「小神ライム、いたって普通の高校生…疑う余地なし、か」
私は尾行対象のリストを眺めながらため息をついた。
Fの予想では、連続恥辱犯、通称「ヤーン」は捜査本部しか知らないはずの情報を得ていることから、
捜査本部の関係者の身近な存在である可能性が高いらしい。
私を含む12人のFBI捜査官がFの指示で日本の警察関係者を調べだして既に1週間、
今のところ成果らしい成果は得られなかった。
「他の捜査官が何か手がかりを見つけてくれていればいいんだけど…」
悩んでいたところで仕方がない。私は自分の仕事をするだけだ。
そんなことを考えながら新宿駅を歩いているときだった。
突然、後ろから声をかけられた。
「レミィ・ローズバーグさん、振り向いたら恥ずかしい目に遭わせます。
ヤーンです。ポケットに手を入れたりしても恥ずかしい目に遭わせます」
ま、まさか…でも、この声どこかで…。
「まずはヤーンだという証拠を見せるために、あの喫茶店で働いている女性を20秒後に恥ずかしい目に遭わせます」
「…っ!?」
喫茶店のほうを見ると、フリフリのエプロンを着た可愛い女性がウェイトレスとして働いていた。
恐らく大学生くらいだろうか? 両手にトレイを持って忙しそうにしている。
「や…やめなさい!」
私は小声で制止したが、相手は聞く耳を持たずにカウントダウンを始める。
「3…2…1…ゼロ」
「いらっしゃいま…ふぇっ!?」
カウントダウンが終わると同時に異変は起こった。
風も吹いていないのにウェイトレスの制服のスカートの裾が一気にめくれ上がる。
「や…きゃああああああ!」
悲鳴を上げてスカートを抑えようとする彼女だったが、両手でコーヒーの乗ったトレイを持っているため隠したくても隠せない。
彼女のピンク色の紐パンは360度どこから見ても丸見えの出血大サービス状態だった。
「お願い、見ないで見ないでぇ…!」
顔を真っ赤にして涙を浮かべながら叫ぶが、この状況で見るなといわれて見ない男などいるはずもない。
店内にいる男性客全員は、ここぞとばかりに眼前で繰り広げられる情景を目を皿のようにして見つめていた。
中には、携帯電話で写真を撮っている者もいる。
しかも、彼女に降りかかる恥辱はこれでは終わりではなかった。
するすると、紐パンの両サイドにある紐がひとりでにほどけ始めたのだ。
「やっ、やだやだ、なんでぇ!?」
戸惑うウェイトレスを他所に、パンツの紐は完全に解け、ふぁさりと喫茶店の床に落ちる。
彼女の真っ白なヒップと薄黒く茂った秘所は公衆の面前に晒されてしまった。
「いやああああああ!」
悲鳴とともにウェイトレスは持っていたトレーを放り投げ、両手で自分のスカートを押さえる。
彼女の秘所が暴露されていたのは一瞬だったが、その一瞬の間に店内の男性客全員が既に自分の目に焼き付け終えていた。
可哀相に、彼女の今の光景はほとんどの客の今夜のおかずにされてしまうことだろう。
「うわああああああん!もうこのお店で働けないー!」
泣きながらウェイトレスは厨房のほうへ駆けていった。
「最低一人はこうして見せなければ信じてもらえないと思ったので仕方ありません。
もうF等から聞いて知っているでしょうが私は顔が分からなければ恥ずかしい目に遭わせられません。
逆に言えばここから見える女の子は誰でも辱められるということです、リクエストがあれば言ってください」
ヤーンが冷たく言い放つ。要は、ここにいる全員が人質だと言いたいのだろう。
「や、やめて…ヤーンだってことは信じるわ」
だが、返って来た答えは予想をはるかに超えて恐ろしいものだった。
「もっともあなたにとっては大切な人が恥ずかしい目に遭うほうが辛いでしょう、
今人質にされているのはそちらだと思ってください」
「ま…まさか妹と弟を!?」
私には中学に入ったばかりの妹と弟がいる。
もしも二人がヤーンの標的になってしまったら、もう二度と学校に行けなくなるのは間違いない。
「そうです、少しでも私の指示と異なる行動を取ればあなたを含め全員恥ずかしい目に遭わせます」
「わ…分かったわ、何をすればいいの?」
「日本に入ってきた捜査官のファイルは持っていますか? 持っていたら振り向かずにこちらに渡してください」
「ええ…捜査官同士で連絡が取れるようにいつでも持ち歩いてるわ」
捜査官たちの名前がヤーンに知られるのは避けたかったが、妹と弟には代えられない。
私は大人しく指示に従うしかなかった。
「なるほど、確かにこれで全員ですね?」
ファイルの中身を確認してからヤーンが尋ねる。
「ええ…私を入れて12人よ」
「分かりました…では引き続き私の指示に従ってください。
このまま振り向かずに山手線のホームに向かってください。
電車が着たら、先頭車両に誰も乗っていないはずなので、そこに乗り込んでください。
渋谷に着いたら降りていただいて結構です。
ただし、電車の中でも私は離れてずっと監視しているので変な真似はしないでくださいね」
真昼間の山手線の先頭車両に誰も乗っていない?
いくら私がアメリカ人だからといって、それがありえない事だということくらいは分かる。
ヤーンは私をからかっているのだろうか? それとも単なるバカなのか?
だが、どちらにしても指示に従う以外の選択肢は私にはない。
指示されたとおり、私は山手線のホームの先頭に向かっていった。
だが、山手線が到着して私は自分の目を疑った。
他の車両には乗客が芋の子を洗うようにひしめいているのに、先頭車両にだけ人っ子一人乗っていないのだ。
先頭車両に乗り込んだのも私一人である。
どういうこと…? これもヤーンの力だというの?
とりあえず、渋谷までたった8分これに乗っていればいいだけだ。私は近くにあった吊革につかまる。
しかし…これで私を含むFBIの捜査官全員がヤーンに名前と顔を知られてしまったということになる。
早急に長官に連絡を取り、Lに次の指示を仰がなければ。
だが果たしてそれまで私たち12人が無事でいられるのだろうか…?
『次は、渋谷ー。渋谷でございます』
停車駅を知らせる車内のアナウンスで我に帰る。
ヤーンからの指示はここまでである。とりあえず電車を降りたら次の行動を考え…。
ガチャ。吊革から手を離してドアの近くに向かおうとすると頭上で金属質の音が鳴った。
「?」
不審に思い、私は音がしたあたりを見上げてみる。
「え…!?」
いつのまにか、私の両手首には私がいつも持ち歩いていたはずの手錠がかけられていた。
おまけに、手錠の鎖は高いほうの吊革に繋がっている。
つまり、私はまるで万歳をするような姿勢で吊革に固定されてしまっていた。
「ど、どういうこと…?」
いや、考えるまでもない。ヤーンの仕業に決まっている。
確か手錠の鍵は上着のポケットの中に入っているはずだ。なんとかして鍵を取り出すことができれば…。
そう考えて下を向いた私は自分の服装に絶句した。
さっきまで着ていた筈の上着は忽然と消えていた。
いや、上着だけではない。ブラウスも、スカートも、そして下着も…
単刀直入に言えば、ハイヒールを除いて、身につけていたもの全てが消えうせていた。
大きすぎることを密かにコンプレックスに感じている胸も、
まだ男のものを受け入れたことのない秘所も。
誰もいない電車の中とはいえ、私は生まれたままの姿を隠すこともできずに晒していた。
『間もなく、渋谷です。お降りの方は足元に充分ご注意ください』
非情にもアナウンスは、電車が渋谷に到着しつつあることを宣言する。
「いっ、嫌っ!」
電車の中で縛られていては逃げることも、体を隠すこともできない。
このままだと乗客たちに私の裸を見られてしまうことは避けられない。
私が何とか手錠を外そうと無駄な足掻きを繰り返しているうちに電車が減速を始め、渋谷のホームが見えてきた。
ホームの後方に並んでいる人たちと一瞬だけ目が合う。
誰もが、先頭車両でたった一人裸で繋がれている私を見て目を丸くしていた。
私の裸は、ホームで並んでいる客たち全員に次々と晒されていく。
「み、見ないで…!」
泣きそうになりながら嘆願するが、私の声は届かない。
もっとも届いていたところで目をつぶってくれるとは到底思えないが。
やがて、電車は完全に停止する。
そして、私の目の前で電車のドアがゆっくりと開いていく。
ドアの外から、先頭車両に乗ろうと並んでいた数十人の老若男女が私に向かって押しかけてくるのが見える。
「い…いやああああああ!」
「…さよなら、レミィ・ローズバーグ」
群集の歓声に紛れて、私はヤーンの声を聞いたような気がした。
『レミィ・ローズバーグ
○月×日16:02、新宿駅で山手線の誰も乗っていない先頭車両に乗り込む。
以後、電車が渋谷に着くまで誰も先頭車両に乗り込まない。
同日16:10、全裸で自らの手錠により吊革に拘束されている姿を
渋谷駅のホームにいる全員に目撃される』
(第四話終わり)