「もぅ…何でこんなに毛深いのよぉ」
しょりしょりと脛毛を剃りながら、大口 貴世子(おおぐち きよこ)は深く深く溜息を吐いた。
「ここ最近生えるの、めちゃめちゃ早いし……毎朝ムダ毛剃らなきゃなんない女子高生って……」
シャワーの音で外には聞こえないが、それでも声を潜めつつ貴世子はぶつぶつと愚痴を言い続けな
がらも、手を忙しなく動かし続けた。
「腕…は、いいかな。長袖だし見えないよね。今日は体育もないし、腋は明日でいいや」
と、言いつつも腋に目を遣ると、ふさふさと表現してしまう程、見事に腋毛が生えていて、貴世子
は、げんなりと肩を落とす。
「これじゃあ、彼氏なんて出来ないよ〜」
浴室に響き渡るほど大きな溜息を吐くと、落ち込みながら長い髪と身体を念入りに洗い始めた。
子供の頃から貴世子は異常なほど匂いに敏感だった。
鼻が利くだけではなく、貴世子にしか解らない匂いがあった。
それは人から発せられている特有の匂いだった。
人から発せられるその匂いで、貴世子のその人物への第一印象は決まるが、結局その印象は最後
まで変わる事はない。
貴世子が彼氏が出来ないと嘆いていたが、それは毛深いだけではなく、今まで、とてつもなく好き
だと思える匂いに巡り逢えていない所為でもあった。
無論、貴世子に告白してくる男子もいた。貴世子自身、何度か、いいなと思う男子もいた。
しかし彼らから発せられる匂いを嗅いでみると、違うという気持ちが湧いて、好意的に思っても恋
愛感情には発展しなかった。
すん、と可愛らしく鼻を鳴らして、洗い上げた自分の身体の匂いを嗅いだ貴世子は、眉間に皺を寄
せると、ううんと唸った。
「やっぱり、コンディショナーやボディソープじゃない匂いがする」
花や果実のようでまるで違うような不思議な甘い匂いが、ここ最近自分から発せられているのに
気付き、毎朝体毛を剃るついでに念入りに髪や身体を洗っているのだが、日に日に匂いは強くなって
いて、心当たりもない貴世子は首を捻るしかなかった。
それから一時間後、すっかり身支度を整えた貴世子は、学校へ向かうために駅のホームで電車を
待っていた。立つのは無論、風上だ。風下になど立とうものなら、間違いなく卒倒している。
酷い匂いを発している人が意外に多い。
それは歳を重ねる事に、貴世子が散々な目に合いながら学んでいった事だった。
これだけ匂いに過敏な貴世子にとって、全く知らない赤の他人と閉じ込められる密室は、恐怖でし
かなく、その中でも満員電車は鬼門中の鬼門だった。その為電車が空いているという理由だけで、
貴世子は下り方面にある今の高校を選んだのだった。
下り電車が間も無く到着するというアナウンスが聞こえ、貴世子は数歩前に出ると、黄色い線の
ギリギリに立った。と、一際強く風が吹き、貴世子は慌ててスカートの裾を押さえる。
「もう……!」
咄嗟にスカートを押さえたお蔭で、公衆の面前で下着を晒すという恥かしい事態は免れたが、折角
綺麗にセットした長い髪は、今の突風で無残にも乱れてしまった。
間も無く電車が到着する為、鞄の中の櫛を出して整えている時間も無く、貴世子は取敢えず手櫛で
ざっと整える。
その時、強い視線を感じて、弾かれた様に向かいのホームへ目を遣った。
「あ……」
思わず、貴世子の口から声が漏れた。
視線の主は、男子高校生だった。
身長は標準よりやや高めで肩幅が広く、均整の取れた体型。髪はストレートで前髪がやや長め。
顔は、美形の部類に入る。けれど決して女っぽくなく、野性的。
その男子高校生を見詰めたまま、貴世子は瞬時に、そう分析した。
貴世子には匂いに過敏以外に、もう一つ特異な点があり、それが異性を瞬時に分析する事だった。
野性的。貴世子がそう感じたのは、それは、貴世子を真っ直ぐ射貫く彼の強い視線が、獲物を見つ
けた猛獣の目、そのものだったからだ。
頬が、熱い。
貴世子は火照る頬に困惑し目線を外そうとするが、射貫く彼の目がそれを許さない。
それにしても、とてつもなく長い時間見詰め合っている気がする。
貴世子は眩暈にも似た感覚の中で視線に囚れたまま、ぼんやりとそう思った。
「……っ!」
緩やかに目が細められ、引き結んだ口の口角が上がり、微笑まれた。あからさまに色の籠った熱っ
ぽい目のまま。
かっと全身に火がついた様だった。思わず息を飲んで、貴世子はその衝撃に耐える。
崩れ落ちそうになる膝を必死で堪えるが、全身を駆け巡る甘い痺れに気が遠くなりそうだった。
突然、突風と共に視界が遮られ、男子高校生の視線から逃れた貴世子は、呆気なく自由を取り戻し
た。電車がホームに滑り込んできて、二人を隔てたからだ。
そこで漸く我に返った貴世子は、電車に飛び乗ると男子高校生に背を向ける席に座り、俯いて固く
目を瞑った。鞄を持つ手を、きつく握り締める。鼓動は全力疾走したかの様に跳ね上がり、身体の熱
が疼いて仕方が無い。
あの眼差しを思い返すだけで、身体が震える。
儘ならぬ身体を持て余しながら、はじめての事に貴世子は困惑していた。
しかしそれ以上に貴世子が困惑していたのは、あんなあからさまな目で見られた事に対して、怒り
や嫌悪感は全く無く、寧ろ心地良いと、もっと見て欲しいと思っている事だった。
* * * * * * * * * * *
「それって、真神 士朗(まがみ しろう)じゃない?」
「……有名、人なの?」
貴世子は学校に着くと、友人の今戸 音子(いまど ねね)に、今朝ホームで逢った男子高校生の特徴
を説明して知らないかと尋ねてみた。音子は近隣高校のイケメンをチェックしており、かなりな数の
男子高校生を知っていたからだ。
「白いブレザーに青いネクタイでズボンが黒っていったらJ高しかないし、180cm前後で真っ黒の
サラサラストレート前髪長めのイケメンでしょ? やっぱ真神士朗しかいないわ」
くるくると少々吊り気味な大きな目を貴世子に向けて、音子は呆れた様に頬杖をついた。
「しっかし、真神士朗を知らないなんて、さっすが貴世子よね〜」
「だからっ! 有名人なの? その真神って人」
音子の呆れた様子にむっとしつつ、何でこんなに必死になっているのか不思議に思いながらも、
貴世子はあの男子高校生情報が少しでもいいから知りたくて堪らず食い下がった。
「この界隈ってすっごい当りなのよ。マジイケメンが多いの。で、そのイケメンらの中でも上位に
真神士朗は入ってんの。何でもソツなくこなすしクールだし、何か影があるっていうの? 顔も綺麗
系じゃん? 『貴公子』って呼ばれてる、超・有・名・人ッ!」
お分かり? と、音子は大袈裟に溜息を吐いて肩を竦めた。
「……綺麗系?」
貴世子は音子の真神士朗の説明の一部分に首を傾げた。
確かに美形だと思ったが、貴公子などと言われているような上品で繊細ではなく、野性的で猛獣を
思わせる猛々しい雰囲気を纏っていた。
ギラギラとしたあの目。
思わず思い出してしまった貴世子は、かっと体温が上がり、慌てて意識を他に向けようと二次関数
の問題を必死で思い浮かべた。
「はっは〜ん。ようやくお子ちゃまな貴世子にも春が来たってワケねぇ」
「は?」
突然の音子の言葉に、貴世子は素頓狂な声を上げて首を傾げた。
「アンタすっごいモテるのに全く男に興味がないからレズかと思ったけど、あたしにアピってこない
し不思議だったんだよね〜 ま、アンタくらいだと真神士朗クラスじゃなきゃ惚れないってコトだっ
たってワケね〜」
したり顔で頷く音子に、目を丸くしていた貴世子だったが、漸く言われた事が飲み込めると、違う
と思いっきり首を振って否定した。しかし、
「こんな真っ赤な顔で言われても、ね〜 照れない照れない」
と、確かに真神士朗の所為で赤くなった頬でいくら言い募っても、音子にはまるで通じなかった。
* * * * * * * * * * *
朝からとてつもない体験をした貴世子は、今日の授業が全て終り、ほっと息を吐いた。
しかし音子との朝の遣り取りがこれで終る筈もなく、貴世子は音子に拉致られ駅前のファースト
フード店で、真神士朗のどこに惚れただのと根掘り葉掘りの尋問を受ける羽目に陥っていた。
何とか今朝の事を誤魔化す事には成功したが、結局音子は貴世子が真神士朗に惚れていると勘違い
したまま、時間も遅くなったのでお開きとなった。
朝以上に閑散とした帰りの電車に揺られながら、貴世子は真神士朗について色々と考えていた。
先程までいたファーストフード店で、貴世子は今朝の男子高校生と音子に聞いた真神士朗は、別人
だと言い張っていた。
イメージとかけ離れ過ぎているとあまりにも貴世子が訝しむため、音子の知り合いが携帯で撮った
という写真をメールしてもらいそれで確認をした。そこに写っていたのは紛れもなく、今朝貴世子が
見た男子高校生、真神士朗だった。
しかし写真の真神士朗は、こちらを見ていないと言う事もあるかもしれないが、野性味はあるもの
のギラついた感じはなく、『孤高』という言葉そのものだった。
こっちを向いて。私を見て欲しい。
何故そんな事を思ったのか。
貴世子自身も解らないが、写真の真神士朗の横顔を見て、堪らずにそう願っていた。
貴世子の利用駅に着くと既に22時を回っており、普段ならこんな遅い時間に帰宅すれば両親から
こっ酷く叱られるのは必死だが、昨日から両親揃って法事に出掛けており、貴世子は中学生の弟と
二人で留守番をしていて、咎める人は誰もいなかった。
「お菓子、買って帰ろうかな」
どっぷりと真神士朗の事を考えてしまった貴世子は身体が火照り、その火照りを冷ます為にも、
このまま真っ直ぐ帰る気になれず、少し遠回りをしてコンビニにでも寄ろうと考え進路を変えた。
さわりと正面から頬を撫でていく風が気持ち良いと、貴世子は長い髪を遊ばせながら、大きめな
公園内を歩いていた。時間も時間なので公園内は誰も居らず、風が木々の葉を揺らし、貴世子はその
音に耳を傾けながら、真神士朗にも聞かせたいと思い、また体温を上げた。
真神士朗の事ばかり考えてしまう。
そんな自分を持て余して貴世子は、はぁ、と熱を逃がすように溜息を吐く。
「随分と色っぽい溜息つくんだなァ、オイ」
後ろから掛けられた下卑た言葉に、貴世子は振り返り眉を顰めた。
20代半ばの中肉中背の男が、ニヤニヤと口元を歪ませ澱んだ目で貴世子を見ていたのだ。
頭で警鐘が鳴り響く。貴世子は迂闊にも広く閑散とした公園内に入った自分を呪った。
しかし今は逃げる事が先だ。後悔なら後でいくらでもすればいい。そう思い直した貴世子は、頭の
中で逃げるルートをシミュレートしながら、男の動向を伺っていた。
だが、目の前の男が消えた。
「え……?」
驚きに目を瞠った貴世子は次の瞬間、男の顔がアップで目の前に現れたかと思うと、呆気なく押し
倒されていた。何が起きたのか、あっという間の出来事に貴世子は呆然とするしかなかった。
身体を押さえられ息が掛かるほど男が接近し、漸く貴世子は我に返ると顔を背け、抜け出そうと
滅茶苦茶に暴れる。
「嫌ッ! 離してっ!」
しかし男の力は凄まじく、いくら暴れてもびくともしない。
「アァ、やっパり、オマエ、牝の、いい匂イがすルなァ……牡を、誘う、匂イ、ダ」
貴世子の首元に鼻を近付け、男はワザとらしく鼻を鳴らしながら匂いを嗅いでそう言った。
男から急にムワッと酷く生臭い匂いが漂い、貴世子は強烈な吐き気に襲われ顔を背けた。
「こンな、匂ッて、牡、誘イやがっテ、早ク、突っ込ンで、欲シ、んだロォ!」
その言葉と共に貴世子のスカートが捲り上げられ、ヌメヌメとしたものが下着を掴んだ。
「嫌ぁっ! 止めてっ!」
吐き気も忘れ、貴世子は震える身体を必死で動かし、男を仰ぎ見て凍りついた。
男の顔や首、見えている皮膚が何かで覆われていた。
それより、皮膚が緑色だった。
目が丸かった。丸い目に、見覚えがある。
口が横に長く裂けて、ギザギザの歯が見えた。
皮膚を覆っているのは、鱗、だ。丸い目は、そう、まるで、魚。
「な、に……?」
喉がひりつき、上手く声が出せない貴世子はそう呟き、のっぺりとした顔を凝視するが、男は全く
気にもせずに、貴世子の下着を脱がしはじめる。
「ヤ、ヤダッ! やめ、止めてッ!!」
ばたばたと脚を動かし抵抗を試みるが、男のもの凄い力に負けて下着は脱がされていく。
目頭が熱くなる。遂に下着が脱がされてしまった。
冷たくヌメヌメとした男の手が卑らしく貴世子の太腿を撫で回し、徐々に秘所へと這い上がってく
る。その動きは貴世子にとって、おぞましさと恐怖でしかなく、男の拘束から逃れるために狂ったよ
うに、もがき続けた。
「電車ノ中、発情シた牝の匂イ、プんプンさせヤ、がッテ……犯シて、欲しカっタ、ん、だロ、
ダかラ、こンな、人、いなイ、公園ニ誘ッた」
「ちがっ……違う! そんな事っ…私っ!」
貴世子は怯えながらも回らない口で必死に否定するが、男は意に介さずニタリと裂けた口で嗤い、
茂みの奥に手を滑らした。
「ヒッ!」
誰にも触れられた事のない貴世子の秘所を、男の鱗まみれのヌメヌメした指が嬲るように輪郭を
なぞり上げる。
恐怖と嫌悪感、悔しさと怒りと悲しみ。全てが綯交ぜになったぐちゃぐちゃな感情に身体を小刻み
に震わしながら、貴世子はいっそ死んでしまいたいと唇を噛み締めた。
にわかに月が翳った。
その時、闇から踊り出る影が一つ。
軽い身のこなしで一足で貴世子に伸し掛かる男の背後までやってくると、大地を蹴り上げ宙に舞い
長い右脚を一回転させ、男の側頭部を思いっきり蹴り飛ばした。
空を切る鋭い音と鈍い破壊音を捕らえた瞬間、突如視界が開け拘束されていた身体が自由になり、
貴世子は何が起こったのか解らないまま、呆然と動きを止めた。
「俺の女に何してるんだ……この半魚野郎!」
貴世子の前に立ちはだかると、男に対峙した影はそう一喝した。
のそりと男は起き上がると距離を取ったまま、濁った魚の目で影を睨め付けた。
「陸で俺に勝てると思ってるのか? ぶち殺すぞ、半魚」
更なる影の恫喝の後、みしみしと何かが軋むような音が影からし、次いで獣の様な低い唸り声が
辺りを震わせた。
「……オレノ、獲物、横取り、スる、の、カ」
「何度も言わせるなよ、これは俺の番(つが)いだ。女なら水棲人(すいせいじん)同士で捜せ」
男の反論に物ともせず、影は鼻であしらう。
ギリギリガリガリと耳障りな音が男から発せられる。しかしそれを上回る、先程よりも低く獰猛な
獣の唸り声が、全てを圧倒した。
耳障りな音が途端に止み、男はびくりと身体を震わせると踵を返し、闇に紛れ逃げ出した。
貴世子は、ちりちりと項の毛が逆立つ様な不思議な感覚に捕われたまま、影から目が離せないで
いた。
「ふー……遅くなってごめんな。駅前で気付いて追いかけてたんだけど、急にお前の匂いが消えて
見失ったから焦った。こんなことなら学校行かないで、お前のこと拉致っときゃよかった」
大きく息を吐き出すと、そう言いながら影は貴世子の傍らにしゃがみ込み、仰向けに寝転がったま
ま呆然としている貴世子を覗き込んだ。
「……大丈夫か?」
「あ……」
そこで漸く、貴世子はその影の正体が真神士朗だと気が付き、小さく声を上げた。
士朗は黙ったまま形のいい眉を顰め心配顔で貴世子を伺っていたが、僅かに目を見開くと直に目を
細め、微笑んだ。
貴世子は震えた。身体中が熱くて堪らなくなり、頭がくらくらする。
今朝ホームで見た、士朗のあの笑顔と全く同じ笑顔が間近にある。
しかしそれ以上に貴世子の身体の熱を煽り、頭の芯を蕩すものがある。それは、はじめて嗅ぐ、
士朗から漂い香る、匂いだった。
「!……そんなに誘うなよ。我慢が効かなくなるだろ?」
士朗は苦笑すると、貴世子の頬を一撫でした。
「はっ、あぁん……」
とけちゃう……と、貴世子は士朗に触れられ声を上げてしまったが、そんな事は今は気にもならず、
頭も身体も熱く溶けてしまったかの様に、くたりと力を抜いた。
とろんとした目は潤み、小さく喘ぐ薄く開いた口からは、ちらちらと赤く熟れた舌が覗く、上気し
た顔。そして、甘く甘く香り思考を蕩す蠱惑的な牝の匂い。
その嬌態と、強烈に香る本能に訴えかけ理性を壊そうとする貴世子の匂いは、目の前の士朗の牡を
誘って止まず、士朗は渇く喉を押さえ切れず、何度も唾を飲み込む。何とか正気を保とうとするもの
の、士朗も限界が近い。
辛うじて残っている士朗の理性が、このまま貴世子がこの匂いを放ち続ける事を危険だと告げる。
それを言い訳にして、士朗は今の状況を落ち着かせる方法を取る事を決めた。
「本当は、もっときちんとした順序を踏みたかったんだけどな……時間もないし、このままじゃマズイ
んだ。後で求愛もするし可愛がるから……今は我慢しろよ」
しかしその後が続かず、士朗は言葉を捜し、やや気まずそうに貴世子に尋ねた。
「俺は、真神士朗……お前の名前、教えてくれ」
「……きよこ……大口、貴世子」
漸く名乗りあった二人は、熱の籠った視線を絡め合うと、抱き合った。
貴世子に覆い被さった士朗は、貪る様に唇を奪う。
間近で嗅ぐ互いの匂いに益々煽られ、荒くなった息を上げながら、舌と舌を絡め合う。
「んんぅっ!」
士朗のごつごつとした指が秘所に滑り込み、瞬間、貴世子は電流が走ったような衝撃に、一際高い
くぐもった声を上げた。
「んっ!…ぅんっ!…んぁ! んむぅ!」
貴世子は口内を貪られたまま、秘所から溢れる蜜を確かめる様に、掻き出す様に、擦り付ける様に
蠢く士朗の指に翻弄され、ぎゅうぎゅうと士朗の首にしがみ付くしかなかった。
士朗はびしょびしょに濡れた指を引き抜くと、窮屈なズボンの前を寛げ痛いほど張り詰めた怒張を
取り出し貴世子の秘所に宛がうと、名残惜しげに熱く滑る貴世子の口内から舌を抜いた。
「声はなるべく我慢してくれ。ここ、肩、思いっきり噛んでいいから」
そう言うと士朗は貴世子の頭を抱き込むようにし、自分の肩口に口が当るように誘導した。
一気に貫きたい欲望を我慢し、士朗はゆっくりと傷付けない様に、貴世子の肉襞を押し開きながら
怒張を沈み込ませていった。
「んっ! んんんんんんぅっ!!」
いくら蜜が溢れかえってるとはいえ初めて迎え入れる怒張は大きく、引き裂かれたような痛みに
貴世子は思わず、口元に当っている士朗の肩に噛み付き、しがみ付いた。
「……っ!」
噛み付かれた痛みに顔を歪めたが、士朗は更に貴世子の頭を強く肩口に押し当てると、緩やかに
動き始めた。
「ぃ、うっん! んっ! んぅ! んんっ!」
士朗が動く度に痛みが襲い掛かり、貴世子は必死でしがみ付き唸りながら噛み付いていたが、嫌だ
とも止めて欲しいとも思わなかった。
さっきの変な男には触られるのも嫌だったのに……この人には、真神士朗には、もっと触って、
もっともっといっぱいにして欲しい。
貴世子は士朗の匂いに満たされ揺さ振られながら、そう思う。その時、士朗に擦り上げられた肉襞
から、痛みとは違った痺れのようなものが、じわりと全身に広がった。
その痺れは甘く込み上げるように抽送の度に大きくなり、痛みを凌駕していった。
「ふぅ…!…んっ!…っんあ! ああっ! あんっ!」
噛み付いていた口元が弛み、貴世子の口からは甘い声が上がり始める。
士朗は貴世子に噛み付くように口付け、蠢く小さな舌を甘い嬌声ごと搦め取ると、限界の近い怒張
で激しく突上げ攻めたてた。
「ん、んぅぅぅぅぅぅぅんっ!」
びくりと貴世子が身体を仰け反らせ身体を小刻みに震わす。ぎゅうっと促がす様な締め付けに、
士朗は怒張を引き抜くと、貴世子の制服で覆われた身体に己の精を放った。
余韻に浸る間も無く、士朗は散らばった荷物を手繰り寄せると、貴世子を横抱きにし、顔を覗き
込んだ。
「大丈夫か?」
「……ん?」
いった後のとろんと溶けた目で見詰め返した貴世子に、士朗は満足そうに微笑むと、滑らかな頬を
二回舐め上げた。
「しっかり掴まってろよ?」
「ん」
こくりと幼子の様に頷いた貴世子は、疑いもなく士朗の首にぎゅうとしがみ付く。
その全幅の信頼に、士朗はくすぐったさと誇らしさとで今までにない幸福を感じ、貴世子をぎゅっ
と抱き返すと、両足に力を込めて跳んだ。
力強いのに意外に静かなその跳躍は、地面を蹴り上げて綺麗な放物線を描き軽やかに着地した。
士朗のその跳躍は明らかに人間離れしていた。まず距離や高さが尋常ではなく、助走無しに5〜6m
も先に着地し、そして放物線を描いた時の最大の高さも2〜3mあった。
更にその跳躍を士朗は貴世子を抱えながら、一度ならず繰り返し行なっているのだ。
「あ、お月様……」
貴世子は士朗の肩越しに見えた、大きな丸い月を見上げた。
「ああ、良い月だな」
貴世子の呟きに答えた士朗は、漸く見えた我が家に、ほっと息を吐いた。
* * * * * * * * * * *
貴世子を抱えたまま士朗は家に入ると玄関で立ち止まり、二階に続く階段の最上部の奥を、目を
細めて見遣やる。が、直に視線を外すと、そのままリビングへと向かった。
リビングに入った士朗は貴世子の服を全て脱がし自分も裸になると、その服を持ってリビングを
出ていってしまった。貴世子は熱っぽい身体をソファーに預け、じっと士朗を見詰めていたが、姿が
見えなくなると途端に堪らないほどの寂しさに襲われ、後を追おうと立ち上がろうとした。
しかし、全く力が入らず起き上がる事すらままならない。
「う……うぅぅ……」
悔しさと寂しさと悲しさとで、貴世子は小さく唸りながら涙を溢れさせた。
「何で泣いてるんだ?」
ぼやける視界に、いつの間に戻ってきたのか、求めて止まなかった士朗が困惑した表情で映し出さ
れ、貴世子は安心感から更にぽろぽろと涙を零した。
「だっ、て……真神、くっ、ん、…急に、いなく、なっ、ちゃっ…うん、だ、もんっ」
しゃくりあげながらも途切れ途切れに訴えかけた貴世子の言葉に、士朗は申し訳なさと嬉しさとい
う相反した感情と愛おしさとで、貴世子を抱き締めた。
「ごめん。服、洗濯機に入れてきた」
「もぉ…何、それ……真神くん、偉すぎ」
服を脱いだ事で互いの肌の感触、体温が伝わり、匂いも先程よりも遥かに香ってきて、貴世子は
涙も止まり落ち付きを取り戻した。
「『真神くん』って、そんな他人行儀な呼び方するな、貴世子」
貴世子の耳朶を甘噛みしながら、わざと士朗は息を吹きかけるように話した。
「んっ!…あっ、……わ、解ったからっ、士朗…くんっ」
耳や首筋を柔らかく甘噛みされ、貴世子の息は上がり身体は跳ね、どうしても反応してしまう。
貴世子の素直な身体に、このまままた交わりたくなるのをぐっと我慢すると、士朗は名残惜しげに
首筋を舐め上げ、そっと身体を離した。
「士朗くん?」
どうして? と首を傾げた貴世子に、士朗は安心させる様に微笑みかけると、時間だ、と呟いた。
「ほら、望月が中天にかかるぞ」
士朗が指差したリビングの窓から、満ちた月が二人を煌煌と照らしていた。
突然、その変化は現れた。
「ぐっ……」
「士朗くん?」
俯いた士朗の表情は長い前髪に隠れて見えなくなり貴世子は心配になったが、それよりも何かが
起こると、成り行きに任せろと、本能が告げる声に従い、士朗の変化を一つたりとも見逃さないよう
食い入る様に見つめた。
両膝を付いて座っていた士朗は、両手も床に付けると肩を強張らせる。
「ぐっ……うぅぅ……」
低い唸り声を発している士朗の髪が、風もないのにさわさわと揺れはじめた。そして次の瞬間、
ざわざわと髪が伸び顔や首、背中を覆い始めた、かのように見えた。しかし事実は、顔、首、背中、
胸、腕、脚の皮膚の表面から、被毛が急速に生えていったのだ。そしていつの間にか髪は短くなり、
漆黒から全身を覆う被毛と同色の白銀に変化していった。
白銀の被毛が全身を覆う中、身体にも大きな変化が見え始めた。
ごきんごきんと鈍く響く音と共に、明らかに士朗の身体が大きくなり骨格が変わり始め、めきめき
という音と共に、手や足にも変化が起こる。
大きくなった手は節榑立ち爪が伸びて鋭く尖り、掌の指の付け根には掌肉球が指の腹には指肉球が
出来、足は踵から爪先までが、ぐんと伸びて手と同様に爪が鋭く伸び、足の裏の付け根から半ばまで
遮肉球が指の腹には趾肉球が出来た。
「うぅぅぅぅ……」
低く唸りながら胸を張り顔を上げた士朗の口吻(こうふん)が前面に迫り出し、鼻の先端が黒くなり
鼻鏡が出来始め、白銀の被毛に覆われた耳も上部に移動し、先端が丸みを帯びた三角形の耳に姿を
変え、がっしりとした頸部を他より長めの被毛がふわりと覆う。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ……」
士朗の唸り声が更に低くなると同時に、なだらかになった額から額段のない長く真っ直ぐ伸びた
鼻梁が出来上がり、大きく深く裂けた口からは、やはり大きく鋭く尖った歯牙が剥き出しになる。
そして尾骨の辺りが盛り上がると、それは徐々に伸びふさ状の毛に覆われ、尻尾になった。
頭部の骨格は獣そのものであるが、僅かに目や口元に人間らしさが垣間見られる。身体の方も骨格
は人間よりで、全身を覆う被毛や尻尾や爪以外は、一見で狼の特徴らしき所は解らない。
背は10cm以上伸び、身体も一回り以上大きくがっちりとして、被毛に覆われていても靭やかな筋肉
が付いていることが見て取れる。
一つ唸り身体を伸ばすと、人狼に変化した士朗はゆっくりと目を開き、切れ長で吊り上がった鋭い
金色の目で、ひたりと貴世子を射貫いた。
「おおかみ……?」
士朗を見詰めたまま、うっとりと貴世子は呟く。
「そう、人狼だ」
頭部は殆ど狼だというのに、士朗は淀みなく人語で貴世子の問いに答えた。
いいなぁ……と、貴世子は羨望の眼差しで士朗を見詰める。
「貴世子」
士朗は目を細め、何もかも解っているような微笑みを貴世子に向けた。
その時だった。
「あ!……う……うぅ……」
突如、貴世子は身体の異変に、戸惑いの声を上げた。
「熱い…身体っ……変っ!」
ソファーにしがみ付き、貴世子は突如燃え上がった熱を逃がしたくて、声を上げながら身を捩る。
さわさわと貴世子の髪が揺れる。士朗と同じ様に被毛が全身を覆い、骨格が変わり、口吻は迫り
出し、耳は上部に移動し三角形に尖り、爪が伸び、尻尾が生える。
士朗と大きく違う点といえば、ふさふさした毛を押し退けて、薄っすらと毛が生えた白く豊満な
乳房が迫り出している事と、若干身長が伸びたものの人間だった頃と大して体格が変わっていない
事だった。
しかし艶やかな毛並みの上からでも筋肉が靭やかに付いている事が解り、それが女性特有の円みと
相まって、士朗の力強く猛々しい人狼とは違い、美しく艶めかしい人狼を形作っていた。
「白狼か…!」
貴世子の変化を固唾を呑んで見守っていた士朗は、純白の毛に覆われた貴世子の美しいその姿に
感嘆の声を上げる。
「あ……ふ……うぅぅぅぅん」
熱い吐息を漏らすと、士朗に視線を合わせた貴世子は含羞んだ。
射し込む月光に照らされ、白銀の人狼と純白の人狼は、引き寄せられる様に互いに歩み寄る。
「……綺麗だな」
貴世子の頬に手を滑らせ、士朗は柔らかく美しい純白の毛並みを楽しむ。
士朗の大きな手が撫でる優しく甘い感覚に、貴世子はうっとりと目を細めると欲するままに手を
伸ばし、士朗の銀色の毛並みに触れた。
「士朗くんは銀色だね、綺麗……」
ゆっくりと互いの毛並みを撫でたり擽ったりしながら、じっと見詰め合う。黙ってはいるが、立ち
上る香りはどんどん思考を鈍くして情欲を煽る。
先に動いたのは士朗だった。
鼻先を近付けると長い舌で口元を舐め上げ、貴世子の薄く開いた口に透かさず侵入すると、歯と
歯肉をなぞる様に舐める。
「あ…ふぅ…ぅんっ……」
貴世子の口から鼻に掛かった声が上がりはじめると士朗は舌を引き抜き、鼻先を頬や首筋に擦り
付けながら、長い舌でなぞる様にべろんべろんと舐め上げた。
「ふぅぅん……あふっ…くぅぅんっ……」
貴世子もまた甘える様に応える様に、鼻先を士朗の首筋に擦りつける。
そして士朗の牙が肌を傷付けない様に優しく、しかし刺激になる絶妙な力加減で、ぴくぴくと動く
貴世子の可愛らしい耳や、長めの毛に覆われた首筋を甘噛みする。
「くぅんっ!…あ、ふっ! くぅぅんっ!」
甘い刺激に貴世子は堪らず士朗に縋り付くと、身を捩りくねらせ、無意識に士朗を煽る。
熱い息を吐き跳ねる身体をそっと押し倒すと、士朗は月光に照らされた貴世子の肢体に見惚れた。
士朗にじっと見詰められ、貴世子は恥かしげに身体を震わす。その拍子にたわわな乳房がふるんと
揺れ、誘われるままに士朗は手と口元を近付けた。
「…ふぁっ!…はぁんっ!…あっ!…あぁん!」
淡く色付きぴんと尖った先端を緩急をつけながら擦り付けたり弾いたりと、少しざらついた舌が
這いまわり、両手は乳房を揉みしだく。その動きに貴世子は甘い声を上げ続けた。
貴世子から立ち上る甘い香りが更に濃厚になり、士朗は誘われるままに乳房から毛に覆われた臍を
辿り、脚を押し広げる。と、濡れそぼった秘所から、理性が飛びそうなほど甘く蠱惑的な牝の匂いと、
微かに混じる破瓜の血の匂いが、むわりと立ち込めた。
ごくりと喉を鳴らすと、士朗はべろりと秘裂をなぞる様に舐め上げる。
甘酸っぱく、ちょっとしょっぱく、そして僅かな血と精の味。
もっと、という欲望のまま、士朗は鼻先を押し付ける様にして、夢中で舐めはじめた。
「ひぅんっ! はぁんっ! あぁんっ! あっ! あぁっ! ひゃぁんっ!」
最初は秘裂や淫核を舐めていたが、段々と秘裂の奥に奥に肉襞を掻き分け、長い舌を潜り込ませる
と、溢れ続ける蜜を士朗は貪り啜る。
押し入られた士朗の舌に痛みはなく、寧ろ蠢く度に快感が背筋を駆け上り、貴世子は嬌声を上げ
続けながら、翻弄されていた。
「しろっ…く、んっ! も、だっ…めぇ…!」
過ぎる快感にそう口にした貴世子の言葉に従い、士朗は舐めるのを止めると身体を起した。
「はっ…はっ…はっ…はっ…」
舌を出し忙しなく荒く短い息を吐く貴世子に覆い被さり、鼻先を近付けその舌を一つ舐め上げると
士朗は貴世子の腕を自分の首にしっかりと巻きつける。
貴世子は自分よりも少し硬めな士朗の毛並みに頬を摺り寄せ、緩やかに抱き付いた。しかし次の
瞬間、貴世子は思いっきり士朗にしがみ付き、つき抜ける衝撃に耐えなくてはならなかった。
士朗がその腹まで反り返った怒張で、貴世子を貫いたからだ。
「きゃ、うううううううんっ…!」
人間の時より遥かに大きくなった怒張は、ぐいぐいと肉襞を擦り上げながら押し広げ奥へ進む。
「……大丈夫か?」
怒張を根元近くまで納めると士朗は動きを止めて、貴世子の頬や涙の滲んだ目許を優しく舐める。
「ん……平気」
動きが止まったお蔭で抉じ開けるような衝撃がなくなり、貴世子は緩く息を吐くと微笑んだ。
「爪、立てたって、噛み付いたっていいんだぞ?」
首に回した貴世子の腕はしっかりとしがみ付いているのに、その鋭い爪の感触は何時までたっても
訪れず、士朗は遠慮なんてしなくていいと耳に舌を這わせながら囁いた。
「……やだ…士朗くんが傷ついちゃう」
「貴世子……」
ふるふると首を振り金色の目を潤ませ頬を上気させて、そんな台詞を言うなんて反則だ、と士朗は
胸中で叫びながら貴世子をぎゅっと抱き締めると、互いの鼻先がくっつく程身体を起した。
「お前、可愛すぎ」
え? と貴世子が目を丸くして聞き返そうとしたが、すぐさま士朗の長い舌で口元を舐められ、
言葉にならない。
「舌、出して」
しかし舐めている士朗は器用にも舐め続ける合間に、貴世子に舌を出す様に促がす。おずおずと、
しかし言われた通りに貴世子は舌を差し出すと、士朗は同様に出した自分の舌でべろりと貴世子の
舌を舐め上げる。
ぞくりと背筋を駆け上がる感覚に、貴世子は舌を引っ込めかけるが、士朗の舌が執拗に追い掛け
絡め、それを許さない。
「…はっ…あ……ふっ…ぅん…んんっ…」
舌先を硬く尖らせ表面や側面をなぞったり、唾液を啜ったり逆に擦り付けたりしながら、士朗は
甘えた声を漏らし身体を震わす貴世子の反応を、目を細め愉しむ。
士朗の舌が這う度に、ぞくぞくとした感覚が身体中に広がり甘い痺れとなって、貴世子の強張って
いた身体を解し溶けさせてゆく。と、滑る舌に擽られた拍子に、解れて柔らかくなり怒張を包み込ん
でいた肉壁がきゅうと締り、じわりとしかし一瞬にして強烈だがもどかしい快感が全身を駆け巡り、
貴世子は身体を大きく震わせ高く鳴いた。
怒張を咥え込んだままの肉壁は、その締め付けを合図に貴世子の震えに敏感に反応し、妖しく蠢き
士朗を刺激しながら誘惑する。
士朗の限界も近い。しかし今すぐ動きたい衝動を抑えつけ、士朗は貴世子の舌を解放した。
「貴世子、痛くないか?」
「ううん……痛く、ない…けど」
「けど?」
困ったように恥かしげに貴世子は士朗を見つめ、何かを言おうとするが口籠ってしまう。
「貴世子?」
士朗は貴世子の頬や首筋の毛の流れに沿って、促がす様に何度も優しく舌を這わす。
それに励まされたのか貴世子は、漸く重い口を開いた。
「あ、あのね…何か、変…なの」
「変?」
「うん……」
そこで言葉を途切れさせた貴世子に、士朗は舌で白い毛を撫で付けつつ、少し意地の悪い気持ちに
なりながら、しかし表面には出さない様、優しく問い掛ける。
「どう変なんだ?」
「え、っと……じんじん、する…の」
恥かしさで語尾が消えそうなほどの小声になりながらも、貴世子は何とかそう言う事が出来た。
しかし、どこが? と、士朗に訊き返され絶句した所に、ちゃんと言ってくれないと解らない、
と、更なる追い討ちをかけられ、貴世子は全身から火が吹き出るほどの羞恥に眩暈がした。
「貴世子?」
そんな貴世子の狼狽え恥かしがる姿を愉しんでいる士朗は、わざと神妙な表情を作りながら促がす
様に名を呼んだ。
真正直に士朗の言葉を信じた貴世子は、口を開いたり閉じたりと逡巡するが、漸く決心が固まった
のか、引き結んだ唇を解いた。
「あ、あの、ね……」
潤んだ目と益々熱くなる身体で恥かしさに耐えながらも、懸命に言おうとしている貴世子に煽られ
つつ、士朗はその言葉を待った。
「あ、あ、あそこ……し、士朗くんと、繋がってる、所…が、じんじんして、変なの……」
そう言うと貴世子は恥かしさで、士朗の首筋の豊かな毛に顔を埋める様にしがみ付いた。
良く出来ました。と、その可愛らしい仕草に笑みを湛え、士朗は貴世子の耳を甘噛みしながら、右
手を器用にも滑り込ませた。
「きゃうんっ!」
目一杯広がり怒張を咥え込んだ秘所を撫でられ、貴世子は堪らず声を上げる。
「ここか?」
士朗の少し硬めの指肉球がゆっくりと何時の間にか零れていた蜜を塗りつけながら確かめる様に
陰唇をなぞり、貴世子はぞくぞくと背筋を這い上がる感覚に甘い声を上げつつ頷いた。
「ぁんっ…そこ…っん…あ…や…待っ、てぇ…あっ!」
敏感になった陰唇をなぞられる度ひくんひくんと肉壁が細かく蠢き、それが怒張の大きさと硬さと
熱を伝え、貴世子はもどかしい熱に苛まれ無意識に逃げるよう腰をくねらす。
「あああんっ!」
「……っ」
その動きは思わぬ刺激をもたらし、貴世子は一際強く怒張を締め上げしがみ付く腕に力を込める。
限界だ。思わぬ締め付けに、そう声にはせず呟いた士朗は、焦らない様自分に言い聞かせながら、
緩慢に腰を引き沈める。
「…は、ああぁぁんっ!」
苦しさと圧迫感は無くなっており、逆に怒張が出ていこうとする軽い喪失感と、じわりと甘い痺れ
が広がり切ない溜息が貴世子の口から漏れるが、すぐさま圧倒的な大きさと硬さの怒張が肉壁を擦り
掻き分け沈み込むと、目が眩む程の快感が一瞬にして全身を襲い、一際高く鳴いた。
「気持ち、いいか?」
「は…あ…うん……気持ち、いい…よぅ」
その声ともっと奥へと誘う様にひくつき滑る肉壁の感覚に、士朗は貴世子の快感を見て取ると緩や
かに抽送をはじめた。
「あっ!…んっ!…あぁ!…あんっ!…あぁっ!」
差し迫る嬌声や大きくなる淫猥な水音に合わせ、徐々に単純な抜き差しから緩急をつけ、ぎりぎり
まで引き抜いたり擦りつける様突上げたりと、士朗は激しさを増していく。
「……貴世子っ」
「あぅぅんっ! し、ろ…くんっ! だめぇ!…おかしく、なっちゃ…! ああっ!」
はじめて感じる強烈な快楽に、貴世子は回らない舌を必死に動かし懸命に士朗に訴えかける。しか
し抜き差しする度に起こる肉のぶつかる音や、溢れる蜜や滲む汗の濃厚で淫靡な匂い。そして全てを
超絶する快楽。それらが理性を焼き尽くし脳を全身をも蕩けさせ、言葉とは裏腹にその身体は、士朗
の腰に脚を絡め、貪欲に快楽を求める。
「もっとだ」
甘い声で拒絶しているのに、しっかり絡みつく貴世子に舌舐めずりをした士朗は、細い腰を更に
引き寄せると、より深く怒張を沈み込ませ、とうとう根元まで咥え込ませた。
「ああぁぁぁんっ!」
身体を仰け反らせた貴世子をしっかりと抱き締めた士朗はそこで動きを止めると、鼻先を貴世子の
頬に擦り付け、甘く香る匂いを胸一杯吸い込んだ。
「解るか? 全部入ったぞ」
「…ぜん、ぶ?」
「ああ、根元まで全部」
どこか恍惚とした蕩けた表情と声で、貴世子は短く熱い息を吐きながら、士朗を仰ぎ見る。
「ほんと…士朗くん、で…いっぱい……」
うっとりと甘い溜息を漏らし、情交の匂いを吸い込む。
人間であった頃より遥かに嗅覚の鋭くなった人狼の鼻には、互いの体臭、汗や唾液の匂いや、繋
がった場所から漂う牡と牝の匂いが鮮明に感じられる。
「もっと、おかしくなれよ」
欲に濡れ潤んだ金色の目が、欲に塗れたぎらつく金色の目を捕らえると、僅かに残っていた理性の
欠片は消え失せ、後は本能と欲望のまま。
獣の息遣いと淫らに響く水音。絶え間無く上がる嬌声。立ち込める牡と牝と情交の淫猥な匂い。
その只中で絡み合うのは、ただの獣。
「あっ! あぁんっ! あぁっ! あっ! あぁ!」
乳房を揉み拉かれ激しく腰を打ち付けられ、貴世子は鳴きながら貪欲に腰を揺らす。
止めど無く蜜を溢れ続ける秘所は怒張を搦め捕り、きゅうきゅうと締め付けながら最奥へと誘う。
「あぁっ!…だめぇ! も、ああんっ!」
過ぎる快楽に涙を零し、貴世子は一層強く士朗の腰に絡めた脚に力を入れた。
もう少し愉しみたい気持ちはあったが、夜はまだ長い、と士朗は思い直すと、抽送を速める。
「ひあぁぁんっ! あぁぁっ! あぁっ! ああぁぁ!」
肉壁を擦られ、大き過ぎる怒張の先端で子宮口を突かれ、貴世子は士朗にしがみ付き、快楽だけを
追い求めながら、狂った様に善がる。
「だ、だめぇっ!……あっ! あああああぁぁぁぁぁっ!!」
ぎゅうっと締め付け身体を仰け反らせると、呆気なく貴世子は達してしまう。
しかし、
「やぁ…っ!…ま、あぁっ!…ま、てぇっ! やぁ…っ! あぁあっ!」
抽送は止まらず、その快感にびくびくと身体を細かく跳ねさせながら、必死で貴世子は制止の声を上
げようとするが、口からは嬌声が上がるばかりで言葉にならない。
おかしくなっちゃう、と突上げ揺さ振られる度に、瞑った目の裏の暗闇に閃光が瞬き、頭が焼き切
れそうになりながら、貴世子はそれでもいいと思った。
きゅっきゅっと締め付け蠢く肉壁と、達した事でより淫靡な香りを放ち、悶え善がり狂う貴世子の
凄艶な姿に士朗は煽られ、精を放つため抉る様に突上げる。
「ひっああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
瞬間、膨張し硬くなった怒張から勢い良く精が放たれ、貴世子は絶頂へと押し上げられた。
「……ぐぅっ!」
貪欲に精を欲しがる肉壁の締め付けに、士朗は乞われるまま精を放ち続けながら、緩やかに抽送を
続ける。
「…ぅ…あ、はぁぁ……」
長い射精が終り士朗がゆっくりと陰茎を引き抜くと、交じり合った蜜と精が一気にどろどろと溢れ
返り、貴世子は細く甘い吐息を漏らした。
恍惚とした表情で荒い息を吐く貴世子の隣に寝転がり腕枕し抱き寄せると、士朗は目許や頬、ぴく
ぴくと動く耳を優しく労わる様に舐め、余韻を楽しむ。
為すがまま意識を漂わせていた貴世子も少し落ち着きを取り戻し、士朗の逞しい肩口や胸に鼻先や
頬を擦り付け甘える。
そのままお互いの毛繕いをしたり、鼻先をくっつけたり、舐めたり、甘噛みしたり、抱き合ったり
と、擽ったい甘ったるい戯れ合いを堪能した。
「ずっと、こうしていたいな」
小さ過ぎる呟きだったが、士朗の耳には切なく甘い響きまで、はっきりと聞き取る事が出来た。
「……今すぐ、とはいかないが」
「え?」
まさか独り言に返答されるとは思っていなかった貴世子は、驚き顔を上げると、真っ直ぐ見詰める
真剣な士朗の金色の目に捕われた。
「ずっと捜してた。そして漸く見つけた。逢った瞬間、お前しかいないと解ったんだ」
「士朗くん……」
どくんどくんと高鳴る鼓動に、貴世子は知らず知らず胸の前で手を握り締めていた。
「お前は俺の番いだ。ずっと傍にいろ」
「……うん。ずっと士朗くんの傍にいる」
きゅうと胸を締め付ける幸福感に握り締めた手を強くし、貴世子は喜びの涙を一つ零し微笑んだ。
その言葉と笑顔に士朗は満足気に笑み崩れると、貴世子の甘い涙を舐めとり、しっかりと腕の中に
愛しい番いを閉じ込めた。
* * * * * * * * * * *
「両親は法事でね、日曜の夜まで帰って来ないんだけど、中学生の弟と留守番する事になってて……
どうしよう…連絡してないし、一人っきりにしちゃった……」
風呂に誘った士朗の言葉に、現実に引き戻ってしまった貴世子は途端におろおろと慌てはじめてし
まい、甘い空気は消えつつあった。
しかし、
「携帯には弟から連絡入ってないんだろ?」
「え、うん。入ってないよ」
「なら平気だろ。明日の朝、俺も一緒にお前の家に行くから」
「来てくれるの?」
「ああ。お前の弟なら俺の弟でもあるし」
「士朗くん…ありがとう」
士朗は言葉巧みに貴世子を宥めると、甘い空気が消えるのを阻止する事に成功した。
だが、
「あっ!」
「……どうした?」
細い肩に手を置こうとした士朗を狙ったかの様に貴世子が声を上げ、士朗は我慢強く手を降ろすと
そう聞き返した。
「どうしよう…この姿……」
目を潤ませ心なしか耳までへたらせた貴世子の姿に、可愛いなと目許を和ませた士朗は落ち着かせ
るように手を握った。
「今度は人間の姿になる様に念じてみろ」
「人間の、姿?…うん、解った」
貴世子は目を閉じると士朗に言われた通り、人間の姿になるように念じ始めた。
「呼吸を落ち着けて…そう、ゆっくり、吸って……吐いて。イメージするんだ」
じわりと身体の熱が引くような感覚が広がると、ざわざわと被毛が短くなっていき代わりに髪が伸
び始め、手足、口吻も縮んでいく。
身体から熱が引き目を開けた貴世子は、目の前の士朗の姿に唖然とした。
「士朗くん? その、姿……」
士朗も呆然として貴世子の姿を見つめていたが、直に我に返り自分の姿を見遣ると、なるほど…と
頷いた。
「これが限界みたいだな」
手足は縮み爪も少し長めだが人間とほぼ変わりない形状になり、髪型は人間だった頃に戻ったが色
は被毛と同色のままで、士朗は銀、貴世子は純白になっていた。しかし胸部、腹部の被毛は無くなっ
たが、それ以外は短くなったものの覆われたままで、口吻も短くなったが迫り出している事に変わり
はなく、頭上にはそのまま三角の耳があり、尻尾も健在だ。
「限界…って……?」
「鏡見てないから推測だが、貴世子も俺と同じで、完全には人間の姿に戻ってないから」
「えぇ!?……わあっ! け、毛がっ!? ひゃあ! し、尻尾ぉ! 耳も!」
士朗に言われ、貴世子は自分の姿を見たり触ったりして確認しながら、いちいち驚きの声を上げて
大いに狼狽えている。
やはりそんな貴世子の姿に頬を弛めていた士朗だったが、徐にリモコンを操作するとテレビをつけ
た。するとそこからは、興奮した様子の人犬の女キャスターがスーツ姿のまま、各地で起きている
亜人化のニュースを伝えていた。
「これ……」
「俺達だけじゃなく、世界中で起きたんだよ。まあ、人間全員が亜人化してないだろうけどな」
「じゃあ……」
画面に映し出された様々な亜人達に、貴世子は釘付けになったまま士朗の言葉を聞いていた。
「今はまだ政府だって混乱してるだろうけど、明日の朝には公に発表とかあるんじゃないか?」
情報が少なく繰り返し似たような画像を流し混乱しているテレビを消すと、士朗は貴世子を軽々と
抱き上げた。
「し、士朗くん!?」
「納得したところで、風呂に入るぞ」
頬にちょんと口付けると、完全獣化の姿よりキスがし易いな、と士朗は新たな発見に機嫌を良くし、
風呂場へと向かった。
「もぉ!」
「今日は寝かせないからな」
頬を膨らませた貴世子に士朗は、それから、と呟くと、直接耳にそう囁いた。
途端に真っ赤になった貴世子は恥かしげに士朗の肩口に顔を埋めたが、直に首に抱き付くと、微か
な声を漏らした。
「弟の様子を見終ったら…士朗くんの部屋で、一緒にお昼寝してくれる?」
と、突然足を止め士朗に、貴世子は顔を上げると首を傾げた。
「どうしたの?」
返事の無い士朗に貴世子は益々首を傾げると、更に声を掛けようとするが、無言のまま士朗は踵を
返すとリビングに戻ってしまった。
「えっと? お風呂は?」
沈黙に耐え切れず抱き上げた格好のまま座った士朗に、そう尋ねる。
「風呂はお前の家に行く前に入る」
「え?」
「可愛すぎるんだよ、お前は……いいから黙って喰わせろ」
そう言い放ち、体温を上げ甘い匂いを更に撒き散らす身体を抱き竦め、純白の首筋に柔らかく牙を
立てた士朗の、芳しい牡の匂いに包まれた貴世子は、うっとりと目を閉じた。
* * * * * * * * * * *
どうしてこうなったのかは解らない。
しかし密やかに緩やかに、けれど確かにその兆しはあった。
そうして、この満ちた月が次々と世界中を照らしていったのを境に、人類の約65%が亜人化し、
日本国内に至っては実に人口の約95%が亜人化した。
各国の学者や科学者、お偉いさんらは、この亜人化をアタビズムやエボリューション、それにやた
らと長い名前を付けたがったが、日本では亜人化、又は獣化・獣人化という呼び名で定着した。
亜人化には大きく分類して三つのタイプがあり、一つ目の獣型は日本で一番多く、国内の亜人化の
60%を占め、二つ目の鳥型は国内では二番目の30%、三つ目の水棲型は、国内では数が少なく10%
にしか満たなかった。
こうして、亜人化が起こった世界各国が混乱を極める中、日本は持ち前の柔軟さで亜人化を受け入
れ、日本国内では暴動も大きな犯罪も戦争も起こる事無く、亜人化した新たなる国家としての態勢が
着実に整いつつあった。
―― そうして、もう少し先の、しかし遠くない未来、日本は亜人の楽園と呼ばれる事になる。
【了】