灰色の塔にいつも彼女はいる。  
荷の山を抜け、奥の階段を駆け上がる。  
螺子が壊れて少しかたい木の扉の向こうが彼女の部屋。  
「ミムザ、いる?」  
読んでいた本から顔をあげてミムザが微笑んだ。  
 
「おや、シスタールーエラは?」  
「さっき出て行きましたよ。ミムザの所では?」  
「おや、そうかい。掃除を手伝ってもらおうかと思ったんだけどねえ。」  
年老いた修道女が残念そうにほうきを見つめた。  
「それくらいなら私が手伝いましょう。あの二人は仲がいいですね。」  
「仲がいいっていってもミムザは口がきけないんだろう?わからんねえ。」  
「口がきけなくても、立場も違っても、若いのはあの二人だけですしね。気があうとか落ち着くとかあるんじゃないですか?ミムザもルーエラも最近表情が柔らかくなったし。」  
中年の修道女はほうきを受け取りながら返事する。  
「そうかもな。ミムザは知らんがルーエラは来たばっかの頃は暗い顔ばっかしとって。」  
年老いた修道女は曲がった腰をいたわるように撫でた。  
 
 
ミムザは他の修道女達と違い、倉庫となっている塔の上に私室を持っている。  
ミムザは口が聞けないが勉強家で、ルーエラが訪ねる時は大概本を読んでいた。  
「あなたはいつも本を読んでるのね。」  
ルーエラはベッドに腰掛けるミムザの本を覗き込む。  
西南地区の商業と貿易の動き。  
20年前から推移。  
ちらりと見ただけで閉じたくなるような内容だ。  
「あなたって凄いのね。私は父の生きてた頃はまだ勉強させられてたけど、伯父にひきとられてからは全然。  
あの人女に学はいらん、嫁に行けばいいって。そのくせ私がお嫁に行くための持参金まで散財するようなことして…」  
ミムザはルーエラの手をとりゆっくり首を振る。  
つまらない過去に振り回されるな。そう目で訴える。  
 
喋ることができないミムザだが、年の近い修道女のいないルーエラにとっては頼れる存在だ。  
彼女の目は不思議となにかを語りかけてくるのだ。  
修道院に入ってからの不安も、入るまでのいきさつもルーエラはミムザに話してきた。  
ルーエラが父の死後修道院に入るよう伯父に差し向けられたルーエラの事情も知っているし、  
彼女がまだ信仰心よりもかつての生活への未練の方が勝っているのも知っている。  
でもいつもミムザはルーエラの惑いを晴らしてくれる。  
今もルーエラが負の感情にのまれそうなのを押さえてくれた。  
言葉もなしに。  
 
「ごめんね、私またくだらないことを…まだまだ雑念ばかり。あなたは年下なのに私よりお姉さんね。」  
ルーエラはミムザの頭を抱き締めた。  
胸のふくらみがミムザの顔をふさぎ、  
びっくりして顔をはなしたミムザは赤面していた。  
ぷるぷると頭を振る。そして自分の胸に手を当てた。  
手は黒衣の上をほぼ平面上に動く。  
どうやらルーエラの胸に比べて自分の胸がないのを気にしているようだ。  
「あら、胸が無いのなんて大丈夫よ。私達は神の花嫁でしょ?」  
そうは言ってもミムザも修道女とはいえ若い娘。  
ルーエラとの成長の違いが気になるようだった。  
ミムザは首をかしげながらルーエラに手を伸ばす。  
胸を触られそうになってることに気付き、ルーエラは一瞬たじろいだが、妹のようなシスターの好奇心を踏みにじるのも可哀想な気がして拒絶しないことにした。  
 
手ははじめ遠慮がちに胸に触れ、大きさを確かめるかのようにやんわりと包み込んだ。  
ミムザの手のひらから少しあふれるくらいのふたつの膨らみ。  
やわやわと下から持ち上げてみる。  
女同士なのだから、この行為は性的なものではないとわかっているのだが、  
二人とも無言なのでルーエラは少し恥ずかしくなってきた。  
 
「もういいでしょ、ミムザ。」  
ミムザの手をはらおうとしたその時、ふいに刺激が走る。  
ミムザが人さし指の腹で胸の頂きを撫でたのだ。  
「ひゃんっ」  
思わず声を出してしまった。  
なんと言う声だ。  
まるで感じてしまったみたいじゃないか。  
ここは修道院で私は修道女だというのに。  
ルーエラは顔を真っ赤にした。  
が、ミムザの方はその反応がおもしろかったらしく小悪魔的な笑みをうかべながら遊びを続行する。  
左手で片方の乳房を柔らかく揉み、  
右手はそのまま胸の頂きの上を撫で、  
突起してきたそれをやわらかくつまみあげては離し、を繰り返す。  
「ちょっと、っん、やめ、て…」  
拒絶の言葉は口にしたものの、からだは動かない。  
からだ中に電流が走ってる。  
何だろうこれは、そう、キモチイイ  
すっかり尖った頂きを指で押し込み、また突起してきたものを指で左右に弾く。  
二つの乳房、その頂きから伝わる甘い痺れるような刺激に  
ルーエラの思考は真っ白になる。  
 
これは好奇心か?いたずらか?  
否、違う。  
これは愛撫というものではないのか?  
そう思った瞬間ルーエラは力いっぱいミムザを突き放した。  
ミムザは急な力に抗いようがなく、ぽすっとベッドに倒れこんだ。  
その目はきょとんと開かれていた。  
罪悪感など微塵のかけらもない無邪気な子供の目のようだった。  
 
両の乳首はまだ尖ったまま。衣服のわずかなこすれすらもを感じている。  
もうミムザの手も指も触れていないというのに。  
「悪戯はここまで、ミムザ。今度やったら院長に言うわよ。」  
それだけ言い残し、ミムザの顔も見ないで部屋を後にする。  
階段を降りきったところで違和感に気付く。  
太股の内側が暖かく、湿っていた。  
 
ルーエラが寝所に向かって足を進めていると、棚に荷を上げようと奮闘中の修道女に声をかけられた。  
「おやルーエラ、いいところに。これを棚にあげてくれない?」  
ひょいひょいと荷をあげ、他にないか聞くと大丈夫と言う。  
「これ重かった?」  
「いいえ?どうして?」  
「だってルーエラ、あなた顔が赤いから。」  
 
灰色の塔の扉の向こう。  
ベッドから身を起こした部屋の主の独り言が聞こえる。  
「あれくらいで怒るなよな。こっちはいつも愚痴も鬱もただで聞いてやってるんだから。」  
それはうら若き修道女にしては低い声。  
どちらかといえばまるで変声期を迎えたばかりの少年のような…  
 
 

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