この勝負が俺の人生で最後のギャンブルになるだろう・・・。  
 
勝負に勝ったとしても、もう俺がギャンブルをすることはない。  
もし!万が一!負けたとしたらなおさらだ・・・。  
負ければ命はないのだから。  
なぜ、あの時・・・小金を掴んだ時点でやめなかったんだろう。  
博打の才能もないくせに調子に乗ってしまったんだろう。  
後悔ばかりが頭の中でぐるぐると駆け回っている。  
 
緊張と恐怖で脂汗が止まらない。  
傍から見たら今の俺はラードの塊に見えるだろう。  
諸悪の根源である対戦相手の女は、そんな俺の様子を見ながらニヤニヤと笑っていた。  
糞っ!この女があんなこと言い出さなければこんなことには・・・・・・。  
 
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事の始まりは一時間程前まで遡る。  
 
温泉旅行の帰り道、お酒大好きな俺と友達は穴場発見!とたまたま見つけた寂れた酒場に入った。  
思ったとおり客は少なく中も食べカスや泥などで汚れていた。  
だが、そんなことを気にする俺たちではなかったので、席に着くなりすぐに酒を頼んだ。  
一言も喋らない無愛想なマスターや、ブツブツとうるさい客どもに多少イラついたが  
酒を飲み始めるとすぐにそんなことはどうでも良くなっていた。  
 
俺たちが飲み始めてからしばらくして、一人の女が店に入って来た。  
他にも席は空いていたのに、なぜかその女はわざわざ俺たちの席の近くに座った。  
 
『酔いがすっかり冷めた頭で冷静に考えてみると、こんな夜中に若い女が一人で  
こんな汚い酒場に入ってくるわけがなかった。ましてや俺たちみたいなのに話しかけるはずもなかった。』  
 
しかし、すっかり出来上がっていた俺たちはそのことについて何も疑問にも思わなかった。  
 
女は注文をし終えると俺たちの座ってる席に近づいてきた。  
「こんばんは。お隣に座ってもよろしいかしら?」  
無論、こんな美人ならこっちとしては大歓迎に決まっている。  
「どーぞどーぞ!」  
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて・・・。」  
そう言うと女は俺たちの隣に座った。  
さきほど注文したカクテルを飲みながら、俺たちは話し始めた。  
「お兄さんたちはここらへんの人なの?」  
「いや、俺らは地元住人じゃないよ。この店は旅行から帰る途中、たまたま見つけたから寄ってみただけさ。」  
 
しばらく談笑を交わした後、女がカジノに誘ってきた。  
「この近くにいいカジノがあるんだけど今から行きません?近くというかこの酒場の裏なんだけど。」  
「おーいいね!行こう行こう!」  
完全に酔っぱらって上機嫌な俺たちは、女に言われるがままにカジノに向かったのだった。  
 
 
そして今、俺を含めて3人いたのに俺一人になっているのは何故だろう・・・。  
仲間たちは奥の部屋に連れて行かれたまま帰ってこない。  
女は「私はお金はいらないからその体を賭けてちょうだい」と言っていたが、まさか本当に体を要求してたなんて・・・。  
てっきり冗談だと思っていた俺たちは軽々しく賭けに乗ってしまったのだ。  
女は「痛かったり死んだりすることはないから安心なさい」と言うがそんな言葉で安心するほど俺は馬鹿じゃない。  
臓器売買のために臓器を取られて殺されるとか、拷問マニアに売られてじわじわ苦しみながら殺されるとか、そんな考えが頭をグルグルと回っている。  
すでに酔いはすっかり冷め、頭の中が冷静になるにつれて、ボヤけていた現実が俺を震えさせた。  
 
 
とうとう残りのチップはあと3枚・・・  
そして手札は10と6のツーペア・・・  
 
一流のギャンブラーならブラフを駆使すれば逆転できるかもしれない。  
だが・・・生憎俺は一流どころか三流ですらないただの素人だった。  
相変わらず女は同じ表情で、ニヤニヤと笑みを浮かべてこっちを見ている。  
くっ・・・!何を考えてるのか全く読めない・・・。  
 
こうして窮地に立たされた俺は、この土壇場にあることに気がついた。  
この女は何故か毎回こちらの手札より強い役で勝つ。  
腹の立つことに、こちらが降りた時は俺の手札よりも低い役なのだ。  
・・・まさかとは思うが催眠術や超スピードだとかのちゃちなイカサマじゃないのか?  
きっとそうだ。そうに違いない!一度そう考えると止められなかった。  
心理的に追い詰められていた俺は、一瞬で怒りを爆発させてしまった。  
 
 
バン!!!!  
俺は素早く立ち上がると思い切りテーブルを叩いた。  
「ふざけやがって!こんなもんイカサマだ!」  
「突然立ったかと思ったら、あなた何を言い出すの?」  
「最初から怪しいと思ってたんだ!いくらなんでもこんなに続けて負けるわけがない!」  
「そこまで言うってことは私がイカサマをしてる証拠でも見つけたのかしら?」  
「そんなもんあるかよ!証拠があるかないかなんて関係ねえんだ!これはイカサマだイカサマ!!」  
俺は鼻息を荒くして大声で怒りをぶちまけながら迫ったが、女は相変わらずポーカーフェイスを崩さなかった。  
 
「ふぅ・・・。まったく困った子豚ちゃんね。」  
「誰が子豚だこの売女が!いいかよく聞け!この勝負は無効だ!なんせ最初からイカサマが行われてたんだからな!俺は帰るからな!!」  
売女――売春婦のことだが――その言葉のせいかは分からないが、今までずっとポーカーフェイスを保ってきた女の顔がわずかに歪んだ。  
「・・・そこまで言うなら帰ってもいいけど、後から泣いて謝っても私は絶対許さないわよ?」  
「かまうもんか!大体お前に許しを乞うことなんかあるわけねえだろうが!じゃあなメス豚!」  
そう捨て台詞を吐くと、急いで出口へ向かって逃げ出した。  
 
 
俺はそのまま車に乗って、エンジン全開で自宅に向かって車を飛ばした。内心、黒塗りの車に追いかけられやしないかとビクビクしていたが、何も起きず、無事帰宅することができた。  
家に着いた頃にはすっかり夜が明けて朝になっていたが、安堵のせいか崩れ落ちるようにベッドに倒れこむと、そのまま深い眠りについた。  
 
 
一体何時間寝たんだろう・・・。起きると外はもう真っ暗になっていた。  
俺は体に妙な圧迫感を感じながら、まだボンヤリと寝ぼけた頭を覚ますために洗面所に顔を洗いにいった。  
キュッキュッ!ジャーッ!!  
蛇口を捻り勢いよく水を出して顔を洗う。ふぅ・・・さっぱりした。  
俺は濡れた顔をタオルで拭きながら、ふと鏡を見て衝撃を受けた。  
「うわあっ!!!」  
鏡の中には俺の顔ではない見知らぬ顔が映っていた。  
驚きの余り腰を抜かしてしまったが、なんとか立ち上がってもう一度鏡を見た。  
恐る恐る鏡を見てみると、別人と言うよりはありえないほど顔がむくんでいると言ったほうが正しいかもしれない。  
たしかに俺はもともとすっきりした顔ではなかった。むしろ、ぽっちゃりとしていたかもしれない。だが、いくらなんでもここまで丸々とした顔ではなかった。特に顎と首のあたりに肉がついて、首はほとんどなくなっている。  
 
異変は顔だけではなかった。  
胸と腹が異様に膨らんで、着ているシャツがはち切れんばかりになっていた。あと少し衝撃を加えたらボタンははじけ飛ぶだろう。  
でっぷりしたお腹に隠れて確認はできないが、ズボンも太ももからお尻にかけてパンパンになっている。首が回らないので見えないが、お尻の部分などはもう破けてるかもしれない。  
 
先ほどから圧迫感を感じていたのはこれが原因だったのだ。  
だがしかし、一晩でこんなに人間が太ってしまうことなんてあるだろうか?  
「まさかそんなことがあるわけない・・・。悪い夢なら覚めてくれ・・・。」と呟いた時、昨日の女の言葉が頭の中でこだました。  
『・・・そこまで言うなら帰ってもいいけど、後から泣いて謝っても私は絶対許さないわよ?』  
・・・まさかこれはあの女の仕業なのか?あの言葉はこのことを指して言ってたのか?  
もし、このまま放っておいたら俺は一体どうなってしまうんだ・・・!?  
 
こうしちゃいられない!一刻も早くあの女のところに行かなくては!!!  
絶対許さないと言っていたし、今さら謝っても無駄かもしれない。だけど何もしないで自分が変わっていくのを見てるよりはマシだ。  
すぐに車のキーを取り、運転席に太った体をなんとか押し込んで、あの場所に向かって車を走らせた。  
 
「よし、後はここを少し行けばもう着くはずだ・・・。」  
ハァハァと息を荒げながら運転していると、不意に大きなクシャミが出た。  
「ぶぁっくしょん!!!ンゴッ!」  
おかしい・・・。クシャミをした後鼻をすすっただけなのにこんなに大きな豚鼻が鳴るか?  
俺は顔を確かめようとバックミラーに目をやった。  
「ぶぅっ・・・!!!!?」  
俺の・・・俺の鼻が・・・大きくて上向いて鼻の穴がまん丸で・・・これじゃまるで・・・・『豚の鼻』じゃねえか!!!  
俺が戦慄している間にもゆっくりとしかし確実に鼻は膨らんで上向いていく。  
呼吸をするたびに豚の鼻はブーヒー、ブーヒーと音をたてる。  
変化してるのは鼻だけではなかった。  
耳はゆっくりと広がって、あるべきはずの位置より数段高い位置でビラビラとゆれている。  
口は大きく裂け、鼻面が前にせり出し始めた。  
(そんな・・・まさか・・・このままだと俺はぶ、豚になるのかっ?)  
キキーッ!!ドンッッッ!!!!!!!!!  
自分が豚に変わっていく・・・あまりにも有り得ない現実に直面し、気が動転した俺は、ハンドルを切り損ねて木に激突してしまった。  
 
「うぅ・・・ん。」  
エアバックのおかげか、体にまとわりついた脂肪のおかげか。  
どうやら俺は一命を取り留めたようだ。  
怪我ひとつしてないところを見ると、認めたくないが助かった理由は後者のようだ。  
不幸中の幸いと言うべきか、俺はいつの間にか例の場所のすぐ近くまで来ていた。  
すぐさま車を降りると、重たい体にムチをいれて全速力で走った。  
「ブフゥッ、ブハァー、ブヒィー!」  
やった!入り口が見えてきたぞ!もう少しで中に入れる!と気を抜いた瞬間、震度4ぐらいの地震が起こったような音を立てておもいきりこけてしまった。  
「ぐぶぅっ・・・」  
自分が惨めで悔しくて涙が出てきた。  
 
「あらまあ、昨日の子豚ちゃんじゃないの。ふふっなかなかお似合いの姿よ。」  
声の方向に目をやると、どこから現れたのか、あの女が立っていた。  
「それにしてもなかなか立派な豚さんになりそうね。子豚ちゃんじゃなくて大豚くんって呼ばなきゃね。」  
(あっ・・・!ボーっとしてる場合じゃない!早く謝らなくては!!)  
「ブ、ブキィッ!ブヒブヒーッ!(お、俺が悪かった!許してくれ!)」  
・・・え?なんだ今のは!?  
「ブッブギッ!!(あ、あの)ブホッ!ブゴッゴッ!(な!なんでだ?!)」  
こ、言葉が喋れない!?  
「ブー!ブゥー!ブゥッー!(嘘だ!嘘だっ!嘘だあっー!)」  
しかし今、実際に俺の口から出てるのは人間の言葉ではなく豚の鳴き声そのものだった。  
「馬鹿ねえ・・・昨日言ったでしょ。『鳴いて謝っても許さない』って。」  
「それに、土下座したって無駄よ。ま、もっともそんなつもりはないだろうけど。」  
 
「ブキイ?ブッヒブヒブヒ?(土下座?・・・一体何のことだ?)」  
ふざけやがって!いくら俺にだってプライドはある。誰が土下座なんてするものか。  
立ち上がって女に掴みかかろうとしたその時だった。  
「ブギャッ!(いてえっ!)」  
足に痛みを感じたかと思うと、グラグラとバランスを崩して前のめりに倒れてしまった。  
「だから土下座しても無駄って言ってるでしょ。ふふふ、全く聞き分けのない豚さんね。」  
たしかに地面に両手を突き頭を垂れている今の俺の格好は土下座そのものだった。  
しかし、俺にはそんなつもりは全くない!  
女の言葉に俺は腹を立て、すぐさま立とうとした。が、何度立とうとしても失敗して無様に転がってしまう。  
(た、立てない・・・!足がピクリとも動かない・・・何で?何で?何でだよ!?)  
俺がおろおろしてる間に、いつの間にか靴がぽろっと脱げ落ち、黒光りしてゴツゴツとして硬い蹄があらわになっていた。  
「!!!!」  
それを見た瞬間、俺は自分の体が最終段階にきていることに気付いてしまった。  
自覚したことにより変身速度が速まったのか、足だけでなく手まで痺れたように固まって次第に指と指がくっつき蹄へと変化していった。  
「ブフゥッ!ブフゥーッ!(助けて、助けて下さい!)」  
さすがにもう精神に限界がきていた。  
俺は恥も外聞もプライドも捨て、涙と鼻水を垂れ流しながら、哀れを誘う鳴き声で許しを請うていた。  
「・・・ふぅ。しかたないわね、そこまで言うなら助けてあげてもいいわよ。」  
「ブヒ!?(本当ですか?)」  
「ただし、条件がひとつあるわ。」  
「フゴッ!ブヒブヒブヒッ!(何でも、何でもします!)」  
「そう。それじゃ言うけどその条件とは・・・」  
 

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