昨日から気になってるものがある。  
それは大樹が友達の結婚式の二次会のビンゴゲームで当ててきた景品。  
酔っ払って帰ってきた大樹はすごく上機嫌で、結婚式が楽しかったという事を何度も繰り返して、  
満足するとぱたっと寝てしまった。  
昨日は久しぶりにかなり飲んだみたいで、せっかくの日曜日なのに今日は朝ご飯も食べないでうんうん唸ってる。  
二日酔いになった時の大樹は、自業自得だっていうのに大抵機嫌が悪くなるから、  
景品は何?って聞けないでいる。  
一度包装を取ったらしくて、袋を覗いたらクッションみたいなものが二つ見えたんだけど、  
人の貰ってきたものを勝手に漁るのは趣味じゃないから、中身はちゃんと見ていない。  
だから余計に気になるんだけど。  
結婚式の景品にクッションてあんまり聞かないよね。  
二つっていう事は新郎新婦さんが持って行くようにペアのクッションだったのかな。  
でもクッションにしたらやけに小さい。  
という事は……枕?  
でもあんまり寝心地は良くなさそうだったなあ。  
朝ご飯の片づけも洗濯も終わっちゃったから、テレビを見ながらあれこれ考えてみたけど、  
いまいちすっきりした答えが思いつかない。  
リモコンでチャンネルをあちこち回してみるけど、たいして面白くもないし、  
大樹は寝てるし、袋の中身は気になるし、  
「あー、もうっ!つまんないー!」  
テーブルの上に手を伸ばして、今の心境を思い切り口にしたところで後ろから大樹に声をかけられた。  
「なに?どした?」  
身体を起こしてそっちをみると、まだ眠そうで頭痛の取れてなさそうな大樹が頭をかきながら立っていた。  
 
「あ、大樹、おはよう」  
話し相手が起きてきて、気分がぱっと明るくなる私。  
うーん、我ながら単純だな……。  
「おはよ。……あ〜……水ちょうだい」  
「自分で取ればいいのに」  
どうせ立ってるんだし。  
「けちー」  
「はいはい、けちで結構です」  
「穂波の入れた水だから美味しいのに」  
料理ならともかく、ペットボトルに入ってる水をコップに移すだけで味が変わる訳ないじゃない。  
「代わりにお薬取ってあげるから、文句言わないの」  
コポコポとコップに水を注ぐ音を聞きながら、椅子から立ち上がって私は食器棚の方へ。  
薬を置いてある棚から、二日酔いに効く粉薬を取る。  
「それ、苦いから嫌いなんだよなあ」  
大樹がコップに口をつけて、しかめっ面を作る。  
苦い薬が嫌だなんて、なんだか子供みたいでちょっと可愛い。  
でも、代わりに私はちょっとお母さんみたいな口調になってしまう。  
「良薬口に苦し、って言うでしょう?  
 飲まないと、いつまでたっても頭痛いの治らないよ」  
「はーい」  
お母さんに返事をする小学生みたいに素直に返答する大樹。  
まだ子供がいないのにお母さん化してきてるのかな。  
それは嫌だな……。  
 
大樹は薬を口に含むと、ものすごく苦そうな顔をした。  
薬を飲んでない私まで、あの苦い粉が口に広がって喉の奥に張り付いてきてるような気になってしまう。  
水を大量に流し込んでどうにか飲み込むと、大樹は、  
「うえ〜」  
と更に顔をゆがめた。  
「にがっ」  
私が思わず呟くと、  
「お前は飲んでないじゃん」  
と笑われた。  
でも、笑ってくれたということは二日酔いはだいぶ軽減してきてるんだよね。  
いつもは頭痛が取れるまでずーっと機嫌悪いもんねぇ……。  
「大樹、ゆうべは楽しかったみたいだねぇ」  
「うん。途中から記憶が微妙だけど、楽しかったということは覚えてる。  
 けど、三次会はほとんど合コンノリでさ。新郎新婦そっちのけで、みんな女の子捕まえてしゃべってた」  
「ふーん……」  
それはなんだかとても面白くない話だ。  
女の子と話すなとは言わないけど、合コンノリってどうなの?  
ちょっとエッチな話題とかで女の子をきゃー!とか言わせて楽しんでたわけ?  
私が一人でお笑い番組とサスペンスを行ったり来たりしてた時に?  
浮気するとか思ってる訳じゃないけど、でもねえ……?  
「穂波ぃ〜」  
テーブルに手をついて、大樹の話を適当に聞き流してテレビの方を見てたら、  
大樹がにやにやしながら私の肩をつついてきた。  
 
「なに?」  
「やきもち?」  
「は!?なんでっ?やきもちなんてっ、妬く訳ないじゃん!」  
と言ってはみたけど、明らかに動揺してる。  
大樹にも完全にばればれだった。  
「ほっぺが膨らんでたぞー」  
そう言いながら、ほっぺたをつついてくる。  
「もー……」  
その手をぺしっと払ってどうにか誤魔化そうと無駄な努力をする。  
「大樹は合コン好きだから、病気うつされてきたら困るな、ってちょっと心配しただけ。  
 やきもちじゃありませんー」  
でも、今度は言ってる自分に腹が立ってきた。  
この言い方じゃ、病気がうつらなければエッチしてきてもオーケーみたいじゃない。  
大樹と自分の両方にぷりぷりしてると、大樹は横からぎゅっと抱きついてきた。  
「俺はずっと田口としゃべってたから、安心して。な?」  
「はいはい。田口さんに確認取ったりしないから、そんな言い訳しなくても結構です」  
ほっぺたに寄ってきた唇を回避しようと顔をそむけたら、耳をぱくっとやられた。  
「ひゃ!」  
「ほーなーみー。俺はね、二次会でイエスノー枕をゲットしてしまってから、  
 ずっと穂波のことしか考えてなかったんだぞ?」  
「イエスノー枕?」  
急に出てきた単語に、腹立たしさがどこかに身をひそめた。  
「うん。イエスノー枕……あれ?俺、昨日、あれ見せなかった?」  
私の不思議そうな顔を見て、今度は大樹が不思議そうな顔をした。  
「あれ、って?」  
「二次会の景品」  
 
「見てないよ。大樹、ゆうべはさんざん結婚式と田口さんの話して、その後寝ちゃったもん」  
「あれ、そうだったんだ」  
「覚えてないの?」  
「帰ってきて穂波としゃべったのは覚えてるけど、何しゃべったかはあんまり」  
あれだけ酔っ払ってたらそうかもね。  
ちょっと呆れて軽くため息を吐いたけど、大樹はそんな私に構うことなく、  
「なら、お部屋へゴー!」  
と、私に抱きついたまま、四畳半を指差した。  
「はいはい」  
離れる必要もないから、二人でくっついたまま短い芋虫みたいによちよち歩いて寝室へ。  
部屋に入ると、大樹はやっと私から離れて紙袋を手に取った。  
「見なかったの?」  
「だって大樹のもらったものだもん。勝手に開けたりしないよ。  
 でも、何かな、って気にはなってた」  
「引き出物は開けてあったのに?」  
「あれは大樹が自分で開けたの」  
「……そう言えばそんな気もする」  
大樹は昨日のことを思い浮かべるみたいに天井に視線を向けて、袋に手を突っ込んだ。  
それから、急に嬉しそうな顔になって、  
「ちゃららっちゃらーん!イエスノーまくら〜」  
と、某ネコ型ロボットのまねをして、ちょっと小さな枕を二つ取り出した。  
確かに枕にはそれぞれ、赤文字で”YES”、青文字で”NO”って書かれてる。  
でも、  
「それって何?」  
 
「オオオオオ〜。穂波サーン!アナタ、いえすのー枕ヲ知ラナイノデスカ〜?」  
片手に袋、片手にイエスノー枕を持ったカンザス出身の大樹サーンが肩をすくめた。  
「……イエース。ワタシハソレガ何ナノダカ分カリマセーン」  
大樹の乗りに合わせて肩をすくめて首を横に振ると、大樹は枕を敷きっぱなしのお布団にぽいと放り投げた。  
ついでに袋は足元に落とす。  
それから例のやらしー眼差しで私を見ながら、両肩にぽん、と手を乗せて、  
「穂波。あれはな、夫婦生活を円満にするアイテムだ」  
と教えてくれた。  
「……今のところ十分に円満じゃない?」  
「更に、だ」  
なんとなく何に使うか想像がついてきた。  
「あー……そう。じゃあ大樹が使ってみて?」  
「俺が使ったら毎日イエスだもん。  
 まあ、現実的には一日おきくらいになるだろうけど」  
やっぱり……。  
そう言えば、新婚さんを招いて根掘り葉掘りあれやこれや聞き出す番組の景品にこんなのがあった気がする。  
どう返したら使用しなくて済むかを考えてたら、  
「たまにでいいから、これで誘ってほしいなー」  
とおねだりされてしまった。  
まずい、大樹のペースだ。  
 
でも、私はうまく返せない。  
「さ、誘うって……」  
「エッチしたいなーって思ったら、これ布団に置いといてくれればいいから」  
「じゃあ、したくない時はノーを」  
「ノーは捨てよう!」  
「それじゃあ、二つある意味が……」  
「じゃ、体調悪い時はノー使っていいから」  
「で、でも、私、基本的に大樹がしたい時はオーケーしてるでしょ?」  
「じゃなくて、穂波がしたい時にアピって欲しいんだって」  
ううっ……。  
そういう気持ちになることがない訳じゃないけど、そういう雰囲気じゃない時に自分から誘うなんて、  
エッチが好きみたいじゃん!  
「な、穂波。たまーにでいいからさ。  
 お遊び程度にさ。な?」  
顔を近づけてきて、ちょっと優しい顔と甘えた声でおねだりする大樹。  
こうされると私が断れないって分かっててやってるんだから、  
「大樹ずるい」  
「ずるくない。穂波に誘ってほしいだけ」  
軽くちゅって唇を吸われた。  
「私、エッチするの、嫌って思ったことないよ?」  
「うん。けど、穂波からしたい、って言ってくれたのって一回だけだし、あん時はそういうノリだったし」  
あん時っていうのは、初めて一緒にお風呂に入った時のことだよね。  
その時のことを思い出したら、すごく恥ずかしくなってきた。  
 
「あの一回だけじゃダメ?」  
「ダメじゃないけど、普通の何でもない時に」  
「浮気しない?」  
うわっ!こんなこと聞く気なんて無かったのに!  
恥ずかしくて思わず大樹に抱きつくと、大樹は頭を撫でてくれた。  
「しーなーい。する訳ないだろ。  
 もう、この先お前だけだって」  
「うん……」  
口で言ってもらっただけなのに、すごく安心して頷くと、ぎゅっと抱きしめられた。  
「わっ!」  
「あー!もーっ!かわいいな!こんちくしょうっ!」  
「え、えええ??」  
大樹の腕の中でじたばたしてみたけど、離してもらえない。  
諦めて大人しくすると、大樹は頭に頬ずりしてきて、  
「やっぱり、うちの嫁が一番だよなー」  
と言ってくれた。  
言ってくれたのは嬉しいけど、ちょっと苦しい。  
それに、こんなに抱きしめられてそんなこと言われたらなんて言うか……ちゅーはしたいなーとか、思っちゃうじゃん。  
「だ、大樹……」  
「あ、ごめん。つい」  
やっと離してくれた大樹を見上げると、少しだけ赤い顔をしてるように見えた。  
枕、使ってもいいよ、って言ったら、きっとバカみたいに喜ぶんだろうな、って思うけど、  
でもそうやって喜んでくれる大樹の顔が見たかったから、私は思い切って口を開いた。  
 
「あのね、枕、……つっ、使う?」  
「マジでっ!?」  
予想通りの反応。  
大樹はいつも私に色々お願いするくせに、私がオーケーするとこうやって感動してくれちゃう。  
嬉しいのとおかしいので笑うと、  
「何で笑うんだよ」  
って今度は膨れっ面になった。  
「内緒」  
大樹の横をするっと抜けて、私はお布団に落ちてた枕を拾った。  
エッチしたい気分というのとはちょっと違うけど、大樹とくっつきたいな、っていう気持ちになってたから、  
拾ったのは赤い字で”YES”って書いてある方。  
綿しか入ってないらしくて、ふわふわしててすごく軽い。  
ホントに旦那さんにオーケーを出すためだけに存在してる枕なんだ、と思ったらちょっとおかしくなった。  
まだお昼だけど、大樹は起きたばっかりだけど、いいよね。  
「ね、大樹……。  
 あのね、今使うのって……あり?」  
振り返って枕の文字を大樹に見せる。  
一瞬静止した大樹だったけど、次の瞬間ぎゅうって抱きしめてくれた。  
しかも無言で。  
「……そんなに嬉しいの?」  
「うん。すっげえ嬉しい。  
 俺もこんなに嬉しくなるって思ってなかったけど」  
笑いながら大樹はほっぺたにキスをくれたから、お礼に同じようなキスを返す。  
「じゃあ……、また使うようにするね?」  
大樹からのお返事は唇への優しくて甘いキスだった。  
 
(了)  
 

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