草木も眠る丑三つ時、郊外にある建物に私は侵入する。外周にフェンスが張られ、敷地内は厳重な警戒態勢が敷かれていたが、私にとって彼らの目を欺いて建物に侵入することはたやすい事だった。
私の名は御鏡 綾香(みかがみ りょうか)、コードネーム「ダークネス・クィーン」の名で呼ばれることもある私は諜報員、すなわちスパイを生業としている。今度の任務はこの建物に侵入することなのだ。
今の私は、首から下全てを覆った漆黒のボディスーツの上に真っ黒のレオタードにグローブ、足にはひざにぎりぎり届かないくらいのブーツ、といった格好をしている。
肩には二丁の拳銃が収まったショルダーホルスター、左の太ももには小道具が入ったポーチがついたベルト、これが私の装備の全てである。最小の装備で最大の成果をあげることこそスパイに必要なことなのだ。
任務の内容は少女を対象とした人身売買組織の全貌を暴くこと。
この建物が組織の本拠地であることを突き止めた私は、犯罪の証拠を掴む為に侵入する事を決意した。本来ならば証拠品を持ち帰ればそれですむのだが、もし中に「商品」として捕えられた少女達がいれば彼女達の救出を優先するつもりだ。
人々を救い、守ることこそ私の使命だと思っている。同僚や上司はそんな私を「お人よし」、「偽善者」などと陰口をたたくが、私の決意は揺るがない。
そんな連中に私は実績を残すことで彼らの口を封じてきた、そして人々を守るという使命感こそが私を世界有数の諜報員たらしめているのは間違いなかった。
建物に侵入した私は真っ先に管制室を目指した。
いかに厳重な警備下でも管制室さえ押さえれば敵に見つかる確立はぐっと減る、無論、そこまでたどり着くまでに敵に発見される恐れはあるが、そんなヘマをするほど私は素人ではなかった。
制圧は簡単だった、厳重すぎる警備の割には管制室には鍵すらかかっていなかったのだ。部屋に入った瞬間、そこにいた3人の男達に反撃の暇すら与えずに2丁拳銃をお見舞いする、ただし弾は特殊スタン弾で男達は気絶しているだけである。
殺しは決してしない、が私のモットーなのだ。
優先的に管制室を制圧する理由は、建物全体を把握するのに便利だということもある。監視カメラからの映像で、内部がどんな状況なのかが丸分かりなのだ。
幸いにも今は「商品」の少女達はいないようだ、正直私はほっとしていた、なんだかんだ言っても任務はやりやすいにこしたことはないからだ。
それから色々とコンソールパネルをいじって赤外線トラップや各種警報の解除、証拠品が納められている部屋の開錠などを行う。これで下準備は全て終えた、後は証拠品を奪取するだけである。
無数のデスクとその上に置かれているパソコン、今、私は証拠品が納められていると思しき部屋にいる。見つけるのは簡単だった、一際大きいデスクにある鍵のかかった引き出し、ピッキングを使って難なく鍵を開け、中に入っていたディスクを取り出す。
私はそれをデスクの上にあるパソコンにセットした。
―思ったとおりだ―、そこには人身売買に関するあらゆるデータが網羅されていた、取引先の情報まであるこのディスクを解析すれば人身売買に関するあらゆる組織を一網打尽に出来る。私の心は踊った、これで罪もない少女達が悲しむことは無くなるのだ。
だが、そこにスキがあったのだろう、ディスクの解析に夢中になっていた私は男に銃を突きつけられていた…。
「動くな」
男の低いが鋭い声、油断していたとはいえ私の背後をとるなど並の人間に出来ることではない。背中に感じる冷たい感触、私は降服の意思を示すようにゆっくりと両手を上げる。
向かいにあるパソコンの暗いモニター越しに男を見る、顔は黒覆面で覆われており、小さいモニターからは表情を伺うことは出来ない。
迷彩服の上にベストを羽織り、自動小銃を構える男はどう見ても犯罪組織にいるチンピラなどではなかった。
「貴方…、プロね」
静かに尋ねる、最近では羽振りの良い犯罪組織は軍人崩れや元特殊部隊の人間を雇っている事が多い。
この男も金で雇われたのだろう、そういった人間に私は今まで何人も会ってきた。
男はそれに答えず更に強く銃を押し付ける、私は両手を上げた状態でされるがままになっていた。
だが観念した訳ではない、モニター越しに男を見ながらスキが出来るのをじっと待っていたのだ。
「へへっ…」
男は視線を下に下げた。体にピッタリと密着した私のスパイスーツ、当然私のお尻の形もくっきりと映し出している、男は下卑た目で私のお尻を視姦していた、男にとっては一瞬のつもりだろうが私にとって十分過ぎるスキだった。
「ッ?!」
一瞬、男の視界から私の姿が消えた、私は素早く身をかがめ、返す力で右足を突き上げる。
右足は狙いたがわず自動小銃に命中、男の手から弾き飛ばした。
「ハッ!」
一瞬で振り向いた私は男に反撃の隙を与えず、蹴りを男の顔面にお見舞いする。
ドサッ
男はひとたまりもなく倒れる、すかさず顔に手をやって命に別状が無いことを確かめた。
長居は無用だ、すぐにでもここを脱出しなければならない。だが、部屋の外に出ようとした時、外に人の気配を感じた。既に男が応援を呼んでいたのだ、廊下越しに多くの足音が聞こえて来る…。
バンッ!
部屋の扉が乱暴に開かれた、そして完全武装した8人の男達が足音も荒く部屋に入ってくる。
「クソッ!いないぞ!」
男達は気絶している仲間をそのままに必死になって侵入者―すなわち私、御鏡 綾香―を探している。だが、いつまでたっても私を見つけることが出来ずにいる。
当然だった、私は今、この部屋の上にある配管通路に身を潜めていたのだ。
男達が来る直前に私は天井にある通気口からすばやく配管通路に避難したのである、男達が来るまで約2分、その間に天井の配管に移動することは私にとってたやすいことだった。
そのまま息を殺して下の様子を見る私、業を煮やした男達は一固まりになってなにやら相談していた、しかも私の真下で。チャンスだ、この好機を逃すわけには行かない。
私は通気口を蹴り破りそのまま下へ落下した、真下にいた哀れな男は脳天に私の一撃を喰らいひとたまりも無く昏倒した。
「なっ?!」
驚く男達に反撃の隙を与えず、周りにいる4人の男達を蹴り倒す。そして素早くホルスターから2丁拳銃を抜き、残る3人を打ち抜いた。
全ては一瞬の内に終わっていた、男達の命に別状が無いことを確認した私は今度こそこの部屋を後にした。