神には嘘も偽りも決して通らない。
其れ故人は全てをさらけだし、神の救いを求める。
宣誓の台詞にもあるだろう。真実のみを話す、と。
だが、『真実』は常に人を正しい方向へ導いてくれるものとは限らない。
シスターミムザの『真実』、それは『偽り』。
元から歪んでいた真実が私にもたらしたもの。それもまた歪みであった。
「逃げられないよ、ルーエラ。」
『彼女』だとばかり思っていた『彼』の放った宣告。
「やめて、放して、お願い…」
窮屈に縛られた両手が、足が、私の自由を奪う。
私を見下ろす彼の目はこの状況を楽しんでいるようだった。
抵抗できない私を支配することを。
「やめないよ。」
再び彼の顔が近付き、唇と唇が重なりあう。
小鳥が啄む様に軽い口付けを繰り返し、
唇の感触を十分に堪能したあと、生温かいものが私の唇を割って侵入する。
ざらりとした他人の舌の触感。
顔をひいて口腔内の異物から逃れようとするも顎をつかまれ、彼は更に舌と舌とを絡ませる。
「…っ…!?」
やっと口を放されたと思った途端、彼は私の口に布切れを丸めて突っ込む。
私は手足の自由だけではなく、言葉までも奪われてしまった。
「いつもは君がおしゃべりする、僕はただ聞くだけ。でも今日はその逆。形成逆転ってとこ?」
くっくっと笑いながらミムザが頭のヴェールを外した。
今まで見たことのなかった彼の髪、黒のヴェールとはとは対照的なコントラストの黄金色の髪が空に揺れる。
こんな状況なのに、捕われて抵抗の言葉すら言えない状況なのに、
黒衣の上にわずかにかかる彼の黄金色の髪を見て、とても綺麗だと思った。
「わかるだろ?僕がこれから何をするか。」
わかりたくもない、でももうわかっている。
一匹の雄が私をここに縛り付けてこれからしようとしていることを。
汝姦淫するなかれ―
夫婦の営み。
男女の契り。
子をなすための行為。
召し使い達の下世話な話を盗み聞いたことはあったし、友人とそういった話題をすることもあった。
知識が全くないわけではない。
ただ、今までもそしてこれからも経験する機会に巡り会うことはない。
修道女となった時点でそう運命づけられたはずだった。
口に突っ込まれたままの布は、私の唾液も、さっき舌に絡んだ彼の唾液も全て吸い取っていく。
大きく開いた状態で縛られた足の間に割って入る彼は普段通りの修道女の黒衣こそ着ているものの、
ヴェールをはずして曝した首の前方には男性特有の隆起があった。
今見ても少女と信じて疑わない程のあどけなさが残る顔だちをしているのに、その喉も声も男のもの。
いつも私の話を黙って聞いていたミムザ。
目で私に語りかけることだけが唯一の感情表現だったミムザ。
そのミムザが今は私を組み敷いて、私を辱めようとしている。
「あなたって当然処女だよね?」
嫁に行きそびれた。
その事実はいやと言うほど聞かせてきた。ミムザに。
否定できるわけもなく、顔に血が集中するのを感じる。
私の顔色の変化を鼻で軽く笑いながら彼の手は私の頬を撫でる。
「してみたいって思わなかったの?自分で慰めたりとか。」
耳もとで尋ねながら彼の手は私の顎を、首筋を這っていく。
「別に結婚前の男女全てが童貞に処女ってわけでもないんだから。」
左右の鎖骨の窪みに指を這わせ、骨の出っ張りを越えて更に下へ、
女特有の膨らみ、以前戯れに触られた場所へと指を移していく。
だが今回は軽く、乳房の形を確かめる程度にしか触らない。
あっさりと彼の手は乳房を離れると腹のうえを軽く一周撫でた。
くすぐったいような、おぞましいような感覚に鳥肌が立つ。
手は下腹部から更に下に降り、触られると身構えていた「あの箇所」はほぼ素通りし、太ももへと向かう。
「邪魔だよね、これ。」
太ももを上へ下へと撫でていた指がひょいと黒衣をつまみあげる。
彼は身を起こすとごそごそと自分の黒衣の内側を漁り何かを取り出す。
何か、はすぐにわかった。
銀色に光るナイフ。
鋭い刃先を見て恐怖で身を縮めようとしてもからだに自由はなく、
叫びたくとも声は奪われたまま。
私は彼のなす事に抵抗もできず首元に近付くナイフにただ震えるだけ。
「動かないでね。余計な血は見たくないから。」
襟ぐりに添えられた銀色のナイフはビリビリと嫌な音をたてながら私の黒衣を引き裂いていった。
幼い頃、まだ侍女達に着替えを手伝ってもらっていた頃なら特別なことじゃなかった。
でもそれは昔のこと。
ここ数年は着替えに人が付く事などなく、同性にすら肌をさらすことなどなかったのだ。
それが今私は目の前の男性に、夫でも恋人でもない、少年としかいえないような年下の男性に手足を縛られ、黒衣を裂かれ、他人に見せた事のないからだを曝している。
私の意志ではなく―
彼の目にはどんなに滑稽に写るのだろう、私は。
無惨に引き裂かれた黒衣は両腕の袖のみ脱がされず残り、他は白いシーツと一緒にからだの下敷きとなっている。
唯一残るのは首からかけた十字架。
だがそれはからだを隠すのに役立たない。
恥ずかしさのあまり顔だけでなく体中から火を吹きそうだった。
何故自分がこんな目にあうんだろう。夢ならば早くさめて。
叔母から「ぱっとしないね。」とよくなじられた変哲のない茶色の髪。
彼のような黄金色の髪は望めなくとも、
せめて母のようなまっすぐな黒髪ならばもっと好きになれた。
彼の手はそのぱっとしないはずの髪を一房すくいあげ、口づけ、そして囁く。
「綺麗だね。」
彼の方もごそごそと黒衣を脱ぎ出し、私達はお互いの生まれたままの姿を目にする。
膨らみのない薄い男の胸板。私とは明らかに違う。
更に下へ目線を移すも彼の股間にあるべきものは目にする勇気がなく目をそらす。
屈みこんだ彼は私の首筋に舌を這わせ、片手は私の乳房に直に触る。
からだの芯がそくりとする。
片手はやわやわと乳房を揉んだり、持ち上げたり。
首筋を離れ、舌は標的を移す。
乳房の桃色の頂点。そこを避けるように周りのみを舐め回す。
だんだんと乳首が突起してくるとちょんと舌でつつかれた。
その瞬間甘い刺激がからだを抜けた。だがそれは始まりに過ぎなかった。
彼は突起した乳首を舌でぺろぺろと舐め、唾液でぬらりと光るそこをにぱくりと吸い付いた。
手で弄られているほうの乳房もとうに乳首はかたく突起しており、
愛撫される度に余計敏感になるようだった。
彼は乳首を口の中に含み吸いたてながらも、舌は時折乳首を突き、
その度に私のからだのどこかが熱くなる。
下腹部を撫でていた手がそろりそろりと下へのび、
自分でもろくに見たことのない場所へと侵入していく。
茂みに触られただけで一瞬凍り付いた。
だが彼はそんな私の反応などお構い無しで更に深い場所へと指を潜らせる。
毛をかき分け、肉のヒダを割っていく。くちゅり、と音がした。
乳房から顔をあげた彼が私に言う。
「ちゃんと濡れてるね。」
犯されようとしているのに私の秘部はきちんと愛液を出して反応していた。
神に純潔を誓う身分でありながら、からだは男を迎え入れる準備をしている。
彼はそれを証明するかのように愛液で濡れたそこをわざとくちゅくちゅと音が出るように指を動かす。
だが、撫でるだけだった指が蕾を開こうと侵入すると同時に今までの甘い刺激が打ち消される。
痛み、そして異物感―
たった一本の指。だがそれすらも男を迎えたことのない私には堪え難いものだった。
苦痛に歪む私の顔を見て、彼は痛みと緊張をほぐそうと乳房への愛撫を再開する。
ざらついた舌が乳首を包み込むと胸から走る甘い刺激が下腹部の痛みを多少緩和する。
足に時折硬いものがぶつかっていたがそれを気にする余裕などなかった。
指は一向に抜かれず、それどころかより奥へと進み、処女の肉壁をほぐそうとする。
ようやく一本の指の痛みに慣れた頃今度は指をニ本に増やされ、また痛みが襲って来た。
彼の口はもう片方の乳首へと移る。
こんなに痛いのに、こころは逃げたくて堪らないのに、
それでもからだの方は本来の器官の働きに順応しようと必死なようで、
彼の指が行き来する度に愛液の絡む音は増すようだった。
口数の減った彼の息は少しずつ荒くなっていた。
逃げられぬのならばせめて早く終わって欲しい。
そればかりを願って目を閉じる。
二本の指の侵入による痛みにもやっと慣れてきた頃、彼は指を抜き去り身を起こす。
そして縛っていた私の足を片方だけ解放した。
異物の去った膣がすぐさま元の状態へと収縮を始める。
縛られていた足に痛みはなかったが、軽く痺れていた。
終わりを期待して目を開けるも、飛び込んできたのはさっき目をそらしたもの。
そりたった男茎。
彼のものを見て思わず固まる私。指なんかとはけた外れだ。
充血したそれは性別の違いはあれども同じ人間の器官とは思えず、とってつけた異物のようだった。
だがそれは間違い無く彼自身から生えているもの。
彼は自由にした方の私の足を持ち上げると、さっきまで指で弄っていた蕾みに自身をあてがう。
「挿れるよ、ルーエラ。」
やめて、と叫ぶも布で塞がれた口から出るはうーうー唸る声ばかり。
足をばたつかて抵抗しようとするも、持ち上げられた足はしっかりと彼の手で押さえられ、
彼の挿入がはじまった。
初めは痛いもの。知ってはいた。
指でほぐされた後とはいえ、いくら愛液で十分に潤いもあったとはいえ、
膣だけでなくからだをめりめりと裂かれるのではないかと思うような激痛が走る。
噂に聞く処女膜がどうとかそんなこと気にしている余裕はなかった。
挿入から逃げたくとも、彼に抱き込まれたからだを引くことすら叶わない。
彼の肉棒に内から膀胱を圧迫されているかのような尿意にも似た感覚が走る。
一向に痛みが引く気配などなく、拘束された両手を絡ませ力を込める。
(抜いて!)
そう必死で願うも男茎は奥へ奥へと突き進んでいく。
ようやく止まったと思えば彼は腰を引き、すぐまた最奥へと突っ込む。
長年咲くことを知らなかった蕾は今無理矢理花開いたばかりで傷だらけというのに、
傷口を更に荒らすように粗雑に動き回る彼の男茎。
彼の息はさっきよりも荒く、私を蹂躙しながら時折うっとりとした顔をする。
だが私は彼の腰の動きにあわせて生じる苦痛に顔を歪めるだけ。
「ルーエラ、痛い?」
彼の問いかけへの返事は声にならない。
私には頷く余裕も首を振る余裕もなかった。
彼は顔を寄せると耳たぶを舐めたり、甘噛みしたり。
目に寄せた指はいつの間にか滲ませていた涙をすくう。
そして額に軽く口付けを落とす。
彼の腰の動きは止まったわけではないけれど速度を落としていた。
指で挟んで突起させた乳首を舌がちろちろと舐める。
上半身からもたらされる甘い刺激は下
半身からもたらされる苦痛を相殺する程ではなかったが、
幾分か私を楽にしてくれ、挿入による異物感も徐々に慣れてきた。
硬直していた私のからだがゆるんでいくのを見計らって彼は再び挿入の速度をあげていく。
痛みは消えずとも膣は本来の働きを助けるために愛液の分泌をやめず、
男茎が出入りする度にぐちゅりといやらしい音をたてた。
果てしない行為の様に思えた。
繋がりあった部分では肉同士がこすれる度にぐちゅぐちゅと音をたて、
肉同士がぶつかりあう度にぱんぱんと響いた。
彼は既に私にわずかながらの快楽を与えることなど忘れ、
自身の快楽を高めることばかりに集中している。
挿入の速度は増し、私の中をぐちゃぐちゃにかき乱す。
「そろそろ、出すよ。」
額に汗を光らせながら彼が言う。
(出す!?)
忘れていた性の知識が頭を巡る。
合意があろうが犯されていようが、これは子をなす行為。
彼の子を宿してもおかしくない行為。
必死で身をよじるもそんな抵抗は無いに等しく、かえってその身の硬直は挿入したままの彼の男茎を締め付け、彼は最奥向けて己の精を放った。
とても満足そうに。
ようやく引き抜かれた男茎。
ぬるりと光る粘液は彼の精液と私の愛液、そして破瓜の血。
さっきまでと大きく形を変え、力なくだらりとぶらさがる肉茎。
私を穢したもの。
口から布を取り出されるも、渇いた喉から何も声を出す気は起こらなかった。
縛られた手首も解放されるも、長時間頭上にあった腕はおろされてもしばらくはいうことをききそうになかった。
「動けない?」
覗き込む彼の目は私を穢した加害者とは思えないほど希望の光に満ちあふれ、
純潔を失ったばかりの私は絶望にとらわれたまま、ゆっくりと瞳を閉じる。
夢であればいいのに。
ふしだらな夢を見た自分を責めればいいだけのことだから。
また子守唄が聞こえる。
〜小さな兎が春を迎えに〜
ああ、ミムザが歌っている。
〜おいでおいでと栗鼠たちも〜
ひどく重いからだは眠りを求めているのに、歌声は私に安らぎをもたらさなかった。
うっすらと目を開く。
視界に飛び込んできたのは灰色の天井。
歌声の主を求めて首を傾ける。
きちんと黒衣を着て、木の椅子に腰掛け本をめくるミムザ。
いつものミムザ。
歌っていることをのぞけば。
私と目が合うと、口ずさんでいた歌を止める。
そしてにっこりと微笑んでこう言った。
「起きた?ルーエラ。」
その声は知っている声。
からだにかけられた布団から両手を取り出す。
手首に残るのは幾重もの赤い筋。
なかなかいう事をきかないからだをゆっくりと起こす。
一糸纏わぬままのからだ。
太ももの内側にこびりついたもの。
彼の精液と私の愛液が固まった白い跡。
そして血が渇いて固まった赤褐色の跡。
夢ではなかった。
渇いた口から絞り出すようにかすれた声を出す。
「…ムザ……なた、誰なの?」
ミムザが手にしていた本をパタンと閉じる。
「父を暗殺され、自身も二度殺されかけて、仕方なく修道女の振りをしてここに潜んでる可哀想な少年ってとこかな。」
ミムザがたたまれた黒衣をベッドにふわりと放り投げる。
「君のは破っちゃったから、それ。」
代わりに着ろ、ということなのだろう。
いまだ現実に戻ろうとしないままの頭。
私は渡された黒衣を掴んだまま、動けずにベッドに座り込んだまま。
「私は、どうすればいいの?」
ミムザという偽りの形をした年下の少年は私の問いにさほど考え込む様子もなくあっさりと答える。
「元のようにシスタールーエラとして過ごせばいい。僕は当面ミムザのままだしね。」
椅子の向きを変え、私と向き合う。
「そして時々神に見放された可哀想な少年を慰めにここへ来る。それも修道女の役目だろ?」
神に見放された、それは彼ではなくむしろ自分にあてはまる気がした。
ごそごそと黒衣に腕を通そうとして、さっきまであったはずの十字架がないのに気付く。
「私の、十字架は?」
着替えを見守っていた彼が机の上から銀の鎖を引っ張る。
「ああ、もういらないかと思って。」
鎖を指でくるくると回す。先にある十字架がおもちゃのように弧を描く。
「もっとも、神に祈れるのなら返すけど。純潔でなくなった君が。」
振り回すのをやめ、指から鎖を離れる。
床に落ちた十字架はチャリンと小さな音をたてた。
「さっきシスターヴァーナにお願いしてきた、もちろん筆談だけどね。大切なお友達のシスタールーエラをこれからも塔に寄越して下さい、って。」
彼は立ち上がると半裸の私の横に座る。
そして彼の指が私の唇を伝う。
「莫大な寄付を払ってここにいる僕、親戚にすら見放されここにしか居場所がない君。どっちが優遇されるか一目瞭然だよね。」
そして顔を近付ける。背けようとする私の顔を押さえ、強引に唇を奪う。
「もう逃げられないよ、ルーエラ。」
中途半端に着かけたままのの黒衣はそのままに、私のからだを再びベッドに押し倒す。
だるさの残る腕にも足にも彼を突き放すだけの力はなかった。
偽りがもたらした歪み。
私は気付かなかなかっただけで、もっと前から兆しはあちこちで見え隠れしていたのだろう。
真実など知らぬなら知らないままでいたかった。
けれど時間はもう戻らない。
神の花嫁となったはずだった。
けれど神に誓ったはずの純潔を捧げたのは、牙をむいたまま修道女の群れに紛れ込んだ一人の少年。