「おかえりー、遅かったねー。どしたの?帰宅部期待のエースのヒロちゃんがこんな時間まで」
時刻はもうすぐ5時をまわる。陽も沈む頃だ。
「それよりなぜお前がここにいるか、ということを問いたい。
答えろ姫、いや岡崎姫華」
おかえり、と言われたがここは俺の部屋で。当然俺に連絡もなしに他人がいるわけもなく。
しかし目の前では俺の幼馴染みであるところの女子高生がいて、俺が買ったばかりの大作RPGの新作を勝手に自分のデータを作成してプレイしているばかりか、俺の買い置きのスナック菓子まで食っている。
「帰ってきてー、暇だからヒロちゃんち遊びに来たんだけど、おばさんがまだ帰ってきてないって、
部屋に上がって待ってていいわよー、って言われたから!」
「そこまではいい。だがなぜ君は俺のゲームを勝手にプレイし、俺の菓子を勝手に食らい、あまつさえなぜそんなにくつろいでいるのかね!?」
「それはだね、山野貴弘くん、面白そうだったからだよ。おいしそうだったからだよ。とっても居心地が良かったからだよ!」
「理由になってねえっ!」
「えー、じゃあゲームやっていいー?お菓子食べていいー?ベッドでごろごろしていいー?」
「事後承諾で済んだら警察と弁護士はいらんですよ?」
「けちー。いいじゃないかボクとヒロちゃんの仲なんだしぃー。」
「ぐっ、この女は…まあいい、終わったらすぐ帰れよ。」
「えー?今日はヒロちゃんちでご飯食べていこうと思ってたんだけどー?」
くっ、どこまでわがままなんだ。うちの親が姫に甘いのを知ってか知らずか。
だがさすがにこれに屈するわけにはいかん。
「今日はやめてくれ、俺は一人で考えたいことがあるんだ。」
「えー?めっずらしー!どうしたの…ってそういえば、
さっきの質問だけど、今日なんかあったの?」
「え?…いやまあその、なんていうかだな、えと…告白、されたんだ。クラスの女子に。」
「へっ?」
「………」
恥ずかしい。なんで言っちゃったんだ俺。
「えと、こくはくされたって、ヒロちゃんがだよね。ヒロちゃんが、クラスのおんなのこに。」
「まあ、うん、そう。合ってる。」
「ヒ、ヒロちゃんのばかやろー!!」
「ええっ!?」
なんだどうした何が起きた?どうして姫が怒るんだ!?
「ななななんでいきなり、ボクに断りもなくこくはくなんてされてるんだよう!」
「俺が告られんのに姫の許可がいるのかっ!?」
「ちがっ、そーじゃなくて!この…ヒロちゃんのばかやろー!」
突然怒りだした姫が、コントローラとか漫画とかCDとか、そのへんの物を投げ付けてくる。
マズい!いろいろマズい!
「バカはお前だ!やめろ!いてっ、ちょ、本当にやめろ!どうした!?落ち着け!」
「これが落ち着いていられるかー!」
姫の攻撃を受けながら、ベッドの上の彼女に近付き、とにかくやめさせようとする。
そしてついに姫の腕をとり、押さえ付けることに成功する。そして気付く。
ベッドの上で、女の子の腕を押さえ付けて、上に覆いかぶさっている。これじゃまるで、
「ヒロちゃ…っ」
潤んだ瞳なんかするな。本当に押し倒したみたいじゃないか。
いや結果的にはそうだがけしてそういう目的じゃなくてだな…
「い、いきなりどうしたんだ。そんな、暴れるような理由が俺には見当たらないぞ…」
再び襲われないように、腕を押さえながら彼女に問う。
「だ、だって…ひっく、ぇぐ…ヒロちゃんが、こくはくされた、って。
一人で、考えたいってことは、ひっく、悩む程度には、かわいい子で、」
泣き出しちまった。もうどうすればいいのか…
「それで、ヒロちゃんが、ぇぐ、オッケーしちゃったら、付き合うってことで、
つまり、ヒロちゃんに、彼女、ができるってことで…ぐすっ、彼氏と彼女は、でーととか、き…きすとかっ、せせせ…せっくすとか、するものだから」
「お前、何を…」
「でーとも、きすも、せっくすも…ヒロちゃんの隣にいるのはボクじゃなくて、知らない女の子で…
そんなの、ボクは嫌だから!堪えられないから!
ヒロちゃんの隣がボクじゃないのは、ボクの隣にヒロちゃんがいないのは、嫌だから!ボクもヒロちゃんのこと、大好きだから!」
えーと、これは…告白されてるんだよな?
それもかなり切羽詰まった感じの。
「バ、バカ。誰がオッケーするなんて言ったんだよ。
向こうが一生懸命告白したのに、その場で返事なんかしたら理不尽で、かわいそうだと思ったからだよ。
だから、一日考えさせてくれって。
確かにまあ…ちょっとはかわいかったけど、そんなの関係ない。
それをお前は、勘違いして、怒って、告白までしちゃって。ムードもなんもないぞ。」
「だって、ヒロちゃんが遠い人になっちゃうと思ったから…違う人のものになっちゃうと思ったから…」
「ならねえよ。本当は、その…告白された時、昔から知ってる顔が、ふと浮かんだんだよ。ちっちゃくてわがままで泣き虫で…すごく、かわいい子の顔が…」
「そ、それってつまり、」
「最後まで言わせてくれ。
姫に泣かれるまで気付かなかったなんて情けないけど、俺も気付いたんだ。
姫華、俺もずっと好きだった。付き合ってくれ。」
「ヒロちゃん…嬉しい。ずっとこうなりたかった。
ずっとヒロちゃんの彼女になりたかった。ヒロちゃんとずっと一緒がよかった。
ありがとう…ヒロちゃん。」
彼女が目を閉じる。
ああ、わかってる。彼氏彼女がすることは、そう。
「怖くない?」
「大丈夫、ヒロちゃんに全部任せるから。」
そして、淡いくちづけを交わす。
一瞬触れるだけ、そんな二人のファーストキス。