『其の四 〜旅館の役目と恵方鬼〜』  
 
 
「これは堺様、遠いところへわざわざ、相変らずお元気そうで」  
「若旦那さんも……って、年がそう変わらないのに様付けはやめてください」  
「いや、一応客商売だし、うちの両親もうるさいんだよ」  
「そうかぁ、大変そうだな、お互いに」  
「そうだな、お互いに……」  
 
 幸一にグイと顔を寄せ、ニヤリと微笑むお客に合わせ、幸一も怪しい微笑を返す。  
陣甲斐旅館には珍しい人間の、それも男性客。  
男の名は『堺 修平(25)』一端の社会人であるが、彼の背後から巨大な影が近づくと、  
影の主が修平に声をかけた。  
 
「シュウ、何をゴチャゴチャ言うとる、うちは疲れとるんや、ちゃっちゃと済ませてんか」  
 
 妙にトーンの高い変な大阪弁、スレンダーな体、冬だというのにヘソだしの半裸姿、  
さらに、身長が2メートルを超えていそうな大女である。  
鋭い視線は玉に瑕であるが、絶世の美女であることは言うを待たない。  
 
「ああ、またアンタに責苛まれるかと思っただけで、アソコがジュンとなってまうわぁ」  
「馬鹿、ここでおきな声を出すなって、他のお客も居るだろうが」  
「そんなんかまへん、あたいらの仲の良さを、見せつけたるだけや」  
 
 自分より体の大きな女性に後ろから抱きしめられ、修平の後頭部は豊満な両胸の間に  
沈められてしまい、思わず顔を赤らめる。  
そんな修平の姿を見下ろして満面の笑みを見せるこの女性は、もちろん人間ではない。  
 
 種族は『鬼』名は『恵方 真鬼(えほう まき)』年齢に関しては伏せておこう。  
数ある鬼の中でも『恵方鬼』と呼ばれる特殊な種族で、普段は一般人に化けているが、  
本性を現せば、角を生やした怪力自慢の鬼となる。  
 
 秀平が真鬼と出合った経緯は以前お話した事がある通りだ。  
帰宅途中に立ち寄ったコンビニで売れ残った恵方巻を手にしたのが運の尽き。  
帰りに丸齧りしながら歩いた結果、それが偶然にも『逆恵方』と呼ばれる古の儀式となり、  
恵方鬼と呼ばれる鬼の真鬼が姿を現し、たっぷりと犯された。  
その後は、一年おきの逆恵方を続け、奇妙な共同生活を行っている。  
 
 さて、2月3日の節分に、人間の男である修平が鬼の女を連れてやってきた理由。  
人間の男が人外女性から性的に“喰われる”事が明確なこの旅館に足を運んだ理由。  
まずは、彼らが最初に旅館にやってきた、その経緯からお話しなければなるまい。  
 
△▽△  
 
「たっ、助けてください、こっ、殺されるぅ」  
 
 その男、秀平が旅館に駆け込んできたのは、秋も深い11月も過ぎた頃であった。  
最初に対応に出た若旦那の幸一も、息を切らしながら話をする修平の話が理解できず、  
父親に相談を持ちかけていた。  
 
「はいっ、実は、かくかくしかじかで……うううっ」  
 
 かくかくしかじかでは分からない。  
数時間前の秀平と真鬼のやりとりを盗み聞きしてみると、  
 
「きぃぃっ、あたいというものがありながら、他の女の匂いを付けてくるやなんて」  
「落ち着けっ、俺は先輩とキャバクラで飲んできただけであってだな」  
「キャバクラやて? あたいというものがありながら、他の女と酒を飲むやなんてぇ」  
「落ち着けって、そもそも俺達は契約で一緒にいるだけだろ?」  
「うるさい、他の女に劣ると思っただけで悔しうて悔しうて、殺すっ!」  
「ぎゃーーす」  
 
 これだけ聞いていただければ、大体の事情は理解いただけるだろう。  
秀平は、これより逃走の道を辿るわけだが、どこへ行っても必ず居場所へ現れる真鬼から  
逃げるために、秀平の苦労は並々ならぬものがあったようだ。  
なんでも、真鬼は秀平の臭いを追うらしい。まさに獣の所業といえよう。  
 
「ほぉ、しかし、なんでこの旅館に、よく辿りつけましたね」  
「ええ、大阪の駅で出会った、見知らぬ少女に紹介されましてね」  
「見知らぬ、少女?」  
「ええと、『国有 鉄子(くにあり てつこ)』とか言ってたな」  
「もしかして、小学生ぐらいの身長で、でかい時刻表を抱いてませんでしたか」  
「そうです、よく、ご存知ですね」  
「以前、ここに泊まりにきたこともあるものですから」  
 
 どこか遠い所を見ながら、思い出に浸るかのごとく話をする幸一。  
ちなみに、鉄子という人外は、長年使われた鉄道車両に宿る『ツクモガミ』の一種である。機会があればお話しすることもあるだろう。  
そんな感じに世間話を続けていると、親父が手招きをしながら幸一を呼び寄せた。  
 
「おい、準備が出来たぞ、このお客さんを、例の部屋にご案内しろ」  
「例の部屋? あぁ、『新月の間』の事か」  
「そうだ、ちゃんと布団も敷き延べておいたぞ」  
 
 疲れ果て、訳のわからぬまま二人のやり取りを聞いていた秀平であったが、  
幸一に案内されるまま、旅館の長い廊下の突き当たりにある部屋へと案内された。  
秀平を追う真鬼が旅館に姿を現したのは、秀平が部屋に入るのと、ほぼ同時であった。  
 
「ここやなぁ、秀平の臭いがするんは、ここやなぁ」  
 
 秀平を追う真鬼の姿は、胸と腰を虎縞の布で覆い隠しただけの簡素な姿。  
鬼の正装とでも言えばよいだろうか。  
頭には鬼らしく尖った角を生やし、肩には重そうな金棒を担いでいる。  
 殺気に満ちた目で旅館を見渡す彼女の対応に出たのは、若女将のハクであった。  
人間の幸一では迫力負けしていただろうが、人外で蛇女のハクは、真鬼程度の迫力で  
遅れをとることは無い。  
 
「秀平はどこや、ここに居るんは、お天道様もお見通しやでぇ」  
「お客様、ご案内します、どうぞこちらへ」  
「ほぉ、やけに正直やないか」  
 
 ズンズンと勝手に上がってくる真鬼に対し、正面から向き合う形で対峙した  
二人であったが、ハクは他のお客様に対する時と同じような笑顔で対応した。  
 
「あっ、お客様」  
「あん?」  
「その、得物はこちらでお預かりしてもよろしいでしょうか?」  
「ええで、秀平を仕留めるんにコイツはいらんからなぁ、ほらっ」  
 
 重量数百キロの金棒を放る真鬼。  
ハクを普通の人間と見た真鬼が、わざと重量物の金棒を投げたわけだが、  
 
「それでは、ご案内します。」  
「なっ……」  
 
 何事も無かったかのように金棒を受け取り、真鬼の先に立って廊下を進むハク。  
愛想を見せつつも、チロリと蛇舌を見せ、自分が人外であることを真鬼に知らせると、  
驚きを見せていた真鬼も、納得したような表情を見せる。  
 
「お客様、こちらでございます」  
 
 導かれるまま部屋に入ると、布団が敷かれ、秀平がその上にちょこんと座っていた。  
真鬼が入ってきた瞬間にビクッと身体を反応させるが、逃げようとしない。  
 秀平は、幸一に言われた通りにしていた。  
 
「ここに真鬼さんが入ってきても部屋から出てはいけません」  
「えぇ、俺、殺されますよ」  
「大丈夫、あなたの相方が部屋に入ったら、そのまま押し倒して、やっちゃって下さい」  
「え?」  
「ですから、犯っちゃうんです」  
「なっ、何言ってるんですか、無理に決まってますよ、相手は本物の鬼なんですから」  
 
 だが、幸一は何も言わず、笑顔のまま、秀平をその場に残して部屋を後にした。  
秀平には、言葉の真意を考える余裕すら与えられず、部屋にはハクに案内された真鬼が  
姿を見せた。  
 筋骨隆々の真鬼に鋭い瞳で睨みつけられた秀平は、身体全体を震わせ、  
その頭では、今まで歩んだ人生の思い出が、走馬灯のように流れていた。  
 
「ほぉ、布団を敷いて永眠の準備までしとるとは、殊勝な心がけやな」  
「いや、これは旅館の人が準備してくれていただけで、俺がやったわけじゃないぞ」  
 
 パキポキと指を鳴らしながら秀平に近づく真鬼。  
鬼の形相を見せる真鬼の迫力に、後ずさりを見せる秀平であったが、  
あっという間に壁際まで追い詰められると、壁に寄りながら立ち上がる。  
 
「さぁてシュウ、覚悟はできてるんやろなぁ?」  
「待て、話せば分かる」  
「問答無用! 必殺、シャイニングゥ」  
「ひえぇぇぇえ」  
「フィンガァー!」  
   
 眩いばかりの光を纏った真鬼の腕が、一直線に譲の顔面に向けられる。  
強烈な風圧を纏った腕が、秀平の顔面に到達すると、秀平の顔は握り潰され、  
熟れたトマトのごとく真っ赤に染まった哀れな顔面が姿を現すはずなのだが、  
 
“ぽふっ”  
「ぽふっ?」  
 
 譲の顔面に到達した腕の妙な音に、真鬼は不信感を抱いたが、特に気にすることなく  
顔面を握りつぶさんと、握力に物を言わせて一気に握りこんだ。  
 
「へへへ、秀平、あたいを敵に回した事を呪うんやなぁ」  
 
 だが、真鬼がいくら力を込めても、秀平はうめき声の一つも上げない。  
一旦腕を外してその場から退くと、眼前には何事も無かったかのように立ち尽くす  
秀平の姿があった。  
 
「んなっ、あたいのシャイニングフィンガーを受けて何事も無いなんて」  
「えっ、いや、俺は何もしてないぞ?」  
「ちいっ、なら、鋼鉄の板すら貫く、あたいの拳を打ち込んでぇ」  
「ちょっ、待てってば」  
 
 身体を見回して無事を確認した秀平は、眼前の真鬼と同様、  
自分の身に何が起こったのか理解できないでいた。  
真鬼は、相変らず話を聞く気が無いようで、今度は拳を握りこみ、  
正拳就きの要領で、秀平の腹を一気に打ち抜いた。  
 
「えいっ」  
“ポフッ”  
 
「ええいっ」  
“ポムッ”  
 
「えいっ、えいっ」  
“ポフッ、ポムッ”  
 
『…………』  
 
 真鬼の拳は譲の身体に命中するものの、何度打ち込んでも、弱弱しい音を立てるだけ。  
今まで経験した事の無い異常事態に、真鬼の頭は混乱の際に達していた。  
 
「なんでや、あたいの拳を受けて何事も無く立ち尽くしているなんて、ありえへんっ!」  
「あれっ、いやぁ、俺にもさっぱり理由がわからん」  
「なっ、なにぃ、あたいを馬鹿にするつもりかい、きぃぃぃ、くやしいー」  
 
 今度は、両手を大きく振りながら、秀平の頭や胸をポカポカと殴りつけるが、  
その攻撃も譲には効果が無く、ネコパンチの如く可愛らしい攻撃であった。  
 
「こらっ、待てって言ってるだろうが」  
「きゃっ」  
 
 秀平もだんだんとイラついてきたらしく、自分の腕を伸ばすと、  
ネコパンチを繰り出す真鬼の腕を掴んだ。  
真鬼は、人間の秀平に腕を掴まれただけだというのに、痛みに顔をしかめると、  
その場に座り込んでしまった。  
 
「きゃっ、だなんて、真鬼も、そんな声を出すんだな」  
「うっ、うるさいっ、今度こそ本気の本気を……あれっ?」  
 
 秀平の言葉に顔を赤らめつつ、再び立ち上がろうと腰に力を込めるが、  
今度は立ち上がる事もできず、それどころか、敷き述べられた布団に倒れこみ、  
動く事ができなくなってしまった。  
 
「うえーん、人間に負けるだなんて一族の恥じやぁ、いっそ殺せぇー」  
 
 布団に顔を埋め、泣き叫ぶ真鬼を見下ろしつつ、呆れ顔の秀平。  
何が起こっているのかは相変らず理解する事ができなかったが、真鬼が力を出せない事、  
そして、自分の命が助かったという事実に、安堵を抱く。  
 
「はうんっ」  
 
 これからどうしようかと考えている最中、眼下で寝転がる真鬼からの口から、  
聞きなれない口調の声が漏れた。  
 何事かと真鬼をじっと見つめるが、布団に顔を埋めたまま動こうともせず、  
空耳かと思っていたのだが、  
 
「ひあうっ」  
 
 秀平の見つめる前で、再び色気に満ちた喘ぎ声が聞こえた。  
それ以降も、僅かな喘ぎと共に身体がピクリと動く動作が続く。  
 
「大丈夫か、真鬼、顔も赤いみたいだが」  
「なんでもなっ、ひいんっ」  
 
 実際、真鬼の顔はほのかに赤みを帯びていた。  
いや、顔だけではない。虎縞の下着しか着ていない彼女の身体全体が赤みを帯び、  
興奮している事が理解できた。  
 そう、性交のときのように。  
 
「な、なぁ、真鬼」  
「なんやっ、私に話しかける……なっ……」  
 
 布団に顔を埋めていた真鬼が振り向き様に見たもの。  
それは、怪しげな笑顔で真鬼を見下ろし、仁王立ちした秀平の姿であった。  
 
「な、なんや秀平、そんな怖い顔して」  
「……」  
「なんで答えないんや、なぁ」  
 
 真鬼の心を支配していたもの、それは恐怖であった。  
何かしゃべってくれるならまだ安心できたかもしれないが、無言の圧力は、  
真鬼の心に重く圧し掛かっていた。  
 しかも、眼前の人間に力で敵わないだけでなく、身体の自由もろくに利かない。  
今まで虐げてきた人間という弱い存在から発せられる異様な気配が、  
鬼という無敵の存在を恐怖で支配しようとしていた。  
 
「うっ、何するんやぁ」  
 
 秀平が真鬼の肩に手が掛け、力いっぱい引っ張ると、布団に埋めていた真鬼の顔が  
天井を向き、室内灯の眩しい光と、そこに浮かぶ人影が目に入った。  
 秀平は、真鬼の身体を跨るような形で立ち、真鬼を見下ろしているのだ。  
光に遮られ、真鬼は秀平の表情を読み取ることが出来なかったが、  
その影はゆっくり腕を伸ばすと、真鬼の胸を覆っている虎縞の布に手をかけた。  
「やっ、やめてぇなぁ、シュウ、もう勘弁やぁ」  
 
 力の入らない腕を伸ばし、秀平の腕を必死に掴むが、行動を押し留めるような力はなく、  
秀平が一気に腕を引っ張ると、  
 
「ひっ、やぁぁぁぁ」  
 
 押さえつけられていた豊満な胸が露になり、衝撃で僅かに揺れた。  
恥ずかしさからか、胸を隠そうと動く真鬼の両腕を、秀平の両腕が押さえ込む。  
真鬼の胸の先端では、ピンク色の乳首が勃起したかのごとく張り、天を仰いでいた。  
 
「はっ、恥ずかしいわぁ、見んといてぇ」  
 
 両腕を押さえ込まれ、抗うすべを持たない真鬼は、秀平の行動を見守る事しかできず、  
僅かに身体を揺らしながら、自分に圧し掛かる秀平の行動を見守っているが、  
その瞳には、わずかに涙が浮かんでいるように見えた。  
 
「あああっ、だめやぁ、それ以上顔を寄せたら、だめやぁ」  
 
 秀平の頭の中では、幸一の言葉が思い出されていた。  
(なるほど、若旦那の言っていた犯っちゃえというのは、こういうことか)  
 
 秀平は、真鬼の両腕を抑えつつ、自分の顔をゆっくりと真鬼の身体に近づけて行く。  
寄せた顔は露になった豊満な胸の直上で止まると、口からピンク色の下がヌルリと  
這い出し、ピンと立った乳首の回りを優しく嘗め回した。  
 
「はっ、やめっ、乳首っ、だめえっ」  
 
 2周、3周と胸の頂上を囲うように舌を這わせた秀平は、大きく張った頂にも優しく  
舌を這わせると、顔を真鬼に向けた。  
 真鬼は、恥ずかしさからか秀平の行動を見ることもできず、必死に目を瞑っていたが、  
自分の片胸を伝って流れ込む快感に耐えかねたかのように、口から僅かな美声を漏らした。  
 
「真鬼、気持ちいいんだろ、そんなに我慢すると、身体に悪いぞ」  
「うっ、うるさいっ、だまっ、れっ、ひいいっ」  
 
 真鬼が瞳を開けて顔を起こした瞬間、秀平は真鬼の胸を口に含んだ。  
含んだといっても、巨大な胸の一部しか口に含める事はできないが、  
唇をぴっちりと密着させ、舌で乳首を舐りつつ、胸を一気に吸い上げた。  
 激しく吸い上げられ、引っ張られながらわずかに形を変える自分の胸を眼前にして、  
 
「やめい修平、本当に、こっ、殺すぞおっ」  
「へぇ、じゃあ、やってみれば?」  
「くっ、くぅぅ」  
「いつもはお前が俺の上に乗っかってさ、胸なんて揉ませてくれた事無いもんな」  
   
 現状を理解できなかったとはいえ、いつも責められっぱなしの真鬼に対して、  
攻めに転じられるチャンスを逃す修平ではない。  
 真鬼の両腕を頭上で組ませ、自分の片手で押さえ込んだ修平は、開いた片方の手で真鬼の片胸を揉みつつ、  
快感に耐える真鬼の顔をじっと覗きこんだ。  
人間に責められた事の無い真鬼は、“受け”という初めての経験に、どのような表情を  
したらよいのかわからず、ただただ焦りを募らせるだけであった。  
 
「じゃぁ、今度はキスでもさせてもらおうかな」  
(しめたっ)  
 
 修平の言葉を耳にした耳にした、真鬼の頭に、現状を打破する考えがよぎった。  
 
(舌を入れてきたら、そのままシュウの舌を喰いちぎったる)  
 
 体全体は力を入れることができないでいたが、言葉がしゃべれなくなったわけではなく、  
快感に歯をくいしばることも出来たため、真鬼には舌くらい喰いちぎれる自信があった。  
 本当は修平のことが好きだし、痛めつけることも好まない真鬼であったが、  
それ以上に“鬼”としての誇りを守ることが彼女にとって優先事項であった。  
 
「さっ、いくよ」  
(こいっ、さぁ、こいやあっ)  
 
 修平の唇が、真鬼の唇に触れた。  
やさしく、少し触れただけのフレンチキス。  
真鬼にとって、久しく感じたことの無い唇同士の優しい触れ合いなだけに、  
攻撃的なことを考えつつも、行為の感覚は真鬼の体を震えさせた。  
 修平がゆっくりと唇を離すと、もっと長く触れ合っていたいかのごとく、  
水気を含んだ真鬼の唇が、修平の唇に吸い付いていた。  
 
「真鬼の唇、筋肉質な体と違って、ものすごく柔らかいんだね、かわいいよ、真鬼」  
(なっ、なんて言うた、かっ、かわいいやてっ!?)  
 
 体が一気に熱くなる。  
己の強さと美しさのみを突き詰めてきた真鬼にとって、“かわいい”という形象は  
考えたことも無い言葉であった。  
 
(なんや、このときめきは……あかん、あたいは鬼や、鬼の誇りを守らなあかんのや)  
 
 真鬼の心は激しく動いていた。  
眼前の男を殺すような行為をしたくない。しかし、鬼としての誇りは捨てられない。  
自分の唇を優しく愛撫する修平を受けつつ、真鬼の葛藤は続いていた。  
 
「さ、次はディープに、君の口を吸わせておくれ」  
(きっ、きたぁぁぁ)  
 
 唇を離した修平は、再び真鬼の顔を覗きこむと、優しくささやきかける。  
真鬼が虎視眈々と修平の舌を狙っていることなど露知らず、  
修平の唇は再び真鬼のそれと触れ合った。  
真鬼の唇に割り込んだ修平の舌は、唇に沿って左右に動き、唾液のヌルリとした質感  
を真鬼に伝えていた。  
一気に舌を奥まで入れるような事はせず、やさしく、滑らかに、修平は真鬼の唇を味わう。  
 
「はむっ、ちゅっ、はうっ」  
 
 抵抗できない真鬼を目の前にしながらも、あくまでも優しい愛撫を繰り広げる修平。  
そのおっとりとした舌の愛撫に我慢しきれなくなったのか、真鬼の舌が修平の舌を  
押しのけると、そのまま修平の口内へ侵入し、舐りまわす。  
 
(ちょっ、ちょっとくらい楽しんでもええよな、せや、最後に愉しませたらんと)  
 
 心の中で言い訳がましく呟くと、押しのけた修平の舌に、押し込んだ自分の舌を絡める。  
修平は、急に始まった真鬼の積極的な行動に驚きながらも、真鬼の激しい舌技に抗えず、  
自ら舌を動かすことを止め、真鬼のすべてを任せていた。  
 
「むふっ、ぐじゅっ、むっうっ」  
 
 長く柔軟な真鬼の舌が、修平の舌を口の奥へ押し込むと、  
そこが自分の領地であるかのごとく動き回る。  
修平の歯、その一本一本も自分のものと主張するように、真鬼は舌をじっくりと絡め、  
唾液を擦り付け、匂いを染み込ませる。  
 真鬼の舌技は終わる気配を見せなかったが、修平の息はそれについていくことが  
出来なかった。  
 
「ぷはっ、苦しいじゃないか、真鬼」  
「はっ、はぁぁぁん、いいとこやったのにぃ」  
 
 修平が顔を引くと、取り残された真鬼の舌が、物欲しそうに空中を泳ぎ、  
修平の口から溢れた唾液が、真鬼の舌先との間に透明な橋を作っていた。  
息を荒げる修平に対して真鬼は余裕の表情だが、どこか恍惚とした感じを見せる。  
 
「シュウ、こんどはあたいの口の中を、あんたの舌で舐ってほしいわぁ」  
 
 顔を赤らめながらおねだりする真鬼。  
いまだかつて経験したことの無い受身な真鬼の言動に、修平も気分を高揚させ、  
再び真鬼の唇に覆いかぶさった。  
 
「ふっ、むぅぅ」  
 
口で動き回る修平の舌に、為すがされるままに従う真鬼。  
先ほどの仕返しとばかりに真鬼の口内で蠢き、大量の唾液を送り込むと、真鬼も舌を  
絡めて必死に唾液をなめ取り、飲み下す。  
舌を喰いちぎってやろうという考えも忘れ、修平の舌と絡み合い、踊る。  
瞳を蕩けさせながら舌を動かし続ける真鬼の顔は、凛々しい鬼としての表情ではなく、  
ただただ快感を求める、一個のメスとしての表情であり、  
その意識は深く、恍惚の中に沈んでいくように感じられた。  
 
(あっ、あかん)  
 
 口の中で繰り返される激しい交じ合いの中、ふと、真鬼の意識が浮上する。  
鬼としての誇りが、このまま人間に堕とされる事を拒否したのであろうか。  
修平に口の中を舐られるたび、自分に残された僅かな力すら吸いだされるような感覚に、  
真鬼は決断した。  
 
(ごめん、シュウ、しょせんあたいは鬼なんやぁ)  
 
真鬼はぎゅっと目を瞑り、己の口内に侵入した修平の舌に歯を添えると、  
顎に持ちうる限りの力を込めた。  
 
 
 

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