――賛美歌が聞こえる。  
 
あれを歌っているのは子供達だ。皆、親のない孤児達ばかり。  
その中には、小さなクローディス(わたし)も混じっている。  
 
神さま、大いなる主よ、我らが父よ。  
救いたまえ憐れみたまえ――  
 
*******  
 
はっとクローディスが目を覚ますとそこは見知らぬ部屋であった。  
藍色の薄闇に覆われ、世界が止まったような静けさに満ちている。  
 
体中に残る妙なだるさを振り払おうと首を振り、ここがどこか確かめるために  
辺りを見回したクローディスはある事に気がついて、ぎょっとした。  
 
クローディスは修道衣はおろか下着さえも身につけておらず、一糸纏わぬ  
裸身を晒していたのだ。  
 
慌てて身を隠そうと手を引いた瞬間、クローディスは手首に痛みを感じた。反射的に頭上を見る。  
そして息を呑んだ。天井から黒々と光る鎖が伸びていた。  
それはクローディスが身じろぎをする度にじゃらり、と金属的な音を立てている。  
そして頭の上に掲げさせれたクローディスの手首には革の輪がはめられており、それにはしっかりと  
天井から伸びる鎖がつながっていた。  
 
血の気が引く音を、クローディスははっきりと感じた。  
 
場所を確認しようと慌てて辺りを見渡せば、背後には巨大な十字架が掲げられており  
それが月光に青白くおぼろに浮かび上がっていた。  
その下に据えられた聖母像は、クローディスを見据えるように鎮座している。  
(ここは……聖堂?)  
振り返り、目を細めて前を見てみれば、そこには少し距離のある場所に長い椅子が置かれていた。  
クローディスには見覚えのある形だ。教会で祈りを捧げる時に使う椅子に似ている。  
 
(一体なんだというの……)  
聖堂の祭壇の上で、全裸で縛められているという異常な事態にクローディスは  
激しく狼狽しながらも、一つ一つ丹念に記憶を辿っていった。  
確か自分は食堂にいたはずだ。それがなぜ聖堂に、しかもどうしてこんな事になっているのか。  
 
クローディスはこの場から逃れようと、何度も腕を引きがむしゃらに暴れた。  
だが彼女を縛める鎖は、じゃらじゃらと音をたてるだけで、一向に外れる気配を見せなかった。  
 
そして、どうやら天井に滑車が仕込まれているようでクローディスが暴れるたびに  
それがきしむ音が聞こえてきた。その音がきっかけにでもなったかのように、  
ジュスティーヌの言葉が蘇る。  
 
『次にあなたが目を覚ますとき――』  
 
クローディスは我知らず、ぞっと身を震わせた。  
それと同時にカタン、と小さな音を立ててクローディスの視線の先にある扉がゆっくりと開き始めた。  
何者かの白い手が扉からすっと現れる。  
 
「目が覚めたようね」  
婉然と微笑みながら聖堂の中に入って来たのは修道院長のジュスティーヌであった。  
彼女は手燭の灯りをもっており、その火灯りが院長の美しい顔を照らしている。  
 
するとジュスティーヌの後ろからも他の修道女たちが付き従うように手燭をもって聖堂の  
中へゆっくりと入って来た。その中にはキャスリンの姿もある。  
キャスリンの姿に、何故かクローディスは理由の分からぬままに動揺を深めた。  
 
修道女達はゆっくりとクローディスの前に立つと彼女を取り囲み、それぞれの秀麗な顔に  
笑みを浮かべてクローディスの裸身を眺めた。  
「ご気分はいかが?」  
「もう体のしびれはないとは思うけれど、もしおかしな所があったら言ってね。  
少し時間を置くから。貴女に無理をさせるのは私達も望まないもの」  
 
「…………ッ」  
同性とはいえ、幾人もの他人に自分の裸を見られ、クローディスは恥ずかしさと  
屈辱に消え入りそうな思いを噛み締めていた。  
そしてクローディスは彼女達の言葉にはっきりと理解した。  
今、自分がこのような状況に置かれているのは間違いなく、目の前の彼女達の仕業なのだと。  
 
「院長さま……、これは一体どういうことなんですか?」  
クローディスは声音を抑え、低い声でそう問うた。その問いにジュスティーヌの笑みは深まる。  
唇を開くと、楽器のような美しい声でジュスティーヌは答えた。  
「クローディス、貴女が驚くのも無理はありません。ですが、怖れることはありませんよ。  
これは貴女をファレナへと迎えるための聖なる儀式なのですから」  
 
「儀式? これが何の儀式だというのです! 皆様は神に仕える御方々ではございませんか!  
わたしにこのような辱めを与えてどうなさろうと仰るのです。わたしは何かあなた方から  
罰を受けるような振る舞いをしましたか? そうでないのならば早くこの縛めを外してください」  
この修道院に馴染もうと心がけていたクローディスは、彼女達の思わぬ行動に  
裏切られた気持ちでいっぱいであった。  
 
「……こんな、ひどい……」  
うつむいたクローディスの頬を透明な涙がつたった。  
声を殺して涙を流していたクローディスだったが、ふと暖かいものが目蓋に触れてきて  
その感触にはっと顔を上げた。ジュスティーヌが唇で涙をぬぐったのだ。  
慈母のような微笑をたたえてジュスティーヌは言う。  
「泣かないで、クローディス。美しい貴女が嘆いているのを見ているのは辛いわ。  
怒りも悲しみも、全てわたくしたちに預けて。……貴女には愛だけを感じて欲しいの」  
 
するとジュスティーヌは蒼氷の瞳をクローディスの肢体へと向けた。  
鎖骨の繊細なラインを、ゆるやかな胸線を、ジュスティーヌの瞳が辿っていく。  
そして彼女の視線は、臍をたどりクローディスの秘められたその奥を見出した。  
「…………っ」  
瞬間ぞわりとクローディスのうなじが総毛だつ。  
見つめられただけなのに、なぜかクローディスは柔らかな、けれどまとわりつくような  
絹で体を触れられたような錯覚をおこしていた。  
 
「わたくしたちは、貴女の姉妹です。力を抜いてクローディス。この儀式を経て  
貴女は真の意味でこのファレナに迎えられます。……わたくしたちの愛を感じて、クローディス」  
「い、嫌……ッ!」  
胸元に口付けられ、クローディスは嫌悪感に身をよじって逃れようとした。  
クローディスの体にはじかれて、ジュスティーヌの被衣(ウィンブル)の裾がぴっと舞った。  
だが、ジュスティーヌは気分を害した様子もなく微笑み、クローディスから離れると  
祭壇の上に置かれた司教座へと腰掛けた。そして座ったまま、ある修道女の名を口にした。  
 
「キャスリン」  
 
名を呼ばれた少女は、すっと顔を上げると前へと一歩進み出た。  
そしてクローディスと出会った時と全く同じ、快活な笑みを浮かべて見せた。  
「今夜はあなたがクローディスに愛を授けなさい」  
ジュスティーヌの言葉にキャスリンは、自分の手燭をテーブルの上に置き  
ゆっくりとクローディスの元へと近づいてくる。  
 
「い、いや……っ、来ないで!」  
クローディスは恐怖に顔を青ざめさせ、必死にそう訴えた。  
だがキャスリンは構わず近づいていき、クローディスの前へと立ち、その翠色の瞳を  
きらきらと輝かせて彼女を見つめた。怯えるクローディスにでさえ、キャスリンの  
瞳の輝きはどこか惹きつけられるものがあった。  
 
そっと頬に手を当てられて、クローディスはびくりと身を震わせた。  
キャスリンは穏やかに微笑むとそっと自分の顔を近づけていく。  
「クローディス、可愛い人……。大丈夫よ、怖がらないで……。  
力を抜いてわたしの全てを受け入れて……」  
そう囁くように語り掛けるとキャスリンはクローディスの両の頬を掴み  
自分の唇を、クローディスのそれに重ねた。  
 
「ん、……んんっ」  
キャスリンの舌はクローディスの唇を割り、中へと侵入していった。  
歯列をなぞり、その奥へとぬるりと舐めあげながら入っていく。  
舌を吸われ、クローディスはくぐもった悲鳴をあげた。  
キャスリンの細い腕が背中へとまわされてクローディスは熱い口付けから  
逃れることすらできなかった。  
 
「あ……やっ、嫌ッ!」  
口内を蹂躙しつくしたキャスリンはクローディスの唇を解放すると、そのまま彼女の  
首筋へと唇を落とした。そして赤い跡をつけながら段々下へと移動していく。  
きつく抱きしめられ、キャスリンが身につけられいる修道服の布の感触が  
クローディスには妙にはっきりと感じられた。  
 
「やっ、くすぐった……」  
キャスリンの唇はクローディスの胸元へと到達していた。  
するとキャスリンは舌をちろりと出し、猫が毛づくろいをするようにクローディスの乳房を  
下から上へ、頂きにむかってねっとりと舐めあげた。  
何度も舐めあげてはそのまま乳首を唇ではみ、先端をちろちろと舌で刺激する。  
「いや……いやっ、……あああ」  
クローディスは拒絶の言葉を繰り返しながら首を振っていたが、繰り返し舐めあげられる度  
身の内に不可思議な感覚が生まれ始めているのを感じていた。  
キャスリンは舌でクローディスの乳房を刺激しながら、指でクローディスの裸の腿を  
股間へと向かい撫で上げていく。クローディスの息が段々と荒くなっていき、同時に  
彼女の手首を拘束する革がぎしぎしときしむ音を立てた。  
キャスリンはクローディスを見上げたまま笑みを作り彼女に声をかけた。  
 
「ああ、クローディス……貴女ってなんて可愛い人なの。  
わたしの手で、唇でもうこんなになってしまって」  
「ひっ……!」  
キャスリンに突然股の間に手を触れられて、クローディスは身を震わせた。  
触れるどころかキャスリンはその中にゆっくりと指を挿し込みはじめており、  
クローディスは高い悲鳴を上げた。  
「いやぁああっ! キャスリンさんっ……やめて!!」  
「まあ、ほんの少し入れただけですのに。……それよりも、ほらクローディスさん」  
 
するとキャスリンはクローディスから手を離し、それまで触れていた指を  
クローディスの前へと掲げた。  
「な……に……」  
涙目で問うクローディスにキャスリンは唇の端を吊り上げると、  
大事な秘密を打ち明けるような声音で言った。。  
「もう濡れてますのよ、クローディスさんの大事なところ」  
 
その瞬間、かっとクローディスの頬が羞恥のために赤くなった。  
目の前に出された指先はぬらぬらと輝いている。思わず顔を背けたクローディスだったが  
キャスリンはそれを許さず頬を押さえると、歌うように彼女の名を呟き、そのまま濡れた指を  
クローディスの唇へと押し付けた。そして形をなぞるように触れていく。  
かすかな塩味にうろたえるクローディスにキャスリンは笑んだまま囁いた。  
「なめて、クローディス」  
クローディスは、ぎっと涙の浮かんだ瞳でキャスリンを睨みつけると  
そのまま押し付けられた指へと噛みついた。  
「痛っ……、もうクローディスさんたらひどいわ。噛まなくたっていいじゃないの」  
 
そう言いながらキャスリンは指を大仰に振ってみせた。そしてその指を口に含み  
クローディスへと意味ありげな視線を送る。その視線を受け止めたクローディスは、  
恐怖と屈辱に身をゆだねながらもキャスリンの行為に反応してしまう自分の体に戸惑いを覚えていた。  
 
そしてまだこの『儀式』とやらは始まったばかりなのだ。  
それがキャスリンの表情から、見つめる修道女たちの幾つもの期待に満ちた視線から  
クローディスは体で感じていた。  
 
*******  
『聖堂』続く  
 

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