俺は今、モーレツに興奮している。  
駅のトイレで一回抜いてこようかと思ったくらい興奮している。  
原因はさっき五時十二分に届いた穂波からの一通のメール。  
『やった!飲み会回避!  
 今日の晩御飯はさわらのホイル焼きカレー味。  
 もちろんシメジ入れるね。  
 それと何か付け合わせのお野菜。  
 何にするかはスーパーに行ってから考えます。  
 遅くなるならメールちょうだい。』  
いつもだったら、ここで終わる晩飯メニューお知らせメールの後に数行空白があって、  
『でも、今日は早く帰ってきてほしいな。  
 こないだ、大樹が言ってたエプロンの、しようかなーっていう気になったから』  
という追伸がハートマーク付きで打たれてた。  
こないだ俺が言ったエプロンの、ってのはまず間違いなく、男なら誰でも一度は憧れるであろう、  
裸エプロンだ!  
提案した時は、なんでそんな変な格好しなきゃいけないの?って言ってたくせに、なんだよ、もう。  
穂波もノリノリじゃん。  
ていうか、もしかして俺のために頑張って決意してくれたのか?  
あいつ、新しいことに挑戦する時、いっつもすげえ深刻に考えちゃうからなあ。  
「ふへっ……」  
あ、まずい。  
バスん中なのに、にやけた。  
うおおお、おばちゃん、そんないぶかしげな眼で見ないでくれ!  
新婚なんだよ。  
まだ、二ヶ月も経ってないほやほやなんだ。  
嫁のこと思い出してにやけたっていいじゃんか。  
裸エプロン姿の嫁を想像しただけで、勃起しそうなくらい喜んでる俺だけど、許してくれ……へっへっへ。  
 
目の前に座っていたおばちゃんからの痛い視線に耐えつつ、俺はどうにか我がスウィートホームから  
徒歩二分のところにあるバス停に降り立った。  
急ぎの仕事があったせいで、穂波が希望してくれたように早く帰れなくて十一時過ぎちゃったけど、  
そのおかげで新入社員を酒で潰す会への出席は免れた。  
あれに出たら、俺も飲まない訳に行かないからな……。  
酒は好きだが、せっかくの裸エプロンなんだ。  
素面で見なくてはもったいない!  
きっとあの赤いエプロン使うだろうな。  
正面から見たら、ちょっと太ももとかはみ出しててさ、なのにオイ、乳はモロにはみ出してるっつうの!  
お前、それ、あと五ミリずらしたら乳首出るだろ!  
ずらしてええええ〜。  
エプロンからはみ乳、はみ乳首。  
うっは!  
おいおいおいおい、ちょっと穂波ちゃん、エロ過ぎですよ。  
いや、ちょっと待てよ?  
でも、乳首を隠したまま、あの美しいおっぱいの流れをエプロンの隙間から堪能するのもありだよな。  
絶対エプロンが浮いて、隙間からへそぐらいは見えるんじゃないのか?  
「ぶっ……」  
そんな光景を想像して、俺はマンションのエレベーターの前で素で吹いた。  
顔が完全ににやけてる。  
バス停からここまで多分誰ともすれ違っていない筈だ。  
もしすれ違ってたら、変質者として通報されてもうまい言い訳が思いつかない。  
ゴホン、とめちゃくちゃわざとらしい咳をして、エレベーターに乗り込んだ。  
数字の『6』を押してから、『閉』のボタンを押すまでの指の移動速度が異常に速い。  
そりゃあ仕方がないよな、穂波に寒い思いさせちゃまずいもんなあ。  
 
むしろ、俺が飯食ってる間そのままで居てもらって、羞恥に耐えつつ、でも俺の視姦には耐えきれず、  
真っ赤な顔で乳首が立ってんのばればれな感じになるっつうももありだな。  
触ってないのに乳首立ってるだろ、なーんて言ったりしたら真っ赤な顔で、  
しょうがないじゃん!とか言うんだぜ、あいつ。  
うん、そうだね、しょうがないよね、俺がエロエロな眼で見ちゃってるんだもん、  
この後のこと考えたら、乳首が立つくらいじゃ、収まんないよな。  
まあ、心配するな。  
明日もお互い仕事だからな、軽く一回だけにしておこうな。  
まあでも、あれだ。  
今日はエプロンつけたままでよろしく!  
 
ドアの前まで来て、速攻でインターフォンを押しそうになったけど、手を止めた。  
ちょっと息が荒くなってる。  
そりゃあそうだ。  
バス停からここまで徒歩三十秒くらいの勢いで歩いてきたからな。  
しかも、色々想像しながら。  
覚悟はしてるだろうけど、いくらなんでもドア開けた瞬間に鼻息の荒い旦那が入ってきたら、  
ちょっとビビるか、ヘタすりゃ穂波のテンションが下がる。  
ここは息を整えて、  
「すううううう……はあああああ……」  
よし。  
ピンポーン。  
……。  
パタパタパタ。  
穂波の足音だ。  
ちょっと急ぎ足。  
かわいい!かわいすぎるっ!  
 
「大樹?」  
「おう」  
「ちょっと待って、鍵開けるから……ドア開けるの、待ってね」  
そうだよな、そうだよな、そうだよなー。  
いつもみたいに、穂波がドア開けた瞬間に、たまたま同じ階の住民が通ったら、  
そいつにまで穂波の裸エプロンを見られちゃうもんな!  
うむ。  
「はいよー」  
カチャリ。  
「……いいよ。開けてー」  
少しだけ奥の方からの穂波の声。  
うおおおおおおお!いよいよかあッ!!!  
ガチャッ!  
「ただーいっ…………ま?」  
あれ?  
なんで?  
なんで、穂波……服着てんの?  
「…………」  
「えへ〜。大樹、裸エプロン、て思ってたでしょ」  
そりゃな。  
だって、俺、エプロンの話題なんて、それでしか出したことないもん。  
頭では返事をするのに、いつもとはうって変わって寡黙になった俺は、ただ瞬きするだけ。  
「さて。今日は何の日でしょう?」  
「……新年度、開始の日」  
「うん。何月何日?」  
「四月……」  
そこで、俺は目の前が真っ暗になった。  
「そう。四月一日!エイプリールフールでしたー!」  
俺の耳には穂波の嬉しそうな声がどこか遠くから聞こえてきた。  
 
 
「大樹ー。まだ怒ってる?」  
「…………」  
無言でカレー味の白身魚を米と一緒に口に詰め込む。  
怒るを通り越して、悲しい。  
悲しすぎる。  
俺のあの興奮は一体どこへ行けばいいんだろう?  
いや、一体どこへ行ったんだろう?  
エプロン、てなんだっけ……。  
「ふっ……ふふっ……」  
「えっ、ちょっと、大樹、泣かないでよう」  
テーブルに手をついて乗り出してきた穂波の姿が、涙で滲む。  
こんなに悲しい気持ちになったのは、ガキの頃に買ってたインコが鳥かごから逃げた時以来かもしれない。  
「相変わらず、うまいな。穂波の飯は」  
「え……。えっと、でも今日のはバター敷いて、塩こしょうして、カレー粉まぶしただけだけど……」  
「いいよ。俺は穂波を食えなくても、穂波の飯が食えれば本望さ……」  
穂波を困らせるつもりで言ってる訳じゃない。  
本気でそういうセリフが出てくるから、我ながら困ったもんだ。  
困ったもんだとは思うけど、でもあれはない。  
米を飲み込んでから、ティッシュを取って鼻をかむ。  
菜の花の胡麻和えをつつく。  
「男の純情が、ついこないだまで処女だった、清くて、汚れを知らない乙女だった穂波に踏みにじられた……」  
「ちょっ……。もう、ごめん、てばあ。  
 そこまで大樹がそういう格好好きだなんて思ってなかったんだもん」  
「穂波……。裸エプロンはな、俺だけじゃない。世界の全男子、  
 それが大げさだと言うならば、全男子の八割の夢であり、憧れなんだ」  
「はあ……」  
 
「だが、それを切望する男子の数に比して、実行してくれる女子の数は圧倒的に少ない」  
「そりゃだって、変な格好だもん。普通はしたくないよ」  
ごめんとか謝っていた割には、俺の夢を簡単に切り捨てる穂波。  
「そうか……」  
俺はそんな穂波から視線を外すと、飯の続きを口に運んだ。  
俺のどこかが、うまい!と叫んでるのに、俺の心は砂を噛んでいるかのような虚しさを味わっている。  
とりあえず、今日はもう寝よう。  
救いはムスコが立ち上がる前に、気持ちが萎えたことだ。  
今日はよく寝られそうだ。  
あ、やべえ、また涙が……。  
多分、俺は裸エプロンが見られなかったこと自体より、穂波に嘘を吐かれたことがショックだったんだと思う。  
そんなたいそうな嘘じゃないし、頭ではろくでもないことだって分かってるんだけどな……。  
「ごちそうさま。うまかったよ。  
 毎日ありがとな……」  
立ち上がって食器を重ねて台所に持って行こうとすると、穂波が俺の肘を引っ張った。  
顔を穂波の方に向けると、穂波もちょっと泣きそうな顔になってきてる。  
「あの、ホントにごめんね。  
 その……そのうち、もうちょっと色々慣れたら、ね」  
耳が赤くなってる、ってことは本気で言ってくれてるみたいだ。  
ただそれだけのことで、機嫌が良くなる。  
元気が出てきた俺はちょっとだけ意地悪を言ってみたい気分になった。  
現金な自分に少し呆れるけど、でも、ちょっとくらい困ってもらおう。  
「穂波、さすがに今日はもう嘘はおなかいっぱいだ」  
脱力しきった声を極力維持してそう言うと、穂波がちょっと膨れた。  
「大樹。時計」  
首を回して食器棚の上にある時計に目をやると、針は十二時を少しだけ過ぎたところだった。  
 
(了)  
 

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