深い闇に静まり返った部屋へドアの軋む音が響いた。
亜矢は身体を震わせる。
大きく息を吸い込み、出来るだけ静かに息を吐いた。
鼓動が加速していく。
心臓の音は体内で大きく鳴り響き、亜矢は無意識に身体を丸めてその音を抱え込んだ。
こんなに大きな音では聞こえてしまう。
元に戻そうと努力するのに、背後に感じる気配へ意識が傾くだけで、簡単に崩れ去ってしまった。
近付く気配へと意識は冴え、鼓動はますます高鳴っていく。
呼吸が乱れる。
体内を打ち鳴らす鼓動が聞こえてしまうのではないかという恐怖に駆られ、亜矢は目を固く瞑った。
早く、早くおさまって、気づかれないように。
――ああ、神様。
心の中で名も知らぬ神に亜矢は祈る。
侵入者の気配は、もう間近に感じられた。
――名前を呼ばないで。
そうしたら、為すすべもなく自分が従ってしまうことを亜矢は知っていた。
眠ったふりを続ける。
知らない。気づかない。私は何も感じず眠っているだけ。
傍らに立った侵入者は亜矢を見つめている。
背中に感じるのは痛いくらいの強い視線。
吐く息が熱い。熱は押さえようが無く上昇している。
身体に生じた変化が亜矢を苛なむ。
理性の命令など全く寄せつけず、亜矢の中心では何かが蕩けて溢れ出していた。
信じられなかった。身体はこんなにも火照っているなんて。
何かを期待に満ちて待っている。それでも亜矢は認めたくなかった。
――もう、こんなことはやめたいのに。
侵入者が小さく笑った。
「――亜矢」
低く艶めいた声だった。
「亜矢、起きて」
侵入者がもう一度名前を呼ぶ。
その声に導かれるように、自分の意志とは関係なく唇が開く。
抵抗など無駄なあがきでしかなかった。
「お……兄ちゃん……」
操られたように、亜矢はゆっくりと振り向いた。
「亜矢……俺と遊ぶ?」
ベッドに腰を降ろしながら兄が言った。
亜矢の頬を指先でなぞる。
びくりと亜矢の身体が揺れた。
亜矢は泣きそうな声で、うん、と言った。
兄の輪郭が、暗闇の中はっきりとしてくる。
そして、楽しそうな兄の顔が目の前に現れ、次には唇を塞がれた。