「ホントにそう思ってる?」  
顔を上げた穂波が責めるような眼でこっちを見てくる。  
そりゃあ、睨みたくもなるよな。  
ホントにごめんて思うし、謝罪以外は何も思いつかない。  
「うん、思ってる。  
 つうか、ずっと思ってて、今の聞いて、マジごめんて思った」  
穂波は俺から視線を外すと、グラスに口をつけた。  
沈黙が怖い。  
やっぱり怒ってるよな。  
ここはもう謝るしかない、って俺は腹を決めたのに、穂波は予想外なことを言ってきた。  
「あのね、うらやましいって言われたの」  
「なんで?」  
「夕菜ちゃん、結婚して三年目なんだけど、旦那さんが結構年上なのね。  
 最近はそういうこと、全然なくて、たまにエッチしても子作り目的で義務っぽいんだって」  
「あー……まあ、よく聞くよな、そういう話」  
「だからね、電話の最中にまで触ってくる旦那さんなんてうらやましい、って言われた」  
「そっか……」  
だからと言って、だろだろー?とか調子こく気にはなれない。  
と思ってたら、穂波にも釘を刺された。  
「でもね、でも、電話の最中はもう絶対、嫌だからね?ダメだからね?」  
「もちろんっす、もう絶対しない」  
「約束する?」  
「する」  
「じゃあ、指きり」  
それまでちょっと厳しくしていた顔を急に和らげると、ふふーと笑って穂波は小指を差し出した。  
 
この年になって指きりげんまんをするとは思わなかった。  
子供が生まれたらするかもしんないけど、穂波とするなんて想像もしてなかった。  
というか、指きりげんまんの存在すら忘れてた俺にはちょっと恥ずかしい行動だった。  
なぜなら、  
「大樹も一緒に歌うのー」  
と、歌うことを強要されたからだ。  
指きりをすると穂波は満足したらしく、最後の一個の銀杏を剥いて俺にくれた。  
ちょっと幼児化してる気がするけどかわいいし、穂波が納得してくれたから俺もかなり安心した。  
ホントはこの流れで仲直りのエッチーとか言いたいところだけど、まあ無理かな。  
二杯目のハイボウルを自分で作ってる穂波を見ながらそんなことを思っていたら、穂波が立ちあがった。  
トイレに行くのかと思って、テレビの方に顔を向けると、その顔をがしっと両手で掴まれた。  
「だーいーき。こっち向いて?」  
そう言ってくれれば、顔なんて掴まなくてもちゃんと向くのに、穂波は俺の首を引っ張って自分の方に向かせた。  
「なに?」  
「身体もー」  
「はい」  
言われた通り身体ごと穂波の方を向くと、膝を占拠された。  
「おお?」  
久しぶりに感じる重さと酒混じりの穂波の匂いに急に動悸がしてきた。  
間近にある顔がちょっと怒ったような顔になる。  
でも、確実に照れてる。  
久しぶりに見る表情に俺まで顔が熱くなってきた。  
穂波はリモコンでテレビを消すと、首に手を廻して抱きついてきた。  
俺の大好きな穂波のおっぱいが俺の胸板に押し付けられてる。  
「あのね……えっ……えと、エッチ……しませんか?」  
穂波の控えめな声が俺の耳をくすぐった。  
 
抱きついて離してくれない穂波の身体をゆっくりと離して穂波の顔を見る。  
真っ赤な顔で口を尖らせて下を向いてる穂波から目が離せない。  
答えなんて、はい、の一言に決まってるのに口が動いてくれない。  
「……大樹?」  
何も言わない俺の顔を窺うように穂波が顔を上げた。  
目が合った。  
その瞬間、俺は返事をすっ飛ばして穂波の唇にむしゃぶりついてた。  
「ふぁうっ!」  
二ヶ月ぶりの唇、二ヶ月振りの身体。  
穂波がこないだのことをちゃんと許してくれて、穂波の方から誘ってくれた。  
冷静でいろっていうのが無理な話だ。  
頭の中は穂波でいっぱいだ。  
キスしてんだか食ってんだか分からないぐらいに唇を貪る。  
もうムードとか、前戯とか、ごめん、そんなことしてる余裕がない。  
けど、穂波も俺に応えて口ん中かき回してくれる。  
俺にとっての刺激はそれだけで十分で、ムスコも久しぶりに触れる穂波の太ももにぐいぐい顔を押し付けてる。  
穂波がしっかり抱きついてくれてるから、遠慮なく両手を使って乳を揉める。  
最初はフリースの上から揉んでたけど、やっぱりそれじゃ全然満足できなくて、  
俺は裾から手を入れると、ブラを外して穂波の乳を掴んだ。  
「いぅっ!」  
穂波の声が聞こえたけど、力を抜いてやれない。  
乳首を見つけると、俺は必要以上にそれを捏ね始めた。  
「やっ!ま、って」  
穂波が唇を離したけど、逃がさない。  
また唇に食いついて、俺は次の行動に移りたくなる限界まで穂波の唇と乳を堪能した。  
 
ムスコからの要求が高くなってきたところで、俺はやっと穂波から顔を離した。  
それでも手は休めない。  
涎まみれになった穂波の唇をちゅうちゅうすって、涎をとってやると穂波も俺の唇の周りを舐めてくれた。  
「いきなりでびっくりしちゃった」  
「ん、ごめん……ずっと穂波に触りたくって、やりたくって、けど、どうしていいか分かんなくなってて、  
 したら穂波がしようって言ってくれて、なんか、全部吹っ飛んだ」  
顔中にキスを繰り返しながら、穂波を脱がす。  
「ここでいいか?」  
穂波に服を引っ張られながら聞く。  
聞くっていうよりは懇願。  
余裕がないからここでやらせて、っていうお願い。  
「……うん」  
穂波は優しい顔で頷いてくれた。  
「さんきゅ……」  
Tシャツから頭が抜けたところで穂波の唇にキスすると、  
「私もね、ここでしたい」  
って返ってきた。  
「……溜まってた?」  
身体が離れるのをちょっと名残惜しく思いながら穂波を立たせると、彼女にしては珍しく、  
そういう言葉に素直に頷いた。  
「あのね、私もずっと大樹に触りたくてね、触ってほしくてね、したかったの」  
「一人でしなかった?」  
穂波のジャージを下ろして、下着の中に手を突っ込みながら、この質問。  
我ながらなかなか最低だ。  
でも、今日の穂波はやけに素直だ。  
「えっとね、……た、試してみたんだけど……全然……気持ち良く、なかったの」  
 
そこが男と女の違うとこだな。  
でも、俺も抜いてても楽しくなかった。  
やってる時はそれなりに気持ちいいし、終わればとりあえずすっきりするけど、満足感ゼロ。  
「俺も、一人じゃつまんなかったよ」  
「へへ……嬉しい」  
「なあ、これ、どう?」  
いつもだったら周りから攻めていくけど、感じさせるような触り方じゃなかった割に穂波も結構濡れてたから、  
俺は一気に指を中に潜らせた。  
「んうっ!」  
穂波が添えてた俺の肩に爪が食い込んだ。  
すげえ反応。  
中の濡れっぷりもすごい。  
「穂波すげえ。そんなに欲しかった?」  
涙目で頷く穂波。  
「随分、スケベになったよな」  
中で指を動かすたんびに反応が返ってきて、俺の興奮はどんどん高まっていく。  
「大樹のっ……せい、でしょ?……ふ…あんッ!!」  
「うん。俺のせい」  
「ちゃんと、最後まで責任、……ッッ!」  
「もちろん」  
俺が調子に乗ってると、穂波は両手で俺の腕を掴んで身体から離させた。  
そんな長時間弄ってた訳でもないのに、手の甲までべたべただ。  
「もう、二ヶ月もほっといたら、嫌だからね?」  
そう言って俺の手を引っ張るから、俺はされるまま立ち上がった。  
「もう二度とそんなことしない。  
 ていうか、俺が死にそうだった」  
 
「……」  
穂波は何か言いたそうに口を開いたけど、言わないままその場に膝をついて俺のトレパンを脱がせてくれた。  
「大樹の……お久しぶり」  
くすくす笑ってトランクスの上から指でつつく。  
ぐふっ。  
たったこれだけなのにすごい刺激だ。  
「穂波、もしかして口でしようとしてくれてる?」  
「う、うん……」  
すげえ嬉しい。  
嬉しいが、今そんなことされたら口に入れた瞬間、射精しそうだ。  
「後でして。とりあえず、穂波ん中行きたい」  
俺が頭を撫でると、そう?と小さく首をかしげてから、穂波は俺のトランクスを下ろしてくれた。  
穂波の顔の前に凶悪になったムスコが顔を出した。  
なんだか知らないけど、やけに恥ずかしい。  
これも久しぶりという名の魔術かもしれん。  
「わっ……ひ、久しぶりに見るとなんか、へ、へん……」  
穂波は感想を言ってからその先っぽに一回だけちゅっとしてくれた。  
「くふっ……」  
すごい痺れが脳天まで走り抜ける。  
二ヶ月のおあずけで過敏になってるのは穂波だけじゃないらしい。  
入れたら速攻行きそうだ。  
「穂波、立てよ」  
「ん……うん」  
穂波の手を引っ張って立たせると、俺たちは手をつないだままさっきより大人しいキスをした。  
 
また乱暴なキスになる前に顔を離すと、穂波が、  
「んと、どうしたらいいかな?」  
と聞いてきた。  
未だにこういうことには不慣れな様子を見ると、にやついてしまう。  
「テーブルに手ぇついて……うん、で、俺にそっちでつかまってて」  
俺が身体をくっつけて腰をかがめると、穂波は右手で俺の首に抱きついてきた。  
久しぶりなせいか、ちゃんと仲直りした後のせいか緊張する。  
そこで思い出した。  
「あ……ゴム、付けなくていいか?」  
「あれ。今日は持ってないの?」  
穂波は笑ったけど、なんだか俺にやる気がなくなってたことの表れみたいで、俺はあんまり笑えなかった。  
そんな俺に気がついたのか、穂波はキスしてから、  
「いいよ。多分、今日は平気だし、それにね……もしできちゃっても、夫婦なんだもん。  
 いいじゃない」  
と言ってくれた。  
「まだ早いと思ってるなら、ええと、外出し?でもいいし、持ってくるの待っててもいいよ」  
穂波は俺に頬ずりしながらそう言ってくれたけど、こんな近くに穂波の身体があるのに、  
そんなまどろっこしいことしたくない。  
ていうか、する余裕がない。  
それに、俺も思った。  
出来たら出来たで、まあいいか、って。  
「まあ、どうせそのうち増やす予定だしな」  
「増やすとか……まあ、うん、家族、増やそうね」  
またキスをすると、俺は穂波の足を持ち上げて、身体を合わせた。  
「やべ……入れた瞬間にいきそう」  
「そんなに?」  
「だって、先っぽくっつけてるだけなのに、穂波のまんこがきゅうきゅう吸いついて」  
「もー!そういうこと言わなくていいの!」  
やっと前みたいに頭の悪い会話を出来るようになってきたところで、俺は穂波の中にぐっと押し入った。  
 
「んあっ!」  
「ん、……くぅ〜〜」  
穂波の中はめちゃくちゃ熱くて、ぎゅうぎゅう俺を締め付けて来て、俺はくらくらした。  
「大樹……」  
俺が動かないでいると、穂波が両腕で抱きついてきた。  
ぎゅうっと抱きしめてくれる。  
でも、ちょっと苦しい体制だから、俺はそのまま離れないようにしながら穂波を抱えてゆっくりと椅子に座った。  
「んっ……」  
身体がぴったり繋がる。  
いつも感じることだけど、穂波の熱は俺を溶かすんじゃないかっていうくらい熱い。  
「穂波ん中熱いな」  
「大樹のだって熱いもん。いつもね、やけどしそうって思うの」  
「俺、溶けそうって思う」  
「溶けちゃうの?」  
穂波がふふって笑って、俺のほっぺたに鼻を擦り付けてきた。  
「うん。穂波と俺の間が分からなくなる。  
 ゴム付けててもそうなるけど、今日はないから余計にヤバい」  
「今も?」  
「今も」  
「……ねえ。……じゃあ、もっと溶けちゃおうよ」  
顔の輪郭に沿って唇が滑ってきたから、穂波の表情は分からなかったけど、  
俺の唇をかすめながら動く唇とその声はやけにエロくて、体中がぞくぞくした。  
唇が触れあうと、俺たちはまたさっきみたいに唇を貪り合った。  
今度はそれに身体がつく。  
椅子の上だからそんなに激しくは動けないけど、二人で身体を押し付け合う。  
ホントに溶けてるみたいで、下半身と唇も含めて触れ合ってる全部の感覚があいまいになってきた。  
あいまいなのに繋がってる所から頭まで駆け上ってくる快感は異常なまでにはっきりしてて、  
その快感にのせいで高まってくる射精感に逆らえないまま、俺は穂波の中に射精した。  
 
キスをしてくる穂波に応えてキスを返してると、しばらくして満足したのか穂波が唇を離した。  
「やっとできたね」  
って、少し恥ずかしそうに笑う。  
「もう、出来なかったらどうしよう、って思ってたの」  
「うん……ごめんな」  
けだるい頭じゃうまい言葉を見つけられなくてただ謝ると、穂波はいいの、と言ってから続けた。  
「結構前からね、私が誘えばいいんだ、って思ってたんだけど、タイミングが分からなかったのとね、  
 エッチがきっかけで喧嘩した後だったから……誘う勇気出すまでに時間がかかっちゃった」  
穂波はごめんね、と笑った。  
ああ、どうしよう。  
嬉し過ぎてどうしていいか分からない。  
俺、すごくいいものを手に入れたっぽい。  
どうしてもエロいことに頭が行きがちなこんな俺と一緒にいてくれるやつなんて、こいつくらいしかいない気がする。  
ちょっと優柔不断で、意外にルーズで、ウワバミだけど、俺には穂波しかいない。  
なのに俺はさっき、ちょっとだけど、ほんのちょっとだけど、穂波を疑った。  
何を言っていいか分からなくて、ただぎゅうっと抱きしめると穂波はどうしたの?と聞いてきた。  
「……俺、さっき、アホなこと考えてた」  
「いつもじゃないの?」  
「いつもと違うアホなこと」  
「どんなこと?」  
「怒らないって約束したら言う」  
「……大樹の妄想でしょ?」  
「うん」  
「じゃあ怒らないよ」  
穂波は子供をあやすみたいに頭を撫でるついでに、耳とか瞼にキスしてくれてる。  
ばーか、そんなことしたら、またすぐにやりたくなるだろ。  
頭ん中でそうツッコミながら、でも俺は口ではさっきの頭の悪すぎる上に穂波に失礼な妄想を口にした。  
 
「穂波が……浮気したらどうしよう、って思ってた」  
「私が?……大樹が、じゃなくて?」  
穂波の身体がちょっと離れた。  
汗ばんだ肌に空気が触れてちょっとだけ身体が冷めた。  
「バカ、俺はしねーよ。  
 けど、今日クラス会だったから、昔の男とかに会って、なんかそういう流れになっちゃったらって……」  
俺は結構必死にそう話したのに、穂波は俺がしゃべってる途中で笑いだした。  
「ないないないー」  
「だから、そうなんだけど、もしそうだったらー、って」  
「違うよ、大樹」  
「何が」  
「大樹……今日のクラス会ってね、高校の時のクラス会なんだけど」  
「知ってる」  
「ねえ、大樹、忘れてるでしょ」  
「何を」  
真剣な俺をよそにいつまでも笑ってる穂波にちょっとムッとして眉間にしわを寄せると、穂波は、  
「大樹ー、いいこと教えてあげるー」  
と心底嬉しそうにほっぺたにちゅうっとしてきた。  
「なんだよ」  
「あのね、私の行ってた高校って、女子校。  
 女の子しかいないの」  
俺ははっとした。  
そうだ、こいつ、高校は私立の女子校だ。  
しかも学校名にちゃんと”女学院”て付くのを思い出して、俺は顔が熱くなった。  
「ね?思い出した?」  
 
人生で最大のおバカ発言かもしれない。  
俺は言い訳すら思いつかずに、ただ、あーとか、ううとか唸ってみた。  
「やきもち妬いてくれてありがとう」  
穂波はそう言うと、居たたまれなくなってる俺にキスをしてくれた。  
「うっせぇ」  
「ね、大樹。私ね、大樹だけだよ。  
 ていうか、大樹しかいらない。  
 自分の指でも気持ち良くなれなかったんだもん。  
 大樹以外の人とのエッチなんて考えられない。  
 考えるのも気持ち悪くて嫌」  
天然なんだろうけど、穂波は俺を喜ばせる言葉をよく知っている。  
嫁にこんなこと言われて喜ばない男がいたら、そいつはきっと頭がおかしい。  
「おう……」  
「その上ね、大樹のせいでエッチしたいなーって思いやすい身体になっちゃったの。  
 前はそんなことほとんど思ったことなかったのに」  
そりゃあ、そうなるように努力したし。  
「うん」  
「だからね、私、大樹しかいないから、大樹としかエッチ出来ないから、いっぱいしてね。  
 私、えっと、もっと色々出来るように、頑張るから……教えてね?」  
「バーカ。そんなこと言わなくてもやだっつっても教えてやるっつうの。  
 俺ももうお前としかしないって決めたから、その分、俺がしたいこともしてもらいたいことも、  
 全部お前でやるからな」  
穂波の顔をがっしりつかんでそう言うと、穂波はへへっと笑って、  
「うん、頑張る」  
と言ってくれた。  
 
「とりあえず、二ヶ月分だな。  
 それ、回収しないと次のステップに進めん!」  
ふざけてないと涙腺が緩みそうで、俺は穂波のほっぺたをぱくっと捕らえた。  
「回収って……。ゴミじゃないんだから」  
穂波がくすくす笑いながら、俺が繰り返すキスを受けてくれる。  
「な、まだいいだろ?」  
「うん、平気」  
「じゃ、早いとこ布団敷こうぜ」  
「はだかんぼで?」  
その言葉に俺たちは顔を見合せた。  
「……じゃあ、着るか。寒いし」  
「誰かさんのせいでパンツ濡れたー」  
ワザとらしく落ちてる下着を見る穂波。  
ぬう……俺に布団係を押し付ける気か。  
けど今日は穂波から誘ってくれたしな。  
「……分かったよ。んじゃ、上だけ着て待ってろ」  
「やったー!」  
穂波は俺から降りると、フリースを上からすぽっとかぶった。  
ギリギリ、見えそうで見えない丈の長さに俺がそっちを見てると、エッチ!と裾を伸ばされてしまった。  
どうせやる時には見るのに。  
俺は下だけ穿くと、ケチーと言い残して寝室に入った。  
急いで布団を敷く。  
急がなくても穂波は逃げないんだけど、気が早ってしょうがない。  
いい加減に布団を敷き終えて、台所に戻ると、穂波はさっき作ったハイボウルの残りを飲んでるところだった。  
 
「うわ。旦那に働かせて、嫁は酒か」  
「だってもったいないもーん。ちょっと薄まっちゃってたけど」  
「ほら、敷き終わったから来いよ」  
「大樹、せっかち。私は逃げないのにー」  
「ばーか、一秒でも長くお前に触ってたいの」  
俺がそう言って手を引くと、穂波の顔が真っ赤になった。  
「ずるい……」  
「何が」  
「いつもバカなことしか言わないのに、時々すごく嬉しくなること言うんだもん」  
嬉しいんだか、怒ってるんだか、拗ねてるんだか測りかねる穂波の表情はすごくかわいくて、  
俺はおでこにちゅうっとしてから、穂波を抱き上げた。  
「えっ!?なに?なに??」  
「お前が歩かないから運んでやる」  
「え、だいじょぶだよ、歩くよ」  
「ダメー。もう遅いですー」  
大した距離でもないけど、俺は照れる穂波を堪能しながら寝室に戻った。  
ベッドじゃないからうまいこと寝かせてやれないけど、まあそこは臨機応変に。  
穂波は布団に座ると、まだ立ったままだった俺に手を差し出してきた。  
その手を握って穂波の正面に座ったとたん、抱きつかれた。  
「もー、一秒でも長く……なんでしょ?  
 今日はずっと抱っこしててくれないと明日の朝ごはん作らないからね」  
「んー。作らない、じゃなくて作れない、だろうな」  
「なんで?私ちゃんと」  
「今夜は寝かさないから」  
穂波が抗議の声を上げる前に、俺は穂波の唇を塞いで布団に押し倒した。  
 
(了)  
 

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