「穂波ー」
インターネットであれこれ検索をかけて目的のものを見つけ出した俺は、ブラウザを閉じると
ノートパソコンから顔を上げて、ビール片手にハリウッド映画を見ているマイ・ディア・ワイフ・穂波に声をかけた。
「うん?」
視線はテレビに向いたまま顔がこっちを向く。
ハリウッド映画なんて全部同じじゃん。
適度にいいやつが死ぬか悪役で、ヒロインが活躍する場がちょっとあって、カーチェイスと爆発シーンがあって、
どんな大怪我しても死なない主人公が悪役に勝って、ぶちゅーっとキスシーンでハッピーエンド。
タイトルと登場人物が違う以外はほぼ全部同じなのに、なんで毎週見るんだ。
「来週の土曜って、休みか?」
「うん、一応いつも通り休みだけど。
……来週の土曜日がどうかした?」
「飯食いに行かねえ?」
「え!ホントに?大樹のおごり?」
やっと穂波が身体ごとこっちを向いた。
まあ、CMになったからかもしれないけど。
「まあ、俺のおごりでもいいけど……」
「あれ?違うの?
……ていうか、どうしたの?急に」
「おまえ、再来週の日曜がどういう日か分かってる?」
「日曜……」
穂波は首をぐるっと回して、時計の下にかかってるカレンダーを見た。
「……来週の日曜が明後日でー……再来週?」
沈黙が流れること約十秒。
おいおい、大丈夫か?
こういうことって普通、女の方がうるさいと思うんだけど。
とか思ってたら、穂波が、おー!と声を上げた。
「そっか、結婚一周年だ!」
おめでとー!と嬉しそうに拍手する穂波。
おめでとーって、自分たちのことじゃん、て思うけど、穂波の嬉しそうな顔を見てたら
なんだか俺まで嬉しくなってきたから、俺も一緒に拍手しながら、
「そ。だから、飯でも食いに行かないかな、と思ってさ」
と言ってみた。
で、今、俺と穂波は手を繋ぎながら歩いてたりする訳だ。
穂波の提案で、飯の前に危うくハリウッド映画を見に行くことになりそうだったけど、どうにかそれは回避して、
昼過ぎから地元にあるでかい梅園に梅の花を見に来てる。
梅園なんてじじばばが行くとこだと思ってたけど、子連れとか若いカップルも結構いる。
寒さのせいもあってか桜の季節の花見ほどじゃないけど、それなりに人は多い。
映画回避の苦し紛れの提案だったけど、穂波はかなり楽しんではしゃいでるし、俺も意外に楽しめてる。
「ね、大樹、あっちの木はたくさん咲いてるよ」
穂波が指した方を見ると、確かに他の木よりは大きくて、白い花をたくさん付けてる木が見えた。
「ホントだ。けど、人も多いな。
みんな写真撮りまくりじゃん」
「私たちもカメラ持ってくればよかったね」
「そうかあ?」
「そうだよ。で、おじいちゃんおばあちゃんになったら写真見ながら孫に言うの。
『これがおじいちゃんとおばあちゃんの初デートの時の写真なんだよ』って」
穂波がわざと声をよぼよぼさせる。
「初デート?そんなことないだろ」
「そんなことあるよ。
大樹とね、こうやってぇ、手を繋いでね、ただお散歩するのって初めてだもん」
穂波は少し照れたような顔で笑って俺の手をぎゅっと握り直すと、腕に寄りかかってきた。
なんだか照れくさい。
「手ぇ繋いで歩くのなんてしょっちゅうやってるじゃん」
ドギマギしてるくせにそう返すと、穂波は、
「そうだけど、いつもはデートじゃないもん。
朝出かける時とお買い物に行く時だけだもん」
と口を尖らせた。
「それってダメなのか?」
「オー、大樹サーン。
アナタ、分カッテマセーン」
穂波サーンが首を横に振る。
「デートっていうのはね、一緒に居て、二人でこうやって歩くのが目的なの。
いつもは出かける時に一緒に居るから手を繋いでるだけ。
分かった?」
「分かったような分からないような……」
「もー」
「だって、新婚旅行の時も手ぇ繋いでたじゃん」
「そうだけど……、二人でのんびりっていう訳じゃなかったし、帰りはお土産がたくさんだったし……」
確かに後半は友達やらお互いの家族やら会社に土産を買わなきゃいけなくて、そのくせ送料をケチったせいで、
帰りは二人とも両手に荷物がいっぱいで手なんて繋げなかったし、
観光の時もツアーだったから二人のペースで、って訳じゃなかった。
やっと穂波の言いたいことが分かってきた気がして、俺が手を握り返して、
「そう言われると確かに初デートかもな」
と言うと、穂波は嬉しそうに、うん、と頷いた。
結婚まではただの気が合う友達だったから、二人で出掛けても手なんて繋いだことなかったし、
結婚が決まって式場の下見に行く時も、お互いの家に挨拶に行った時すら手なんて繋いでなかった。
一年前までは穂波とこんな風に歩くなんて思ってなかった、なんだか感慨深いものがあるなあ、
と思わず大きく息をこぼすと、穂波がこっちを見上げてきた。
「大樹?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、一年前は穂波とこんな風に手ぇ繋ぐなんて思ってなかったなーって」
俺が素直に気持ちを伝えると、
「……ホントだねえ。私も大樹とこんなになるなんて思ったことなかったよ」
と返ってきた。
「ねえ、大樹」
「ん?」
「たまにでいいから、こうやってデートしようね」
「おう」
しょっちゅう思うことだけど、穂波の顔を見てたらこいつと結婚してホントに良かった、って思えてきた。
あの時結婚したいと思って、それをこいつに伝えた俺はめちゃくちゃ正しい選択をした。
偉いぞ、俺。
「大樹?」
「なに?」
「私の顔、何か付いてる?」
「何にも付いてないけど、なんで?」
「だって、さっきからずーっとこっち見てるから……」
そう言えば、梅の花見に来た筈なのにあんまり梅を見た記憶がない。
今も目の前にでっかい白梅の木があるのに。
でもしょうがないよな。
隣に穂波が居るんだからさ、梅よりこっちを見てたいじゃん。
「いや、ちゅーしたいなと思って」
俺が思わず本音をこぼすと、目の前の顔が赤くなって、手をぐいっと引っ張られた。
「ばっ、バカっ!」
「バカとは失礼な」
穂波の行動に不満を覚えながら引っ張られるまま歩き出したけど、穂波がそうした理由がすぐに分かった。
周りに人がいっぱいだ。
しかもくすくす笑われてる。
どっかのおっさんが、若いっていいねえ、とか言ってる。
これは穂波に申し訳ないことをした。
と反省したけど、耳まで赤くなって俺を引っ張ってずんずん歩いていく穂波を見てたらなんだか顔がにやけてきた。
しばらく引っ張られるまま歩いてたけど、穂波はいつまでたっても止まりそうにない。
俺が穂波の手を引っ張ると、穂波はようやく歩く速度を緩めた。
「ごめんな」
穂波の耳元に口をよせて囁くと、穂波はぷくっと膨れて、
「もー。いきなりあんなこと言うからびっくりした……。
周りに人がいっぱいいたのに……」
と不平を漏らした。
「うん、俺もびっくりした」
「なんで大樹が」
「周りが見えてなかったから」
我ながら結構クサイこと言ってると思ったけど、ホントのことだからな。
ていうか、ホントに周りが見えなくなることってあるんだな。
とか思ってたら、穂波が足を止めたて、視線だけこっちに向けた。
「……それって……私のこと、見てたから?」
「そう。穂波と結婚してよかったなーって思ってて、気がついたら穂波の方見てて、ちゅーしたいと」
今度は一応周りにあんまり人がいないことを確認しつつ、声を小さめにすると、
穂波はそっか、と何度か揺れるみたいに頷いてから、はにかんで俺を見ると、
「おうちに帰ったら……しようね」
と小さい声で言ってくれた。
ですよねー。
キスなんてものは、結婚式でもない限り、普通は室内というか人目がないところでするもんですよね。
ハリウッドじゃないんだから。
けどな、うん、まあ、いいじゃん。
ちょっとくらい。
ていうか、今から二人っきりになれる時間まで我慢なんて絶対無理。
「ほーなみ」
「えっ……」
俺が穂波の目の前に顔を持って行くと、穂波が顔を引いた。
引いていた赤みが穂波の顔に戻ってくる。
「一瞬。ちょっとだけ。……な?」
穂波の鼻の頭に鼻っつらを擦り付けると、穂波は視線を泳がせてから、
「ちょっとだけだからね……?」
と言って顎を上げてくれた。
手がきゅっと握られて、唇がくっつく。
やばい。
たったこれだけのことなのに、顔中の筋肉がゆるゆるになる。
舌が疼いてきたけど、こっから先はさすがに我慢だ。
ちょっとだけって言ったわりには結構長い時間、穂波は唇を離さないでいてくれた。
「はふ……」
穂波は顔を離すと、俺の顔は見ないでゆっくり歩き出した。
俺もそれについてゆっくり歩く。
穂波の耳が真っ赤になってるけど、それはきっと俺もそうなんだろうな。
中坊じゃあるまいし、キスしただけで真っ赤とか、我ながらなんて初々しいんだ。
初デートの魔力恐るべし。
二人とも黙ったままだったけど、この静かな感じが少しくすぐったいくせにすごく心地よくて、
俺たちは手を繋いだまま、ただ歩いた。
しばらく歩いてると穂波が口を開いた。
「大樹、お茶飲んでいく?」
穂波が顔を向けた方を見ると、和風の喫茶店があってなかなか盛況。
入口の前の椅子にはおばちゃんたちが座ってお喋りしてる。
飲んでいくのは構わないけど、
「結構並びそうだな」
って言うと、穂波はすぐに、
「じゃあ、もう行こうか」
と喫茶店とは反対の方に行く道を指した。
そっちに行くともう出口だ。
時計を見ると三時を少し回ったところ。
なんだかんだで一時間半くらいかけて一周してきたらしい。
晩飯にはまだ早いけど、あったかいものを飲むために寒い中で待つのも変な話だ。
俺は、そうだな、って相槌を打って穂波と一緒に出口の方へ足を向けた。
梅園を出た後、バスと電車を乗り継いで俺たちはでっかい駅に来た。
ディナーはこの駅から歩いて十分くらいのとこにある某有名レストラン。
せっかくの記念日だからな、フランス料理の店かなんかを予約しちゃった訳だ。
まあ、若干予算オーバーではあるんだけどさ……。
にしても、予約した時間までまだちょっと時間がある。
これは穂波のウインドウショッピングに付き合わされるな、って覚悟してたら案の定お声がかかった。
「ね、まだ時間あるよね。
ちょっとお買い物行こ」
前回は俺のYシャツを買いに行っただけの筈だったのに、三時間デパートに拘束された。
その前は座椅子にたどり着くまでに二時間……。
けど、今日は五時半から飯っていう時間制限があるし、何より楽しむ日だから嫌な顔はしない。
穂波は駅と直に繋がってるデパートの入り口で売り場の確認をすると、デパートの中に突入した。
土曜日の夕方だけあって、かなり混んでる。
化粧品売り場に充満してる何とも言えない臭いとおばちゃんとおねえちゃんたちの間をするするとすり抜けていく穂波。
こんなにスマートに人混みをすり抜ける能力があるなら、スポーツの一つもやりゃあいいのに。
酒は飲むし、しょっぱい摘まみは食うし、そのわりに甘いものは好きだし……、
そのくせ通勤と家事以外に身体を動かすことはない。
こいつ将来は絶対メタボだ。
すれ違った丸い体系のおばちゃんを横目に穂波の将来を憂いながらエスカレーターに乗ると、
一段上に乗った穂波がようやくこっちを向いた。
なんだかやけににこにこしている。
「なんだよ、なんかいいことあったのか?」
「んーん。大樹とデートしてるから嬉しいだけ」
さっきも電車の中で、デート楽しいね、って言ってた。
こんなに喜ぶんだったら、もっと早くデートすれば良かった。
休みの日は掃除、洗濯、食品とか日用品の買いだしで、持ち帰った仕事がなければだらだらテレビ見て、
それに飽きたらセックス……。
穂波が嫌がらないのをいいことに調子に乗ってたけど、そればっかりってどうなんだ、俺。
やや反省した俺が、
「またどっか行こうな。
いっつもは無理でもさ、行きたい所があったら言えよ」
と言うと、穂波の顔がこれまで以上に明るくなった。
「ホント?んとね、じゃあ、六月になったら紫陽花見に行きたい。
あ、その前にお花見に行こうね。
それから」
あれこれ考えながらエスカレーターを乗り換える穂波。
「あれ?おまえ、ここで降りなくて良かったの?」
下になって行く婦人服売り場を見送りながらそう聞くと、穂波は得意げな笑顔になって、
「今日の目的地はもっと上なのです」
と言った。
で、また、握った俺の手を左右に揺らしながら、
「そうそう、映画も行こうね。デートの定番だから。
あとね、プラネタリウムも行ったことないから行ってみたいんだよね」
とあれこれ続けた。
なんか夫婦って言うより、付き合い始めたばっかりのやつらの会話だな、なんて思いながら、
穂波の提案には、そうだな、とか、行こうな、とか相槌を打ってると、エスカレーターから降りた穂波が、
フロアの案内図の前に立った。
「んーとー……」
CD、文具、本屋それにスポーツ用品店の名前が並んでる。
目的地がさっぱり分からなくて一緒になって案内図を眺めてると、
「おっけ、分かった」
と穂波はまた歩き出した。
CD屋の角を曲がって本屋の前を通り過ぎて、スポーツ用品店の前に到着すると、穂波は、
「とうちゃーく。ね、大樹、シューズ買ってあげる。
こないだ、『もう買い替えなきゃなー』って言ってたでしょ?」
とスニーカーが並べてある棚を指差した。
「えっ!?マジで?」
「うん、大樹が今日の晩ご飯プレゼントしてくれるから、私からのプレゼント。
ホントはね、内緒にしたかったんだけど、靴って自分の足で確かめないとダメでしょ?
だから」
「どれでもいいの?」
「だって、私どれがいいか分かんないし、大樹が履くのだから大樹が好きなのでいいよ。
お値段は気にしなくていいからね」
素人チームではあるけれど、真面目にフットサルをやってたりするので、このプレゼントはかなり嬉しい。
穂波が服を選ぶ時はどれでも一緒じゃん、て思ってるくせに、俺はかなりあれこれ吟味した。
始めは穂波も、こっちはどう?とか付き合ってくれてたけど、そのうち飽きたらしくて、
ジョギングシューズなんかを弄り始めた。
「せっかくだからおまえも買えば?」
「えー。いいよ、私は」
「いいじゃん。一緒にジョギングとかやろうぜ」
「やだやだ。ジョギング嫌い」
穂波の手に乗ってたジョギングシューズが棚に戻って行く。
「おまえな、このままおばちゃんになったら絶対メタボになるぞ」
「えっ……!?」
なりませんー、て返事が来るかと思ったのに、穂波は予想外にメタボという言葉に反応した。
穂波に運動させるいい機会だと、俺は畳みかける。
「おまえ、タバコは吸わないけど、酒は飲むし、つまみ好きだし、ケーキとかも好きじゃん。
これは絶対メタボ」
「どのくらいの運動量でメタボって解消されるの?」
「それはよく知らないけど……」
「そ、そっか……。ジョギング以外じゃダメかな」
「ん〜……。脂肪燃やすなら有酸素運動だから……水泳とかか?」
「水泳……」
穂波は顔を若干曇らせたけど、すぐに、
「じゃあ、水着の購入を少し前向きに検討しておくよ」
と、結論を出した。
でも、俺はちょっとがっかりしてる。
水着を見られなかったこと自体も残念極まりないけど、検討ということは今日は買う気がないってことだし、
前向きとは言ったけどその前に"少し"って付いてた。
こりゃ、毎日少しずつすり込んでメタボに対する危機感を植え付けないとな。
ぽっちゃりしてもかわいいだろうけど、さすがに乳と腹の高さが同じになった穂波は見たくない。
なんだかんだで三十分近く悩んだけど、俺は気に行ったシューズを見つけられた。
店の中であれこれ見学してる穂波を捕まえて、
「これに決めた!」
と差し出すと、穂波は嬉しそうに俺からシューズを受け取って、それをレジに持って行って、
「プレゼントにして下さい」
って頼んだ。
「わざわざそんなにしなくてもいいのに」
「でも、袋に入れるだけじゃ、プレゼントっぽくないもん。
せっかくだから、ちゃんとしてほしいなーって。
あ、リボンは青でお願いします。……えーっと、そっちの濃い方」
一人の店員が包装してる間に、もう一人の店員がレジを打って、
「七千四百六十五円です」
と言うと、穂波が小さく、
「あれ?」
と呟いた。
なんだ?どうした?
予算外?
正直、そんなに高くはない……よな?
ていうか、値段は気にするな、って言ってたし。
「どした?」
「あ、ううん、なんでもないよ。
はい、えーっとこれでお願いします」
穂波が出したのは一万円札と五円玉。
いったい何が問題だったんだか分からないまま、俺たちは会計を終えてスポーツ用品店を後にした。
またエスカレーターに乗る。
左手には穂波の手、右手には穂波からのプレゼント、で嬉しいんだけど、
さっきの呟きが気になって、俺は穂波に聞いてみた。
「おまえさ、さっきどうしたの?」
「え?」
「レジんとこで、『あれ?』って言ってたじゃん」
「あー……。えっとね、あの……シューズがね、もうちょっと高いかな、って思ってたの。
そしたら思ってたより安くて、プレゼントにはちょっと物足りないかなって」
なるほど。
高くて困るならともかく安くて困るなんて、うおおおお!
ちっ。
今ここがデパートでなければ、抱擁して頬ずりしながら、そんなこと気にすんなようおうおう、って
撫でくりまわすとこだ。
けど、さすがにそれは出来ないから、俺は努めて穏やかに、
「値段なんて気にすんなよ。
穂波がプレゼント用意してくれてたってだけで嬉しいからさ」
と言った。
「そう?」
穂波はまだ納得いかないといいたげな顔をしてる。
「どのくらいの予定だったんだ?」
無粋な質問だと思ったけど、穂波が不満そうな顔を続けるから、俺は気になって聞いてみた。
穂波が黙ったまま指を三本立てる。
「お?結構、奮発しようとしてくれてたんだ」
「だって、これから行くお店だって最低でもその位はするでしょ?」
そんなこと気にしなくていいのに、と言おうと思ったところで俺はいいことを思いついた。
「な、穂波。てことは、もう一個プレゼントおねだりしても良かったりする?」
穂波の顔がちょっと明るくなった。
一旦、エスカレーターから降りて各階の案内図を見る。
目的地は……ふっふっふ。
「もう一個降りようぜ」
「どこ行く気?一個下って、もう婦人ものだよ?」
「着いてからのお楽しみー」
という訳で、俺は慣れない婦人服売り場を突っ切って、その階の一番隅っこにやってきた。
俺が笑顔で穂波の方を向くと、穂波はあまり可愛くない笑顔で俺を見た。
「大樹……ここって……」
「下着売り場。
な、えっちい下着買おうぜ」
「やだよ」
赤くなった穂波がぷいと顔を背ける。
「いいじゃん。
たまにはさ、いつも着ないようなやつで誘ってよ」
「やだってば」
「そんなこと言うなよー。
黒いやつとか、真っ赤なのでもいいし……。
ほら、あそこにあるスケスケのキャミソールとか。下はもちろんヒモ」
カップ付きで向こうがうっすらと透けて見える赤いやつを指しながら言うと、言葉を遮られた。
「大樹。あのね、大樹はご存じないかもしれませんが」
赤い顔してるくせに穂波はちょっと怒ってる。
「は、はい」
「ああいうの、着られないのっ」
「なんで」
「……サイズが無いんだもん」
「えー。おまえ、まだ今のところ太ってないし、身長だって普通じゃん」
「もー……」
穂波は膨れっ面で俺を引っ張ると、耳元に口を寄せて、
「カップが合わないの!」
と言った。
「あー……」
そうか、そういう話は聞いた事あったけど、乳がでかいと合う下着がなかなかないというのは本当だったのか。
「ブラ探すのだって大変なんだから……」
「そっか。ごめんな。
じゃあ、パンツだけでも」
「はいはい、お買い物終わり」
「えー」
「えーじゃないの。もうすぐ時間でしょ?」
言われて時計を見ると、確かにあと十五分くらいで予約の時間だ。
穂波の腰に結ばれた紐をほどく夢はついえたけど、それもまた追々……。
ちょっとむくれてる穂波をよそに、俺は紐をほどかれて真っ赤になる穂波を想像しながら下着売り場を後にした。
(続)