ふたりめからは、ちょっとだけ楽になった。
無理やり中をこすられる、ぎしぎしした痛みは軽くなってる。
でも、それってつまり中で精液出されちゃったってことで。
……考えないようにしよう。考えたって意味がないことは。
滑るようになったのはいいけど、中を無理矢理広げられる痛みは相変わらずだし、違うとこの苦しいのは、もっとひどくなってる。
内蔵を下からずんずん突き上げる衝撃。おなかの中をかき回される、気持ち悪さ。
吐きそうになるのを抑える。
この痛みは罰なんだ。きっと、罰。
こんな病気になってしまったことへの罰。
男の人たちは、すごく興奮している。荒い息使い。長く垂れた舌からよだれ。
ここの人たちには、なんでか尻尾がない。付け根のところに傷っぽいのがあるから、切っちゃったのかも。もし尻尾があったら、きっとぶんぶん振り回してる。
それぐらい興奮してあたしの身体をいじり回してる。
胸、触られるだけで痛いのに、力いっぱい揉んだり噛みついたりされた。
口の中には血の味。切っちゃったみたい。いきなり倒されて、鼻先を地面に押し付けられたから。
そんな乱暴にしなくても、満月の夜のことは前もって聞いていたし、逃げるつもりなんかなかったんだけどな。
いっそのこと、足を開いて待ってればよかったのかな。
抵抗したって、かなうわけないんだ。普通の、人間の男の人からだって逃げられなかったのに、獣化した男の人たちにかなうわけない。
こんなとき逆らっても、余計ひどいことされるだけだってことぐらい知ってる。
そのあとは、仰向けで押さえつけられて、足をがばって広げられて、……硬いのを押し付けられた。無理やり、こじ開けるみたいにして突っ込まれた。
姿形は変わっても、やることは基本的に同じなんだなって思った。
じっと耐える。耐えてるように見えないように、耐える。
仕方ないんだって頭の中で何度も唱えながら。
固く目を閉じる。何も感じない人形になる。
あ、でも人形じゃないな。あたし、もう人間じゃないから。
ぬいぐるみかな。ちっちゃいころ大事にしてた、綿が抜けてくたっとしたぬいぐるみを思い出す。
あんな感じに、身体の力を抜く。されるがまま。そのほうが、痛くない。
――あの時と同じように。
そう。こういうの、初めてじゃない。
もっと痛いことだって知ってる。だから、平気。たいしたことじゃ、ないんだ。
「満月だからね、発情期だから仕方ないことなんだよ。ここで生きていくならキツネちゃんも楽しめるようになったほうがいいよ」
そんな自分勝手なことを言いながらあたしの中に入ってきたのは、毛の長い犬の人。
1週間前あたしがこの島に捨てられたとき、はじめに話しかけてきた人だった。誘われるまま、あたしはこの“村”で暮らし始めた。尻尾のない獣化病患者だけの“村”。自分をまだ人間だと思いたがってる人たちの“村”。
犬の人は、あたしのおなかの上にぽたぽたよだれを垂らしながら、腰を振り続けてる。
たしか病気になる前は学校の先生だったって言ってた。
どんな姿になっても人間の尊厳を忘れちゃいけないよってお説教されたっけ。
尊厳っていったいなんだろ。わかんない。
キツネちゃんって呼ばれるのはあまり好きじゃない。
でも、ここじゃ誰も名前で呼びあわない。今の姿、動物の名前で呼ぶ。
みんな本当に動物になってるわけじゃなくて、ちゃんと2本足で歩くし、あまりはっきりとはしないけど言葉もしゃべれる。でも、人間には見えない。
人間だったときのことを忘れたくて本当の名前を隠してるんだって、はじめは思ってた。
でも、そうじゃないみたい。
うまく言えないけど、人間だった頃の自分を守りたいんだって気がする。
今の、獣になった自分は本当の自分じゃないんだって。そう思いたいんだ、きっと。
だから、立派な毛皮があるのに剃ったり、サイズが合わなくなった服を半端に着てみたりしてる。いつか人間に戻る日のため、人間らしさを忘れないため。
仮の姿だから、元の名前じゃなくて、新しい名前でもなくて、動物の名前で呼び合うんじゃないかなって。
地面の湿気が背中の毛に滲みる。じとじとして気持ち悪い。
揺さぶり続けられてるせいで、しっぽの付け根が擦れて痛む。
足の内側からおしりまでべたべたにしてるのは、今も吐き出され、掻き出され続けている何人分もの精液。
何人、いるんだろう。いろんな形のアレが、あたしの身体を使ってる。
人間の形のままのもの。獣の形に変わってしまったもの。
獣化の進行具合はひとそれぞれだから。
あたしのは……。変わっちゃったのかどうかわかんない。ちゃんと見たことないし。昔も今も。
何の動物だかわかんないけどすごく大きい人がいて、死ぬかと思った。ほかの人のみたいに筒のカタチじゃなくて、げんこつみたいな。大きい、ごつごつしたかたまり。……あたし目をつぶってたから、違うもの、入れられちゃったのかも。
痛くて苦しいのに、何度も激しく出し入れされた。
血のにおい、した。どこか裂けちゃったかもしれない。思わず小さいうめき声を上げる。
気持ちよくて声を出したと思っているのか、それともあたしが苦しんでるのがおもしろいのか。男の人たちは楽しそうに笑ってる。
どうでもいいや。本当に、もう、どうでもいい。
離れたところからほかの女の人たちの声がする。気持ちいい声、なのかな、あれ。
悲鳴みたいにも聞こえる。
慣れれば本当に気持ちよくなるのかな、このおなかの中をかき回される感じが。
……だんだん、感覚がなくなってきた。手足の先が冷たくなってく。
耐えなきゃ。これからずっと、満月のたびにこうなるんだから。
ここで生きるなら。ずっと。
慣れたほうがいいよね。犬の人が言ってたように慣れて楽しめるようになって。じゃないと。
でも。無理、かも。
あたしの中身ごと引きずり出すように、大きいのが抜かれる。苦しい。
身体の中にたまってた熱いどろどろがあふれ出す。
もうきっとあたしの子宮は、このどろどろした精液でいっぱいになってる。
……考えてもしょうがないことだってわかってるんだけど、でも。どうしても、考えてしまう。妊娠しちゃうんじゃないかって。
――獣化病患者が妊娠しにくいっていうのは聞いたことある。本当かどうかは知らない。
でも今夜は満月で、そもそも動物の発情期って赤ちゃん作るためのものだし。妊娠とか出産とか、学校の授業で教わったぐらいのことしか知らないから、よけい不安になる。前の時は……。わけがわからないうちにこの病気発症しちゃったからそれどころじゃなかったし。
もし妊娠したら生まれるのは人間なのかな。人間じゃないのかな。ぜんぜん想像できない。
いろんな考えがぐるぐるしてるのに、頭が働かない。
あたし絶対、ばかになってる。人間の姿だった頃もあまり頭いいほうじゃなかったけど。
狐の頭になって脳がちっちゃくなっちゃって、もっとばかになってるんだと思う。
難しいこととか考えられなくなってる。
突然おしりの穴に指をねじこまれて、あたしは悲鳴を上げた。
「こっちのほうが好きか?」
尋ねられたけど、答えようがない。返事をする気もない。
「こっちも使えるようにしようぜ。男のほうがずっと多いんだ、この島は」
「キツネちゃん、口使えないし。順番待ちが長くて困るんだよなあ」
笑ってるみたいな声。
あたしの口をそういうことに使えないのは、牙があるから。
使えないんじゃなくて、咬みつかれたくないから使わないんだ。
自分たちが咬みつかれるかもしれないって、わかってやってるんだ。
獣化病患者は性衝動と暴力衝動の抑制が効かない。発情期には、特に。その被害と感染拡大を押さえるためには、隔離はやむをえない。
まだ病気になる前、たまたま見たテレビのニュースでそんな風に言ってたのを思い出した。
それが本当ならあたしは獣化病患者としても中途半端なんだと思う。満月の夜なのに、醒めてる。
男の人たちが終わるのを、ただ待ってるだけ。
――もう何時間ぐらい、たったんだろう。
押し倒されて、圧し掛かられたのは、日が暮れる前だったはず。
あたしは薄目を開ける。鬱蒼と茂った森の、高い木の梢越しに見える満月。あたしの真上。
満月の夜は、まだ半分のこってる。あたしはもう一度、強く目を閉じた。
近づいてくる足音。たぶん、さっきほかの女の人の声がしていた方から。
「よう。キツネちゃんはどんな感じ?」
あたしに問いかけてるんじゃない。あたしの足の間にいる男の人への質問。
「ほとんど反応なし。こんな毛だらけのキツネ顔じゃ感じてるかどうかわかんねえしなあ。身体が小さいからここが」
腰をぐいっと持ち上げられた。たぶん、あたしのあそこを相手に見せてる。つっこまれたままの、あそこを。
「狭いのが救いだけど、締め付けてこないから味気ない。……あっちは?」
「俺に回ってくる前に失神しちまった。こっち混ざれる?」
「いいんじゃないか? こんなんじゃ失神した女とやるのとそんな変わんないと思うけどな。もうすぐ一巡目が終わるからそん次で」
「わるいな。しかし、この娘、ここまで獣化してるのに」
胸に激痛。乳首、つねられてる。
「おっぱいが残ってるの、珍しいよな。ほかの女どものは、まっ平らだろ」
「ああ。だから期待したのになあ。でもこりゃ期待はずれもいいとこだ」
期待なんかどんどんはずれてほしい。飽きてどっかに行っちゃってほしい。
「こんな身体になって島に捨てられたってことはさ、よっぽど外じゃ遊びまくってたんだろね」
「フーゾクでもやってたかな、けっこう若そうだし、じゃなきゃこの病気にならない」
「まったくだ。……これ、胸だけでも毛ぇ剃りゃちょっとはマシになるんじゃね?」
「次の満月のときにでも試してみるか」
「そうだな。なんつーか、……まともな女抱きてえな」
聞きたくないのに、耳に入ってくる、男の人たちの声。
耳をふさぎたいのに、両腕は押さえつけられてて動かない。
時間の感覚がない。時々薄目を開けて月を捜すけど、蒼白くて残酷な満月の動きはあんまりにもゆっくりで、そのたびあたしは絶望する。
男の人たちはいれかわりたちかわり、あたしの中に精液を吐き出し続けてる。
なんでこんなことになっちゃってるんだろう。
なんでこんな島に来ることになっちゃったんだろう。
学校に行って、部活やって、友達と遊んで、お気に入りのドラマ観て。
そういうのがずっと続くはずだったのに。何がいけなかったんだろう。
裂けちゃった入り口のところも、おなかの中も、もまれ続けてる胸も、頭も、痺れたみたいに感覚がなくなってる。
世界が全部、ぼんやりしてる。
なにが夢で、なにが本当なのか、もうわかんない。
「嫌なら、ちゃんと嫌だって言やいいのに」
そんな声が、聞こえた。知らない、若い男の人の声。
上のほう。ずっと、ずっと上。あたしは目を開く。
赤く光る点がふたつ。目? 誰かいる。高い木の上。あたしを見てる。
月の光で陰になって、かすんだ目じゃよく見えない。
男の人たちがざわめく。上を見る。上を見たまま固まってる。
「……バケモノ」
誰かが、そんな言葉をつぶやいた。
あたしの中に入っていたものが急に小さくなって抜ける。
嫌な、感触。
――嫌。
そうか。あたし、これ、嫌なんだ。こんなのしたくないんだ。
しょうがないとか納得してるとか覚悟してるとか、全部ウソ。
本当は、こんな人たちに触られるのだって嫌、だったんだ。
弄り回されるのも、あんなことされるのも、ひどいこと言われるのも、みんな。みんな。嫌。
木の上から、くすくす笑う声が降ってくる。
今までたちこめていた、男の人たちの興奮の匂いがすうっと消えてく。
みんな、妙に怯えている。
木の上の人に。バケモノに。
そういえば何日か前から、村の人たちはバケモノが出たって噂で怯えてた。
なんかすごく、変な感じがした。
ここにいるの、みんな人間でも動物でもない、バケモノなのに。
なんで怖がってるのかわかんなかった。
今もわかんない。
「ここは危ないから、“村”に」
何本もの手に引っ張り上げられて、むりやり立たされる。
足の間から、また気持ちの悪い液体がだらだらこぼれる。
「建物の中までは、あいつも入ってこないだろうし」
腕を引かれる。“村”へ。“村”なんて名ばかりの、廃墟のほうへ。
「続きは安全なところでゆっくり、な」
耳元でささやかれて、ぞっとした。まだ、する気なんだ。“村”の、ぼろぼろに崩れたコンクリートの、嫌な臭いと音がこもる部屋の中で。
背中の毛が逆立つ。尻尾が膨らむ。
あたしは立ち止まる。
搾り出すように。小さい、かすれた声で。
「……いや」
なんとか、言葉にする。久しぶりに聞く自分の声。人間だった頃とは全然違う、なじみの薄い声。
「あんたたち、きらい。さわらないで」
つかまれていた腕を振りほどいた。あっけないぐらい簡単に、自由になる。
捕まえようと伸ばされた腕に、咬みつく。爪を立てる。
でも、そこまで。
力の入らない足がもつれた。バランスを崩して倒れる。自由になったときと同じぐらい、あっさり捕まってしまった。
結局、何も変わらないんだな。あたしが嫌がっても、気にもとめられないんだ。何をしても、無駄。
嫌だってことに気付いたぶん、これから繰り返されることが余計つらくなっちゃうのに。
また綿の抜けたぬいぐるみになって、朝まで耐えるしかない。
――そんなふうに、諦めたときだった。
一瞬、雷でも落ちたのかと思った。
咆哮。あたしのすぐ後ろから。
耳だけじゃない。おなかの中までずんって響くような。
全身の毛がぞわぞわってするような。
地面まで、震えるような。
そんな、とても人の喉から出てるとは思えないような声で、なのに。
それなのに、なんでだかわからないんだけど。
――さっきの人の声だ。
そう思った。木の上からあたしに話しかけた人。
いつの間に下りてきたんだろう。ぜんぜん気がつかなかった。
あたしの後ろにいるんだ。さっきの人。
男の人たちの動きが止まった。
恐怖、のにおいなのかな、これ。あたりの空気ががらっと変わってる。
みんな、あたしの後ろを、あたしの後ろにいる誰かを怯えながら見てる。
腰、抜かしてるのか、へたり込んでる人までいる。
でも動けないのはあたしも同じ。座り込んだまま、動けない。
振り向くこともできない。
バケモノにバケモノって呼ばれるくらいなんだから、きっとあたしの後ろに立ってるのはすごく怖い人なんだろうって思った。
捕まって食べられちゃったりするのかもしれない。
でも、それならそれでいいや。
こういうの、終わりになるなら、それでいい。
「立てるか?」
手が差し出された。背後から。黒っぽい毛で覆われてて、爪もゴツくなっちゃってるけど、かなり人間の形を留めた手。
うらやましいなって思った。あたしの手はかなり獣化しちゃってて、ものを掴むのにも苦労するようになってるから。
「あのさ、立てるかって訊いてんだけど」
ぼおっとした頭で、あたしは声のほうを見上げた。
なんとなく、もっと大きい人なのかと思ってた。
もちろんあたしよりはぜんぜん大きい。
でも、村には熊になっちゃった人とか、モトが人間だと思えないような大きさの人もいたし。
そういう人に比べたら、わりと普通の人間サイズ。
こんな人からあんな大きな声が出るなんてふしぎだなって思った。
「聞いてっか? なあ」
ふしぎっていえば、この人、身体の模様とか目とか、ふしぎ。
あ。尻尾がある。自分以外の人の尻尾、はじめて見た。長くて先の方に毛の房がある尻尾。ライオンみたいな。でも、顔はぜんぜんライオンっぽくない。
犬っぽいけど、ちょっと違うような気もする。
なんの動物だかわからない。テレビとか図鑑とかで見たことがない動物。
たぶんあたしが知らないだけなんだと思うけど。
暗い中で赤く光る目。それがちょっとだけ細くなる。
――微笑んだ。微笑んだような気がする。
「驚かしちったみたいだな」
頭に軽い感触。ぽんぽんって。頭、撫でられてる。
頭の毛をかき混ぜる手が耳に触って、ぶるって身体が震えた。
そうだ、なんか話しかけられてた。えと、「立てるか?」って。
立てたらどうするのかな。どこか、つれてかれるのかな。
足に力を入れてみる。がくがく大きく痙攣するばかりで、立ち上がれそうにない。
「キツネちゃん、そいつから離れろ。感染しちまう」
裏返った声で、誰かが叫んでる。
感染って。これ以上何に感染するっていうんだろ。
辺りを見回す。男の人たちのほとんどは逃げたらしい。
何人か、腰を抜かした人たちが転がってるだけ。
このひと、吼えただけで何もしてないのに。
なのに、たったひとり相手に、なんで“村”の人たちはなにもしないで逃げるだけなんだろ。なんであんなに怖がってるんだろ。
寄ってたかってあたしにいやらしい事してたときと全然違う。
へんなの。
あたし、なんでこんな人たちと暮らしてたのかな。
「さて」
ふしぎな人はあたしに訊いた。
「おまえさ、これからどうしたい?」
「……どうするって」
また目が細くなる。イタズラっぽい笑顔。
……怖い人じゃ、ないような気がする。
「このひとたちのところには、いたくないな」
あたしはそれだけ言ってみた。
「じゃ、いくか」
どこへ、とは言わないまま、ふしぎな人はあたしをゆっくり抱えあげる。
あたしも訊かなかった。ここじゃなければどこでもよかったから。