「たでーま」
いつも通り帰宅した俺は、無人の玄関で靴を脱いだ。
ま、人がいようがいまいが挨拶は大事だからな。
「お・そーいッ!」
……おいまて、何だ、何故声がする?
一人暮らしなんですが。
もう8年目なんですが。夜の2時なんですが。
「ちょっと、こんな貧相な場所でずっと待ってたのよ!もぉ、!」
………おい、これって子供の声だよな。
親戚にもお隣さんにも子供いない(はず)だが。
訳もわからず固まっていた俺の足元から、また声がした。
「はーやーく!お客さまにお茶くらい出し」
「あぁぁ!?」
何だこの蛇、どこから入ったんだ……つか何でしゃべってんだ!!
疲れてんのか俺、疲れてんだよな。そうだそうだ。
俺は足元でしゃべっている白い蛇(小さいから怖くない)を
近くにかけてあった靴べらで引っかけて外に放り出し、とっとと扉を閉めた。
冷蔵庫に入れてあったチヲビタを一気に飲んで、椅子に腰掛け一息つく。
いやぁ幻聴が聞こえるとは年度末近いとは言え仕事し過ぎだな、
今日は早く寝ようそうしよう。
そう思った瞬間、インターホンが鳴った。
「ど、どちら様で」
深夜にどう見ても高校生ですらない女の子(あ、顔は可愛いな)が
訪ねてくるような心辺りはひとつもないので、それが精一杯の問い掛けだ。
「失礼にも程があるわ、私が誰か分からないなんて」
泣きそうな顔で、まだ肌寒いのにワンピース一枚で、
女の子はカメラに向かって肘を突き出して見せた。
そこにはまだ痛々しい傷痕が引き攣れて残っていた。
「あの時、た、助けて貰ったから」
とうとう涙が溢れて鼻声になる
「お母様にも内緒でお礼を言いに来てあげた、のに、」
何を言ってるのかさっぱり分からず呆然としていると、それは確かに起こった。
モニターにはさっきの(マンションの6階に何匹もいたらたまらん)
小さい白蛇がとぐろを巻いて、首をもたげていた。
「薄情者ぉ」
へたりこんだ俺の記憶が一度途切れた。はい、ヘタレですよ。
これが今、1DKの彼女いない歴3年目の俺の部屋のベッドで
家主をソファに追いやって熟睡していらっしゃる白蛇少女との素敵な出会いだ。
「らーそへ@&*$%○§¢★∴∞※♪∵∬Å」
腹を出すな腹を。
布団を蹴るな風邪…引かないか、変温動物だし。
愉快な方向に曲がった手足と寝言と俺の大学ジャージを除けば
目を閉じた様でも分かる綺麗な顔立ちと、白い白い肌。
布団を掛け直し、顔にかかった長く艶のある髪を耳にかけてやる。
ため息をついてから呟いた。
「いつまで保守してりゃいいんだよ、まったく」
「たでー……ウヲェま」
いかん、大して飲んだ訳じゃないが疲労とすきっ腹に効いた。
「おそーい!お仕事なの?」
台所で立ったまま水を飲む俺に抱きついて文句を言うのは
白いワンピースを着た女の子だ。
「まだ寝てなかったのか、今日は飲み会だって言ったろ?」
頭を掴んで引っぺがし、マイベッドと化したソファに腰掛ける。
「のみかいって何?」
……あぁそうだった。蛇には分からなくても仕方ない。
まして俺のジャージ着て腹出して棒高跳び失敗した様な寝相で
エスペラント語(嘘)で寝言を口走ってた状態だったからな。
「酒飲んで来た、外で」
ふぅん、と興味なさそうな返事をしながらまたくっついてくる。
をいをい、聞いたから答えたんだぞ。
あー蛇だからひんやりして気持ち良いな……じゃなくて、
恋人でもないのに抱き着くんじゃありません。