夢の中でも、これが夢だとなんとなく理解できた。  
 自分の輪郭がぼやけているような感じ。夢を見てるって分かる夢を、いったい何と言うんだったろう。  
 体は、ふわふわと漂っているような、不思議な感覚。  
 視界にはもう一人誰かがいて、  
 その人が、慈しむように僕の股間を撫でていた。  
「――――っ」  
 甘い刺激に、ズボンの下でそれが歓喜を上げる。  
 掌の中で反応が分かったのだろう、その人は口元を綻ばせた。  
 ――どこかで見た事のあるような顔。  
 注視しようと目を細める。なお視界が悪くなった。それも当然で、僕はただ快感に顔を歪めているだけだったのだから。  
 そのひとはズボンを無くすと、そり立つそれを擦るように上下にしごき始めた。  
「――――あ、うぅ――」  
 漏れる。  
 声が。快楽の露が。  
 自分のなかみも溶け出しそうなほどだ。  
 すごく元気なそれは、とてもじゃないけど刺激に耐えられない。  
 必死に柔らかな手から逃げようとはねる。本当はよろこんでいるだけだ。  
 そのひとが、いたずらな笑み。  
 手の動きがはやくなる。  
 ――もう、げんかい。  
 あと戻りがゆるされないところまでのぼりつめて、自分でもなさけなくなるようなこえ。  
 えへへ、って、そのひとがはじめてこえをだす。  
 ――やっぱり、ききおぼえのあるこえ。  
 
 どぴゅ、ぷ、どぷ、ぴゅっ。  
 
 うれしくてぴくぴくしてたものが、とうとうきもちいいのをふきだした――――――  
 
 
 
 目を開けて、なんだか違和感があったので、まず夢を手繰り寄せるようなことをしていた。  
 何の夢を見たんだろうとか、なんかすごかった気がするとか。  
 徐々に意識がハッキリしてくるにつれ、その違和感は確かなものになっていく。  
 股間が冷たい。  
 ……。  
 …………。  
 股間、が?  
 冷たい?  
 まさか。  
 まさかまさかまさか。  
 僅かに身じろぎしてみる。案の定というか、下着は、不快な水気に満ちていた。  
 うわーい、この歳で夢精かよ!  
 やっぱり一緒に寝た所為なのか? そんなに意識しまくってたのか? 最近ご無沙汰だったとはいえ、幾らなんでもこんな自慰覚えたての中学生的展開は止してほしい。  
 幸い、リラノさんはまだ寝ているようだ。今のうちに処理を済ませてしまおう。ああ先に目が覚めてホントによかった。見つかりでもしたらマジで洒落にならない。  
 僕はこっそりベッドを抜け出し、シャワールームへと向かった。  
 
 
 
 だから、高野聡介には聞こえなかった。  
「――ごめん、なさい」  
 毛布の下でぼそりと呟いた、淫魔の声は。  
 
 
 
 ――というわけで。  
「〜♪」  
「…………」  
 ご機嫌に部屋の掃除などをしてくださっている件の御方と、どうにも顔が合わせ辛いのであった。  
「あのぅ、聡介さん?」  
「は、はい! 何か!?」  
「どうかなさったんですか? 先程からやけに落ち着きがないと言うか、そわそわと言うか」  
 そしてバレバレだったというあたり、自分に潜在する無限の大根役者の才能を感じずにはいられない。  
「あー、いやそのですね」  
 どうしよう。  
 まさか『いえね、昨晩は貴女と床を共にしたことが契機となったのか、その、夢精などを少々』とか言うわけにもいかないし。何か、何か誤魔化す言葉を言わねば、と口を突いて出た発言は、  
「――せせ、せっかくの美人が男物の服じゃ勿体無いかなぁ、なんて」  
 後に墓穴と言われる発言である。  
「…………え」  
「……」  
「……ええと、その」  
 案の定というか、もじもじとしながら俯いてしまうリラノさん。  
 ……もじもじ?  
「……ぁ、そんな、美人だなんて、コトは……」  
 何かブツブツと呟いているがどうにも聞き取れない。  
 そこで、ちょっと思考を巡らせてみることにする。服について問われ、俯いて何か言おうとも言い出せない状態。  
 ――あ、なーるほど。  
 すぐに理由に思い当たって、一人得心する。確かにリラノさんらしいといえばらしいと言うかある意味目の保養なんだけど。  
「リラノさん、その服、サイズ合わないんですよね?」  
「……はい?」  
 そう、問題は男女の体つきの違いだったのだ。  
 リラノさんはそんなに体の大きい訳じゃないから僕の服のサイズなら大丈夫かなと思っていたんだけど、やっぱり服のサイズについては、大きさの問題よりはボディラインの問題なのだろう。胸とか胸とか胸とか。……いや別にそこばっかり見てるわけではないぞ。  
「そこで、提案があるわけなんですけど――」  
 
 
「ふわー、おっきいお店ですねー」  
 感嘆の篭ったリラノさんの声も無理からぬ。  
 なんせこの近辺じゃ一番大きな洋服店を選んだのだ。理由は簡単、数うちゃ当たれで、これだけの品揃えならこの娘の気に入る服も見つかるだろうというだけだ。  
 ……あんまり数を買うほどの余裕はないのだが。この手の店の特徴として、『高くもなく安くもない』と言うのがある。  
手が届かなくはないが決して安くはない、という金額設定の妙には、経営側の深慮たる商業戦略の一端を垣間見ることができると思う。事実、僕は結構贔屓にしている。  
「とりあえず、入りましょうか」  
 リラノさんを促して、中に入ろうとする。実は、目的の二として、朝の気分を転換しようというのもあったり。提案した時に、なぜか彼女が肩透かしを喰らったような顔をしてたのが少し気になるけど。  
 と、彼女が店名の看板を見上げているのに気付き、視線を追う。  
『UNIQLO』  
「……ゆにくろ?」  
 いいえ、ウニクロです。  
 
 
 人が言語を身につけた理由といえば、ひとえにそれが意志伝達の必要手段だったからだろう。あるいは、身振り手振りでは、人類の深遠なる表現への欲求の伴侶としては余りにも役不足だったのかもしれない。  
 その点で、僕は万の歳月を重ねて人類が言葉を発達させた意義を全く無為にしていると言えるのではなかろうか。  
「聡介さん聡介さん、これ、どうですか?」  
「あー……すごく、似合うと思います」  
「そうですかー? うぅ、ホントに迷っちゃうなー」  
 店に入ってからというものすっかり使い古された僕の褒め言葉にも、リラノさんは純粋に喜んでくれる。  
 人はきっと、自分の想像を超えるような感動なり事物なりに出会ったときには何も気の利いたことを言えないように造られているに違いない。  
 ――聡くんは、こと女性経験に関しては劣等種族なのだよー。  
 そんな義姉の声が脳内にこだましたけど無視。  
「ねぇねぇ聡介さん、本当にどれも似合ってるんですかー? さっきから心ここにあらずって感じです」  
「い、いやいや、似合ってるのは事実ですよ!」  
 今更で紙ぺらのような意見かもしれないが、それだけは言える。弘法筆を選ばず、とあるが、千変万化のリラノさんはどれも本当に綺麗だった。  
 明日からの活力を取り戻したくらいに。  
 ここにきて自分の経済力を憎む破目になろうとは。  
 個人的にはさっきのセーターとかツボだったけど。  
「ん〜、こっちにしようかな……あ、でもでも……」  
 なにより、こんなはしゃいだ姿のリラノさんを見られたというのが一番かも悪魔とか言ってもやっぱり女の子なんだと実感してしまう。  
 うむ、役得役得――なんて感慨に耽っているうち、いつの間にか次の棚へと移っているリラノさんを追いかけて。  
 終始、そんな充実したショッピングだった。  
 
 
 ――俺、この店から帰ったら結婚するんだ。  
 そんな財布の声が聞こえるかと思ったが、何とか致死は免れたようだ。  
 自宅に戻り、レシートの数字と財布の中身を比べ比べ、安堵のため息を吐く就寝直前。  
 もしかしたら、リラノさんにも気を使わせたかもしれないなぁ、などと考えると、なんとなく情けない。……バイト増やそうかな?  
「聡介さん、今日はどっちですか?」  
「ベッドです」  
 というか、もう潔く諦めて、布団は出さない事にした。  
 じゃあ私も、と、うきうきで寄ってくるリラノさんは、パジャマも着込んで就寝準備万端のご様子。  
 ……。  
 …………ぱじゃま?  
 うん、ぱじゃま。  
 ――パジャマはね、ようせいさんが春風に乗って運んでくるんだよ?  
「えへへ、早速着てみたんですけど……どうでしょう?」  
「あ、あああ、あははははは、妖精さんですねー」  
 駄目です。  
 精神が肉体に帰ってきません。  
「よ、ようせいさん?」  
「い、いえ、何でもないです! よく似合ってますよ……ってお店でも言ったような」  
 白地に濃淡二種の水色のチェック模様は似合うこと似合うこと。  
 個人的に袖が手の甲辺りまで掛かっててサイズオーバーな辺りとかがツボだ。  
 たしか服屋でも僕がそうとう気に入った寝着だったけど……  
「これ、いろんなパジャマの中で、聡介さんが一番よく似合ってるって言ってくれたんですよ」  
 と、ニコニコ顔で言うリラノさん。  
 他人の意見を参考にするのはいいことだと思うけど、そういう言い方ははっきり言って誤解を招くような気が。いや邪推するな僕。  
 そしてもう慣れたはずの寝床で昨日以上に悶々とする事に。  
 ――つまり、結果として、僕は金払って睡眠時間削ったって事になるのだろうか。  
 いや、眼福だからいいんだけどね。  
 
 
 
 
 
 寝床の中でも、服の裾をつまんでみたり。  
 新しい服。なにより、聡介さんから誘ってくれたのが嬉しかった。  
 ――これって、デートってことになるんだろうか。  
 不埒な想像に、脳が熱くなる。  
 でも、今日の聡介さんは本当に可愛かった。  
 色んな服を着てみたけど、その度に顔を赤くして。  
 正直、パジャマの時の聡介さんは会心の表情だったと思う。  
 実は、消費の大きい元の姿でいるのにも、この辺に理由があったりする。  
 なんというか、聡介さんに女性として意識してもらえるのは、悪い気がしない。  
 もともと色事に器用ではないから、異性がそういった反応を示してくれるというのが益々拍車をかけるのかもしれない。  
 なんだか、一歩成長した気分。  
 ……うん、気のせいかもしれない。  
 
 
 
 

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