きょう、ぼくは先生に呼び出された。  
この春に中学生になって、何度目だろうか。ぼくの尻尾の元気がないのはこのためかな。  
ぼくは今、担任の石見先生の前に立たされて、お説教を食らっている。  
石見先生は、椅子に座ってぼくを呆れたような目つきで叱り飛ばす。  
 
「橘くん?どうしてあなたは、すぐ教室を飛び出しちゃうの?」  
このあいだ、校庭に野良犬が入り込み、授業中なのにぼくは窓から飛び出していったのだ。  
ぼくの鼻は良く効く。嗅ぎたくなくても、校庭にかわいい女の子のわんこが入ってきたら  
そりゃぼくじゃなくたって、ケモノだったら走るでしょ。オスだったら追っかけるでしょ。  
なのに、石見先生はわかっちゃくれない。  
 
「あの…その…春なもんで…へへへ」  
「橘くん!ふざけないで下さい!」  
先生がぼくの方に顔を向けるたびに、栗色のくせっ毛セミロングがふわりと揺れる。  
その度、先生のいい香りが、まるで舞い落ちる桜の花びらのようにぼくをフワフワと包む。  
しかし、イヌミミは不機嫌そうにそっぽを向いている。  
ああ、またドキドキしてきたよ…。オトナに惑わされている、ぼく。  
でも、石見先生の机の上は、まるで子供の机のようだ。  
イヌのぬいぐるみに、イヌの写真。イヌの椅子カバーにイヌの絵のマグカップ。  
本当に仕事場の机なのか、いささか疑問に思う。  
 
(年上の女の人って、いい匂いだな…)  
そんなぼくの不真面目さがばれたのか、石見先生はぼくに吠える。  
「橘くん!ちゃんとお話を聞いて下さい!」  
まるで、学級委員長のような先生だ。『聞いて下さい』だって。  
格好は図書委員の方が似合ってるかも。先生のメガネがきらりと光る。  
 
ようやく、ぼくは石見先生から解放され、職員室から出ると、入り口で幼馴染みのアスミが待っていた。  
 
「ふふふ。またハルは、石見ちゃんとラブラブお説教?」  
「なんだよ、ソレ」  
アスミは、スクールバッグを後ろ手で持ち、ぼくに擦り寄るようにからかって来た。  
彼女はごく普通の女の子。ほどほどに元気で明るく、ほどほどに成績もいいし、  
ほどほどの可愛らしさを兼ね備えた『ほどほど中学生』。  
ぼくにも、そんな『ほどほど』が欲しいのだが、あいにくぼくはイヌの『ケモノ系』。  
どう見ても、普通なんかありえっこない。クラスでも、学校でも僕しかこんなやつはいない。  
 
そんな、ぼくにアスミは子犬のように絡みつく。  
「ハルって、年上好きでしょ?」  
「ち、違うよ!!」  
「わたしも頑張って背伸びしちゃおっかなあ…『ハルくん、お姉さんが教えてあげる』ってね」  
アスミは一体、何を考えているんだろう。と、一人で俯いていると  
「ふっ!!」  
ぼくのイヌミミに暖かい息が?  
「へへへ、プチいじめだよ。もっとしてあげようか?」  
「もう…やめてよ…」  
「それは『もっとやって下さい。お姉ちゃん』ってこと?」  
「…やめてよ…もう」  
相も変わらずアスミはニコニコと笑っている。なにしろ、ぼくの秘密を知っているのはアスミだけ。  
 
「ごめん!先に帰る!」  
ぼくは、アスミから逃げるように駆けだす。  
「ハル!」  
これが、ぼくの精一杯の反抗。アスミ、ごめんよお。  
 
帰り道、石見先生が校庭にいるのを見つけた。人目を気にするように、こそこそと何かをしている。  
なんだろう。先生の癖に、隠し事をするのはいけないと思う。  
なにか秘密があるに違いない。石見先生をじっと観察する。よしっ、暴いてやるぞ。  
しばらくすると石見先生は、何かをあやすように喋り出した。  
 
「ほら、いい子だからね、よしよし」  
優しく子供を諭すような石見先生。校舎の隅から出てきたのは、この間校庭に現れたイヌ。  
「わん!」  
「しーっ!いい子だから、静かにね」  
なんと、石見先生は、学校でイヌを飼っていたのだ。  
そのイヌは、尻尾をブンブン振って石見先生に甘えている。きっと、結構長く飼ってるんだろう。  
そのわんこが授業中現れて、ぼくが追いかけたお陰で、お説教を食らったのだ。  
ちくしょう、仕返ししてやる。  
 
「石見先生!」  
「!!」  
「先生…。見ちゃいましたよお…」  
後ろから不意を付き、石見先生を冷ややかな目で見つめる。  
先生は、ちょっと困った顔をしている。その顔も、オトナの色香でいっぱい。  
 
石見先生は、怯えた子猫のように小さくなっている。  
ふふふ、これで先生の尻尾を握ったも同然。ぼくは、先生に勝った!  
「…橘くん。これ、絶対内緒だよ…」  
「もちろんですとも!」  
 
先生のわんこは、状況も分からず尻尾を振っている。  
「じゃあ、わたしも橘くんのヒミツを握っちゃおうかな」  
え?ぼく、脅されてるの?ぼくが、隠すようなヒミツなんか…知らないはずだぞ。うん。  
「ふふふ。一緒にヒミツを作るんだよ。橘くん」  
校舎からは、下校のチャイムが鳴っている。ぼくらの顔を夕日が赤く染める。  
 
「一緒に、帰らない?」  
石見先生は、『先生』と言うより、『お姉さん』と言う感じでぼくを見つめている。  
「は、はい」  
「じゃあ、駅に向かいましょ」  
石見先生がすこし怖くなったぼくは、言う事に従う。  
 
ぼくの腕を掴み、くるりと先生は回る。オトナの女性の二の腕が、ぼくの腕に絡まる。  
思ったより、ニンゲンの腕って柔らかいんだな…。  
まるで、デートのようにニコニコ顔の石見先生。お説教していたときの顔とは、えらい違い。  
ぼくの腕に、石見先生の結構大きなおっぱいが当たる。ぼくには、刺激が強すぎる…。  
 
最寄り駅に到着。学生達は多いが、ぼくのようにオトナの人と、腕を組んでる人は誰一人いない。  
しかし、石見先生はそんなことお構いなしだ。  
マイペースな先生に手を引かれ、ホームへ。タイミングよく、列車が滑り込む。  
 
車内では、石見先生がはしゃいでいる。なんだか、みっともない。  
「橘くん。ここあいているよ!」  
少し込み始めた車内は、丁度二人分の座る余裕があった。ぼくと、石見先生は隣同士に座る。  
なんだろう、ぼくの左太ももが先生と隣り合わせ。甘い香りがぼくを左から包み込んでいる。  
いつもの香りと違うな…今日は、イチゴの香りがする。  
「橘くんは、外とか見ないの?ほら、いっぱい自動車が走ってるよ」  
「ぼ、ぼくは、そんなおこちゃまじゃありません!」  
ガタゴトと揺れる車内は、いつも乗る電車より暑く感じる。  
 
15分ほど電車に揺られ、目的の駅に到着。あたりは少し薄暗い。  
「どこにいくんですか?先生」  
「えへへっ。もうすぐよ」  
よくある住宅街を5分ほど歩くと、とある古いアパートの前で石見先生は、歩みを止める。  
そのアパートは、見た感じ築30年という位か。壁に這っている、蔦のような植物が歴史を刻んでいた。  
 
「先生…ここ?」  
「私のうちよ。一緒に入りましょう」  
石見先生はぼくの手をグイっと引っ張り、古いアパートに連れ込む。階段がギシギシと声を上げてぼくらを歓迎している。  
 
『201号室・石見』  
先生の部屋だ。薄い扉を開けると、部屋はイヌグッズでいっぱい。  
ぬいぐるみ、ポスター、テーブル、クッション、カーテンetc。兎に角、イヌイヌイヌで埋め尽くされている。  
 
「先生、イヌ好きなんですか?」  
「ふふふ」  
石見先生は、笑っているだけだった。  
いでたちはロングスカートにカーデガンという石見先生。どちらかと言うと地味な先生。  
そんな、先生に騙された。  
 
「やっと、わたしのコレクションの完成ね」  
「コレクション?」  
「先生の家はアパートでしょ?だから動物は飼えないのね。でも、橘くんに会えて良かったって思うのね」  
きれいなお姉さんがするように石見先生は、メガネを人差し指でツンと上げながら、ささやく。  
恐ろしい事に、石見先生の目は、授業中でも見せたことのないくらい真剣な目だった。  
 
「ほら、これでわたしの『イヌコレクション』の完成よ。橘ハルくん、ようこそ」  
と言いながら、バッグから取り出した、ホネのペンダントの付いた首輪をぼくの頸に付ける。  
「せ、先生!」  
「わたし、ハルくんと一緒にいられるなら、先生なんか捨てちゃってもいいわ!」  
石見先生は、ぼくをいきなり抱きしめて、ぼくのにおいを楽しむように嗅ぎ出した。  
 
「ハルくんが、二度と逃げられないようにしちゃうよ…」  
「せんせ…」  
ぼくの声を遮るように、石見先生の舌がぼくの口を塞ぐ。  
あまい…。  
とろけそうだ。  
さらに石見先生は、ぼくの口の周りに舌を這わせる。  
 
石見先生の髪がぼくの口にチロっと入る。気のせいだろうか、電車の中での匂いと違う、甘い味がした。  
そのまま石見先生は、ぼくを押し倒してピレネー犬のクッションにぼくを埋める。  
いつの間にか、石見先生は、丁度ぼくの股間の位置に頬を摺り寄せていた。  
 
「…かわいい」  
授業では絶対出さないような甘い声は、ぼくのイヌミミを狂わせるには十分すぎる。  
制服のズボン越しに、石見先生はキスをしてきた。  
「コレだけでおっきくなるなんて、ホント橘くんは、イヤらしい子ね」  
違う。イヤらしいのは先生だ。と言いたかったが、石見先生は、問答無用にぼくのズボンをひき下ろす。  
「おぱんつが濡れてるよ」  
両方の人差し指でじりじりと、パンツを下ろす石見先生。一瞬、目が合ったが、恥ずかしくなってぼくは反射的に目を閉じる。  
 
「1年2組出席番号13番。橘ハルくん、今日も元気いっぱいね」  
急に、腰の辺りが寒くなった。ぼくは下半身丸出し。  
わああ、先生見ないで!  
ぼくは、慌ててぼくのわんこを手で隠し、後ろを向けて縮こまろうとしたが、  
ぎゅっと尻尾を引っ張られて、元の仰向けにされてしまった。  
 
「ほら、上のシャツも脱がなきゃだめでしょ。この甘えんぼさん」  
石見先生が、僕のシャツのボタンを外すたびに、石見先生の前髪がぼくのお腹をなぞる。  
 
まっ裸にされたぼくに石見先生は、ぼくの大きくなったわんこを『チョキ』の鋏で摘み、小刻みに動かす。  
そんなに大きい動きでないのに、どうしてこんなに背筋が凍るほど感じるんだろう。  
イヤらしい透明なハチミツが、ぼくのわんこの先っちょからトロトロっと湧き出している。その様子を石見先生は、お預けされたイヌのように見ている。  
 
「ね、先生に『おあずけ』って言ってごらん」  
「…なんですか…それ…」  
「先生の言う事聞けないの?『おあずけ』っていってごらんなさい」  
「お…おあず…け」  
「だめ、待てない。先生は悪いわんこね。たちば…いや、ハルくん。わたしにお仕置きしてちょうだい」  
 
ううっ。石見先生は、ぼくの固くなったわんこをぱくっと咥えている。うう…。  
ぼくのわんこの先がヌルヌルする。石見先生の頭がゆっくり動く。その度にぼくは、初めて出すような声を出す。  
「うう…はあ!くうん!くうん!」  
「先生ね、ずっと26年間待ってたのよ。こんなにかわいいわんこが、お家にやって来るのをね。  
わたしの初めての人は、やっぱりわんこじゃなきゃダメって、ずっと決めてたんだから。逃がさないよ」  
いつも間にかに石見先生は、ティッシュを用意していた。  
ビーグル犬のティッシュカバーがかわいい。その横には…ゴムって言うのかな。初めて見るな。  
 
さらに、ぼくのわんこを舌でペロペロと舐めながら、ぼくの良い子の部分を壊そうとする。  
栗色の髪が、僕のお腹にかかりくすぐったい。  
 
ぴゅっ!!  
 
ぼくのわんこから、何かが抜けていくのが分かる。…きっと、白いおもらしだ。  
ある種の罪悪感が、ぼくにのしかかる。  
お母さん、ごめんなさい。ぼくは、悪い子になってしまいました。  
 
石見先生は、口を押さえながら起き上がり、二、三枚ティッシュを取り出し、  
口と舌で搾り取った、ぼくの白いおもらしを吐き出す。  
べた付きでイヤらしく光る、石見先生の口元は、もはや教師ではない。  
 
「男の子の味って、こんな味なんだね。ハルくん、これから一緒にワンワンしようね」  
ティッシュの横にあったゴムを石見先生は取り出すと、ちょっと光る口で袋を開ける。  
中から出てきたのは、先っちょがイヌの頭になっている、えっちな『ゴム』だ。  
 
「今日のために、ネットで買ってきたんだから。ドキドキしてきたな。  
さ、ハルくん。お口でね、つけてあげるね。じっとしててね」  
と、ぼくのあごを人差し指でなでながら、ゴムのわんこの先っちょをバナナのように咥える。  
ところが、ぼくは、それどころでない。ぼくのイヌミミがぴくりと動き出す。  
やっぱり!アレがやってくる!  
 
「うーん!うーん!」  
「大丈夫?ハルくん?」  
ぼくは寝転んだまま、うなり出した。石見先生は、すこし心配そう。  
 
ぼくの体が、熱くなりだし立ち上がろうとしても二本足で支えきれなくなった。  
今までよりも毛深くなり、声も人間の物ではない。牙が切り裂くだけのものに変身する。  
『ケモノ系』というより、まさしくケモノの姿。  
「わん!」  
完璧に、ただのイヌにぼくは、成り変った。  
信じられないように石見先生は、マネキンのように固まったまま。  
 
ぼくら『ケモノ系』が獣人の姿になっているのは、繁殖の為。  
獣のままだと、獣同士でしか交配できないが、この姿の方が、ケモノとヒトと、  
ケモノと獣と言うように、交配するフィールドが増えるのだ。  
しかし、一旦射精すると、ぼくらはケモノの姿に戻り、しばらくは『ケモノ系』には戻れない。  
 
(ふう、この姿の方が、楽だもんなあ)  
「ハルくん!ハルくん?どうしたの?」  
柴犬のクッションを握り締めたまま先生は、震えているのが見える。  
先生はもちろん、その事を知らない。というより、知っているのはごくわずかな人間。  
その名は…。  
 
それはさておき、イヌの姿になってしまったぼく。  
石見先生がびっくりしているうちに逃げ出さなければ、今度は何をされるか分からない。  
「わんわん!!」  
ぼくは、窓に向かって駆け出す。咄嗟に出た行動だった。  
窓に体当たりしたぼくは、安アパートの薄っぺらなガラスを突き破り、月の輝く夜空へと体を宙返りさせた。  
ガラスの破片が、キラキラと月の光を受けて輝く。まるで、魔法に掛けられたみたい。  
きれいな光の雨を見ながらぼくは、アパートの庭の生垣にドサッと落っこちた。  
 
「ハルくん!!待って!!」  
ぶっ壊れた窓から、石見先生の声が聞こえる。  
石見先生の目には、満月をバックにぼくが飛んでるシルエットが映ったんだろうな…。  
ぼくは、一目散に家へ走った。  
 

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