「先輩……これ、受け取ってください!」  
2月14日。……自分には無縁なイベントだとばかり思っていた太郎だが、  
目の前の少女は確かに太郎に向かって可愛いラッピングに包まれた箱を差し出していた。  
太郎も自惚れ屋ではない。自分が異性からのその手の人気があまり無いのは承知しているつもりだ。  
容姿に自信が無いパッとしない子が、競争率低そうな自分で妥協しようとしている、  
というのならまだ太郎にも(哀しいながら)理解できる。  
だが、太郎に向かって今チョコをささげている少女は、決してレベルが低そうな相手ではなかった。  
眼鏡や素直に纏めただけの黒髪などの地味な要素はあるものの、  
良く見れば整った目鼻立ちに均整のとれた体格。  
おっとりした雰囲気ながら気恥ずかしげな微笑みの中に覗く魅力的な表情。  
地味な装いも、目立ったり敵を作ったりしないために  
あえて自分で抑えたカムフラージュなのではないのかと思わせられる。  
平均的にレベルが高くバランスの取れた(だからこそ一見すると平均的で無個性な地味な印象を感じるのかも知れないが)  
そんな構成要素の中で一際目を惹くのが  
胸。  
たわわに実った、大きいといって差し支えの無い果実。  
露骨に言えば童顔巨乳。正直に言うと太郎の趣味どストライクである。  
 
「……これは誰が仕組んだドッキリだ……?」  
「はい?」  
「くそう! 学校の倉庫裏へ呼び出しの手紙なんて、  
 そんなベタな手を使う奴が今更居るはずは無いのはわかっていたんだ!  
 どうせ俺がノコノコやって来たところで待ち伏せしてた木村や渡辺あたりが  
 『ワハハ本気で来た!ロマンチスト!』と指差して爆笑とかそんなオチに決まっていて、  
 それならそれでぶん殴ってストレス解消してやろうと思ったのに!  
 まさかここまで周到な細工を仕込むとは! 奴らは何処だ、その茂みか!?  
 カメラでも用意してるんじゃないだろうな!」  
「えっと、あの」  
「あーキミ、奴らの部活の後輩だかなんだか知らないが、駄目だぞ。  
 先輩の命令とは言えタチの悪い悪戯に協力するなんて。  
 部活の延長で付き合うラインはしっかりと選ばなきゃな」  
「あー、いえ、先輩が毎年どれだけ物悲しい2月14日を送ってきたのかそこはかとなく理解できましたが、  
 とりあえず受け取ってもらえます?」  
「物悲しいって言うな! 製菓会社の陰謀に踊らされる民衆の方こそ世の悲しさを反映しているんだ!」  
「あ、チョコがお嫌いでしたらラーメン食べに行きます? 駅前のとんこつラーメン、美味しいですよ」  
「製菓会社で無ければ良いってモンでも無いよ!!?  
 と言うか、チョコが駄目ならラーメンって何その極端な路線変更!?  
 しかもあの店、スープ特濃、背脂たっぷりの超コテコテ系じゃねーか!?その顔でアレが好きなの!?」  
「某アニメ主題歌歌詞中の『とんこつハリガネ』が  
 『とんこつで麺を超硬めで』という用語だとわかる程度には好きですね」  
「いろんな意味でマニアだー!!?」  
「……ああ、やっぱり……お友達とお話されているお声を遠くから聞かせてもらった時も、  
 もしご一緒にお話できたらそうなんじゃないかと思っていたのですが、  
 ……先輩とお話しするの、凄く楽しい……」  
「誉められてるのか何だかわからないし本人が言うのもなんだが、キミのツボはおかしいよ!!!  
 ツッコミ待ち!?芸人志望!?」  
「いえ、まあ、ですからそういうことで」  
とん、と少女は太郎の胸元に箱を押し当てた。  
近付かれると胸を上から見下ろす形になって少しどぎまぎする。  
「……好きです。受け取ってください」  
 
「……マジかよ……」  
喜ぶより、未だに信じられないという思いが強い。  
「……あ、開けて……いい、のか?」  
「どうぞ」  
少し震える手でラッピングを外しはじめる。  
包装紙が破れないように注意して広げようとするが、シールを剥がそうとした時に、  
貼りついていた紙が小さくピリ、と音を立てたのが心苦しかった。(彼女は気にしていないようだったが)  
綺麗な包装紙の下から出てきた紙箱は比較的簡素なものだったが、  
ふたを開けてみると中には花の形をあしらった細い紙のリボンが敷かれていて、  
その中央に微妙にいびつなハート形の……って。  
「うおおおおおおおおおッ!!?」  
コンビニで買える安いチョコ菓子でもそれなりに小奇麗な形をしているこのご時世に、  
「いびつな形をしたチョコ」というのは、それは、つまり――  
「いいいいきなりここコレってししし刺激がつつ強すぎるぞオイ!!」  
「お嫌でしたか?」  
「俺を殺す気か!心臓が止まるかと思ったわ!」  
「私お手製のチョコを配ると、新世界の神になれる、ということでしょうか?」  
「心臓発作を起こす目的でチョコを作らないでくれ!  
 甘いものを武器にすると、捜査を始める前にLの方が真っ先に死にそうだ!」  
太郎はいったん深呼吸して気持ちを落ち着かせた。  
「……しかし『お手製』って……やっぱり手作りなのか、コレ」  
「はい。……慣れないもので、味の方には自信が無いのですが……」  
少女は少しもじもじして。  
「よろしければ、今召し上がっていただけますか? 感想をいただきたいので……」  
「あ、ああ……うん」  
勿体無くて口をつけるのも躊躇われたが、遠慮がちに小さく一口かじる。  
苦味の少ないミルクチョコレート。濃厚な甘味が口の中に広がる。  
だが、安物のチョコのように舌の上にべったりと貼り付く様なしつこい後味が無く、  
あっさりと雪のように解けて、ナッツのような芳ばしい香りをほのかに残してさらりと消えていく。  
「う……うまい!」  
「本当ですか!?良かった!」  
はにかむ彼女。両手を胸の前で合わせて喜ぶ仕草に豊満な胸が揺れる。  
どうやら本当に本気らしいし、疑いも晴れてようやく幸せな甘い気分を実感し始める。  
「本当に美味いよ。うん……ありがとう。ごちそうさん」  
 
あまり美味しいので、一口二口のつもりが、いつの間にか全部平らげてしまっていた。  
「ふぅ……何か暑いな。一気に食いすぎたか……それとも、酒入りチョコだった?」  
あるいは、彼女と一緒に居て今になって照れる気持ちが湧いてきたのか……。  
「……チョコを食べると興奮して、時には鼻血を出してしまう、という話を聞きますよね。  
 本当かどうかはわかりませんが……先輩も興奮してしまってるんでしょうか」  
すると彼女は唐突に、太郎に背を向けて、深いお辞儀でもするかのような前かがみの姿勢になり、  
左手を膝にあてて、右手を腰の後ろに……。  
「……なら、これの場合も興奮してしまいますか?」  
ばさっ、と、大きくスカートを持ち上げた。  
赤。  
太郎は一瞬自分の鼻血で視界が染まったのかと思ったが、  
太郎の粘膜は興奮して流血するほど弱い方ではないようだった。  
赤と言っても比較的暗めで落ち着いたシックな色で、レッドと言うよりはクリムゾン。  
布地を縁取るレースはその色からして薔薇のようにも見える。  
真面目で地味かつ、のほほんとした彼女の雰囲気や他の衣服に比べると  
その一点だけが異様に浮いていてアンバランスではあったが、  
その不均衡が倒錯的な匂いを醸し出しているようでもある。  
「ちょっ……おい、一体、何を……」  
狼狽する太郎だが。  
「もう一度伺います。……『興奮』してしまいませんか?」  
彼女の声は、むしろ真面目に淡々としているようですらあり……。  
腰をくいっ、と揺らす。  
赤い布地が視界の中で踊る。  
赤い、布が。  
「う……あ……あ?」  
確かに、『興奮』している。  
だがそれは、異性の下着を見たから誘発された性的な興奮だけでなく、何か、別の……。  
「美味しいと言っていただけて幸いです。味の方には自信がありませんでしたから。  
 慣れてないもので……  
   
 『自分のミルク』を使って 料理を作るのは」  
 
大きな引力に捕らえられたかのように、視線が赤い布から外れない。  
彼女が突き出した尻の上から、何かが……「まるで尻尾のようなもの」が、  
いつの間にか生えているのも、視界の端にぼんやりとしか映らず、気にも留めない……留められない。  
同じように、自分の尻のあたりに紐のようなものがぶら下がってぶんぶん揺れている感触も、  
意識の内では全くの些事として扱われているようだった。  
「う……ぐ、ご」  
ふらふらと彼女に歩み寄り、赤い布に顔を近づける。  
前屈みの姿勢から四つん這いになっていた彼女の腰の高さに頭を合わせようとして、  
自分も地に手をついた。地面でかつんと何か硬い音がしたが、何か指先の感覚が判然としない。  
まるで指が融けて一つの塊になってしまったかのように……。  
「すみません……私の中に入ってきた牛さんが、男性の……を求めていたもので……」  
耳が大きくなったかのように何か音が変な風に頭に反響して聞き取りづらい。  
良く聞こえる方向はないかと耳を動かしてみる……あれ、自分には耳を動かすなんていう特技はあっただろうか。  
だが見れば彼女の耳も大きくぴくぴくと動いているので、これが普通なのだろう。  
「……ぐ……ぐもぉ……」  
鼻先をぐりぐりと赤い布にこすり付ける。大きく広がった鼻に、何かいい香りがする……。  
気持ちよかったのか、彼女も声を上げる。  
「んもぉっ!」  
可愛い声だ。声だけでなく、下着のセンスも良く見れば可愛い。  
赤い布が、白地に黒の斑点の柔らかい毛皮に映えて……。  
……あれ? 何かおかしいような……気のせいか。  
「でも……先輩が好きなのは、本当ですから……」  
「ぶも、もぉ、もう」  
妙に粘性のある涎が糸を引いて垂れる口を開き、赤い布に噛み付いて、ずり下ろす。  
「先輩はこの姿になってる時のことを、忘れてしまうでしょうけれど……」  
「んもっ、もぉう、もぉお」  
露になったピンク色の秘所を見て、残り少なかった太郎の最後の理性ははじけた。  
「できれば……いつか、意識のある先輩と、本気で……」  
「んもおおおぉぉぉ!!!」  
小さな呟きを大きな鳴き声でかき消し、雌牛獣人の上に雄牛獣人が覆いかぶさる。  
快楽によって自分も今は人語ではなく牛の鳴き声を上げている雌の体色は、ホルスタインのような白黒ぶち。  
本能のままに猛る雄牛は……  
 
チョコレートを思わせる、焦げ茶色の体毛に包まれていた。  
 

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