミナに心底同情する。  
 
 我が軍は有体に言えば奇怪だ。普通は兵士にならぬような者ばかりが集まっている。エルミナの昔の  
趣味は珍動物の飼育であったので、この軍は彼女の趣味の延長線上にあるのではないかとわたしは  
密かに疑っている。  
「来たよチビり軍師」「お漏らしが許されるのは小学生までだよねー」「キャハハハハ」  
 今目の前でわたしの悪口を言っているのもそういう連中、ミミズトカゲ共だ。彼らは勇敢な兵士では  
あるが、他人を不幸にすることを生きがいにしているような所がある。こちらが怒ると非常に喜ぶので  
冷静に対処せねばならない。  
「お前たちには上司に対して礼を尽くそうという意識がないのか?」  
「えー上司とか関係ないしー」「男なんだから実力で勝負しろっての」「見た目ばっかりマッチョでさー」  
「見、見た目が関係あるかっ!」  
 いかん、思わず激してしまった。確かにわたしの見た目「だけ」は狼に似て屈強そうである。しかし  
実のところ、筋力持久力精神力全ての点で劣っており、わたしはその事を密かに気にしているのだ。クソ。  
「切れたよ軍師」「チビり軍師。臭えよ」「つか軍師とか必要なくね?意味なくね?」  
「う、ううっ・・・」  
「お前たちいい加減にしろ」  
 明らかに形勢不利なわたし。見るにみかねたのか、珍しくスコルピウスが助け舟を出してくれた。  
不満そうな爬虫類どもを残して、我々はその場を離れた。  
「連中の言葉の半分は悪口、3割は嘘で1割は噂話だ。まともに話せば身が持たんぞ」  
 しかし、わたしは確かに役立たずだ。他の軍で軍師を置いているところなど殆ど無いし、今回の戦  
での醜態ときたら!  
「おまえは戦う為に軍にいるわけではないだろう?気にする事はない」  
 そうは言っても情けないじゃないか。わたしは男なのに、守られるだけなんだ。  
「・・・雌雄は関係あるまい。おまえにはおまえにしか出来ぬ事があるだろう」  
 蠍は下らんな、と呟くと、急に興味を失ったように瞼の無い眼を逸らした。  
 
 
 
406 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2008/02/22(金) 03:47:37 ID:KpfA6N3O 
「いつもながら兄上の悪趣味には参った」  
 わたしが疲れきって自室に戻ると、機嫌の悪そうなエルミナが出迎えてくれた。  
「はあ、そうですか・・・どこから入ったんです?」  
「何がはあそうですかだ。兄上と一対一で話したことも無いくせに」  
 エルミナはわたしの質問を無視して勝手に憤っている。確かにあの王と話すのは大変そうだし同情も  
するが、わたしに怒るのは筋違いではなかろうか。  
「それでエルミナ様、どうなさったんですか?至急の用事でも?」  
 不機嫌そうな様子から一転、牙を剥き出してふふふ、と笑うエルミナ。いかん、危険な兆候だ。  
「女が男の部屋に忍んで来たのだ。用事など一つしかあるまい?」  
 次の瞬間、視界がぐるんと回った。ベッドに引き倒されたわたしにのしかかり、エルミナはなおも笑う。  
「私を抱け、アード」  
 
 しなやかな身体が蛇のように絡みついてくる。わたしの鼻先をぺろりと舐め、エルミナはくすくすと  
童女のように笑い声を上げた。  
「今日は疲れてるのに・・・」  
「おまえの都合など知った事か。それに言うほど嫌そうでもないぞ?」  
「あっ、やめてっ」  
 突如股間をわしづかみにされ、腰が逃げてしまうわたし。わたしの肩に顎を預け、にやにやするエルミナ。  
口ひげが当たって首筋がくすぐったい。  
 仕方ない、覚悟を決めよう。無論、性的な意味で。  
 
 華奢な首筋を撫でてやりながら、胸の白い毛皮に舌を這わせる。小さな乳首を軽く咬んでやると、エルミナは  
微かにあえいだ。お返しとばかりに尾の付け根に鋭い爪を立てられ、わたしも身を震わせる。抱き締める身体は  
小さく、しなやかで柔らかい。戦場では勇猛でも、やはり女性なのだ。何やら再発見をしたような気になって、  
わたしは微笑む。  
「何故ニヤついている?」  
 わたしの腕の中から怒ったような声が飛んだ。エルミナが再び不機嫌そうな表情を浮かべている。  
「あ、すみません」  
「今は私だけを見て、私のことだけ考えていろ。他の事を考えるな」  
 今度は別の理由で意思とは関係なくニヤける顔の筋肉を叱咤しながらもう一度謝罪をすると、彼女の怒りを  
静めるべくわたしは再び行動を開始した。柔らかな背の毛皮を撫で、ついで体毛の薄いわき腹をくすぐる。  
さらに尾の付け根を揉んでやると、エルミナの口から喘ぎ声が漏れた。  
「ん・・・ふ・・・ぅう・・・」  
 おお、色っぽい声も出せるんだなあ、と考えつつ愛撫を続けようとすると、彼女が拒絶の言葉を吐いた。  
「う・・・もう、いい・・から・・・だから」  
 まあ、ここまでしてしまえばやる事は決まっている。エルミナの性器はすでにじっとりと濡れそぼっており、  
突っ込んでも問題はなさそうだ。何をって?お察しください。  
「じゃ、行きますよ・・・」  
 エルミナを抱えなおし、ゆっくりと挿入を開始した。ぐったりしていた身体が甦り、陸に上がった魚のように  
ぴくぴく跳ねる。その体も性器も温かい。  
「う、やぁん、あぁあっ」  
 悲鳴のような嬌声を聞きながら、わたしは動き始めた。運動につれて喘ぎがあがり、サディスティックな快感を  
もたらす。彼女がわたしを抱き締める。わたしも抱き締め返す。背中の皮膚に肉食獣特有の鉤爪が喰い込んで痛い。  
その痛みさえもわたしを昂ぶらせる。小さな体がどくどくと鼓動を伝えてくる。  
 いとおしい。と、思った次の瞬間だった。  
「ぐ、う、ふう・・・ぐるるるっ!」  
「ぎゃあぁっ!」  
 いきなりエルミナがわたしの喉元にかぶりつき、牙をめりこませた。ちょっと痛いなんて生易しい物なんかではない。  
手加減なしの一撃に痛みが背筋を駆け上がり、あろうことかわたしはそれで達してしまった・・・。  
 
 
407 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2008/02/22(金) 03:48:01 ID:KpfA6N3O 
 
 エルミナが申し訳なさそうな表情で首の傷を舐めてくれる。常にみっともないのはわたしの宿命なのだろうか。  
「すまん。別に咬みつく気は無かったんだ・・・」  
「構いませんよ。仕方無い」  
 そう、仕方が無い事というのはあるものだ。わたしが役立たずである事もその一つ。傷口を舐めるエルミナの顔を見ながら、  
わたしは前から気になっていたことを聞いてみる事にした。  
 
「ねえ、エルミナ様。どうしてわたしを傍に置いておくんですか?」  
 すっと首筋から顔が離れた。オコジョの円い目がじっとわたしの顔を見上げている。  
「嫌なのか?」  
 嫌じゃない。嫌じゃないけれど、わたしは役立たずだ。戦えないし、見た目も美しくなんかない。本当に、何故わたしなど  
飼っておくのか分からないのだ。  
「アード、ちょっとそこに座れ。そうそうその辺だ。・・・逃げるなよ」  
 逃げるなよ、というその言葉の意味を理解する前に、エルミナ渾身の拳を受けてわたしは派手に吹っ飛んだ。華奢とはいえ  
彼女は肉食獣である。そのバネから繰り出される攻撃はおそろしく強力で、わたしのまわりで世界がぐるぐる回りはじめた。  
「この私が、このエルミナが、だ。役立たずの部下を置いておくと本気で思っているのか?私はおまえを高く評価している」  
 パンチの影響かなにやら非現実的なものが見えている中で、彼女の言葉は非常な現実味をもって響いた。  
「おまえ無しに今回の勝利はありえなかった。おまえは役立たずなんかじゃない。おまえにしか出来ぬことがある」  
 どこかで聞いたような台詞を吐きながら、エルミナがわたしのたてがみを撫でている。断続的に吐き気がこみ上げ、世界は  
相変わらず回り続けているけれど、今わたしは確かに幸せだ。  
 

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