泡が飛び散らないように、一人でお風呂に入っている時よりはおしとやかに頭を洗っていると、  
大樹がこんなことを言ってきた。  
「なあ、明日薬局行こうぜ」  
「なんで?トイレットペーパーもティッシュもまだ買い置きあるでしょ?  
 洗剤とかも必要な分はみんな揃えたよね」  
薬も風邪薬とか腹痛止めとかくらいはあったはず、と考えてると、  
「バカ。ゴムがない、ゴムが」  
と言われた。  
「輪ゴム?薬局より雑貨屋の方があるんじゃない?」  
そう返してから、大樹の言ってるゴムが何だか分かった。  
「おまえ、素で言ってる?  
 それならそれで面白いからいいけど」  
「……うん、ごめん。言ってから意味分かった」  
そうかー、そうだよね、エッチするなら避妊とか考えないといけないもんね。  
「お前さ、子供好きとか言ってたけど、別にすぐに欲しいとかじゃないだろ?」  
偉いな、そういうことちゃんと考えてたんだ。  
今言われるまで、私はそんなことほとんど考えてなかった。  
確かに将来的には、二人か三人かわいい子供がいたら嬉しいけど、まだしばらくは仕事を続けたい。  
「うん……、そうだね。今すぐじゃなくてもいいかな」  
「よし、じゃあ、買いに行こう」  
大樹の声は心なしかウキウキしてる。  
コンドームを買いに行くのがそんなに嬉しいか。  
っていうか、  
「ねえ、行こう、って一緒に行くの?」  
「いやか?」  
「い、嫌っていうか……できれば一人で買いに行って欲しいんだけど」  
 
「俺が行くの?」  
「私が行くの?」  
出来れば行ってほしい。  
前に彼氏がいた時に友達から、自分でも持っておきなよ、と言われて一個もらったけど、  
別れた時に捨てて以来、持ったことないし、当然買ったこともない。  
いつかは私だって買いに行くけどさ、言い出したのは大樹なんだし、大樹が買いに行けばいいじゃない。  
別に大樹は悪くないんだけど、なんだか不満な気持ちでそう思ってると、  
「うーん……。そうか。じゃあ、とりあえず三箱くらい買ってくるな」  
と言ってくれた。  
もしかしたら、大樹は結構私に気を使ってくれてるのかもしれない。  
「うん、ありがとう。えーと、ごめんね」  
「何が?」  
「押し付けちゃって」  
「……。じゃあ、おっぱい見して」  
なんでそうなるんだろう。  
見たいと思ってくれるのはちょっと嬉しくなりつつあるんだけど、返答に困る。  
この会話の流れに、私が言葉を失っていると、大樹は私が無視したんだと思ったらしく、  
今日何回目かの、けちー、というコメントをいただいた。  
「け、けちじゃないもん」  
「お前な、せっかく美しいおっぱいを持ってるのに、それを隠すのは罪だ」  
美しいってまで言われると嬉しいけど、だからと言って罪と言われるのは不本意だ。  
「さっきちゃんと見たでしょー」  
「寝てる乳は見たが、起きてる乳は見ていない!」  
なんだか知らないけど、結構本気で言ってるっぽい。  
たぶん、これは私が折れるところなんだろうな。  
「……じゃあ、シャンプー流しちゃうから、待っててよ」  
「はい!待ってます、先生!」  
どうやら乗り出していたらしく、ざぶんとお湯に浸かる音がした。  
思っていた以上に大樹はスケベで、しかもこの手のことに関しては本格的なバカかもしれない。  
 
泡を洗い流しながら、早く髪を切りに行きたいな、とか出来るだけ別のことを考えてみたけど、  
大樹に胸を見せるのかと思うとまた緊張してきた。  
どうしてこんなに緊張するのか自分でもよく分からない。  
ただ、大樹は私の胸を気に入ってくれてるみたいだから、それは嬉しい。  
そういえば、大樹は巨乳好きだって前から言ってたっけ。  
あんまり好きじゃなかったけど、大樹が喜んでくれたおかげで私は少しだけ自分の胸が好きになれた。  
だったら、頑張って見せてあげよう。  
髪を拭いて、またまとめ直すと、私はタオルを胸に当てて立ち上がった。  
いきなり見せるのは抵抗があるからなんだけど、実のところ、意味なし。  
タオルからはみ出してる。  
腕も使ってどうにか隠すと、それを待ってたみたいに、大樹がこっち向いて、と言った。  
お風呂場はもちろんすごく明るい。  
ゆっくり大樹の方に向くと、大樹が神妙な顔でこっちを見上げてた。  
ちょっとおかしくなる。  
「大樹、顔が真面目になってる」  
「俺は常に真面目だ」  
「スケベなだけでしょ」  
「真面目にスケベやってるから」  
「バカ」  
堪えきれなくて笑うと、大樹も笑った。  
「な、穂波、膝ついて。  
 下からのアングルも悪くないけど、今はまっすぐ見たい」  
こういう風に言われると、本当に真面目にスケベやってるのかも、と思えてしまうから不思議だ。  
 
言われた通りに浴槽の間近に膝をつくと、大樹が乗り出してきた。  
お風呂の縁に両腕をついて、私の目の前に顔を持ってくると、にまっと笑って身体を伸ばして、  
一回、唇にちゅっとしてくれた。  
ちょっと肩から力が抜けて私も笑うと、大樹が私の腕に手を添えた。  
「見せてね」  
「うん……」  
心臓がバクバクしてる。  
頭もぐるぐるする。  
大樹は私の右腕をゆっくり開くと、手を握ってくれた。  
なんでこんなに優しくしてくれるんだろう。  
嬉しいのに切なくなってきて、涙が滲んできた。  
左手に手を添えられると、せっかく大樹がキスして緊張をほぐしてくれたのに、また緊張してきた。  
緊張も手伝って呼吸が荒くなってるのが自分でもすごく良く分かる。  
「穂波、硬くなりすぎ」  
笑いながら右手の指にキスしてくれる。  
「みっ、見せたくない訳じゃないんだよ?」  
なんだか見当違いなことを言ってるのは分かるんだけど、どう返していいかが分からない。  
「うん、分かってる」  
タオルの端を掴んでた左手の指が一本ずつ広げられていく。  
目を開けていられなくてぎゅっと目を瞑ると、今度は目の端っこにキスしてくれた。  
ちょっとだけ力が抜けた瞬間手を引っ張られて、ぱさっとタオルが落ちる音がした。  
「ふっ……!」  
思わず息を呑んだ。  
感触がある訳じゃないのに、大樹の視線を胸に感じる。  
大樹がどこを見てるのか、どんなふうに見てるのか、すごく感じる。  
「やっぱ、キレイ。  
 俺、穂波のおっぱい、マジ好きだわ」  
大樹がそう言ってくれたのは、結構時間が経ってからだった。  
 
「本当?」  
やっとどうにか目をあけると、大樹がこっちを見てきた。  
「バカ、嘘吐いてどうすんだよ」  
「ふうぅ……」  
肯定も否定もしないで、何甘えた声出してるんだろうって、自分でも思うけど、それしか声が出てきてくれない。  
「触らせて」  
大樹は視線を胸に戻すと、私の左手を自分の肩に置かせて右手を伸ばしてきた。  
またぎゅっと目を閉じる。  
指が触れた。  
始めは何本かの指のお腹で撫でるだけだったけど、だんだん揉むような動きになってきた。  
「ふ…うっ……んっ。  
 は……」  
恥ずかしいんだけど気持ちが良くて、喉の奥からため息みたいな声が勝手に出てきちゃう。  
大樹の手のひら全体が押し付けられた。  
「あっ…ん、んんっ……」  
さっきより強い触り方をされて、私の声も大きくなる。  
声なんて出したくないのに、勝手に出てくる。  
触られてるのは胸だけなのに、あそこもきゅうっと熱くなってきて、  
大樹の手を握っていた手に力が入ると、唇にキスされた。  
さっきみたいな軽いキスじゃない。  
大樹の舌が唇を嬲ってくる。  
味わってるみたいに唇を吸われて、甘く噛まれて、私はたまらずに自分からも舌を出した。  
自分がしてもらったことを大樹にもしてあげる。  
大樹の舌が絡まってくる。  
胸に触ってる手の動きがちょっと乱暴になってきた。  
 
「んっ、うっ……」  
口の中を舐め合うたびにくちゅくちゅっていう音がする。  
それに声が混ざる。  
私の声だけじゃなくて、大樹の声も。  
それが嬉しい。  
嬉しいのに足りない。  
身体全体が大樹に触ってほしくなってるのが自分でよく分かる。  
唇や舌だけじゃなくて、胸も先っぽまで、こんな浴槽越しに離れてるんじゃなくて、  
ちゃんとぎゅって抱きしめて、……あそこも触ってほしい。  
触られたらきっとぬるぬるしてると思うけど、スケベって言われちゃうかもしれないけど、  
でもちゃんと触ってほしい。  
私が大樹のこと欲しがってるって分かってもらいたい。  
口を離して、お風呂から出てきて、って、ぎゅってして、って言えばいいのに、口が離せない。  
キスをやめたくない。  
息を吸う間でさえ惜しくなってる。  
どうしよう、私、大樹にハマった。  
本当にどうしていいか分からない。  
今の状況じゃ物足りないのに、それを言う間も惜しんでキスしてる。  
自分で自分を制御できなくなるなんて今までなかったから、制御の仕方が分からない。  
私、ずるい。  
自分から離せないからって、大樹が唇離してくれたら、って思ってる。  
でも、離されたらきっと、大樹は私のことそれほど欲しくないんだ、って拗ねるんだ。  
頭では簡単にそうなった時のことを想像できるのに、じゃあどうしたらいいか、ってなったらさっぱり分からない。  
大樹を欲しがってる身体と、めちゃくちゃになってきてる思考の間に挟まれてるうちに、  
泣きたい訳でもないのに目頭が熱くなってきて、それを堪えようとしたらちょっとだけ舌の動きが鈍くなった。  
 
「はう、ぅんっ!」  
その瞬間、胸の先っぽを強く抓られて、私は思わず身体を引いた。  
唇も離れてしまい、たっぷりたまっていたらしい唾液がぽとっと胸の上に落ちた。  
「穂波、乳首ビンビンだな」  
大樹の声に顔を上げると、大樹の得意げな顔が少し滲んで見えた。  
「どした?」  
さっきまで言いたいと思っていたのに、いざ言える状況になるとどう言っていいか分からない。  
「あっ……うっ……」  
大樹が胸の先っぽを捏ねるたんびに声が上がるだけ。  
「エロい顔……」  
エロいことしてるんだから、しょうがないじゃん。  
言いたいのに息をするのが精一杯で言葉なんて出てこない。  
「お前が乳揉まれただけでそんな顔するなんて思ってなかったな」  
繋いでた大樹の左手が離れていって、代わりに左の胸に触った。  
「ひぅんっ!」  
いきなり抓まれた。  
「エロい乳……」  
大樹は胸に落ちてた唾液を掬ってそれを先っぽになすりつけた。  
唾液のせいでそこでぬちゃぬちゃと音がする。  
触られれば触れるほど、もっとっていう風に硬くなっていくのが自分で分かる。  
「やあ……」  
「何がや?触られるのが嫌ってことはないよな」  
素直に頷く。  
「俺にしてほしいこと、あるんだろ?」  
首がこくん、と前に折れる。  
「教えて」  
 
「……ぎゅ、って…してほしい……」  
まだぐるぐるしてる頭でどうにか絞り出せたのはそれだけだったけど、  
大樹は私から手を離すと、すぐにお風呂から上がってくれた。  
膝で立ってられなくなった私がその場にぺたりとお尻をつくと、大樹は私の傍にしゃがみ込んだ。  
「だいじょぶかー?まさか、乳首だけでイっちゃった訳じゃないよな」  
うおう!まともにあれが視界にっ!  
しかも、なんか、それはつまり、立ってませんか?  
なんで?さっき出したじゃん!その前にも一回してるし!  
「そうじゃないけどー」  
出来るだけさりげなく目を瞑って顔を横に向けたけど、大樹にはばればれだった。  
「穂波ちゃーん、そっぽ向かないで。って俺のちんこが言ってるんだけど」  
酸素が頭に戻って来てくれたおかげか、少し落ち着いた思考が出来るようになってきた。  
「それはものを言わないでしょ」  
「俺のムスコだもの、俺には聞こえる。  
 お前には聴こえないかもしれないから、俺が伝達役を買って出たというだけだ」  
「バカ」  
それ以外にコメントが思いつかないでいると、大樹に腕を引っ張られた。  
「はいはい、抱っこしてやるからこっち来いよ」  
「えっ、は、はいっ」  
大樹はその場に胡坐をかいて座っていて、私はその上にちょっと横向きに乗せられた。  
右脚の付け根にあれがまともに当たったけど、大樹は言葉どおりぎゅうっと抱きしめてくれて、  
身体全部が満たされてる訳じゃないけど、さっきの不安定な感じは無くなってくれた。  
 
すごく気持ちがいい。  
「ふへへ〜」  
甘えたくなって大樹の肩に頭を擦り付けると、大樹がおでこに頬ずりしてくれた。  
「なんだよ、エロ穂波」  
おでこにちゅう。  
「大樹、大好き」  
「…………」  
…………。  
私、今、なんか言いませんでした?  
「あっ、うっ、いや、あのね」  
慌てて体勢を立て直して、何か言わなくちゃと口を開くとキスで口を塞がれた。  
私好みのりりしい眉毛が至近距離にある。  
開いてた大樹の瞼が閉じていく。  
そんな大樹を見てたら、今のうっかり発言の言い訳はしなくていいんだ、って思えたから私も瞼を閉じた。  
 
さっきよりは柔らかいキスをする。  
大樹がまた胸を弄り始めたけど、今度はもうそんなに恥ずかしくない。  
大樹が触ってくれるのが嬉しい。  
でもやっぱり触られてキスを続けているうちに身体がうずうずしてきた。  
あそこが熱くなってきてる。  
ももに当たってる大樹のだって熱い。  
したい、って言えばいいだけなんだけど、しよう、って誘えばいいだけなんだけど、  
言ってる自分を想像するだけで、顔が熱くなる。  
きっとその場になったら、言えなくなる。  
そもそも私から誘って引かれないかな、とも思っちゃう。  
でも、もう無理、限界。  
大樹が触ってくれないなら、自分で触っちゃいそうなくらいになってきてる。  
一人エッチだってまともにしたことないくせに。  
やっぱり大樹がうつったんだ。  
 
また思考がループし始めた。  
このままじゃ、またさっきみたいにどうしていいか分からなくなって、泣きたくなってくる。  
それは嫌だ。  
覚悟を決めよう。  
引かれたら、大樹のバカー!って大樹のせいにしちゃえばいいや。  
私はさっきから私の胸を弄ってる大樹の手を取った。  
ちょっと手が震えてるけど、気にしない。  
頑張れ、私。  
「……穂波?」  
大樹の唇が離れたけど、無視。  
自分から大樹の口を塞いだ。  
緊張で唇まで震えてきた。  
大樹のせいにしちゃえば、って思ったくせに、引かれたらどうしようって思って、次の行動に移れないでいると、  
背中を支えてた大樹の手が肩を撫でてくれた。  
きっと何がしたいか気が付いてくれたんだと思う。  
頑張れ。  
もう一度自分を激励して、私は大樹の手を自分のお腹の方へ連れて行った。  
おへその下あたりまで来たところで、大樹の手を自分のお腹に触らせると、  
大樹はそのまま脚の間に手を入れて来てくれた。  
ここに触られるのはやっぱりまだ恥ずかしい。  
そのくせ、自分でそこまでやったのかと思うと、今日はもう大樹の顔を見られないような気がしてきた。  
大樹の指が私の身体を探りながら下りていく。  
お湯じゃなくて濡れてるのがばればれだよね。  
大樹が唇を軽く何度もついばんでくる。  
手が肩を撫でてくれる。  
間に指が入ってきて、ぞくん、と身体に変な感触が走った。  
 
「あっ!」  
「ぞく、ってした?」  
「したぁ……」  
しかも、さっきより強く。  
「まだ中じゃないのに、熱くなってんな」  
「うん……」  
しょうがないじゃない、って思うけど、言う余裕がない。  
「入れるぞ」  
頷くと大樹の指が入ってきた。  
「んうぅ……」  
大樹の指が中でゆっくり回ってるのが分かる。  
回りながら少しずつ入ってくる。  
さっきよりはつらくない気がするけど、やっぱりお腹の奥が変。  
大樹が支えてくれてるのに、慣れない感覚に身体がどうにかなりそうで怖い。  
大樹の腕にすがりつくと大樹はキスをくれた。  
少し安心する。  
「んっ、んっ」  
大樹の指が動くのに合わせて声が出る。  
声が出るとまたそこを弄ってくる。  
「うーっ、んあっ」  
今までより強い痺れみたいな感覚に思わず唇を離すと、大樹がのぼせた感じの顔を近づけてきて、  
「ここ、好き?」  
と聞いてきた。  
 
そう言われても、  
「……分かんない」  
「つらい?」  
されるのが好きなのかどうかは分からなかったけど、つらくはなかったから、首を横に振ると、  
大樹はちょっと何か考えてから、  
「な、穂波、素股でしよっか」  
と言ってきた。  
「すまた?」  
なんかどこかで聞いたような気がするし、この状況だからまた何か専門用語なんだろうなあ、  
と思ってると、大樹が解説してくれた。  
「そう。穂波のな、脚の間にちんこ挟んで、こするの」  
「……入れないの?」  
「だって、まだ痛いだろ?」  
確かに奥の方はまだジンジンしてる。  
大樹が気を遣ってくれてるのは分かったけど、そんなのは嫌だ。  
「なに膨れてんだよ」  
「……ちゃんとしよ」  
「だって、お前、まだキツイじゃん」  
大樹はそれをアピールするみたいに指を大きく動かした。  
「うくっ!」  
「ほら」  
「平気だもん」  
「平気じゃない、ってさっきも言ったじゃんか」  
気持ちは嬉しいんだけど、今の私は大樹と繋がりたくて、大樹をちゃんと感じたかったから、  
大樹の優しさに腹が立ってきて、そんな自分にも腹が立ってきて、また涙が浮かんできてしまった。  
 
「世間の噂ほど痛くないもん」  
「だってお前、泣いてるじゃん」  
「バカー。痛くて泣いてるんじゃないもん!」  
「ひへっ!」  
大樹のほっぺたを一ひねりして、私は斜めになってた身体を起こそうとした。  
大樹の指が身体から抜けて、緊張していた身体からも力が抜けた。  
一度深呼吸して大樹の顔を見ると、彼は完全に困っていた。  
「泣きそうな顔してるくせに、睨むなよ」  
「睨んでないもん」  
言ってはみたけど、涙がこぼれないように眉間に力を入れてるから、  
きっと睨んでるように見えるんだろうな。  
ホント最悪。  
今日は自分を全くコントロールできない。  
「で?」  
今まで私の身体を支えていた手が、頭を撫でてきた。  
私はこんなにわがままなのに、なんでこんなに優しくするんだよ、バカ。  
「大樹がね、優しいのはね、すごく嬉しいよ」  
「……うん」  
「でもね、大樹がね、私にね、気を遣うのは嫌なの」  
「気なんて遣ってねーよ」  
「うそ」  
「嘘吐いてどーすんだ、って。  
 あのな、俺はお前が痛いのが嫌なの。  
 お前が良くても、俺はお前が痛そうな顔すんのが嫌。  
 分かるか?」  
ちょっと怒ったような口調で言いながらも、大樹はほっぺたとか首筋を優しく撫でてくれた。  
 
大樹の言ってることは分かる。  
でも、  
「でも、私、したいんだもん」  
ぶっ、と大樹が横を向いて盛大に吹き出した。  
「ちょっ、おま……だって、気持ち良くないだろ、まだ」  
ああ、そっか、大樹と私の気持ちの違いが分かった。  
「うん、あのね、気持ちいいとか、まだ全然ないよ」  
「ほら」  
「でも、大樹に触られるのは気持ちいいの。  
 キスも好き」  
大樹はちょっと照れたみたいだったけど、何にも言わなかったから、私は続けることにした。  
「でもね、それだけじゃ物足りないな、って……思っちゃったのね」  
大樹の肩に置いた手の指がもぞもぞと動いてる。  
「……うん」  
「もっと、大樹とくっつきたいな、って、思って……」  
「おう」  
大樹はちゃんと聞いてくれてるんだけど、自分が言いたいことが言葉になってきたら、  
恥ずかしさでまた頭がぐるぐるしてきた。  
「だから、あの、気持ち良くなくても、大樹とつっ、つながっ、りたいな、とかって」  
「痛くてもいいのか?」  
「うん」  
大樹は目を瞑って、眉間にしわを寄せて、何秒か真剣に悩んでから、  
真顔で私のことをじっと見た。  
「あのな、いま、入れたら俺、優しくしてやれないぞ、多分。  
 しかも、ここでやるなら座位かバックしかないぞ」  
 
真剣に考えた末の言葉だったらしいけど、やっぱり専門用語が出てきて、私は笑ってしまった。  
バックはなんとなく分かるけど、ザイがいまいち分からない。  
多分、『ザ』は座るの『座』だろうな、と思うけど。  
「お前なあ、笑うなよ」  
「だって、真面目にエロいんだもん」  
「このヤロウ。マジで容赦しねえぞ」  
確かに目がマジだ。  
「容赦してほしかったらちゃんと言うから」  
「俺がマジで出来ないこと分かってて……ずりいなぁ……」  
「ごめんね」  
口ではそう言ったけど、嬉しくて私は大樹に抱きついた。  
大樹の手が背中に回ってきた。  
「んで?どっちでする?」  
ちょっと考える。  
バックって、あれだよね、犬みたいな恰好でするやつ。  
慣れればあれはあれで、という話はよく聞くけど、まだその気になれません。  
「……バックじゃない方」  
「んじゃ、このままだな。……跨れよ」  
やっぱり『座』だった、とか思いながら、促されるまま大樹の上に跨って膝をついた。  
大樹が両手でお尻を支えてくれてる。  
うわっ……。  
これはこれですごくなんて言うか、あれがまともに私の方に向いてる状況だよね。  
思わず大樹にしがみつくと、力を抜け、と言われてしまった。  
 
ゆっくり息を繰り返して力を抜くと、大樹の指が入ってきて、中からとろっとしたものがあふれた。  
「あっ……」  
「穂波、ちんこ持って」  
片腕だけ大樹の首からほどいて、言われた通りあれに手を添える。  
やっぱり熱い。  
それに、指よりおっきい……。  
「ずれないようにして……そう。  
 ゆっくり腰落として。支えてるから心配すんな」  
大樹の指が身体の中から抜けていく。  
「うん……」  
なんだかんだ言ってたくせに、やっぱり大樹は優しい。  
先っぽが私の身体に触ると、首筋にキスしてくれた。  
「自分で合わせられるか?」  
身体を前後に動かすとぞくぞくして、飛び上がりそうになったけど、頑張って合わせてみる。  
「ん、……うん、ここ、かな」  
「自分で入れられるか?ゆっくり身体落として……うん、そう……っ」  
「ふっ……ッ、んっ」  
大樹のが入ってくる。  
指と違って苦しい。  
「きっつぅ」  
大樹が苦しいんだか気持ちいいんだか微妙な声を出す。  
「……平気?」  
「バカ。お前が俺に気ぃ遣ってんじゃねえよ」  
声がちょっと笑ってる。  
「笑わなくたっていいのに」  
「俺はヤバいくらいに気持ちいいから心配すんな」  
大樹はぽんぽん、と背中を叩いてくれた。  
 
「あうつッ!」  
少しずつ身体を下ろして行って、もうちょっとで終点かな、っていうところで、激痛が走った。  
「やめるか?」  
「やめないもん……っ」  
ずっとジンジンしてたところ。  
多分、さっきは大樹がそこで止めてくれたから大丈夫だったんだ。  
でも今さらここでやめたくない。  
私は大きく呼吸して息を止めると、一気にぐっと腰を落とした。  
「ン――ッ!!」  
「ッ!……て、お前、バカ!」  
痛い!めちゃくちゃ痛い!  
バカとか言うな!  
って言いたいけど、声が出ない。  
大樹が気遣ったりバカって言ってみたり、何か言ってるのは分かったけど、私はしばらく応答できなかった。  
 
何回か深呼吸を繰り返してると落ち着いてきた。  
身体から力が抜けてくれて、大樹にもたれかかると、大樹は子供をあやすみたいに頭を撫で撫でしてくれた。  
「えへー」  
嬉しくて頬ずりすると、  
「えへー、じゃねえっ!」  
って怒られてしまった。  
「……うん、ごめんね」  
素直に謝る。  
「でも、嬉しい……」  
「……俺も嬉しい」  
もっと怒られるかと思っていたのに、そんな言葉が返ってきたから私はちょっとびっくりして身体を起こした。  
 
私が大樹の顔を見ると、大樹はムッと眉間にしわを寄せた。  
「なんだよ」  
「だって、怒ってるかと思った」  
「怒ってるけど、……そんなのの百倍くらい嬉しいんだからしょうがねーじゃん。  
 お前が痛いの我慢してまで俺としたいと思ってくれてさ、ホントにそうしてくれて、  
 そしたら嬉しくない訳ないだろ」  
あーもー、かわいいな。  
なんで怒った顔のくせに照れてるんだろう。  
どうしよう、すごい得した気分。  
エロくてもバカでも、大樹みたいな旦那さんはきっといない。  
私にとっては旦那さんもエッチの相手も大樹だけ。  
なんだか嬉しい感情が一気に押し寄せてきて、私は色々大樹に伝えたい事があったのに、思いっきりキスしてた。  
唇を咥えてゆっくり顔を離す。  
唇が離れる瞬間ちゅぷん、と音がした。  
「なににやにやしてんだよ」  
「大樹もにやにやしてる」  
「うるせえ」  
「大樹って意外と照れ屋さんなんだ、スケベなくせに」  
「うっせえなあ」  
大樹は本当に照れたらしくてそっぽを向いてしまった。  
「ねえ、大樹、こっち向いて」  
「あ〜?」  
眼だけがこっちを向く。  
「ちゃんと」  
私は大樹の顔を捕まえてこっちを向かせた。  
 
「ね、大樹。あの、あのね……いっぱい、しよ。  
 私、知らないことばっかりだけど、……えと」  
それ以上どう言ったらいいか分からなくて言葉に詰まってると、今度は大樹がキスしてきた。  
「こーのエロっこが!」  
「まだエロくないもん」  
「だな。まあ、期待しておけ、さっきも言ったように俺がお前を俺好みのエロエロに変えてやるから」  
「エロエロにはしなくていいけど」  
「いっぱいするんだろ?してるうちにいやでもエロくなるか安心しろって」  
「安心て」  
「穂波」  
急に大樹が優しい顔で笑いかけてくれた。  
「はい」  
何だろう、ってちょっと緊張する。  
「ずっと一緒にいような」  
一瞬、頭が真っ白になって、次の瞬間、顔が一気に熱くなった。  
あ、まずい、泣きそう。  
嬉しくて。  
「うん」  
泣きそうになりながら、でも、ちゃんと笑ってそう返せたと思う。  
 
それから私たちはまたキスをした。  
今日初めてちゃんとキスをしたくせに、もう何回してるんだか分からない。  
大樹の頭を抱え込んで、生乾きの短い髪に指を埋めて、私は何度も何度もキスを繰り返した。  
 
大樹も同じようにたくさんキスをしてくれたけど、途中で、ごめん、と言われた。  
「マジ、ごめん、動くわ」  
そう言うと、大樹は両手でお尻をつかむと私をゆすり始めた。  
「あッ!くっ、……んあッ!」  
やっぱり痛い。  
ジンジンなんて優しいもんじゃなくて、痛くて痛くて、私は大樹の頭にしがみついた。  
大樹の口が私の左肩に当たってるせいで、大樹はそこにキスをしてくれてる。  
でも、今までみたいにキスしてもらっても力が抜けない。  
一瞬痛くなくなるんだけど、また痛くなる。  
なのにどこかにちょっとだけ良く分からない感覚がある。  
「やあっ!あッ…う……んああッ!」  
痛くて声が上がってるのか、なんで声が出てるのかよく分からないけど、自分の変な声がお風呂場に反響する。  
大樹が名前を呼んでくれるのに答えられない。  
痛いのに、早く終わってとか思ってるのに、でも大樹が私の中にいて、抱きしめてくれるのがすごく嬉しい。  
急に今まで以上に強く抱きしめられた。  
「んっ!んんっ!!」  
大樹が呻くような声を出して、身体をびくんとさせた。  
次の瞬間、身体の奥がじわっと熱くなって、代わりに中にあったものから力が抜けていくのが分かった。  
「ふ…うう……」  
大樹の腕からも力が抜けていって、釣られて私の身体からも力が抜けて言った。  
 
私たちは呼吸が落ち着いた後も、お互いにもたれ合ったまま、しばらくぼうっとしていた。  
キスしたいな、って思ってると、大樹が首筋に鼻をこすりつけてきた。  
くすぐったくて笑うと、脇を撫でられた。  
「うひゃっ!」  
身体が跳ねて、その拍子に私の中に引っかかるみたいにして残っていた大樹のあれが抜けてしまった。  
「くすぐるな、ってば」  
身体を起こしてぺちんとおでこに手をやると、わざとらしく膨れた顔が返ってきた。  
「だって穂波に触りたかったんだもん」  
「他にも触る場所はあるでしょ」  
「柔らかいお腹に」  
「どうせたるんでますー」  
「まあ、このくらいは許す」  
「大樹こそオジさんになってもたるまないでよね」  
私が大樹の脇腹に手を伸ばすと、大樹の身体がよじれた。  
「あれ〜?人のこと言うわりに、大樹も弱いんじゃないの?」  
「そんなことは」  
脇腹への攻撃!  
「うおあっ!」  
大樹が身体をよじった。  
「やっぱり」  
大樹の弱点を見つけたのはかなり嬉しい。  
「ふふー」  
ちょっと勝ち誇ったように笑って見せると、  
「覚えてろよ、倍にして返してやる」  
と睨まれた。  
でも、睨んだその顔はこっちに近づいてきて、たくさんのキスをくれた。  
 
しばらくキスしたりお互いを撫でたりしてたけど、身体が少し冷えてきた。  
大樹の上から降りると、中でまたどろっと落ちてくるのが分かった。  
あんまり気持のいいもんじゃないんだけど、大樹が中にいてくれた証拠みたいな気もした。  
シャワーを取って、お互いの身体にかけっこする。  
裸を見られるのはだいぶ慣れたつもりだったし、大樹の裸も少しは見られるようになったけど、まだ正視できない。  
大樹が左肩を指すから何かと思ったら、肩から鎖骨の辺りにかけて赤い痕がたくさん残ってた。  
「キスマーク。いっぱいつけちゃったな」  
大樹は満足そうだけど、これじゃ、胸元のあいた服が着られない。  
首筋にわざとらしいバンドエイド貼るよりはマシかもしれないけど。  
 
シャワーを浴びた後、二人で湯船に入った。  
大樹に抱っこしてもらえば、こっちもどうにか二人で入れる。  
「ねえ、もしかして、二人で入るの前提でお風呂選んだ?」  
「いや。全然。……ていうかな」  
「うん」  
「俺、なんて言うか」  
やけに言いづらそうな大樹の声。  
大樹の方に顔を向けると、大樹は髪をかき上げた。  
言いづらいことを言う時の大樹の癖だ。  
何かあるんだろうけど、この流れで言いにくいことなんて全然思いつかない。  
「大樹?」  
「あ?ああ……えーっとな」  
ホントになんだろう?  
大樹がまた髪をかき上げる。  
「そんなに言いにくいこと?」  
「えっ!?なんで?」  
私が聞くと、大樹がびっくりして私の顔を覗き込んできた。  
 
「だって、普通に言いづらそうだし、髪かきあげるし……」  
「あ?あれ?そうなんだ」  
「もしかして、その癖、自分で気が付いてないの?」  
「癖って、普通、自分で気がつかなくね?」  
「まあ、そうだけど……。で、どうしたの?」  
言いたくないなら無理して言わなくてもいいよ、と思う反面、かなり気になっていると、  
「……俺さ、実は……お前と、するとか、ぜんっぜん考えて、なかったんだよなーあっはっはっは」  
と、すごく作った笑い声が返ってきた。  
「何を?」  
ぶっ!と、大樹が大げさに吹いた。  
「なに、っておま……セックスだよ」  
私を抱えてる大樹の手を弄ってた手が止まった。  
思考も止まった。  
お風呂場に流れるしばしの沈黙。  
「あー……そうなんだ。  
 そうかー、なるほどー」  
棒読みなのが自分でもよく分かるけど、はっきり言って、どう反応していいかさっぱり分からない。  
私は大樹とエッチしたら、私たちの関係がどうなるか怖くて不安で悩んでたのに、  
こいつは考えてもいなかったのかと思うと、なんだかちょっとムカムカする。  
でも、結婚を持ちかけたのも、エッチのきっかけになることを言ったのも、大樹だ。  
何がしたかったんだ、こいつは。  
ムッとしていると、大樹が話し始めた。  
 
「あん時さ、お前、友達の結婚話してたじゃん」  
あん時というのは大樹が結婚の話を持ちかけた時だろう。  
どういう話をしたかは覚えてないけど、結婚式を挙げた友達の話をしていたとは思う。  
「うん、してたね」  
何が何だか分からないまま、私はただ頷いた。  
「それ聞いてたらさ、なんか急にお前と結婚したくなってさ」  
「急だったんだ」  
もう少し計画性のある発言だと思ってたのに。  
「うん。そしたら、そう言ってた」  
大樹らしいと言えば大樹らしいけど、呆れてため息しか出てこない。  
何を期待していた訳でもないし、私の返答も返答だったから、  
大樹を責めるつもりはないけど、もう少しロマンチックでもよかったのに、と思ってしまう。  
「俺ね、そん時、そういうこと全然考えてなくてさ、  
 お前に検査受けろって言われても、周りに冷やかされても全然実感がなかったのね」  
「はあ」  
私は他にどういう反応をしたらいいんだろう。  
「けど、昨日あたりから」  
昨日かよ。  
「もしかしてやるのか?とか思い始めて、実感は相変わらずなかったんだけど」  
「んー」  
「なんつーかさ、今までと違っちゃったらどうしよう、とかバカなこと考え始めちゃって」  
あれ?なんか、私が思ったことと似てる?  
バカだよなー、と大樹は笑った。  
 
「けど、ほら、俺たちってさ、行き来してたくせに、そういうことなかったじゃん」  
ああ、やっぱり同じようなこと思ってたんだ。  
「だから、俺とお前ってそういうことしない関係、みたいなのがどっかにあったんだよな、多分」  
「うん、そうだね。  
 ……私もちょっとね、怖かった。  
 大樹とするなんて想像したことなかったし、エッチ自体したこと無かったから、余計に色々考えちゃってたかも」  
そう言うと、大樹は何にも言わないでぎゅっと抱きしめてくれた。  
私はもっと言いたい事があって、いっぱい聞いてほしかったけど、  
大樹がそうしてくれたから、もう言うのをやめた。  
ずっと一緒にいよう、って言ってくれたんだもん。  
聞いてほしくなったらいつでも言える。  
そう思ってから、私はさっきの大樹のセリフとその時の大樹の表情を思い出して、また嬉しくなった。  
「なに、にやにやしてんだよ」  
大樹がそう言いながらおでこにちゅーっとしてきた。  
こんなことされたら、いやでもにやける。  
「ふふ。ないしょ」  
「またくすぐるぞ」  
今度は頬ずり。  
「もー。……えーっとね、エッチなことではないよ」  
「そうか、残念」  
真顔で残念がるな。  
「そういうことは、また明日以降にしようね。  
 今日はもうギブアップです」  
大樹に寄りかかって手を繋ぎ直すと、大樹は、俺も、と笑った。  
 
ちょっとぬるくなったお湯は長湯するのにちょうど良くて、うたた寝した大樹が壁に頭をぶつけるまで  
私たちはお湯の中でずっと手を繋いでいた。  
 
(了)  
 

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