ついに……。  
ついに、大樹とエッチをしてしまった。  
結婚したんだからいつかはそうなるよね、ってそれなりの覚悟はしてたけど、  
こんなに早くそんなことになるとは思ってなかった。  
大樹とは大学で知り合った。  
今までの男友達の中じゃ一番仲が良かったし、大学ではどの女友達よりも一緒にいて気楽な相手だった。  
だから、大樹に、俺と結婚しない?って聞かれた時も、大樹となら生活を送れそうだから、  
二つ返事でOKしそうになったんだけど、うん、と言う直前に一つの不安が私の中によぎった。  
夫婦という事はエッチもするよね、と。  
大樹とはお互いの部屋に入り浸るくらい仲が良かったけど、一度もそういうことになったことがなかったし、  
そういう相手として考えたこともなかった。  
今考えてみると、なんでそんなことを気にしたんだろうって思うけど、  
その時は結婚のお誘いを受けたことより、こいつとエッチをする可能性があるかもという方に動揺してた。  
私はついさっきまで未経験な人だったから、余計に動揺したんだと思うけど。  
そんな私とは対照的に、合コンキングだった大樹は経験豊富だ。  
絶対にどん引きされる。  
じゃなかったら、笑われる。  
そんな動揺したくせに、私は結婚するなら大樹がいいなあとも思ってしまい、  
結果、私のした返事は、STD検査が全部マイナスだったらね、というものだった。  
多分、合コンに行くと聞くたびに、ふざけ半分でビョーキには気を付けてねー、とか言っていたのが  
頭のどこかにあったんだとは思うけど、我ながら変な返事をしたよね、と今でも思う。  
でも、大樹はちゃんと検査を受けに行き、結婚のお誘いから一ヶ月後、検査結果の紙と一緒に婚姻届を持ってきた。  
大樹と私の間に色気を求める気はないけど、親への挨拶を先に済ませるくらいのことは考えて欲しかった、  
と今でも思う。  
 
「まったくバカなんだから」  
ふ、と笑ってから、私は独り言を言ったことに気がついた。  
口元が緩んでる。  
お風呂の準備をするために開けた引出しをそのままにして、ちょっと過去のことを思い出していたらしい。  
キッチンの方からは大樹がお皿を洗う音がするから、聞かれてはいないよね。  
ちょっと安心。  
私は慌てて、二人分のフェイスタオルとバスタオルを取り出して、引出しを閉めた。  
そう、これからお風呂だ。  
二人で一緒に。  
裸を見られるのは正直まだ恥ずかしい。  
だけど、大樹に先に入ってもらって、むこうを向いててもらって、それから入れば大丈夫だよね。  
それなら、背中は洗ってあげられるし。  
…………。  
お風呂でゼンギがどうとか言ってたけど、エッチはさっきしたんだから、  
とりあえず今日はそんなことにはもうならないよね。  
「よしよし。……あ」  
また独り言。  
大学に入ってからつい最近までずっと一人暮らしをしてたから、独り言を言う癖は残ってるけど、  
今日のは今までのとは何かが違うなあ、と思いながら立ちあがって回れ右をして、  
「ああ、そうだ」  
と私はため息をついた。  
原因は部屋の真ん中に敷かれた二組のお布団の右側。  
いつも大樹が寝ているお布団のシーツが汚れてる。  
じたばたした割にはシーツは乱れてないけど、真ん中の辺りにはちょっとだけど、  
私が初めてだった証拠とそれ以外の、でも”やりました”なものがばっちり露骨に残ってる。  
持っていたタオルを私のお布団の上に置いて、大樹のお布団からシーツを剥がした。  
洗濯機に入れる前にそこだけ手洗いした方がいいかもしれない、なんて思いながらシーツを丸める。  
新しいシーツを出そうと、私は引出しを開けた。  
 
ホントにしちゃったんだなあ……。  
改めてそう思う。  
奥の方にジンジンとした痛みが残ってるけど、人に聞いていたほど凶悪な痛みはない。  
でも、入ってきた時は痛すぎて何が起こったか一瞬分からなかった。  
大樹がすごく優しくしてくれたおかげで、痛くても幸せな気持ちになれたから、彼には感謝しなくては。  
大樹は私が初めてだって言っても、嫌がったりなんて全然しないで、嬉しいなんて言ってくれた。  
昔付き合ってた人に、  
「え、処女だったの?……苦手なんだよね、そういう面倒なの」  
と言われた身としては信じられなかったけど、大樹の顔を見てたら嘘じゃないんだなあって思えたんだよね。  
それでその場で初めてのちゃんとしたキスをして、そしたらその勢いで  
揚げたてのコロッケはほったらかし、お風呂にも入らないまま、この部屋に来て……。  
そんなことを考えてたら、キスの感触を思い出して来て、舌がうずうずしてきた。  
大樹のキスは濃厚だった。  
舌を使うキスをしたことがないわけじゃないけど、なんかこう……意識を掬われちゃうような  
あんなキスは初めてだった。  
あー、もっとしたいなあ。  
ちょっとエッチな気分になるけど、すごく気持ち良かったもんなあ。  
「穂波」  
「へえっ!?」  
後ろから急に呼ばれてすごく変な声が上がってしまった。  
しかもそれで気づいたけど、指が唇触ってるし……。  
エッチな気分になるキスをしたいなんて思ってたのを大樹に悟られたくなくて、  
私は慌てて引出しに手を突っ込んでから振り返った。  
 
「な、なに?」  
「いや、食器片付いたから」  
「あっ、そっか。ありがとう!」  
「……どした?」  
「どうもしないよ」  
大樹が寄ってきた。  
そんな訳ないのに、顔を見られたら考えていたことがばれるような気がして、私は慌てて、  
「いや、あのねっ、そのシーツを取り換えよう、って思ってたの」  
と言った。  
言ってみて思い出したけど、そもそも引出しを開けたのはシーツを出すためだった。  
なんでそんなことを忘れるんだー!  
しかも、言い方がすごく言い訳くさい。  
って、私は頭の中で自分を罵ってみたけど、大樹は割とあっさり納得してくれた。  
「ああ、そっか。  
 んじゃ、手伝うよ」  
「ありがとう……」  
大樹は私が出したシーツの片端をつまんで、お布団の枕元の方に移動してくれた。  
二人で両端を持ってシーツを広げると、洗剤のいい匂いがした。  
「今度っからはバスタオル敷いた方がいいかもな。  
 やるたんびにシーツ取り換えてたらキリがないもんな」  
確かにそうかもしれないけど、なんだか生々しい話に私はうまく応じられなくて、うん、としか言えなかった。  
 
シーツのしわを延ばして、角をお布団の下に折り込む。  
大樹も同じようにやってくれる。  
今まであんまり意識したことなかったけど、大樹の手はすごく大きい。  
指も太い。  
うわあ、あの指が入ってきてたんだ……。  
エッチってやっぱやらしい……。  
 
「ほーなーみー」  
呼ばれて顔を上げると、目の前に大樹の顔があった。  
「わっ!」  
またびっくりして変な声を上げると、大樹の口が急ににや〜っと歪んだ。  
「な、なによぅ……」  
「おまえ、今、エロいこと考えてただろ」  
「別にぃ?エロいことなんて考えてないよ」  
さっきのことは思い出してたけど。  
都合の悪いところは心の中で呟いて、出来るだけ平静を装ってみたけど、顔が熱いってことはきっと赤面してるんだろうな。  
「そうかー?顔が赤いから、てっきりエロいことを考えてるんだとばかり」  
ああ、やっぱり顔に出てた。  
「もう。なんでそういうことわざわざ言うかな。  
 ……ちょっとさっきのこと思い出しちゃっただけじゃん。  
 大樹はこういうこと慣れてるから、どうってことないんだろうね」  
大人げないこと言ってるな、とは思ったけど、私だって思い出そうと思って思い出してる訳じゃないから、  
それをからかわれるのはとても不本意だ。  
大樹がどういう言い訳を返してくるんだろうと思って、顔を上げた瞬間、キスをされた。  
誤魔化されたのかな、って思ったけど、何回か唇を吸われてるうちに、我慢できなくなってきて、  
お返しに私も大樹の唇をついばんだ。  
太い指が私の手に触れてきた。  
指の間をくすぐってくる。  
別に指に触られるのなんてどうってことないはずなのに、身体がすごくぞくぞくしてくる。  
中指がぴくぴくって震えてるのが自分でも分かる。  
触られてるのは指だけなのに、首筋までぞくぞくしてきて、  
あ……、ダメ、あ、あそこがまた……っ。  
それに合わせるみたいにして、中でどろっと何かが伝って落ちてくる感触がした。  
多分、大樹の……せいえき。  
 
「……ふあっ」  
大樹が与えてくるどこか気持ちいいぞくぞくと、中から落ちてきたものの感触に耐えきれなくなって思わず口を離すと、  
大樹は一回大きな深呼吸をして、  
「あーもー。なんでそういうかわいいこと言うかな」  
と言った。  
しかも照れながら。  
そんな顔でそんなこと言われたら、どう反応していいか分からないじゃない。  
大樹が私にそんなこと言ったことなんて無かったし、嬉しいと言えば嬉しいけど……、  
あれ?でも、私、何かかわいいこと言ったっけ?  
「……かわいいの?」  
「そりゃ、嫁が妬いてくれたら嬉しいし、妬く嫁はかわいいだろ」  
嫁だって、嫁だって!  
「ふっ……」  
妬いたつもりは全くなかったんだけど、嫁と言われて、私はやきもちを否定するより先ににやけてしまった。  
そしたら大樹はちょっとムッとした顔になった。  
照れた感じは残ってたけど。  
「なに、余裕ぶっこいてんだよ」  
余裕なんてある訳ないじゃない。  
キスされただけで夢中になって、指触られただけで身体の感覚がおかしくなって、  
嫁って言われただけでにやけちゃうんだよ?  
と言いたいところだけど、でも、せっかく勘違いしてくれたんだから、利用しなくちゃ。  
「なんでもないよ。  
 もうお湯たまってると思うんだ。  
 先にお風呂に入ってて、着替え用意したら行くから」  
私は精一杯の余裕の笑みを作って、隣の布団からタオルを取り上げて大樹にそれを渡した。  
 
「えー、一緒に入ろうぜー。  
 脱がせちゃるから」  
大樹は立ち上がると、またにやにやした顔になってそう言ってきた。  
脱がせるだなんて、とんでもない!  
ごめんね、大樹。  
まだ見せる覚悟も見る覚悟もできてないのよ、実のところ……。  
かと言って、脱衣所の電気を消したら真っ暗で大変。  
「もー。二人で脱ぐには狭いでしょ?」  
我ながらうまく誤魔化せたと思っていると、大樹はわざとらしく口を尖らせて、  
「そんなことないだろー。  
 ……まあ仕方ない。今日は先に入ってやるよ」  
と、部屋から出て行ってくれた。  
本当は私が明るい所で裸になるのをまだ嫌だと思ってることを分かってるのかもしれない。  
「ふーん。優しいんだ」  
また独り言。  
恥ずかしいとか照れくさいとかとは違う感情で胸がドキドキしてきた。  
何とも言えない甘酸っぱい動悸に、ほっぺたが緩んだのが自分でも分かる。  
順序はかなり違うし、今更って感じがするけど、なんというか……大樹に惚れてしまいそうだ。  
でも、私がそういう感情を抱いたところで、私たちの関係はきっと変わらない。  
実のところ、エッチする前はしたら私たちの関係が今までとは変わっちゃうんじゃないか、って少し怖かった。  
それ自体もなんだか得体のしれない行為で不安だったけど、怖いとは思っていなかった。  
でも、実際にしてみたら結局は何も変わらずに、昨日までと同じようにテレビを横目で見ながら、  
適当に話をしてご飯を食べられた。  
だからまあ、私が大樹に恋心を抱くようになったとしても、きっと今まで通りだろう。  
久しぶりに誰かを好きになったのに代わり映えがしないなんて少し残念なような気もするけど、今まで通りが一番いい。  
大樹が旦那さんになってくれて良かった。  
今日はしっかり背中を洗ってあげよう。  
そんなことを考えながらそれぞれのお布団の上に掛け布団をかけてから、  
下着とパジャマを二人分持って、私はお風呂場へと足を運んだ。  
 
脱衣所に入ると、シャワーの音がザーザーと聞こえてきた。  
ガラスに映る影からして、頭を洗っているらしい。  
雰囲気というかその場のノリで、一緒にお風呂に入ろう、って言ったのは私だけど、やっぱり緊張してきた。  
男の人とお風呂に入るのなんて、小学生の時にお父さんかお爺ちゃんと入って以来だし、  
感性も状況も相手もその頃とは全然違う。  
大丈夫、ちょっと背中を洗ってあげたら、先にお風呂からあがってもらえばいい訳だし、  
何かしたいって言われても、それはまた今度にしてもらえばいい訳だし、  
だいたいお風呂じゃ狭くてさっきみたいなことは出来ない出来ない出来ない。  
自分を落ち着かせるために頭の中でそう言い聞かせてみたけど、  
むしろそうなることを期待してるようにも思えてしまう。  
大樹のエロエロ病が伝染し始めてるのかもしれない。  
なんて、まじめに思ったらちょっと笑えてしまった。  
 
着替えを入れるための篭に入っていたバスタオルを持ち上げて、その下に今持ってきたパジャマと下着を置いた。  
二人分の着替えを並べられるほど大きな篭じゃないから、私のを下にして大樹のを上に乗せる。  
その上に改めてバスタオルを置くと、一度大きく深呼吸して、Tシャツをまくりあげた。  
脱いだそれを丸めて洗濯物用の篭に入れようとすると、大樹の脱いだものが目に入ってきた。  
簡単だけどちゃんと畳んである。  
そうだ。  
大樹は几帳面とまでは行かないけど、意外ときちんとしてる。  
むしろ私の方が大雑把で、二、三日前も靴下が篭の外に落ちていたのを放っておいたら、  
だらしがない、って怒られたんだった。  
お風呂でさっぱりした後に嫁がだらしなく脱いだものなんて見たくないだろうな。  
私はTシャツを広げ直すと、肩をそろえて簡単に畳み直して大樹のトレーナーの上にそれを置いた。  
結婚生活って、こういうものなのかもしれない、なんて思いながら。  
 
全部脱いで髪の毛を簡単にお団子状にまとめてしまってから、私はフェイスタオルがないことに気がついた。  
少しの間考えてみたけど、さっきちゃんと二枚渡してる。  
大樹が持って入ったんだ。  
親切心なのか、意図的なのか悩むところだけど、問題はそこじゃない。  
隠すものがないじゃない!大樹のバカ!  
別のを取りに行こうかとも思ったけど、裸で寝室という名の四畳半に戻るのも、  
そのために服を着直すのも間抜けな感じがして、私は覚悟を決めた。  
きっと人が聞いたら笑うのかもしれないけど、こういうことに免疫がない私にとっては結構深刻なことだったりする。  
ちょうどシャワーの音も止まったから、私はお風呂場の扉をちょっとだけ開けて中を覗き込んだ。  
お風呂用の椅子に座ってこっちに背中を向けたまま、頭を拭いてる。  
「大樹ー。入るねー」  
気のせいじゃなくて、明らかに声が小さくなってる。  
「おう、入れ入れ」  
「絶対こっち向かないでね!」  
「えー」  
大樹の頭がこっちに回った瞬間、反射的にバタン!と扉を閉めてしまった。  
顔だけしか覗いてなかったんだから、そこまでしなくても良かったのに。  
軽く自己嫌悪に陥る私。  
「……分かった。前向いてるから」  
大樹の声は苦笑交じりだ。  
そりゃそうだよね。  
することは一応してるんだし。  
また少しだけ扉を開けて中を覗くと、大樹は頭を前に向けていてくれた。  
なんだか申し訳なくなってくる。  
「ご、ごめんね。えっと、出来るだけ早く慣れるようにするから……」  
「いいから、早く入れよ。ちょっと寒い」  
確かに身体が濡れてる所にお風呂の外からの風が入ったら寒いよね。  
私は扉を開けると、お風呂場に入ってすぐに扉を閉めた。  
 
「大樹。あのね、背中洗ってあげるから、これに石鹸つけて」  
と、お風呂場のタオル掛けにかけてある身体洗い専用の麻のタオルを大樹の肩越しに渡すと、  
「えっ!マジで!?  
 マジで洗ってくれんの?」  
と、大樹は予想していた以上に喜んでくれた。  
なんだかこっちまで嬉しくなる。  
大樹がタオルをお湯に浸して、ボディーソープを付けてる間に、私はその場に膝をついた。  
足がこすれて、まだ新しいお風呂マットがきゅっと音をたてる。  
我が家のお風呂は2DKについてるお風呂にしては広いと思う。  
私も大樹も足を伸ばせる湯船がいいと、部屋を探す時に部屋よりお風呂を重視したからだ。  
でも、  
「やっぱり二人で入るとちょっと狭いね」  
「だな。ま、これ以上広い風呂ってなると、マンションじゃ無理だろ。  
 ま、二人でもちゃんと入れてるんだから、いいんじゃね?」  
「そうだね」  
タオルを受け取って、それを揉んで泡をたてる。  
目の前にある大樹の背中はいつも見ているよりずっと大きく感じられた。  
「じゃあ、洗うね」  
「お願いします」  
肩にタオルを置いて背中を擦り始める。  
変に優しく洗うより、ちゃんと力を入れて洗った方が気持ちがいいから、出来るだけ力を入れて。  
「どこか痒い所とかあったら言ってね。  
 自分だと届かない所とかあるでしょ?」  
そう。  
自分だとちゃんと届かなくて、どう洗ってもすっきりしない場所というのはどうしてもあるから、  
私はこの年になっても、実家に帰るとお母さんやお姉ちゃんとお風呂に入って背中の洗いっこをしたりする。  
だからという訳でもないけど、結婚したら旦那様の背中を洗うのは小さな夢の一つだった。  
まさか大樹の背中を洗うことになるとは思ってなかったけど。  
 
「気持ちいい?」  
「うん、気持ちいい。お前、洗うの上手いな」  
「時々お母さんとかとお風呂入ってるからね」  
褒められるとやっぱり嬉しい。  
「へえ。だからか」  
「大樹はお義父さんと入ったりしないの?」  
「ないない」  
「温泉とかに行った時に洗ってあげればいいのに」  
「今さらなあ」  
「きっと喜ぶよ」  
「ん〜……考えとく」  
肩甲骨の下のあたりとか、届きにくそうなところは特によく洗う。  
でも、洗ってるうちに泡が立たなくなってきた。  
「大樹。タオル洗って、もう一回石鹸つけて」  
「おう」  
待ってる間、大樹の背中を見てたらなんだかぎゅっと抱きつきたくなってきた。  
してもいいんだけど、地肌を自分からくっつけるのはまだ抵抗があるなあ、とか思ってたら、  
「あのさ、腕の付け根のとこやってくれる?」  
とタオルを渡された。  
確かにここも届くには届くけどしっかり洗うのは面倒な場所だ。  
「うん」  
大樹の肘に手を添えて、左の腕から洗ってあげる。  
腕も太くてがっしりしてる。  
フットサルをやってるおかげか、今のところまだ目立った贅肉は見当たらない。  
「はい、今度は右ね」  
持ち手を変えて、右を洗う。  
他愛ない話をしながら、右腕も肘まで洗い終わった。  
 
やっぱり、お母さんやお姉ちゃんを洗うのとは労力が違う。  
一仕事終えた感があるのは、緊張のせいだけじゃない筈だ。  
達成感を感じて後はシャワーで流せば完了、と思っていたら、大樹が、  
「前は?」  
と聞いてきた。  
「前?」  
「そう。胸とか腹とかまだじゃん」  
え。  
「そっ、そんなのは自分でやってよ」  
「だって痒い所とかあったら、って言ってくれたじゃん」  
「前は自分で届くでしょ?  
 それに、私がやるより絶対自分でやった方がきれいになるよ」  
「じゃあ、俺がそっち向くから」  
「いいっ!こっち向くな!」  
「えー」  
「えーじゃなくて。はい!シャワー取って。  
 背中流してあげるから」  
「…………」  
「大樹。シャワー」  
「前洗ってくれたら取る」  
自分で取ればいいんだけど、取るなら大樹の肩越しに手を伸ばさないといけなくて、  
そうすると絶対この邪魔な胸が大樹の視界に入る。  
しかも、前かがみになるから……ちょっと垂れた感じで。  
うぅ、それは嫌だ。  
でも、前洗うって、どうすればいいんだろう。  
このまま後ろから前に手を回したら、絶対に身体が密着するよね……。  
くっつくのが当たり前みたいな流れが出来てれば平気なんだけど、今はそんな感じじゃない。  
 
「穂波……。洗って」  
ずるいっ!  
私が名前で呼ばれると喜ぶの分かってて、わざと……。  
しかも、そんな甘えた声で言うなんて、  
「大樹、ずるい」  
「ずるくない。  
 むしろここまでやって、放置する穂波は酷い」  
「放置って」  
「俺、Mじゃないのに放置するのか?  
 それともMじゃない俺を放置するほどお前は実はSなのか?」  
両手で顔を覆って泣くそぶりなんて、完全にふざけてる。  
悪ふざけ半分でやってるのは分かるけど、こういうことに耐性がないせいで、  
こういう時、どう返していいか分からないのが私の弱いところだ。  
「もう……。分かったよ」  
「えっ!マジ?」  
「マジ?って、大樹が言ったんでしょ」  
「おう!」  
なんでこんなに嬉しそうなんだろう……。  
左手を大樹の右肩に置いて、右の脇から洗っていく。  
及び腰になっているせいか、力が入っていなかったみたいで、くすぐったいからもう少し力を入れてくれ、と言われた。  
言われた通りに力を入れて洗っていたら、今度は、  
「あのさ、いつまでそこ洗ってんだ?」  
と聞かれた。  
「あ、うん、そうだね」  
確かにそうなんだけど、もうちょっと腕を伸ばせばいいんだけど、でも。  
でもでもでも、これ以上前に行こうとすると胸が大樹の背中にくっつくんだよ!  
ああもう!こんな贅肉、ホントに要らない。  
 
私が渋って微妙な角度で脇より少し前の方をどうにか洗っていると、大樹に腕を引っ張られた。  
当然、胸がぴったり大樹の背中にくっつく。  
「うひゃっ!」  
「ほぉなぁみぃ。マジで、焦らさないで……ください」  
「は、はい」  
こうなったらもう諦めるしかない。  
私は左手を大樹の左肩に置き直すと、泡だらけの大樹の背中にぴったり抱きついて右手を動かし始めた。  
最初は身体が固くなってたけど、くっついてみると大樹の体温を直に感じているせいか、  
だんだん落ち着いてきた。  
むしろ、離れたくなくなってきた。  
ただ、腕を動かすとどうしても身体が動いて、胸が擦れてしまう。  
そうすると、つまり、先っぽが擦れてちょっとなんというか、変な気分に……。  
「穂波、今、やらしー気分になってるだろ」  
「えっ!?」  
なんで?なんでばれたの?  
「乳首立ってる」  
「バカっ!しょ、しょうがないじゃない!」  
わざとそういうことを言ってくる、っていうのは分かってるけど、でも言わないでほしい。  
自分でも情けなくなるくらい、こういうことに対する抗体が私の身体の中にはないんだから。  
逃げたくなって来て身体を離そうとしたら、大樹に手首をつかまれた。  
「うん、しょうがない。  
 まあ、俺もだから」  
大樹はそう言うと、私の手からタオルを取って、代わりになんだか得体のしれない硬くて熱い物体を  
手のひらに押し付けてきた。  
 
「分かる?」  
ええと、これはあれですか?  
「えっと、あの……」  
「うん」  
大樹の手が私の手を上から包んで、その棒状の物体を上下にさすらせる。  
やっぱり、あれですよね。  
「ふう……」  
気持ちよさそうな大樹の溜息。  
「……気持ちいいの?」  
「うん。……洗ってほしいんだけど。これも」  
「……私、これの洗い方、知らないんだけど」  
パニックを通り越して、開き直ってきた。  
こういうことは、慣れじゃなくて開き直りで克服していくものなのかもしれない。  
でも、だからといって恥ずかしい気持ちに変わりはないんだけどね。  
「教えるから、一緒に洗ってー……」  
私のパニックとか開き直りとかをよそに、大樹は気持ちよさそうな声を出してる。  
でも、さっきした時は私を気遣ってくれて、ちゃんと気持ち良くなってない筈だから、  
大樹が気持ちいいなら頑張ろう、って思った。  
「ん……あの、じゃあ、教えて、下さい」  
「マジかー!すげえ嬉しい!」  
なんで、自分でやれと言ったくせに、私がやると言うと異常に喜ぶんだ、この子は。  
ホントにバカなのかも、と思ったけど、そんな大樹をちょっとかわいいかも、とも思ってしまった。  
「……えーと、じゃあ、ちょっと待ってな」  
大樹は私の手を置き去りにして、私から手を離してしまった。  
どうしていいか分からないから、例の物体に触ったまま。  
どうやら、大樹はボディーソープを取っているらしい。  
その後、ぱちゃぱちゃと洗面器で水音がして、大樹の手が戻ってきた。  
 
大樹は一度私の手をそれから離させると、手のひらに泡を乗せてきた。  
「ちんこは基本こすり洗いで。あ、でも直に優しーくな」  
「……うん」  
ホントになんてコメントを返したらいいのか分からない。  
「あ、左手も貸して」  
「う、うん」  
左手も持って行かれて、私は胸どころかほっぺたやお腹まで大樹の背中に押し付けるしかなくなってしまった。  
少し苦しい姿勢の私をよそに、大樹のコメント。  
「穂波のおっぱい、気持ちいい〜」  
「もう!いちいち言わなくていいから!」  
「や、なんていうか、勝手に言葉が出てくるんだよな。  
 まあ、悪いこと言ってる訳じゃないんだから、言わせて」  
そりゃ、気持ちいいと言ってもらえるのは嬉しいけど、恥ずかしいという私の気持ちも少しは分かってほしいな……。  
と思ってはみたけど言わないでいたら、大樹は容赦なく具体的な説明を開始してくれた。  
「えっとな、左は袋洗って。  
 あ、でさ、知ってると思うけど、玉って強い攻撃受けると簡単に死ぬから、  
 やわやわやわ〜ってやってくれると嬉しい」  
「はい」  
もう言われた通りにやるしかない。  
左手に触るのはふにゅふにゅしてて、でも中に何かある感じで、確かに袋っぽいかもしれない。  
「サオは基本、こう……うん、こっちはもうちょっと強めでもいいや。  
 おおうっ!」  
右手は大樹の手と一緒に上下するんだけど、こっちは左とは対照的にめちゃくちゃ硬くなってる。  
しかもすごく熱い。  
始めは言われた通りに触ることに集中してたけど、大樹が時々変な声を出すせいで、  
またなんとなく変な気分になってきた。  
 
「穂波、穂波、えっと、もうちょっと上の方、いい?」  
「上?」  
触るのに慣れてきたあたりで、大樹が次の要求をしてきた。  
「うん。カリとか、っていうか頭の辺触って」  
頭って言うのは先っぽ辺りのことなんだろうけど……。  
思い出せるのは保健体育の教科書に載ってた微妙な断面図と、ダビデ像とレオナルド・ダ・ヴィンチの絵くらいだから、  
どこがどういう名称なのかさっぱり分からない。  
身体がやらしい感じになってきてるのに、頭は必死にそういうことを考えようとしているせいか、  
身体と思考のバランスの悪さに、私は思わずちょっと苛立った声を上げてしまった。  
「ね、大樹、分かんない。  
 ちゃんと……教えてよ」  
「あ、わりぃ……えっとな、この境目の……ッ!」  
大樹に動かされるままにたどり着いた場所で指を動かすと、大樹が息を呑んだ。  
それだけなのに、すごく嬉しい。  
「ここ?……ねえ、大樹、気持ちいいの?」  
「すっげ、いい。な、もっと先の方とかもさ、指で弄ってみて」  
「ん……うん」  
言われた通りさっきの場所より上の方を指で探ると、そこは下の方とは全然違う感触がした。  
なんと言ったらいいか分からないけど、ここも皮膚なのかな、っていう感じの不思議な感じがして、色々触ってみる。  
触ってみると大樹がくぐもった声を出すから、その声を聞きたくて、また弄る。  
弄っているうちにくぼみみたいなところを見つけたから、そこに指を押し付けてみると、  
大樹の身体がびくんとした。  
指にはねちゃっとした感触。  
「……大樹も濡れるの?」  
「うん。あれだ、がまん汁」  
「がまん汁?」  
「そう。出したくなってきたーって証拠。  
 いま、俺のちんこの中、精液でいっぱい、ってこと」  
 
大樹の声はつらそうで、私をからかうとか照れさせるとか言うつもりで具体名を言ってる訳じゃないらしい。  
「大樹、今、もしかしてつらい?」  
「……ちょっと」  
「ね、あの、出した方がいいんだよね」  
「……まあな」  
「あの、そしたら、じゃあ、……する?」  
私は思い切って聞いてみた。  
声はやっぱり小さくなってたけど。  
「マジ?でも、ああ、ダメだ。今やったら、めちゃくちゃなことやりそう」  
「いいよ」  
「ダメ」  
「いいって」  
「……あのさ、このまま、手でいかせてくんない?」  
「手で平気なの?」  
「手コキっつってな」  
ああ……、また専門用語。  
まあ、この際だから大樹がいいようにしてあげよう。  
「良くわかんないけど、いいよ。大樹がいいようにして」  
「ん、じゃ、ちょっとだけ強めに握ってみて」  
大樹の手が、また私の手を上から包む。  
手の中のそれはさっきよりずっと硬くなってる気がして、破裂するんじゃないかと思えるくらいだ。  
「うん、そんくらい……っ。  
 でな、こうやって……擦って」  
 
大樹に言われるまま、大樹と一緒に手を動かす。  
手のひらにどくんどくんと鼓動が伝わってくる。  
動かすたんびに大樹の息使いは荒くなっていって、喉から押し殺した声がこぼれてくる。  
肩の向こうに見える大樹の顔が赤い。  
こんな大樹知らない。  
私は行為の内容なんて忘れて、ただそんな大樹の顔を見たくて、声を聞きたくて手を動かしてた。  
 
「あ、も……やべッ!ふっ…うくッ、くううぅっっ!」  
手の中にあったものがびくびくんと跳ねて、何度か大きく脈打って、ふんにゃりと固さを失くしていった。  
手の甲にどろりとしたものが流れてきた。  
大樹は肩を大きく上下させて、肘を膝に乗せて身体からも力が抜けたみたいにぐんにゃりしてた。  
「……大樹?だいじょぶ?」  
「あと十秒待って……」  
掠れた返事が返ってきた。  
たった十秒だけど、その間ぼぅっとしているのも間が持たない。  
私は立ち上がるとシャワーを手に取った。  
蛇口をひねってお湯を出す。  
始めに出てくる少し冷たいお湯を自分に掛けてみて、初めて自分の身体が火照っていたことに気がついた。  
手にちょっと付いてた大樹の精液や胸やお腹についていた石鹸を洗い流すうちに  
お湯が温かくなってきたから、大樹の背中をそれで流すと、大樹は手をひらひらと振ってくれた。  
食べてる時とか、口が使えない時のありがとうの合図。  
広いと思っていた背中だけど、今は少し力が抜けてる。  
「だーいーきっ。さっぱりした?」  
大樹は身体を起こすと、大きく深呼吸して私からシャワーを受け取った。  
身体の前面を自分で流す大樹に尋ねる。  
私の声はきっとちょっと浮かれているだろう。  
 
「……なんで、そんなに嬉しそうなんだよ」  
まだどことなくだるそうな声が返ってくる。  
「大樹のこと、少しは気持ち良くできたかな、って」  
「少しじゃなくて、相当気持ち良かったから安心しろ」  
嬉しすぎて、どう答えていいか分からない。  
にやけた顔をどうにかしようと、ほっぺたを擦っていたら大樹が右手を肩越しにこっちに出してきた。  
「お前の貸せよ。今度は俺が洗ってやるから」  
突然の申し出に緩んでいた顔の筋肉が一気に緊張してこわばった。  
「いいっ!大丈夫、私自分で洗うから!」  
「いいって。ほら、洗いにくい所とか、洗ってやるから」  
元気になってきたのか声に張りが出てきた。  
明らかに私の反応を面白がってる。  
「ホントに大丈夫だからっ」  
「遠慮すんなって」  
「してませんっ」  
大樹がこっちに顔を向けてきたので、思わずほっぺたを押し返してしまった。  
「だいたい、まだ髪も洗ってないし、もう大樹は上がってビールでも飲んでなよ」  
「じゃあ、浸かってるから頭洗っちゃって」  
大樹はそう言うとさっさと立ち上がってお風呂に浸かってしまった。  
大樹が肩までざぶんと入るとお湯が少し溢れてきた。  
大樹がこっちを向きそうになったので、慌てて背中を向けて壁の方を見ると、  
「けちー」  
と背中をつつかれた。  
「あんなに密着しといて、今さら見せないとかないでしょ」  
背中にあった指が脇の方へ滑ってくる。  
「ひゃっ!や、やめれっ!」  
くすぐったさに身体がびっくりしてぴょん、と跳ねて、やめてと言おうとして噛んでしまった……。  
 
「穂波ってホントにくすぐったがりだよな。聞いてはいたけど」  
脇とお腹は本当に勘弁してほしい。  
笑うのを通り越して、息が止まるから。  
「誰から?」  
「岩瀬。いっぱい開発してあげてね、って言われたぞ」  
大樹は楽しそうに共通の友人の名前を挙げた。  
予想はついてたけど、やっぱり。  
……明美のバカ。  
彼女は私をくすぐるのがなんでか知らないけど、大好きだった。  
椅子に腰かけながら私が深い深いため息をつくと、大樹が笑った。  
「心配すんなって。ちゃんと感じるようにしてやるから」  
「しなくていいです」  
「いや、する」  
「くすぐったいのが他の感覚に変わる訳ないじゃない」  
「そうでもないらしいぞ。  
 特にくすぐったい場所は性感帯なことが多いから、ちゃんと開発すればそこを触っただけでそれはもう大変なことに」  
なんでこの手の話にはこんなに詳しいんだ。  
私は詳しくないから、どう対応していいか分からなすぎて、この話は打ち切ることにした。  
「はいはい、じゃあ頑張ってね。  
 大樹が触ろうとしたら私は必死に逃げるから」  
大樹に極力背中を向けたまま、シャワーを取って頭を濡らす。  
大樹が何か文句を言ったようだったけれど、シャワーのおかげでそれは聞こえないですんだ。  
 
(続)  
 

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