「よ、よぉ」  
「?」  
朝、アパートを出るとセーラー服姿の女子学生が声を掛けてきた。知らない顔だ。  
腰まで届く長い髪に、きりりとした太い眉。少しキツ目の美少女だったが、  
地に付きそうなロングスカートを見るかぎり、不良学生以外考えられなかった。  
「お、お前。あれだよな、妻鹿恵一だよな」  
誰がアレだ。ちょっとムッとしたが、それは抑えて返答する。  
「確かに俺は妻鹿だが、誰だお前?」  
「あー、オレはホラ、姉小路、姉小路早苗ってんだ」  
「あーハイハイ姉小路というと寂びれた漁港だったこのS県S市にでっかい工場建ててくれた  
住民の半数は工場で働かせていただいて残りの半数も何らかの恩恵を受けています身内の方  
ですかどうもありがとうございます」  
「ちょっ、ちょっと落ち着け」  
う、確かに焦ってたようだ。あんな甲高い声が出るなんて。近所に聞こえてないだろうな。  
姉小路化学工業現社長、姉小路龍一。それが俺の親父の名前。妻鹿姓を名乗っているのは俺が妾の子だからだ。  
そのことを母さんから打ち明けられたのは高校合格を決めてからだった。  
本妻が乗り込んできてスッパリ別れさせられたとか言っていたけど、じゃあ、何しに来たんだ?この女。  
考えてても埒があかない。目の前にいるんだし、直接聞いてみることにした。  
「悪いけど、学校遅れるんで話があるなら、また今度にしてくれない」  
面倒なことに巻き込まれてもなんなので聞くのは心の中でだけにしておいたが。  
「ああ、オレも学校があるから放課後また来るわ。4時半にはこれると思う」  
彼女はそう言ってスクーターでベケベケと帰っていった。  
無理やり用事を作って下校時間ギリギリまで学校に居残ったのは言うまでも無い。  
無論、彼女が7時を過ぎてもアパートの玄関前で待ってたことも。  
 
「どうしても、俺と話がしたいみたいだな」  
「こっちだって覚悟してきたんだ。今更引き下がれるか」  
最寄りの自販機前、声を潜めて言い合う2人。コーヒーは俺の奢りだ。  
「そもそも、お前誰だ」  
「えーと、どこから話したものか」  
「うちが母子家庭の理由は知ってるぞ」  
「そっかぁ、じゃあ、これだけ言えばいいかな。オレは姉小路龍一の娘だ」  
「・・・まぁ、薄々感づいていたけどな。そういえば、スクーター乗ってたよな。俺、15歳、高一」  
「17歳、高三」  
「じゃあ、生き別れの姉さん?」  
「そもそも会ったこと無いのに別れるってのも変な言い回しだよな」  
「じゃあ、腹違いの姉さん?インパクトに欠けるような」  
「何の話だよ。それよりお前ちょっと変だぞ」  
「なにが?」  
「なんというか、もっとこう、弟の在りようというか、タメ口はよせというか、可愛げが無いと言うか  
お姉ちゃんの言うことならなんでもきくというか」  
「あー、あー、遺産相続の件ね。相続権ならとっくに破棄してると思うけど」  
「いや、親父元気だし、って何の話だよ」  
「言うこときくって、それくらいしか思いつかないんだが、俺達母子のこと放っといてくれるなら3つ言うこと聞いてもいいぞ」  
「3つって、ランプの精かよ。母子つっても、お袋東京に置いて帰ってきたくせに」  
「あれ、何で知ってるの」  
「興信所に調べてもらったんだよ、親父がだけどな」  
「妾の子ばかり気にかけてる親父ってのも辛いよな。愛に飢えてグレた口か?」  
「飢えてねぇよ!お前こそ、どうせ初恋の娘に合いたいとか下らない理由で帰ってきたんだろ」  
「・・・傷口に塩を塗るようなマネはお互い止めような」  
「図星か・・・」  
 
「で、結局何しに来たんだ」  
「まぁ、その、なんだ、ちょっと頼みがあるんだけど」  
「だから肉親同士の金銭をめぐったドロドロのトラブルに巻き込まれるくらいならきいてやるって言ってるだろ」  
「まぁ、オレの頼みってのはもっとこうさわやかというか、青春というか、いい女=男がいるというか、  
男がいない=2級女子高生というか、つい見栄はったというか・・・」  
「つまり、俺に恋人のフリをしろと」  
「それだ!」  
パッと輝くような笑顔を見せる、見せる・・・誰だ?  
「あー、姉さん、姉さん。俺、姉さんの名前聞いたっけ?」  
「姉小路早苗。名乗ったはずだけど。あとタメ口はやめろって」  
そうそう、早苗さん、早苗さん。メモっとこ、って荷物部屋に置いてきたんだっけか。  
「ん、んん。あ、早苗さん、こんなとこで長話もなんだしアパートに戻ろうか」  
「そもそも、何でこんなところに連れ出したんだ」  
「いやぁ、あはははは・・・」  
 
「・・・童貞100人切りしたら英雄と言うか、処女=3級レディースというか・・・」  
部屋に戻って詳しい話きいてたはずがだんだん愚痴になっていく。何故?  
「・・・女3人寄れば猥談が始まるというか、猥談の描写で男性経験の有無がばれるというか・・・」  
テーブルに突っ伏して愚痴る早苗さん。と思いきや突如立ち上がりテーブルに片足を載せて叫ぶ。  
「オレだって猥談に混じりたいんだよ!それをちょっと経験が無いからって魔女裁判みたいに!」  
うわ、何てこと言ってんだ。下の部屋、大家さんが住んでるんだぞ。  
「落ち着いて、落ち着いて早苗さん」  
「あ・・・」  
我に帰ったか、真っ赤になって急いで座り込む。急ぎすぎて、スカートがついていかず空気をはらんで大きくまくれ上がる。  
あ、パンツ見えた。グレー?  
「見たな!」  
「いいえ、見てません」  
キッパリと否定してみる。  
早苗さんがちょっと考える素振りをしてから、座ったままツツツとスカートを上げる。  
「見たか?」  
「膝下見せてどうしろと」  
さらに上がる。  
「どうだ、嬉しいか」  
「足細いのは分かりました」  
「やはりパンツか」  
「というかチラリズム」  
「ほ〜」  
軽蔑のまなざしをこちらへ向けながらセーラー服の胸当てを取りはずす早苗さん。  
「じゃあ、あんたこんなのが好きなの」  
冷ややかな声を発しつつ、上体を倒してくる。胸当てが除かれて大きく開いたV字ラインから胸の谷間が覗き込む。  
と同時に首の付け根から頬へと指先を這わせてくる。触れるか触れないかの感触が背筋をゾクリとさせる。  
自然に顔が早苗さんの方へ向く。考えてみれば女の子とこれだけ急接近したのは小学生低学年以来か。  
でも視線だけは胸の谷間にいったりして。  
「こ、このスケベ野郎!」  
 
 
こうして、あわただしい1日はオレの頬に真っ赤な手形を残し過ぎていったのだった。  
早苗さんの方から仕掛けてきたのに、っていうかあの女ホントに姉小路龍一の娘だったのか?  
ええい、腹いせに自家発電のネタにしてやるぅぅぅ!  
 
そして、再び彼女が襲来してくるまで一週間、妻鹿恵一は実姉をネタに自家発電するのでした。  
めでたくもあり、めでたくもなし。  
 
おしまい。  
 

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