俺と紅葉が友達になってから、数日が経った。  
今日は『母』こと静子さんの他に、ちょっとした来客があった。  
俺たちに縁が深い、しかし「俺たち」の知らない面々である。  
 
「紅葉ぃ、心配したんだから〜っ!」  
入ってくるなり紅葉に抱きつく女。  
「え、あ、あの?」  
「あぁ、頭にケガしてるし!でもお肌とかはいつもと同じだぁー」  
困惑する紅葉をよそに、そのまま頬擦りを始めてしまう。何だこの女。  
「ちょ、ちょっとアンタ」  
よくわからないが、怪我人なんだから大事に扱え、と言おうとしたとき、  
「こら、三雲。秋吉が困ってるだろう」  
「ほらほら、とっとと離れる」  
後から入って来た二人の男に引き剥がされた。  
「あ、もう!いいじゃないスキンシップくらい!いつものことよ?」  
お楽しみを邪魔されたかのように頬を膨らませる女。しかし、  
「その『いつも』がわからないのがこの二人だろう。話を聞いてなかったのか?」  
男の一言に、うーと唸って、黙り込んだ。  
何がなんだかわからない俺。紅葉も同様、ポカンとした表情を浮かべている。  
そんな様子に気付いたか、もう一人の男が苦笑しながら話しかけてくる。  
「あー、ごめんな?たぶん、二人とも俺らのことわからんと思うから、軽く自己紹介するわ」  
 
結論から言えば、彼らは俺たちの友人だった。  
紅葉に頬擦りを仕掛けた女が、三雲 裕美(みくも ひろみ)。  
三雲の行動を止めて黙らせた男が、神崎 博彦(かんざき ひろひこ)。  
俺たち二人に自己紹介をすると言ったのが、牧野 和樹(まきの かずき)。  
高校時代を共に過ごしたという彼らは、俺と紅葉が事故に会ったことを聞き、  
わざわざ見舞いに来てくれたのだという。  
……残念ながら、彼らのことも思い出せなかったが。  
「でもさー、大変だよね。記憶がなくなっちゃうなんて」  
ちっとも大変そうじゃない口調で三雲が言う。  
「せっかく紅葉が目を覚ましたって聞いて走ってきたのに、私のこと忘れてるんだもの」  
「ご、ごめんなさい……」  
申し訳なさそうにちぢこまる紅葉。いや、別にお前が悪いわけじゃないと思うぞ。  
紅葉の様子に気付いたか、三雲もちょっとばつが悪そうな顔をして、フォローに入る。  
「う、ううん!紅葉が悪いわけじゃないのよ?ただね……」  
「ただ?」  
 
顔を伏せた三雲を覗き込むように見つめる紅葉。と、三雲はニヤリと口の端を吊り上げ、  
「せっかく紅葉と私が築いた色々な関係を忘れられちゃって、お姉さん少し寂しいのよー」  
ずいぶんと楽しそうに、そんなことを言った。  
「い、色々な関係?」  
疑問を口にした紅葉に、更に楽しそうな表情を浮かべる三雲。  
そのまま紅葉の耳に顔を近付け、小さな声でひそひそと話し続ける。  
「そうよー、おんなじ大学で、女の子同士だったから、あんなこととか、こんなこととか……」  
「……え、え?わ、私、そんなことまで……!?」  
三雲の言葉に顔を赤らめる紅葉。  
何だ。  
女の子同士で何をするというのだ。  
二人の(というか三雲の)話が気になって、つい身体がそちらに傾いてしまう。  
一体何を話してるのか、耳をそばだてようとしたところで、  
「三雲、勝手なことを吹き込むな」  
ここまで黙っていた神崎が、再び三雲を引き剥がす。  
「もう、また邪魔して!」  
「お前が話すとややこしくなる。少し静かにしていろ」  
またも文句を言う三雲を一蹴する神崎。  
「まぁまぁお二人さん、そうカッカせず、な?」  
間に入ったのは牧野だった。  
牧野はニコニコとした表情をこちらに向けて、  
「気ぃ悪くせんといてな?俺らと君らは、こんな感じで毎日つるんでたんよ」  
と、流暢な(?)関西弁で話す。  
「今日は二人の目が覚めたって亮平のオカンに聞いて来た次第。スマンなぁ、騒がしゅうて」  
「い、いや。わざわざありがとな」  
自分の交友関係に関西弁を操る男がいたことに驚きつつ、礼を言う。  
「紅葉ちゃんも大変やったねぇ。傷とか残らんかった?」  
「は、はい!大丈夫です、ありがとう」  
紅葉に話を振る牧野と、なぜか慌てた風な紅葉。  
……たぶん紅葉は三雲の話を反芻していたんだろうが。  
そんな紅葉を笑顔で眺める牧野だったが、ふと俺を見て、  
「ところで亮平。ジブン、いつ帰ってきたん?」  
そんなことを聞いてきた。  
 
それからしばらく、俺たちは他愛もない会話を続けた。  
高校時代の思い出や、大学での過ごし方。友達の話など。  
「何かジブンとは久しぶりに話すなぁ。3年のときには塾やなんやで話ができへんかったし」  
なんて牧野は言ってたが、俺にとっては初対面の気分だ。  
自分の知らない「氷川 亮平」を友人に聞かされるのは、何だか不思議な気持ちになった。  
紅葉に関しては、三雲が最近の動向を妄想を交えながら話し、そのたびに牧野に突っ込まれていた。  
いちいち真に受ける紅葉がずっと真っ赤な顔をしていて、それがまた三雲を煽ったわけだが。  
そんな感じで楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろ三人が帰る時間になった。  
 
「結局、春海ちゃんは来ずじまいかいな」  
帰りぎわ、ふと牧野がそんなことを言った。  
「ハルミちゃん?」  
唐突に出てきた新たな人物の名前。誰だ、それ。  
俺の顔に浮かんだ疑問符に気付いたか、説明しようとする牧野。  
「ん?あぁ、春海ちゃんはな、」  
「牧野」  
そして、神崎がそれを止めた。睨むように牧野を見つめている。  
何となく、場の雰囲気が固まる。  
……俺は何か、まずいことを聞いたか?  
「……あ、あぁ。スマンな」  
剣呑な空気を読んでか、牧野が部屋の出口へ向かう。  
「ほな、また。元気で過ごしな」  
「あ、あぁ。今日はありがとう」  
振り返って手を振る牧野に、俺も手を上げて返す。  
「それじゃ、また来るから。紅葉、早く元気になってね!」  
「うん、裕美ありがとうね」  
さんざんからかわれている内に、三雲とはすっかり打ち解けたらしい。  
紅葉は笑顔で三雲を見送る。  
「…………」  
最後に残ったのは神崎だ。  
無言で、俺をじっと見ている。  
思えば今日、神崎とは一言も話していない。三雲が話し続けてたのもあるが。  
「……ど、どうした?」  
沈黙に耐えられず、話しかける。「いや……」  
何かを考え込むような、そんな雰囲気である。  
……何で、そんなに苦しそうな顔をしてるんだ。  
何かを後悔しているような、そんな表情を浮かべる神崎。どうしたというのだろう。  
そのまま、再び沈黙が続く。  
しばらく考え込むような様子だった神崎が、何かを言おうと口を開き、  
「博彦、帰るんちゃうんかー?」  
牧野の声に中断される。  
タイミングを逸した。神崎は口を閉ざし、  
「また来る。元気でな」  
一言、そのまま病室を出て行った。  
「……何だったんだろうな」  
「……さぁ」  
首を傾げる俺と紅葉。  
彼らの足音が、だんだん遠くなっていた。  
 
「でも、いい人たちばかりだったね」  
三人が帰った後、俺と紅葉は彼らの話をしていた。  
「まぁ、悪い奴らではなさそうだが。お前、三雲に散々いじられてたろ」  
「あ、あれは確かにちょっと恥ずかしかったけど……」  
あはは、と苦笑いの紅葉。  
まぁ、あれは彼女なりの気づかいだったと思おう。おかげですぐに打ち解けたしな。  
「あんな感じで仲良かったんだろうね、私たち」  
「たぶんな。実感はないけど」  
結局、彼らとの会話でわかったのは、自分たちの高校時代のこと。  
残念なことに、記憶の復帰までには至らなかった。しかし、  
「あぁいう友人に囲まれてて、よかったと思う」  
それは本心からの言葉だ。  
彼らとの学校生活は、さぞかし充実していたことだろう。  
紅葉も俺の言葉に頷く。そのままポツリと、  
「早く思い出したいなぁ……」  
なんて、小さな声でつぶやいた。  
俺も心のなかで同意する。  
ま、すぐに思い出せるだろう。  
仲のいい友人が大事じゃないわけないからな。  
 
いくつか、気付くべきだった。  
彼らの話に出て来なかった「ハルミちゃん」のこと。  
何かを告げようとしていた神崎のこと。  
何より、仲の良いはずの彼らに、俺の帰郷を知らせてなかったこと。  
……その意味に気付くのは、もう少し後のことだった。  
 

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