「はい、これ。食べてな」
「……なんだこれ?」
今日は三月十五日。一ヶ月程前も、そして昨日も、何事もなく終わる普通の日だった俺に、
今日になって降って湧いたそれは、その、つまり……なんだ?
「何って……チョコじゃけど?」
加志乃眞鬼(かしの・まき)は、差し出した手はそのままで、きょととした顔をしている。
その手の上に乗っているのは、ラッピングの施された箱。彼女の言う通りなら、
その中身はチョコレートなのだろう。
「なんで?」
「……へ?」
「もう三月だぞ?」
「じゃけん、バレンタインじゃないん? 女が男にチョコ渡す日やろ?」
「それは二月だ」
「……ほんま?」
「ほんま。ついでに言うなら今日は十五日だ。バレンタインは二月十四日」
「……。またやっちゃった……?」
「やっちゃったみたいだな」
「………………もう実家(うち)に帰るぅぅぅ!!」
彼女は、最近田舎から出てきたばかりで、世間の習俗に疎い所がある。
にしたって、バレンタインの日付を――何故かプラス一日で――間違えるとか
ありえないだろ、というのは至極当然の感想だとは思うが、これには理由がある。
彼女の田舎というのが、御伽噺で有名なとある島――鬼が島だからだ。
瀬戸内海の異空間に浮かぶその島から、諸般の事情で彼女はこの街へとやって来た。
……まあ、ドジなのはそれとは関係なさそうな気がしないでもないが。
「落ち着け。また角出てるぞ」
当然、そこに住んでいた彼女は、普通の人間ではない。
彼女が何なのかは……まあ、頭から飛び出した二本の角を見れば一目でわかるだろう。
「あ、もう……!」
普段は収納可能という、便利なのか不便なのかよくわからない機能付きの角も、
彼女が興奮したり驚いたりすると飛び出てしまう。
慌てて角をしまおうと片手で頭を抑える彼女の姿に苦笑しながら、俺はもう片方の手から
箱を受け取る。
「あえ?」
「せっかくくれるって言うんだから、ありがたく貰っておくよ」
「……ええん?」
「ああ……手作りなんだろ? せっかく作ってくれたんだからさ」
「うん……じゃけど、初めて作ったけん、ちゃんと出来てるかよーわからん……」
「ま、味の方は期待してないから」
「……それはそれで酷いわー」
「別に腹壊すわけでもないだ」
包みを開けると、出てきたのは丁寧に作られたチョコレート……と思しき緑色の物体。
「……ろ?」
「抹茶入れてみたんじゃけど、どぉ?」
「……ああ、抹茶……抹茶チョコなわけね」
じゃあ、この飛び出してる魚の頭はナンナンダロウナー。
俺の視線に気づいたのか、彼女は頬を染めて言う。
「カルシウムも取れるように、工夫してみたんよ」
「……へ、へぇ」
………………。
食べなきゃ、駄目なんだろうか……。
「えへへ……遠慮せんで食べてな?」
……駄目だな。
俺は意を決した。胃は決死だ。……洒落てる場合か。
「じゃあ……いただき、ます」
ぱくっ。
バタン。俺は倒れた。スイーツかっこ笑いかっこ閉じ。
「……え?」
不味いとか、そういう次元を超えた……それはもう……凶器……。
あ、丁度仰向けに倒れたから、彼女のパンツが……。
おにーのパンツはいいパンツーつよいぞーつよいぞー。あは、ふふふ。
「ちょ……大丈夫っ!? ちょっとぉ!? しっかりしてぇー!」
俺が最後に見たのは、顔を真っ青にして角を出したまま慌てふためく彼女の姿だった。
……青鬼さんめーっけ。ぐはっ。