実家に戻ったのは父からの頼まれ事のためだ。
夏祭りの準備のため東京で一人暮しをしている私を呼び寄せたのだ。
村の人々の協力で人手には困らないが神主の娘が参加しないのは面目が立たないからと。
一人娘なので後継ぎがいないことを酒が入ると今でも愚痴っている。
父は雇われ神主だ。雇われと言っても実質我が家が神社を管理している。
実家は北関東にあり典型的な田舎だ。
上京し都会暮らしを始めるとここにはホント何も無いと痛感する。
家を出て田んぼ道を歩くと屋敷林の農家がまばらにあり稲穂が夏風に揺れている。
川を越えた先に森があり麓の鳥居の額には「ニ地谷根流神社」と見慣れた文字。
石段を登ると二の鳥居がありくぐると右手に手水舎。
正面には拝殿があり後ろに本殿が鎮座している。
境内にはいろいろな石碑や小さな社が並んでいる。
鳥居から社殿にかけて祭りの日には沢山の屋台が並ぶ。
神様に帰省の挨拶をし拝殿隣りの社務所の鍵を開けた。
私に科されたのはこの社務所と境内の掃除である。
もちろん祭り当日も雑用が待っているんだが。
今日ここに来た理由。それはテレビのバラエティで見たコスプレ。
そこにはアニメや映画のキャラクター、あらゆる職業の服装。
そしてその中に巫女があった。意識した事もなかった。
そして意識し出すと妄想が広がった。自分がこんな恰好をして境内を闊歩する姿を。
姿見の前で下着姿になる。通販で買った巫女装束に着替え髪を後ろで一つに纏め赤い紐で結った。
ちょっと長さが足りないかな。髪は肩の少し下までしかない。
着替え終わると心臓が高鳴った。
一つ残念なことはこっちで用意するはずだった適当な草履が無かったこと。
不恰好だが足元はスニーカーだ。
恐る恐る外に出て鳥居から階段下を覗く。
人の来る気配はない。少し落ちついてきて背伸びをした。
なんて気持ちが良いんだろう。
物置から竹箒を出しそれっぽく境内を掃いてみる。
縁側で横になると睡魔が襲ってきた。
トントン、トントン
こんにちは
誰かが呼んでいる。薄目を開けると人のシルエットが陽射しを遮っている。
はっとして起き上がる。返事をすると怪訝な目で相手を見た。
「起こしちゃってすいません。ここはニ地谷根流神社ですか?」
「・・・」
「え?あ、こちらの神社の方ではないんですか?」
巫女姿であることを思い出した。
「そっ、そうですが」
「良かった。実は僕、大学で郷土史の研究をしてるものでして・・・あ、こういう者です」
簡素な名刺には大学名と名前が記されていた。
「研究といっても大した事はないんですが」
「で、どういった?」
「ええ、ちょっとこちらの神社を調べていたら興味がわきまして。
古文献などありましたら拝見させて頂きたいんですが」
父に相談した方が良さそうだったが巫女の真似事をしていたとバレてしまう。
そういう事には厳しい父親だ。どうなるかは検討がつく。
「ああそうですか。ちょっと探さないとわからないです。時間もかかりますよ」
「構わないです。祭りが終わるまではいますから」
面倒な事になりそうなのでぱっぱと済ませてしまった方が良さそうだ。
「でしたら明日また来てもらえます?」
「本当ですか?良かった。是非」
社務所に戻り書棚を調べる。最近の物を覗けばそれらしい物はすぐに見つかった。
家に戻り夕食と風呂を済ますと早々床に着いた。
舎の朝は早い。朝食を済ませるといよいよ仕事が始まる。
もともと憂鬱だったがさらに仕事が一つ増えている。安請け合いだったかな。
神社に着くとさっそく社務所の掃除を始める。
「おはようございます」
昨日の男だ。
挨拶を済ませ書物の事を説明すると早速と言わんばかりの催促をしてくる。
「私には良く分からないですけどこの辺りの物がそうだと思います」
「ありがとうございます。ここで拝見させてもらっていいですか?」
「ええ構いませんが。私は掃除がありますので何かありましたら声を掛けてください」
「ありがとうございます」
社務所の掃除を済ませ境内の掃除に移る。
この男、嫌な感じはしないが笑顔の中にどこか憂いがある。
男は書物に食い入りそれをノートに写しているのかペンが走っている。
一通り掃除を済ませるともうお昼は過ぎていた。
「どうです?役に立ちました?」
「ええ、とても。保存状態も良いですし」
「そうですか、良かった」
「今日は普段着なんですね」
「あ、ええ」
まさか趣味でやってたなんて今更言えない。
「若い巫女さんってバイトとかでやるのかと思ってましたよ」
「父が神主なんでそれでまあ成行きみたいなものです。戦前は沢山いたみたいですけど。
それに私若くないですよ」
「そうは見えないけど。どうもありがとうございました。そろそろ帰ります」
「はい」
「あ、そうだ。カナマルサマの祠ってどこです?」
「何て?」
「カナマルサマです。神様の神に丸と書いて」
「???」
「ご存知無い?・・・そうだ」
男は書棚に戻り一冊の古めかしい本を持ってきた。
「ほらこれですよ」
頁をめくると境内の古地図が載っていた。
境内の全景が俯瞰で記されていて社殿の脇に小さな祠がある。
つまり現在の社務所の辺りにあるらしい。
「社務所の裏ですかね」
「行って見ましょう。あなたもご存知無いみたいだし」
半ば強引に言われたのでついて行った。
そこには確かに小さな祠があった。祠と言うより小さな四角い箱だ。
「これですね」
「そうみたいですね」
モノ珍しそうに調べている。男が祠の扉に手を掛けた。
「ちょっと、何を?」
「鍵掛かってますね」
「何かあるんですか?」
「あ、いやいいんです」
何か未練があるのか煮え切らない返事だ。
「明日のお祭り楽しみだな。じゃあこれで」
「さようなら」
男が階段を降りて行くのを見送る。
社務所に戻り帰る支度を始めると男の物と思われるノートを見つけた。
確かにそうだ。忘れたんだ。
まだ間に合うか?境内に走り出たが階段下にも人の姿はなかった。
気付いて戻ってくるか明日の祭りの時にまた来るだろう。
社務所に戻りがてらなにげにノートをめくる。
几帳面にびっしり書いてある。
とてもまとめられていて文章も私にも良く理解できる。
−○○大学郷土史研究−
〜2007集中調査会第三地区編〜
北関東エリア担当:春日幸範
・ニ地谷根流神社
所在地:○○県△△郡□□村字××郷
祭神:○○尊
由緒:創祀年代不詳。祭神は○○尊。元は○○山にの麓に鎮座していたが
室町期に当地に移された。地域のもっとも古い神社の一つ。
境内に神丸様という祠有り。
と続き詳細が後のページにびっしり書いてある。
そうだ。神丸様ってなんなんだろう?
ページをめくる。
・神丸様
ニ地谷根流神社境内社の一。
当社が現在地に遷座し数百年後に境内から掘り起こされた石。
由緒によるとある男が夫婦の営みに不甲斐なくニ地谷根流神社に願掛けをすると夢の中に
神丸様が現われ「我を見つけ社を建て奉れ」とのお告げがあった。
早速男は境内を掘り神丸様を見つける。すると男は別人の様になった。
その形から金麿(カネマロ)様と呼ばれ信仰の対象になる。
後に人々は願いが成就すると自分のそれと同じ形の物を彫り納める風習が広まる。
訛りのためか江戸期に神丸(カナマル)様に代わった。
男性力、下の病、現在では子宝、安産祈願や婦人病にもご利益がある。
他県からの参拝者も少なからずいる。
知らなかった。こんなお社があるなんて。
日は沈みかけている。もう一度神丸様の祠に行ってみた。
あの男は扉を開けようとしていた。
扉の上部分が硝子になっていて中を覗く事ができる。
ライトを照らし中を覗くと大きな赤い目と視線が合った。
驚き後退る。お面だった。天狗だ。
中央に神丸様の石が鎮座し周りには男のそれがびっしりと取り囲む様に奉納されている。
よく見ると天狗の鼻もそれになっている。
夕飯の席で父に聞いてみると女人知るべからずという言い伝えだと言い張るばかり。
しかし知ってしまったしそもそも今まで知らなかったのが不思議なくらいだ。
だが父はそれっきり口をつぐみテレビに見入っている。
今日も早めに床に着いた。しかし今日は眠れない。
神丸様の祠のせいだ。確か社務所が今の建物になったのは私が小学校低学年の頃。
その頃は友達と良く境内で遊んだものだ。かくれんぼもした。
社務所の辺りはどうだったか。記憶が曖昧で想像しようとすると映像がぼやける。
意識は神丸様を取り囲む無数の男根に移った。
みな威風堂々天を貫くようにそそり立っていた。
男根の数だけ人々の願いを叶えてきたのだ。
言い変えればそれだけ夫婦の秘め事があるのだ。
私は男を知らない。学生時代は恋愛とは無縁だった。
友達とエッチな本やビデオも見たしそういう話で盛り上がった事もある。
友達が経験しだすと私もという感覚になったが縁が無く
そのうち疎外感と劣等感から鬱屈した学生生活を送っていた。
今考えると馬鹿馬鹿しい気もする。
春日というあの男は神丸様に執着しているようだった。
研究とは別に神丸様に願をかけようとしていたのだろうか。
年は20代後半かそれくらいだろう。そういう悩みかあるいは安産祈願だろうか。
あの男の股間も天狗の面の鼻のようにいきり立ち恋人か妻の股間に押し挿れているのだろうか?
私は股間に手を伸ばしていた。
私は境内にいる。社殿前に後ろを向いた人がいる。
参拝だろうか。振り向いた顔に私はぎょっとした。真っ赤な顔に伸びた鼻。
天狗だ。あの祠の天狗の面。天狗は私に目を合わせると
男根の鼻を上下にヒクヒクさせ社務所裏に歩き出す。
男根の鼻はまるでおいでおいでをしているようだ。
天狗は祠の前に立っていた。男根の鼻がヒクヒクしている。
視線をその先に向けると祠の後ろに注連縄が張ってある。
天狗に手を取られ注連縄の奥に続く小道を行く。
脇から川の流れる音がする。やがて行き止まりになり突き当たりに
小さなお堂があり扉に明かりの点いた提灯が下がっている。
お堂を覗く少女がいる。少女の横に立ち私も覗いた。
トントントトン トントトン 遠くでお囃子の音がする。
お堂の中では裸の男女が腰を突きあっていた。
少女が何かに気付き振り返る。
誰かが物凄い形相で少女の手を取り連れて行った。
少女は私だ。その人は父だった。
既に裸の男女の姿はなかった。天狗が中へ誘う。
後ろを向いたままの天狗が面を外した。
春日だ。彼は微笑みながら消えていった。
「ビールこっちに運んでおくれ」
「はーい」
「終わったら休憩いいぞ」
「了解ー」
「こんばんは」
春日だ。
「そうだ、ノート。忘れて行きましたよね」
社務所へ向う。
「春日さん結婚は」
「え?」
「実はそのノート拝見させてもらいました。神丸様はその・・・」
「・・・そうですか」
「気を悪くしたらごめんなさい」
「い、いやそういうわけじゃ」
私は何を聞いているんだろう。
「結婚を約束した女性がいるんです。そして彼女とその・・・そういう状況で
・・・まあうまくいかなかったんです。彼女は気にしなくていいと言ってくれたんですが。
そんな時この神社の事を知ったんです。・・・何言ってるんだろ俺」
「彼女の事愛してるんですね。そしてきっと彼女も」
「そうだといいけど」
「何言ってるんですか。こんな事で」
「こんな事か・・・男は結構気にするんですよ」
「ちょっと歩きませんか?」
「え?」
「今休憩なんです」
足は自然と社務所裏へと向う。神丸様の祠の前に立つ。
祠の後ろの注連縄に気付いた。
「どうかしました?」
「昨日夢を」
私は説明もせず注連縄の小道に進む。春日も続く。
川の流れる音がする。やがて道は行き止まりそして・・・小さなお堂。
同じだ。
春日に夢の一部を話した。
「儀式的な建物なんでしょうね」
扉に掛かっていた提灯に火を入れ明かり代わりにする。
奥は祭壇になっていて神丸大明神というお札が祭ってある。
脇の壁に着物らしき物が掛けられている。
−注連縄−小道−川の流れ−お堂−祭−提灯−お囃子−裸の男女−父の顔−手首の痛み−
フラッシュバックに襲われた。
〜あなたは巫女。奉仕を〜
春日は私を抱え介抱している。
「大丈夫かい?」
「・・・」
「突然倒れて」
「〜私は巫女。奉仕を〜」
「え?」
「〜奉仕を〜」
そういうと私は彼に腕を回しそのまま押し倒した。
意識が朦朧とする中唇を合わせた。
春日が抵抗する。
「どうしたの?」
自分でもわからない。肉体を奪われて頭の斜め上辺りに意識を追いやられている感じだ。
しかし感覚は私のまま伝わってくる。
「〜あなたの願いと欲望を私に〜」
「ちょっと」
「〜知ってるんですよ。最初に会った時に私に抱いた感情を〜」
「・・・」
「〜私は構いません〜」
私と体勢を入れ替えると彼の方から唇を合わせてきた。
その手は胸をまさぐり羽織っていた祭の半被に伸びる。
着ていた物は瞬く間に脱がされ私は一糸纏わぬ姿になった。
片手で胸を片手で股間を隠す。
彼も裸になり胸を隠す手をどけると優しく乳房を包み乳首を指で撫でる。
乳首を摘まれると背筋がゾクっとして仰け反る。
体中に愛撫と口づけを受け味わった事のない感覚に陥る。
首筋から胸、臍、そして茂みの奥へと舌が這う。
吐息が秘部にかかりかすかに風を感じる。
全てを見られている。そして舐められている。
「あっ」
快感に声をあげた。
股間から顔を放すと腰を当ててきた。
しかし一向にそれらしき感覚が私の女の部分に伝わってこない。
彼の股間は萎えていた。私は優しく抱きしめると無意識に立ち上がり
壁に掛けてあった着物に袖を通す。それは巫女装束だった。
男根を両手で包み優しく口づけをした。
手の中の男根が反応する。熱を持ち徐々に長く膨張し私の指を開かせる。
男根は更に長くそして芯を得て鉄のように硬くなる。時折びくっと腹を打つ。
天を貫くほどいきり立つ天狗のような男根。
祭りの夜このお堂で男女は一つになる。
提灯はその合図。お囃子はコトの最中という事。
何人たりとも近づいてはいけない。それを見た私を父は連れ戻した。
好き合った者同士は良き結婚と子宝祈願を、一人身の男は巫女を相手に良縁を願い
神に行為を奉納するのだ。
そう、戦前までいたこの神社の巫女達はそういった奉仕をしていたのだ。
父が話したがらないのも頷ける。しかし母は教えてくれた。
私はその事実を記憶の奥底に追いやっていた。
私は緋袴を脱ぎ捨てると自ら足を広げ男根をいざなう。
これは私の意思だろうか。いやもうそんなことはどうでも良かった。
亀頭が秘部にあたる。彼と私の体液で一つになる準備は整った。
ゆっくり腰を押してくる。そして全てを受け入れた。
「君・・・」
「いいんです」
浅く腰を突き時に深く沈める。優しく突き時に激しく。
最初は私の中に突き挿れられた無機質な鉄の棒だと感じたそれだが
徐々にぬくもりを持つ不器用な肉の棒だと感じた。
彼も感じているだろうか。私の中はぬくもりを持った熱い秘壷だと。
指を絡ませ口づけをする。私の中で更に膨張し最後の一突きと共に精を放った。
二人の荒い息が静かになってくると私はもう行って下さいと告げた。
彼はありがとうと言葉を残すと出ていった。
太ももを伝う精液を拭うと青草のような匂いが立ちこめた。
あれから更に三日こちらに留まることにした。その間ずっと家にいた。
祭の手伝いを途中ですっぽかした事を父は怒っている。
バスが来るまで時間がある。神社に行こうと思った。
東京に戻る事を神様に告げると社務所裏に向った。
腰を下ろし手を合わせる。そこには・・・男根。
いや木彫りのそれだ。手に取ると荒削りだがその握り具合には覚えがあった。
きっとうまくいったのだろう。後悔はしていない。私が望んだ事なのだから。
天狗の面の鼻は男根ではなかった。