緩やかに風が、流れてゆく。
風にたなびく草達は、静かな波のように見える。
わたしの自慢の白い毛も、風に吹かれて柔らかく揺れる。
まだ、朝日がやっとこさ顔を見せたところ。
何となく目が覚めたので、ここいらで一番いい風の流れる、私のお気に入りの場所に来た。
そろそろ夏になるけれど、この時間ならまだ涼しい。
こっそり来ちゃったけど、ムラの大人達はまだみんな眠っている。
「そういえば、あの時もこんな朝だったっけ・・」
そう呟いて背伸びをしてから、ゆっくりと目を瞑る。
少しだけ湿った草の匂いがする。
結局、起きたのが早過ぎたからか、あっという間に眠くなってしまったのだった。
朝日が十分に昇った頃、私は目を覚ました。
「そろそろ、戻らなきゃ・・・・」
少しだけ名残惜しかったけど、私はその場を後にしようと起き上がる。
何だか小さいときの、懐かしい夢を見ていた気がする。
立ち上がったときに、目の前に見えるのは、遠くに見える山達、そしてその上に果てしなく広がる空。
その果てしない空を流れてゆく雲は、まだ少し夜の色を残しているのだった。
私も、みんなも、もう、それぞれで暮らす時期に差し掛かってきている。
昔は、毎日のように集まって遊んでいたけれど、最近はたまに会うことぐらいしかなく、それこそ5人が揃う事などはここしばらく、全く無かった。
カネリとノカトは、二人とも両親から離れてちょっとだけ離れた所で暮らし始めた。
たまに会って話をしたりはするが、集まって遊んだりするという事は無くなっていた。
ピオは今、一つ年下の子供達のグループをお兄さんとしてまとめている。
そんなピオも、後一・二回季節が巡る頃には、きっと一人で暮らし始めるのだろう。
アルは・・・・アルだけは、家族がいなかったので今も小さい頃と同じ家に住んでいる。
だから顔を合わせる機会は一番多いのだけれど。
最近、あまり話をしなくなった。・・・・別に、ケンカしたとかじゃないんだけど。
私にはよく分からないが、挨拶したりすると、アルは少し恥ずかしそうに顔を背ける。
私、何かしたっけ?思い当たる事は無いんだけど・・・・
とまあ、たまにそんな事も思い浮かべつつ、色々な作業をオトナに習ったり、服を作ったり、料理したりするのは楽しい。
こんな感じだから、普段は寂しく思うことはあんまりないんだけどね。
それでも、夜、一人で横になったりした時に、小さい頃を思い出したりする。
・・・・そういう時、私は少しだけ寂しくなる。
みんなも、そんな時があったりするだろうか。
綺麗に澄んだ夜の空に、星達が舞い踊る。
「大分、遅くなっちゃったな・・・」
私は自慢の毛を梳き終わって、一通りやる事を終えたので、そろそろ寝ようと横になった。
ちょうど横になった時に、顔の真正面に来る窓からは、少し欠けてはいるが綺麗な月が私を見ている。
少し涼しくなった夜の風と、草原で精一杯歌う虫達の歌声が、半分だけ開けられた窓から私の元へと届く。
毛布を被って、横になりながら窓の外を眺めていたら、私はこう、無意識に呟いていた。
「今度の夏祭り、アルのこと誘ってみようかな・・・」
私自身、思ってもいない言葉が口から出て、ちょっとビックリする。
その後、自分で恥ずかしくなって、誤魔化すように別の事を考えていたら、何時の間にか私は眠りに落ちていた。
何で、長いこと話もしていないアルの名前が出たのだろうか。
この間、アルを見たのは・・・3日前?
うん、その時、近所の小母さんを手伝っていた時に、道の向こうに居たアルとふと目線があった。
その時アルは、しばらく私の事を見ていたけど、慌ててそっぽ向いて走って行ったんだっけ。
後になって考えてみると、この時私はまだ、今度の夏祭りで何が起こるかなんて、全然予想もつかなかった。
次の日の夜、一通り用事を済ませた私は、アルの家に向かっていた。
「よし、今日の夜、用事を済ませたらアルの所へ行ってみよう」
そう思っていたのだが、家の前に着いた時、後ろから声をかけてきたのは、意外にも私が声を掛けようとしていた本人だった。
真剣な、でもちょっと照れたような表情で
「なぁ、エル。ちょっと今いいか?」
「・・・え、あ、うん。別にいいけど。急にどうしたの?」
全く身構えていなかったので、慌てた返事になってしまい、私もちょっと恥ずかしくなった。
「じゃあエル、丘の方、行こう?」
「・・・?うん」
よく分からないが、返事をする。
私が返事をしたら、アルはちょっと躊躇った後、手を繋いできた。
アルにしたら、別に意識した訳じゃ無いんだろうけど・・・
私は久し振りにアルに手を握られて、ちょっとドキドキした。けどこんな事アルには言えないなぁ。
二人で手を繋いだのは、いつ以来なんだろう。
ここ2年ぐらいは、アルともあんまり話しなかったし。
実際、いつだかわかんない位、小さい時の記憶しか無い。
あの頃はよく、皆で手を繋いで遊びに行ったりしたっけ。
・・・・・ううん、覚えてる。思い出した。
最後に手を繋いだのは、アルと二人で、オトナ達に行ってはいけないと言われていた、霧の森に遊びに行った時だ。
あの時、大きな獣に襲われた私を逃がしてくれたアル。
あの時は、たまたま野草を取りにきていたオトナ達がいて、アルも無事で済んだけど、もしオトナ達が来てくれなかったら、私達二人は生きてはいなかったかもしれない。
その後二人で、ムラの長や、私の両親達から説教をされて、ムラの倉庫に罰として一晩閉じ込められた。
その時、怖がっていた私の手を、アルは一晩、ずっと握っててくれたんだったっけ。
思えば、それから何かちょっと、アルは私と距離を置くようになったような、そんな気もしないでもない。
長いのか、短いのか、わからない時間。
二人で手を繋いだまましばらく歩くと、アルの言っていた丘に辿り着いた。
アルは、私の手を離して少し先まで歩いて行って、私の方を振り返らないまま・・・
「昨日、長会議で[蒼の森の民]の移住が決まったらしいんだ」
「・・?・・・え?」
え、どういうこと?
「それって・・・・」
私がそう尋ねようとしたら、アルは私の方を向いて、
「大火事で焼けちゃった森が、ある程度蘇ったから、もうそろそろ戻ってもいい頃だろうって」
長の会議で、[蒼の森の民]の移住が決まる、それはつまり・・・・・
ここまで聞いてもう、私はアルが何を言おうとしているのかを、理解してしまった。
でも、頭では理解したそれを、何故だか認めたくない私が何処かにいる。
この所二人では、しばらく話をしなかったけれど、それは別に嫌いだからじゃない。
アルも、そう思ってくれているのだろうか?
この話をしに来てくれたのだから、きっとそう思ってくれているハズ。
と言うよりも、そうであればいいな、と思う。
「だから、俺、引っ越さないといけなくなっちゃった」
ちょっと残念そうに、でも、仕方が無いといった風に軽く頭を掻きながらアルはそう言う。
そんな様子のアルに、私は一つだけ尋ねる、
「・・・・いつ、引っ越すの?」
出来ればこんな事、聞きたくは無いけど。
「今度の、夏祭りの後、その時に全員を広場に集めて伝えるって」
「・・・・・・そう、なの」
その一言の後の無言のまま過ぎてゆく時間が、とても長く感じる。
後、たったの一週間。
なら、せめて最後くらい、また一緒に仲良くしたいと、そう私は思い、
「・・・・うん。じゃあ、来週の夏祭り。私と一緒に行こう!」
出来る限り明るく言ったつもりだけど・・・・でも、ちゃんとそう言えたのだろうか。
そんな私の想いには、全く気が付いていないのか、私がそう言うと、
「え?いや、あの・・・・」
アルは傍から見ていても、思わず笑いたくなるぐらい慌てた様子で、何かを必死に言おうとしている。
からかい半分で、私はそんな様子のアルに言葉を重ねる。
「それとも、私と一緒じゃイヤ?」
とこんな感じで、ねだるように聞いてみたら、
「・・・・・・・ヤじゃ、無いけど・・・」
とアルは恥ずかしそうに、そっぽ向いて言った。
そっぽ向いてるけど、その割には、アルの尻尾がわさわさと落ち着き無く振られているので、決して嫌な訳じゃ無いのがすぐに判る。
「じゃあ、約束だからね!待ち合わせ場所は・・・・」
その先を言おうとしたら、ようやく立ち直ったらしいアルに、先に台詞を言われてしまった。
「裏の森の、[槍の樹]の前だろ?」
・・・とっくに、忘れてると思ったのに、アルはまだ、覚えていてくれた。
そこは、昔、みんなで遊びに行くとき、いつもアルと待ち合わせをした場所。
このムラの裏の森の前にある、先が槍の様に尖った一本の大きな樹。
アルはよく寝坊をして遅れて来て、その度に私は、アルに色々言ったのを覚えている。
「うん!約束だからね!寝坊したら許さないからね!」
私が昔の様にそう言うと、アルは半分ムッとした顔で、でも途中から後は、呆れたような笑顔で、
「いくら何でも、夕方まで寝てる事は無いよ・・・」
こう私に言ったのだった。
その後は、アルと二人で、色々な事を話してから、最後に約束を確認して別れた。
長いこと、お互いに話していなかったので、話したい事が二人ともいっぱいあった。
本当に、下らない事も沢山あって、でも、そんな話をするのが何だか楽しかった。
その後、一人で家に戻って、何となく本を読んでいる時に思った。
本当に久し振りの、アルとの意味が無いけど、それでも楽しいやりとり。
思えば、こういうやり取りをしなくなってから、随分と長いことになる。
考え事をしていて力が抜けていたのか、私の手元にある本が支えを失って、ひとりでにパラパラと音を立てて閉じる。
机の上にある蝋燭の火が、先程閉じだ本によって起こった風で、ゆらゆらと揺らめく。
今度の多分、きっと二人一緒では最後になる夏祭り、折角だから、いい事が起こるといいなぁ・・・・
外からの緩やかな風に吹かれ、微かに揺れる蝋燭の火を眺めながら、私はそう思ったのだった。
アルと二人で、裏の丘で約束をしてから、あっという間に一週間が過ぎた。
今日のお祭りは、年に何回かあるお祭りの中でも一番大きなモノ。
このお祭りをする場所は、私の家から私の足だと歩いて2〜30分ぐらいの、近くのムラ全体で管理している大きな広場。
この広場は、お祭り以外だと、族長会議とか、特殊な儀式とかでしか使われない。
だから、普段はよく子供達の遊び場所となっている。
お祭りについては、「私達を創り出し、生かしてくれている大地への、感謝の意を表すお祭り」って長老は言ってたけど、私が思うに、それにかこつけた大騒ぎなんじゃないかな、と。
実際、このお祭りは最終的に、近くのムラのヒトビトが全員集まってのどんちゃん騒ぎになる。
結局みんな、大騒ぎするのが好きなのだろう、私だってそうだ。
時折、可愛らしいはしゃぎ声が遠くから聞こえてくる。
小さい仔達は、待ちきれずにもう外で夏祭りが始まるのを待っているのだろう。
私も用意を済ませて、少し早めに家を出る。
もうお日様は大分傾いていて、お日様の反対の空には星が見え始め、空は赤紫色に変わりかけている。
ぼーっと、家の前でそんな空を眺めていると・・・・
「おい、通るぞー。危ねぇぞー」
「きゃ・・・!」
目の前を、大きな角材を担いだオジさんが走り抜ける。
何だかんだで、忙しそうに準備をするオトナ達も、みんなどこかしら楽しそうな表情をしている。
何時の間にか、蝋燭やランプには明かりが灯され、あちこちから様々な食べ物等の匂いが流れてくる様になっていた。
そろそろかなと思い、あの約束場所へと向かう。
アルはちゃんと来ているのだろうか?
案の定、私が[槍の樹]の前に着いた時、まだアルは来ていなかった。
「全くもぅ・・・最後まで私の方が早いのね」
最後の最後にコレは、ちょっと残念だったけど、それはそれでアルらしいと思って、ついクスクスと笑ってしまう。
笑い終わったときに、向こうから走ってくるヒト影が見えた。
「ゴメン、待った?」
随分急いで走ってきたのか、疲れた様子でアルはそう聞いてくる。
「ううん、今来たところ」
「・・・・良かっ・・た」
大分荒く、肩で息をしながら途切れ途切れに呟くアルに、私は思わず一言。
「ちょっと、大丈夫?少し休んでから行く?」
「・・・いや、大丈夫。・・・さ、行こう」
全く、変なトコで意地っ張りなところも、全然変わっていないなぁ。
二人で並んで、広場へ向かって歩き出す。
最初は、何も話さずに唯並んで歩いているだけだった。
そこで、私が折角だから手でも繋ごうと、アルの方に手を出したら・・・・
「「!」」
どうやらちょうど、アルも同じ事を考えていたらしい。
私が手を出した先に、同じような格好のアルの手があった。
お互いに恥ずかしくって、顔が見られなくなる。
けどその後、実際に手を繋いでしまったら、さっきのコトがなんだか可笑しくなっちゃって・・・
気が付いたら、二人とも笑っていた。
それで最初の緊張も解けて、色々と話をしながら歩いて行く。
「ん、もうそろそろ、かな」
アルが話の最中に、ふとそう言った。
その言葉を聞いて、辺りを見回すと、もうそこはお祭りをする広場だった。
「やっと着いたね」
色々と話をしながら歩いていたので、何時の間にか広場に着いてしまったみたいだ。
[槍の樹]からココまで、どれ位歩いたのか、よく分からない。
それぐらい、二人で話をするのが楽しかった。ってコトだろう。
その時、
『ドドーン・・・パラパラパラ・・・・』
私とアルが、ちょうど広場の入り口辺りに差し掛かったとき、始まりの合図である、大きな花火が打ち上げられた。
それは大きな音を立てて、私達の頭上で弾けた後、赤と青の二色の火花を降らせる。
この花火、以前火事で焼けてしまったアルの故郷の[蒼の森]の長を始めとする、森にあるムラの長達は長いこと反対していたらしい。
もしまた火事が起こったらどうする、ってことだろう。
そうは言っても、私が小さいときからずっと、毎年上がってるんだけどね。
「じゃあ、どうしようか」
アルが、私の方を見ながらそう尋ねてくる。
「んー・・・とりあえず、歩いて回らない?」
「そうだね・・・じゃ、行こう?」
「うん!」
辺りは大分暗くなり始めたが、無数の松明等の灯りによって、広場は明るい。
私とアルは、いっぱいあるテーブルの上に、雑然と並べられている沢山の料理やお菓子を食べたり、大人達が用意してくれたゲームで遊んだり。
子供も、大人も、皆それぞれに楽しんでいる。
小さい子供達の集団がいると思えば、向こうには子供を連れた家族がいる。
お爺さんとお婆さんとすれ違ったと思えば、若い男女もいる。
その時、ちょっと開けたところから、太鼓と笛の音が響いてきた。
軽快なリズムで歌う、笛と太鼓の合唱、そしてそれに続くのは皆の歌声。
沢山のヒト達が、曲に合わせて思い思いの踊りを披露している。
「あっちで、みんな踊ってるよ?一緒に行かない?」
私がそう言ったら、アルは繋いでいた手を離して、頭を掻きながら、
「・・・・・いいけどー、でも・・うわっ、ちょっと、待てよ〜!」
そんなアルの手を強引に取り、引きずるようにして走ってゆく。
「早く早く!」
「判ったって。だからそんなに引っ張るなよ〜」
二人で一緒に踊るのは、随分と久し振りだ。
最初は大分ぎこちなかったけど、踊っていると自然と身体が軽くなる。
気が付けば二人とも、流れるように踊れていた。
そういえば、前に一緒に踊ったときも、こんなお祭りの時だったっけ。
あれは、3年ぐらい前だっただろうか。
そんな事を頭の片隅で考えながら踊り続けていると、曲のテンポが一際速くなる。
アルと手を取り合いながら、曲に合わせてステップを踏む。
よく判らないけど、何だか気持ちがいい。
そんな中、そろそろ終わりに近づく曲を聞いていると、少しだけ残念な気持ちになる。
そして、最後のフレーズが終わり、クルリと回ってからアルと手を離したら、急に拍手が巻き起こる。
周囲の、何時の間にか見物客と化したヒト達を見て、私はようやく気が付いた。
・・・・・ウソ。もしかして、途中から二人だけで踊ってた?
あんまりにも恥ずかしくって、顔や耳が熱くなるのがよく判った。
「良かったぞー、いや〜いい踊りっぷりだった!」
「お兄ちゃんと、お姉ちゃん、綺麗だったよ〜」
「ほっほ、良いものを見させてもらいました」
周りのヒト達から、賞賛とも、野次ともつかないような言葉を投げかけられながら、アルの方をちらりと見る。
アルも、ちょっと俯いて恥ずかしそうにしていた。
どうやら、アルも全く気が付いていなかったらしい。
そのまま、じっと見ていると、アルと目が合い・・・
「じゃ、恥ずかしいけど。礼・・・しようか」
「・・うん」
そう言って、アルと再び手を繋ぎ、ぺこりとお辞儀をする。
そして、一際大きくなる拍手を背中に受けながら、私達はその場を後にしたのだった。
「ふぃー、結構疲れたな。エルは疲れてない?」
結構立て続けに色々回ったので、
疲れてないといえば嘘になる。
「ちょっと、疲れたかも」
だからそう、素直に言った。
「じゃあ一回、出ようか」
「うん・・・・あ、ちょっと喉乾いちゃったから、何か飲み物取ってくるね」
「わかった。じゃあ、先に行ってるから」
そう私に言って、アルは広場の外に出て行った。
さて、飲み物は何にしようか。
色々な種類の飲み物が、テーブルの上に並んでいる。
果物を絞ったもの、植物から作るもの・・・要するに、ジュースとか、お茶とかがあって。
その横のテーブルにあるのは・・・お酒だ。
これも色々な種類がある、特に今日はお祭りだから、普段は出てこないような珍しい種類のモノも混じっている。
唯、お酒の方を子供が飲まないように、見張りの大人が一人、お酒のテーブルの脇に立っている。
「・・・・よーし、いっそのこと」
折角のお祭りなんだから、ちょっとぐらい、羽目を外してもいいだろう。
見張りの大人の死角に入るように、身体を屈めてテーブルの裏から回り込む。
幸い、今ココに他の人はあまりいないので、見張りの人にさえ気をつければ何とかなるだろう。
息を潜めて、見張りのヒトがテーブルの反対側の方を向くのを待って、その瞬間に・・・・
「・・・・・よ、と」
二つの大きな木で出来たコップを手にとって、最初に来た方向へダッシュする。
しばらく走ってから、ちらりと後ろを振り返る。
・・・追っかけて来ないから、何とか、気づかれなかったようだ。
「中身は・・・」
中身が見えない状態で、コップを取ってきたので、何が入っているのかはまだわからない。
香りを嗅いでみたら、どうも梨のお酒らしい。
一体アルは、コレを見たらどんな顔をするだろうか。
広場を出てから、少し外れの方に歩いていくと、草むらの上でアルが座って待っていた。
私は後ろから、そっと近づいて、
「うふふふ、お待たせ。はい、コレ」
そう言って、二つのコップの内の一つをアルに手渡す。
「ん、お帰り。随分時間掛かってたみたいだけど、何かあった?」
「ううん、別に。特に何もなかったよ?」
私はそう言いながら、梨のお酒を一口飲む。
まるでジュースの様に甘いお酒、口に含んだ瞬間に甘い香りが鼻をくすぐる。
私は今まで、お酒を飲んだ事は殆ど無い。
昔、お父さんに一回飲んでみろって言われて飲んだけど、そのお酒は苦くって、とてもじゃないけど飲めなかった。
でもこのお酒は、甘くて、ほわっとしてて、なんだか気持ちいい。
「って、エル!これお酒じゃないか!」
飲もうとして気が付いたらしいアルが、慌ててそう言ってきた。
と言っても、私も確信犯で持ってきた訳で。
「折角だもん、ちょっとぐらいいいじゃない♪」
私がそう言うと、アルはちょっと呆れた顔で、
「全く、コレどうやって取ってきたんだよ・・・・ま、いいか。たまにはこういうのも」
そう言いながらアルは、コップの中身に口をつける。
「・・・へぇ、意外とコレ、甘いんだな」
そして驚いたように小さく呟いた。
「知らなかったの?」
私は横に腰を下ろして、アルに寄りかかりながらそう尋ねる。
「知ってる訳無いだろ。そもそもお酒なんて飲むの、俺初めてだよ」
「ふふふ、私も、初めてだよ。・・・・・結構、おいしいね」
そう言いながら、アルに体重を預けたまま、その肩に軽く頭を乗せる。
アルの身体が、緊張でちょっと堅くなったのが判る。
・・・何だか、身体がぽわぽわする、お酒を飲んだ所為だろうか。
「ああ、そうだな・・・ってエル、もしかして、もう酔ってる?」
アルが、呆れ半分、心配半分で聞いてくる。
「・・・うふふ、そうかもしれない」
私はそのまま、静かに目を閉じる。
風の音、虫の声、離れた広場から聞こえる喧騒、それに心臓の音。
それと同じで、風の匂い、草の匂い、広場から漂ってくる雑多な匂い、そして・・・アルの匂い。
色々な音や匂いが、何故だかいつもより強く感じられた。
そのまましばらく、時間だけが過ぎてゆき・・・
「ねぇ・・・」
「何だよ」
お酒でちょっと酔ってるからか、気が付いたら私はとんでもない言葉を口にしていた。
「・・・アルは私の事、好き?」
一瞬の、だけどその割には長く感じられる間が空いた。
「な!・・・お、ちょ、え・・・ぁ、ぅうー・・・」
余りにも唐突過ぎる私の質問に、アルは目が点になって、意味を成さない言葉を口にする。
しばらく俯いて、尻尾をバサバサと振りながら考え込んでいたアル。
最後にようやく決心した様で、私の方を見て小さな声で、
「・・・いや、好き・・・だけど」
とっても、嬉しい答え。
「うふふ、私も・・・だよ」
そのまま、アルの顔に横から顔を近づけて、ちょっと強引にキスをする。
「・・・!」
「んむ、ぅ・・・」
最初アルは呆然とした顔してたけど、途中からは私に合わせてくれた。
ちょっと私、どうかしちゃったかもしれない・・・でも、それでも、いいや。
お互いに、ゆっくりと口を離すと、月明かりに幾筋かの線が煌く。
「・・・エル」
静かに、アルが私の名前を呼ぶ。
きっと、アルは私の事を心配してくれているに違いない。
「いいの、いいの・・・」
そう言いながら、私はアルに抱きつき、その胸に顔を埋める。
ふと気が付くと、下ろしていた腕に、何か硬いモノが当たっている。
私は不思議に思ってそれを覗き込むと・・・
「わ、わ・・・ゴメン!」
そこにあったのは、既に硬く、大きくなっているアル自身だった。
アルが慌てて謝ってきたけど、私はそんな事、気にしないから。
・・・それに、ココまで来ちゃったら、もうそんなコト関係無い。
「別に、いいの」
私はそう言って、アルのモノを口に含む・・・思っていたより、ちょっと、大きい。
「・・・エ、ル・・・ちょ・・うわ、ぁ」
口の中にある、アルのモノに舌を絡ませながら、ゆっくりと顔を前後させる。
前後させる度に、小さく水音がしてしまうが、ココらに来るヒトはいないから問題無いだろう。
アルは何も言わずに、ただ私のなすがままになっていて、私の動きに合わせて、時折身体を強張らせる。
「んふ・・・ちゅ、ぷ・・・ふぁ」
しばらく続けている内に、硬くなっているモノの先から、僅かにしょっぱい液体が出始めた。
「・・・ちょ・・っエ、ル・・・もう、俺、限か・・い」
アルが身体を強張らせる度に、私の口の中でアルのモノが跳ねる。
構わず私は動きを速めてゆく、すると一際硬くなったと思った瞬間、
「・・・ん、うッ!んっ、ェ・・げほっ・・んく・・」
限界に達したアルのモノから、熱い液体が放たれる。
勢い良く放たれたソレに、私はちょっとむせてしまい、思わず咥えていた口を離してしまう。
「・・・ぅ、ゴメン!大丈・・夫?」
私が勝手にした事なのに、それでもアルはむせた私を気遣ってくれる。
でも、今の気持ちに比べたら、コレぐらいどうって事は無い。
「うん、大丈夫。ねぇ、それよりアル・・・」
そう言いながら、私はアルに身体を絡ませる。
「エル、絶対、酔ってる・・・・」
そう呟きながらも、アルは私から身体を離そうとはしなかった。
そして、呟いてしばらくしてから、こう言った。
「・・・エルは、俺で、いいのか?」
それは、あまりにも当たり前過ぎる質問。
そもそも、そうでなければ誘ったりはしないけれど・・・
私は肯定の意味を込めて、アルに思いっきり抱きつく。
そうして抱きついてしばらく経ったとき、アルはいきなり私のアノ部分に触れてきたのだった。
と言っても、ほんのちょっと、軽く、触れただけ。
「!や・・ぅ」
なのに・・・なのに、身体が勝手に反応して、自分の意志とは関係無く、軽く身体が跳ねる。
でも、嫌な感覚では無い。
むしろ、私は気持ちいいと思って、それとなくアルに誘う視線を向けてみた。
アルは、そんな様子の私を見て、困った顔をしながらちょっと間を空けてから、決意したようにこう言った。
「じゃあ・・・エル、行くよ?」
お互い、向き合ったまま、私はアルのモノの上に身体を移動させる。
ついさっき、あれだけ勢い良く出したハズなのに、アルのモノは先程と同じように元気なままだ。
ゆっくりと腰を下ろして行くが、いざ触れた瞬間に、ちょっと怖くなる。
「・・・う」
初めてする行為に、思わず身体を強張らせた私を気遣って、アルがこう言ってくれた。
「ゆっくり、ゆっくり。無理、するなよ?」
そう、アルが言うのを聞いて、意を決して私は徐々に腰を、アルの上に下ろしていく。
硬く、大きくなったアルのモノが、私の中に少しずつ入り込んでくる。
私の方も、既に濡れ始めてはいたが、それでもちょっと痛い、でも、我慢できない程では無い。
「ぅ・・・ぅ、あっ・・・・」
そのまま少しずつ、少しずつ沈めてゆき、最後まで辿り付く。
私の中にいるアルは、気を緩めると、身体が溶けてしまうのではないかと思う程に熱い。
お互いに、正面を向き合って繋がったまま、軽く抱き合う。
「・・・っ、アルが、私の中にいる・・・」
私はそう呟き、そのまま、アルの胸毛に顔を埋める。
「エル、今から動くから・・・力、抜いて」
言われた通りに、私はなるべく力を抜こうとするが、そう簡単には行かない。
アルが腰を動かし始めると、先程まではそれ程でもなかった痛みが急に増した。
「く・・ちょ、アル・・・・・・・痛い・・・」
「・・・・え?どうする、止めておこうか?」
嫌だ、ココで終わりたくなんか無いと、繋がったままアルにキスをする。
それは、お互いに舌を絡め合った、深い深いキス。
そして私は、口を離してアルにこう言う。
「止めちゃ嫌。これぐらい、平気だから・・・」
「わかった。じゃあ、もう一回・・・行くよ」
そして、再びアルは腰を動かし始める。
結局最初の痛みは、しばらくたつと感じられなくなった。
それと入れ替わるように、初めての快感が身体を駆け巡るようになって行く。
「ッ・・・ふぁ・・・気持ち、イイよぉ」
少しずつ、アルの腰の動きが速くなる。
それに合わせるように、何時の間にか私も腰を動かし始めているのに気が付いた。
「俺も、さ。・・・う・・」
お互いに、徐々に動きが激しくなってゆく。
それに合わせて飛び散った液体が、二人の腿と夜の草を濡らす。
だんだんと、頭の中が真っ白になっていく・・・・と思った矢先、
「・・・く」
アルが、いきなり私の身体を持ち上げたので、今まで繋がっていたお互いの身体が離れてしまう。
「・・・・アル、何で、止めちゃう、のぉ?」
絶頂を感じ始めていた頭は、一旦離れてしまうだけであっという間に褪めてゆく。
私は訳もわからず、不満そうにアルの方を見る。
「エル、こうやって・・・」
アルの膝の上に座っていた私の身体を、アルは支えて四つん這いにさせる。
「・・・え?・・・ちょと、待ってよ・・・恥ずかしいよ」
「いいじゃないか。それより、もう一回行くぞ・・」
アルはそう言うと、まだ準備も出来ていなかったのに、いきなり挿れてきた。
もう全く、最初の様に痛いコトは無かった。
私の方も十分に濡れていたし、さっきまでのコトもあって、痺れるような快感が背中から尻尾に向かって走る。
「ひゃう!」
さっきよりも更に深く、アルが私の中に入ってきているのを感じる。
その強い快感に私の尻尾と耳がピンと立ち上がる。
「っ、エル、気持ちいい?」
「うん・・・んっ、いいよ・・・ぉ」
さっきとはまた違った感覚。
最初は少し恥ずかしいのもあったけど、そんなコトはあっという間にどうでもよくなっってしまった。
また、さっきと同じように、頭の中が真っ白になっていく感覚、それに伴い、ピリピリと身体中を走る快感。
今まででも十分激しかったのに、アルの動きがさらに速くなる。
なんか、もう、何も考えられない。よくわからない。けど、気持ちよかった。幸せだった。
「く、俺も・・・う、限界・・・」
そう言ってアルは急に動きを止める。
「・・・いい、よ・・・私の、中に・・・」
・・・最後まで、行きたい、その一心で出た言葉。
「ぐ、エル!ゴメン!」
「きゃ!」
そう叫ぶやいなや、アルは私の身体に覆い被さるようにして数回激しく突き上げてきた。
「きゃ、う・・・・熱い・・・んあっ!」
そして全身を襲う、意識が飛びそうなぐらいの強烈な快感。
アルが、私の中に凄く熱いものを勢い良く吐き出す。
一瞬頭が真っ白になって勝手に身体が仰け反り、身体を支えていた腕に力が入らなくなる。
次いで、脚の力が抜けて身体が崩れ落ち、その拍子にアルと離れ、そのまま二人で折り重なって草むらに倒れこむ。
「・・・はぁ・・はぁ・・・」
「・・ふぅ・・・」
しばらくの間は、お互いに何も話さず・・・いや、何もしゃべるコトが出来なかったと言うべきだろうか。
二人で身体を寄せ合い、草むらの上に横になりながら、雲一つ無い星空を見上げる。
そこには無数の星が煌き、美しい満月が浮かんでいた。
ようやく落ち着いてきた所で、アルが何か言おうとした。
「ねぇ・・・エル、うわ!」
「・・・ん」
最後に私がしたのは、その日一番長いキスだった。
私はきっと、この日の出来事を一生忘れられないだろう。
あの夜の出来事から、そろそろ一年が経つ。
あのお祭りの三日後、アルは「蒼の森」へと引っ越していった。
「アル、元気かな・・・?」
その日は、良く晴れた日だった。
何時ものように、用事を終えて家に向かう。
少し歩くと、すぐに私の家の前に辿り付いた。
そこで私は、誰もいない筈の私の家の窓から、灯りが漏れているのに気が付いた。
幾ら何でも消し忘れという事は無いだろう、第一そんなにランプの油は保たない。
警戒しながら、音を立てないように扉をそーっと開けると、そこには私がずっと待っていたヒトがいた。
「お帰り・・・エル」
「・・・アル!」
思わず、手に持っていた編みかごを取り落とす。
アルは微笑みながら、私に向かってこう言った。
「お待たせ」
一年ぶりに会ったアルは、随分大人っぽくなっていた。
私は、少しは大人になれているだろうか。
「・・・・バカ、ずっと待ってたわよ・・・」
涙なんか見せたくなかったけど、勝手に出てきてしまうモノはしょうがない。
ずっと待ってた、この時。
あの夜、最後にアルが約束してくれたコト。
それは・・・
「いつか、絶対、エルのコト、迎えに行くから」
[二人の夏祭り] 完