『この1週間で分かっているだけで52人、その全てが若い女性です』  
『しかしいずれも男性なら是非とも辱めたくなるような美人だ、別に構わないのでは?』  
『どこの代表だ、そういう身も蓋もないことを言うのは!』  
某先進国――ICPO(国際刑事警察機構会議)はずっとこの話題で持ちきりだった。  
『とにかくこれが偶然なのか意図的なのか、その解明でしょう』  
『しかし本人の報告では皆「原因の分からない羞恥」ですよ』  
『偶然か故意か多数決でもとってみますか?』  
『――』  
『こうなるとまたFに解決してもらうしかありませんな』  
 
 
「もうテレビから目が離せないね」「うんうん」  
「すごいよな、女の子たちがバンバン恥ずかしい目に遭うって」  
「抜きすぎてちょっと体力が持たないけどな、俺」「あはは」  
そんな会話を楽しそうに繰り広げる男子学生たちを横目に見ながら私は今日も家路につく。  
そして自室に戻るなり、パソコンを立ち上げてあるサイトにつなぐ。  
思ったとおり、今日も私の活躍を見て喜んでいる人間が何百人とレスをつけていた。  
人間というものはこんな生き物だ。  
例えば学校のホームルームで「女性にいたずらしていいか」なんて議題があがるわけがないが、  
もしそれが議題になったとしたら皆がいい子ぶり「それはいけない事です」というに決まってる。  
しかし本音はこっちだ。  
口に出さないだけで、女性たちを誰かが辱めていると皆が分かっているのだ。  
そして、男性は心の中で私のことを応援し、女性は自分に羞恥が及ぶことを怯える。  
まさしく計画通りに事は進んでいる…  
 
さて、今日もこのノートで女性を恥ずかしい目に遭わせるとするか。  
私はテレビをつける。そろそろ目当てのトーク番組が始まる時間だ。  
ふふ…今日は誰の名前を書こうかな…。  
だが、番組が始まってすぐに、ノイズとともに突然画面が切り替わった。  
『番組の途中ですがICPOからの全世界同時特別生中継をお送りします。  
 日本語同時通訳はヨシコ・アンダーソン…』  
画面の中では、ステージの上にふわふわした金髪の可愛らしい女の子が赤いエプロンドレスを着てこちらを睨みつけていた。  
足元に「ELLEN.F.AUREUS」という字幕が流れる。  
『私は全世界の警察を動かせる唯一の人間、エレン・F・オーレウス――通称「F」よ』  
「な…何よこの子」  
私は驚いてテレビを見つめた。  
『相次ぐ女性を狙った連続羞恥、これは絶対に許せない史上最大の凶悪犯罪よ!  
 私はこの首謀者を必ず捕まえるわ!』  
そう高らかに宣言し、両手で小さくガッツポーズを作るエレン。  
「ふん…」  
私は鼻で笑った。警察が動こうがこんなのが出てこようが私がつかまるわけがない。  
この羞恥ノートを抑えない限り証拠など何も残らないのだから。  
 
画面の中ではエレンが構わずに言葉を続けていた。  
『あなたがどんな考えでこんなことをしてるのか大体想像はつくわ…だけどあなたのしてることは…  
 悪よ!』  
びしっとこちらを指差しながらきっぱり言い放つエレン。  
私が悪ですって…?  
さすがにその物言いは少し頭にきた。  
「私は正義よ! 男なら誰もが理想とする羞恥界の神となる女よ!  
 そしてその神に逆らうもの、それこそが悪よ!」  
間抜けすぎるわねF…もう少し賢ければ面白くなったかもしれないのに  
私はノートを取り出し、大きな文字で「ELLEN.F.AUREUS」と書き殴る。  
「ふふ…私に逆らうとどうなるか、全世界が注目してるわよ、F」  
あと10秒…3…2…1…。  
 
『既に全世界の警察が…(ぽん)え?』  
突然、小さな白猫が空中から現れエレンの腕の中に着地する。  
白猫は腕の中で大きく伸びをすると、小さな声で「にゃあ」と鳴いた。  
『あああ、可愛い〜♪ ん、でもなんで急にネコなんかが…?』  
思わず頬擦りしながらも困惑の表情を浮かべるエレン。だが、事件はそれだけでは終わらなかった。  
ぽん。ぽん。ぽん。  
三毛猫、黒猫、ペルシア猫。次々と何もない空間から可愛い仔猫が降ってくる。  
『え? え? どうなってるの?』  
それは私が聞きたいくらいだ。猫に囲まれて喜びこそすれ、恥ずかしがる女の子などいるはずがない。  
そうこうしているうちに、エレンの周りには数十匹の猫が可愛らしい声をあげながら足元に擦りついている。  
『きゃーっ、幸せ〜♪』  
両手にたくさんの猫を抱きかかえて、エレンは満面の笑みを浮かべている。  
おかしい…まさか、羞恥ノートが故障でもしたのだろうか…?  
 
『きゃんっ…やだ、くすぐったいってば』  
抱きかかえられた猫に顔を舐められて心地よさそうに声を上げるエレン。  
思わずそちらを振り向いた隙に、もう一匹の猫が無防備な首筋をぺろりと舐める。  
『ひゃあ!? あははは、そ、そこはダメー!』  
あまりのくすぐったさにエレンはバランスを崩し、ステージの上にしりもちをついてしまう。  
その瞬間を待ち構えていたかのように、数十匹の仔猫たちがいっせいにエレンに襲い掛かった。  
『え? ちょっとちょっと…きゃぁー!』  
仔猫たちはエレンを押し倒すように体の上に飛び乗っていく。  
完全に床に押し倒し終えると、今度は両腕と両足に飛び乗り、エレンを大の字に固定していく。  
あっという間に、エレンはステージの床に磔にされてしまった。  
 
『あーん、動けないよー』  
四肢を仔猫たちに固定され、抵抗することすら叶わなくなったエレン。  
それを確認し、猫たちは本格的な攻撃を開始した。  
胸の辺りに乗っかっていた仔猫が、前足を使って器用にエプロンドレスのボタンを外していく。  
それとともに下半身に集まっていた猫たちはスカートを咥えてずり下ろしはじめる。  
『きゃわわわー!? やだっ、脱がさないでー!』  
そんなエレンの懇願を無視し、仔猫たちはてきぱきと作業を続ける。  
スカートを完全に脚から抜き取り、右袖、左袖と順番に引っ張って上着を脱がせる。  
あっというまに、エレンは子供っぽい純白のパンツとブラだけという姿になっていた。  
 
『うわーん、恥ずかしいよー』  
真っ赤になって抵抗しようとするエレンだったが、相変わらず猫たちに押さえつけられて身じろぎすらできない。  
そして、下着姿のまま動けないエレンに対して、猫たちは更なる追い討ちをかけ始める。  
まずは脇腹に顔を近づけ、ぺろぺろと優しく舐める。  
『あははははは、やんっ、くすぐったいー!』  
涙を流しながら笑い声を上げるエレン。  
だが、くすぐり攻めはこの程度では終わらない。  
今度はわきの下と首筋の猫たちが、一斉に舌を使ってくすぐり始める。  
『あははははははは! 苦しい、お願いやめてー!』  
涙ながらに訴えるエレンだが、体をくすぐる猫の数は次第に増えていく。  
顔、腕、胸、おなか、脚。もはやエレンは全身を猫たちに攻め立てられていた。  
体中を真っ赤にして笑い声を上げていたエレンの呼吸がだんだん荒くなっていく。  
『あはははは…や…やめ…あははははは…も、もう…ああああああああっ!』  
一際大きな声を上げたかと思うと、エレンはステージの上で大きく震える。  
そして恐らく気を失ってしまったのだろう、大の字に寝転がったままぴくりとも動かなくなる。  
だが、可愛い猫たちに囲まれているためだろうか、その表情は心なしか幸せそうだった。  
 
「ふん…私に逆らったらどんな目に遭うか、思い知った?」  
その痴態の一部始終を見守っていた私はテレビの前でほくそ笑んだ。  
これを見れば、もう大っぴらに私に挑発的な態度をとる女はいなくなるだろう。  
見せしめとしての効果は抜群か…そう思ってテレビを消そうとしたときだった。  
 
『信じられないわ…まさか本当に、直接手を下さずに女性を辱められるなんて』  
未だに気絶したまま動かないエレンの映った画面から先程の声が聞こえてきた。  
『あなたが今恥ずかしい目に遭わせたエレン・F・オーレウスは私じゃない…  
 だけどFという私は実在する!  
 さあ、私を恥ずかしい目に遭わせてみなさい!』  
同時に画面が切り替わり、Fという一文字だけがでかでかと表示される。  
「なっ…」  
ここまであからさまに挑発されては、こっちも放っておくわけにはいかない。  
だが…羞恥ノートが効力を発揮するのは、相手の名前と顔が分かるときだけだ。  
何もできないまま、時間だけが過ぎていく。  
 
数分後、相手は再び口を開いた。  
『どうやら私に恥をかかせることはできないようね…  
 辱められない人間もいる、いいヒントをもらったわ。  
 お礼にひとついいことを教えてあげるわ……この放送は全世界同時中継だと銘打ったけど、  
 本当は日本の関東地区にしか流されていない。  
 あなたは今日本の関東にいるわ。  
 ここまで私の思惑通りにいくとは正直思っていなかったけど、  
 あなたを捕まえて裸にひん剥いてやる日もそう遠くないかも知れないわね』  
私を、裸にひん剥くですって…?  
面白いじゃない、その挑戦受けてやるわ。  
かならずあなたを探し出して、お嫁にいけないようにしてやる!  
『私が…』  
「私が…」  
「『正義よ!』」  
 

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