「……っかんねー、どうなってんだこれ」  
思わず言葉が口から漏れる。  
いったいこの文章からどういう数式を導けというんだ。  
「だから、最初が2で3倍ずつ増えるんだから、等比級数の公式を使えばわかるでしょ?」  
オレの愚痴を丁寧に拾って、目の前から適切なアドバイスが与えられる。  
……そもそも等比級数ってなんだよ?  
「オレはこの宿題から逃避したいけどな……」  
「……下らないこと言ってないでさっさと解きなさい」  
オレの渾身(?)のギャグさえ軽く流し、目の前の女は再び自身の宿題に取り組む。  
こいつは木崎 優奈(きざき ゆな)。  
オレこと高遠 匠(たかとお たくみ)の幼なじみだ。  
ついでに言うと、ここはオレの部屋。オレ達は今、春休みの宿題に取り掛かっている。  
オレは普段勉強なんかしないし、宿題にだってまだ手をつけてなかった。  
今日はなぜか優奈のやつが一緒に勉強をしようと言いだし、オレは付き合わされる羽目になったのだ。  
……今日は、いや今日もゲームをやりたかったのだけど。あと少しでボス倒せそうだし。  
そもそもだ。  
「あのさ、優奈」  
「なに」  
「お前さ、オレと勉強する意味なんかないじゃねーか?」  
そうなのだ。  
先ほどから黙々と宿題をしているオレと優奈。  
しかし、オレが一問解く間に、優奈は軽く三問は解いてしまう。  
もともとオレは勉強が苦手だ。特に数学は天敵と言ってもいい。  
対して、優奈は頭がいい。勉強もできるし機転がきく。  
いや、勉強だけじゃない。こいつは何でも平均以上にこなしやがる。  
オレが勝てるのは運動くらいだが、それだって男女差以外の何物でもないのだ。  
加えて、性格は明るくて人当たりもよく、クラスの連中からの人気もある。  
容姿だって、人並み以上だ。  
皮肉屋気取りで下らない男でしかないオレとこいつの接点なんて、幼なじみであること以外……  
「いいのよ、別に。私が好きでやってるんだから  
 それに、アンタがバカだと私までそう見られるかもしれないんだから」  
優奈の返事は厳しいものだ。  
確かにオレは優奈と一緒にいることが多い。  
今までも、いまいちクラスになじめないオレを助けてくれたことがあるし。  
それでも、そのせいで優奈が迷惑に思うなら。  
(……いっそ、オレのことなんかほっとけばいいのに)  
そんなことを、思ってしまう。  
 
「……よ、ようやく終わった」  
結局、オレが数学との死闘を終わらせたのは、午後4時を回った頃になった。  
優奈が12時過ぎにきたことを考えると、オレはかなり頑張ったらしい  
当たり前だが優奈はとっくに宿題を終わらせ、  
暇そうにしつつもたまにアドバイスをくれたりした。  
「ごくろうさま、よく頑張ったわ」  
優奈がねぎらいの言葉をくれる。……そもそもお前がやらせたんだけどな。  
「いつもこれくらい頑張ればいいのに」  
「無茶言うな、これ以上は本当無理だ」  
「匠ならできるよ」  
「……オレはお前とは違ってバカなんだよ」  
「匠がバカだと私まで同類扱いされるかもしれないじゃない」  
「バカっていう方がバカなんだぞ」  
「どっちなのよ」  
オレと優奈の会話はいつもこんな感じだ。微妙に噛み合わないような、軽口のたたきあいになる。  
さっきは「いっそ離れてしまえ」と思ったけど、しかしオレはこの時間が嫌いじゃない。  
いや、むしろ好きなのだけど。  
それから話は新しいクラスのことに変わった。  
あと数日もしたらオレ達も進級することになる。  
「また、お前とは同じクラスかな」  
「なに、嫌なの?」  
「いや、そういうわけじゃないけどさ」  
さすがに怒涛の11年連続同クラス、ってのはどうなんだろうな。  
ある意味恐怖だよ、これは。  
「まぁでも、新しいクラスで新しい出会いもあるかもね」  
「んー、そういうのは別に……」  
むしろ顔馴染みが揃っていたほうが、個人的には楽だし。  
「ほら、春は出会いの季節っていうじゃない。  
 匠だって、可愛い女の子に告白されたりするかもしれないよ?」「興味ないね」  
そもそも、オレに告白するような物好きがいるわけがない。断言するのもアレだけど。  
「断るの?」  
「当たり前だ。あいにくオレは女は苦手だ」  
「……まさかホモ」  
「ちげーよ!」  
だからオレは人付き合いが苦手だと何度言ったらわかるんだ、お前は。  
 
優奈はふぅん、と何かに納得したしたようにうなずいてから、  
「じゃあ、さ。匠?」  
「ん?」  
「もし私が、匠のことを好き、って言ったら、どうする?」  
……は?  
優奈は少し照れたような、そんな顔でこちらを見ている。  
上目遣いとほんのり朱に染まったほうが、何だかとても可愛いらしい。  
「え、あ、なに、って?」  
「だから、私が匠と付き合いたい、って言ったら、どうするかって」  
優奈が、オレと?  
いやいやいやいや待て待て持て待てちょっと落ち着け優奈がオレを好きだったらだって?  
いやまさかそんなでもこいつオレといつも一緒だしいやいやそんなのただの腐れ縁だし  
そもそもこいつにはオレよりもっとふさわしい奴がけどオレは優奈のことは嫌いじゃないし  
……ここまで一秒。オレの思考は光速を超え地球を15周して後、パンクした。  
「うぁ、いや、それは、そのあの」  
まともな言葉が出てこない。優奈は顔を伏せ、肩を震わせている。  
あぁオレのバカめちゃくちゃ混乱してるから優奈が泣いちまったじゃねぇか。  
ここはビシッと男らしく決めるべきでだけど突然のことで考えがまとまらないし  
「……ぷっ」  
ああどうしようまさかこんな展開は考えてなかった頭が真っ白で困った困っ……て、おい。  
優奈を見る。  
さっさと同じく肩は震えているが、これは泣いているのではなく……?  
「……っあははっ!た、匠、混乱しすぎ〜!」  
思い切り笑われた。何だこれ。  
「ゆ、優奈?何なんだよいったい」  
問いかけるも、優奈は腹を押さえて笑うばかり。「ひーっ!」とか言って床をバンバン叩いている。  
しばらくしてから少し落ち着いた優奈が、笑いすぎて出た涙を指先で拭いながら、  
「匠、今日は何月何日?」  
今日?んなもん四月の……  
「……四月の、一日だな」  
もう一度、優奈を見る。してやったり、って顔付きだ。  
「優奈、てめえ騙したな!?」  
「フフッ、匠ってバカだとは思ってたけど、ここまで単純だとは思わなかったわ」  
また笑いが再発したらしい。オレの部屋に優奈の笑い声が響く。  
あー、くそ、ムカつく!  
オレは部屋を出る。優奈にどこに行くのか聞かれたので、  
「水飲んでくるんだよ!」  
と怒鳴ってしまった。  
くそ、まさかあんな騙され方をするなんて。アイツ絶対演技派だ。  
ついつい本気で受け取ってしまった。まともに考えたオレはまさしくバカだ。  
 
……アレが本当だったらよかったのに。  
 
頭を振る。なに考えてるんだオレは。忘れろ。  
 
「……ふぅ」  
匠が部屋を出ていって、私は一息つく。途端に、自己嫌悪に襲われた。  
「何やってるんだろ、私……」  
今日はエイプリルフール。一年に一度、嘘をついてもいい日。  
地方によっては午前中のみとかの規制があるらしいけど、私には関係ない。  
だって、嘘なら毎日ついてるから。匠と、私自身に対して。  
私は匠が好きだ。それこそずっと昔から。  
匠はいつも引っ込み思案で泣き虫な私を連れて、色々な遊びを教えてくれた。  
今でこそ人付き合いが苦手な彼だけど、昔はたくさん友達がいて、私も輪の中に入れてくれた。  
今の私があるのは匠のおかげで、だからこそ、私も匠の支えになりたいと思った。  
……いや、本当はそうじゃない。  
匠はいつもは無気力だけど、私が本当に困ったときは、今でも力を貸してくれる。  
普段だって、私はいつも匠を悪く言ってしまうのに、匠は普通に接してくれる。  
結局、私が匠から離れられないだけ。私が匠を好きなだけ。  
でも、匠が私をどう思っているかはわからない。  
もし私が匠を好きだと言って、迷惑に思われたらどうしよう。  
もしこの関係が崩れたら。匠が私から離れたら。  
そんなことをいつも考えて。結局私は嘘をついた。  
私にとって、匠はただの幼なじみ。単なる腐れ縁。  
そう考えればとりあえず楽になれたから、私は嘘を重ねていった。  
けど、積もった嘘は私を押し潰しそうで。  
近くても手が届かないこの距離が不安で。  
だから、今日は嘘をつくのを止めようと思った。  
いつも嘘をついてる私だ、今日くらいは本当のことを言ってもいいかもしれない。  
そして結果が、これ。  
結局私は逃げ出して、彼を怒らせるだけになった。  
「……バカだな、私」  
匠のことを言えない。いや、本当は私がバカなだけだ。  
悔しくて、涙が出る。必死にこらえているうちに、何だか眠くなってきた。  
意識が落ちる。最後に映った光景は、さっきの匠の顔だった。  
 
「ほら、優奈。お菓子持ってきたぞー……って」  
部屋に戻ると、優奈が机に突っ伏していた。  
オレが頭を冷やしている間、暇で眠ってしまったのか。  
側により、顔を見る。こいつの寝顔を拝んだのも何年ぶりだろうな。  
髪がかかって顔が少し隠れていたが、やはりきれいな顔立ちをしている。  
細い眉とか、長いまつ毛とか、きれいな鼻筋とか、柔らかそうな唇とか……  
(匠のこと、好きだって言ったら)先ほどの言葉がいきなりよみがえってきた。待て落ち着けオレ。  
「お、おーい。優奈、起きろー」  
とりあえず肩を揺さ振る。これ以上寝ていられたらたぶんオレがもたない。  
優奈は「んー」とか言っているが、起きる気配はない。  
「優奈、起きろー、そろそろ帰れー」  
さっきより激しく揺らす。あ、これだけでもけっこう気が紛れるな。  
「……んー?」  
お、目が覚めたか。  
「優奈、起きたかー?」  
声をかけるとこっちを向いた。まだまぶたが半開きな気もするが、とりあえず起き……  
「……くーたん」  
……って?  
「くーたぁん」  
それは一瞬だった。  
謎の単語を発すると、優奈が突然オレに抱きついてきた。  
不意をうたれたオレはそのまま後ろに倒れこみ、優奈に押し倒される形となる。  
「ゆ、優奈、ちょ、ま」  
「くーたん……くーたん……」  
どうやらまだ寝ぼけているらしい。オレをぬいぐるみか何かと勘違いして……  
「ってバカ、抱きしめるな、な、なんか当たってるから」  
ほら、胸のあたりにこう、柔らかいものが……って本当に勘弁して!?  
さっきの優奈の嘘が効いている。  
変に意識したうえ、こんなことまでされて、オレはもうパニックだった。  
「優奈、お、起きろ、頼むから起きろー!」  
「……たくみ、好きー」  
……え  
一瞬、完全に固まった。さっきと似たパターンだが、これは。  
「ゆ、優奈……?」  
おそるおそる顔を覗く。優奈は幸せそうな顔で、すぅすぅと可愛い寝息をたてている。  
「狸寝入り……じゃ、ないよなぁ?」  
それとも夢の中でもこいつは嘘をついているのか。  
もうオレには何が何だか……  
「くーたぁん……」  
……優奈、お前な。  
相変わらずぬいぐるみ(?)の名前を呼ぶ優奈に、オレは思わず苦笑する。  
「まぁ、いいか」  
優奈の言葉が嘘かどうかは、所詮オレにはわからない。  
オレの気持ちも、今はまだわからない。  
まぁけど、今のところ言えることはさ、こうしている今この瞬間は嘘でも何でもなくて、  
「たまにはこんなのも、悪くないかもな」  
って思ったことだけだ。  
ちょっとだけ優奈を抱きしめながら、オレも目を閉じた。  
 
 
余談。  
 
あのあとしばらくしてから目を覚ました優奈にめっちゃ叩かれた。  
「変なことしてないでしょうね!?」と聞かれたので、  
正直に「くーたんと間違われました」って言ったせいだろうかね。  
そうそう、オレも飛びっきりのネタを用意してやった。  
騙されっぱなしは気にいらないからな。  
「優奈」  
「何よ」  
「実はオレ、本当は寝てるお前に落書きした」  
「はぁ?」  
「早く洗面所行け、その顔は親に見られたくないだろ?」  
「ば、バカ、何してるのよ!」  
慌てて洗面所に向かう優奈。  
バカめ、見事に騙されおって。落書きなんぞどこにもない!  
よし、これでオレの勝ちだ。  
 
 
2分後、飛び蹴りを食らった。なぜだ。  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!