「やってられないよー。なんで僕がこんなところに……」
地方の田舎の一角にその寺「空天寺」はあった。さほど有名でもないが、地元の人間には重宝されている。昔から僧侶たちの一族が住む場所だ。
ほどよく古びた屋根や木の壁は雰囲気をよく出しており、また寺で大事に補完されている仏像は数百年も前から伝わったとされる由緒正しいものだ。
そんな誇りと伝統が彩る場所に、似つかわしくない格好をした青年が一人で管を巻いていた。都会風の髪型を身に付け、流行にそった眼鏡をした青年だったが、今は必死に雑巾を手にもち掃除を繰り返している。
とても僧侶とは思えず、また言葉遣いもそれほど良くは無かった。彼自身、このような行為を好きでやっているわけではなかったが、そばにいる青年よりも年長の男性にしっかりと見られているためどうしようもなかった。
「愚痴を言うな。私はお前の父から、じっくりと精神修行させてくれと頼まれたんだ。かならず鍛え上げてやるぞ」
そばにいた男性が、この寺の住職だった。大柄で二メートルはあろうかと思うほどの大男だった。体中にも筋肉が張っており、逆らっても目の前にいる青年などひとひねりに会うのは間違いない。
(くっそ〜)
青年の東高志はもとはこの寺に来る予定などなく、本来ならば楽しく彼女といっしょに休みを楽しむ予定だった。
しかしあまりにも都市部で勉強をそっちのけにして遊びすぎた報いが着たのか、父親によって一時親戚の家に預けられたのだった。
高志ももちろん反論しようとしたが、金を全て親に出されている状態ではとても説得力などもてずあえなく休みをここでつぶす羽目になってしまった。
田舎ということもあり、気分が腐っていて寝て暮らそうかとも考えていたが、そうは親戚の住職も許してくれず毎日労働に借り出されている。
今日もあえなく本堂の掃除に行かされ汗水たらしながら、必死に床をこすりあげるのだった。
「お父さん、これどこにおけばいいの? 」
住職に声をかけたのは、いとこの平沼彩だ。両手に古い文献をいくつももって、よたよたとバランスの悪い歩き方をしながらやってきた。丸く厚い眼鏡が、まるでどこかの委員長だというような感じにさせる。
同い年だが子供のころ数回あっただけのいとこであり、会ったときも初対面したと思ったほどだ。それに父親の血を受け継いでいるとは思えないほど、やわらかでふっくらとした体つきをしており体の方もなかなか発達している。
細長い目にアイシャドーや化粧でも施せば、十分にモデルと言ってもおかしくないような容姿になると高志は感じた。
「ああ、それは物置の方に閉まっておいてくれ」
「わかった。高志さん、お疲れ様。頑張って」
「あ、ありがとう。……僕、頑張るよ」
彩の暖かい呼びかけに思わず心が緩んでくるようだった。しかし喜びも長くは続かない。
「ほら、何休んどるか! さっさと動かんか!! 」
たちまち住職の激が飛んでくる。慌てて高志はふたたび痛い腰を我慢して、雑巾を握り走り出していった。
「あー、痛い。体中が悲鳴をあげてるよ」
高志の鳴きそうな声が夜の本堂に響く。目の前では金色の仏像がにっこりと笑顔を見せていた。
しかしめでたい仏像の笑顔も、いまの高志には何の慰めにもならない。絶えず襲ってくる体中の痛みと、本堂に吹いてくる風の寒さに必死に耐えていた。
「大丈夫ですか? つらいでしょう」
大きく向かい合うように作られた入り口を開けて、誰かが入ってくる。目に飛び込んできた、彩の姿だった。今は白い頭巾もかぶってなく、短く切った黒髪が見える。
手には、湯気がうっすらとたっている暖かそうな皿を持っていた。中身はラップに覆われていて、高志からは良く見えない。
「これ、おにぎりです。作ってきました」
「ああ、ありがと。……くっ、なかなか最近動いてないからつらくて」
痛む体を抑えつつ、ゆっくりと手を伸ばす。先にはやさしげな手で握られたと思われるおにぎりがあり、それを掴むと一気に口の中へと放り込んでいった。
口の中ではノリと中に入っていた梅干、それに塩の味がほどよく混ざっており、実に味わい深く美味しかった。
彩の母親は今では他界しているといい、彩が今まで母親代わりに料理や洗濯を勉強してきたのだ。それだけに熟練した腕前がある。
「うん、美味しいよ。最高だ! 」
「そうですか。ありがとうございます」
彩は料理の腕を褒められて、ほほを真っ赤にして照れていた。おにぎりに大げさだという気持ちもあったが、なにより高志に喜んでもらえたのは嬉しかった。
しばし高志と彩は食事に舌鼓を打っていたが、やがて昼に比べて人の気配がないことに気が付いた。
この寺では少数の僧侶がいっしょに暮らしており、かならずだれかが出かけても人が残っており、誰もいないということは考えられない。
「どうしたの? 彩ちゃん、そういえば叔父さんとかは? 」
「……あ、そういえば言うのを忘れてました。今日と明日、宗派の集いがあるんですよ。ですからお弟子さんから他の方まで、みなさん、そこへ行ってしまって誰もいなくなるんです」
「だから昼はあんなに厳しかったんだ。たった数日あえないぐらいで、あんなに指導しなくても怠けないのに」
そういって愚痴をこぼした。しかし叔父からすれば、遊びに遊んでいた高志を簡単に信用できるはずがない。あの程度で住んだのは、高志にとってありがたいと思うべきことだ。
しかし考え終わって、いきなり大切なことに気が付いた。
(じゃあ、俺と彩ちゃんが二人っきりなんだ……)
女性と一夜を伴にすることは遊び人の高志にはよくよくあることでは会ったが、それでも夜の数時間だけで、数日をいっしょに暮らすことはない。また恋人といっても体や金銭的な付き合いも多く、本当の意味での女性の扱い方を高志は知らなかった。
(でも問題ないか。いとこなんだから)
慌てて自分の考えを打ち消そうと必死になる。いくら可愛い子だといっていても、まさか叔父の子に手を出せるわけが無い。不思議そうな顔をする彼女に、高志は冷や汗を流しながら、ただ笑っていた。
「ううん、寝付けないな」
高志は布団の中でふいに目を覚ました。寺の夜は以外とさむく、夏だというのに意外にも風が吹いてくる。
近くに風を受けやすい土地柄と言われているためだが、どうにも二人きりという言葉が頭を離れずそのせいで眠れなかった。
となりの部屋には彩が眠っており、ふすま一枚で隔てられていた。年頃の女性が、いくら親族といえども、すぐ横に寝ていれば流石に心臓の鼓動も早くなってくる。
しかし彼女はそんな高志の焦りなどまるで感じていないに違いない。高志はふと、意地悪のような気になる気分になって、彼女の部屋をのぞいてみたくなった。
彼女の部屋をまだ一度も見たことが無かったのだ。思い立ったらすぐに、というのが高志の信条で、布団から抜け出すと畳をはっていきふすまに手をかけた。
そうしてふすまをゆっくりと開けていく。こういった家具にたいしては、大切な扱い方をされているのか、音などひとつもたたなかった。そのおかげで気づかれずに相手を見ることが出来る。
「彩ちゃんは……うわっ」
思わず体をのけぞって驚く。布団に寝転がってスヤスヤと寝息を立てる彩の姿が見える。また個室の様子も確認できた。
部屋には古めかしいタンス、近くには小さな金物の仏像が並んでおり、女性の部屋という感じがしない。もししたとしてもかなり老齢の女性の部屋と間違えてしまう。
(親父さんが厳しいから、あまり女の子めいたことも出来ないんだろうな)
彩の境遇は尼としての生活を半分強制されるものだったと気づき、少しばかり心が痛んだ。しかしそんな事はすぐ心から消え、目は布団の彩を再度見つめていた。
「うっ、む、胸が見えてる」
彩は浴衣のような着物を身にはおっていたが、布が妙に薄い。しかも彩にとってはこの涼しささえ熱く感じるのか、寝相によって時々胸元が大きく開くのだ。
おかげでまるで誘うかのように大きな乳房が揺れるのがわかった。目が暗闇になれればなれるほど、白い肌が痛いほど目に付き刺さり、さらには先端さえも見える気になる。
「だ、ダメだ」
慌てて布団に戻りもぐりこんだ。頭の中は妄想と欲望に支配されそうになってしまい、夢の世界に何とかして逃げ込むしかなかった。それでも焼きついた胸の形は離れることが無かった。