ここは切り離された世界。
確かに存在してるのに、皆ありもしないように扱う。
触れたくないのだ。ここは穢れているから。
過去も、現在も。そして未来も。
「ねえ、知ってる?」
彼が私に問いかける。
「ここって昔楽園って呼ばれてたんだって。」
サラサラとペンが走る音。
さっき私が届けたばかりの手紙に返事を書いているのだろう。
最近は届く頻度が倍以上になったミセスカーターからの手紙。
同じ日に、全く違う筆跡のミセスカーターからの手紙が二通あることもある。
ミセスとありながら男っぽい筆跡のものもある。
ミムザがその身を偽っているように、ミセスカーターというのも偽りなのだろう。
「あなたにとってここは楽園なの?」
私は彼の声のする方向を向いて尋ねる。
目隠しをされて横たわる私には彼の姿を確認することができないから。
「僕にとって?馬鹿馬鹿しい。真逆だよ。」
カタン、と椅子が跳ねる音。彼が近付いてくる。
目隠しの布と、両手を拘束する紐以外は一糸纏わぬ姿でベッドに横たわる私の元へ。
「牢屋だよ。ここは。」
ギシっとベッドがたわむ。彼がベッドの端に腰をおろした。
彼の呼吸をより近くで感じながらきゅっと結んだ唇に温かいものが、彼の唇の感触が伝わっていく。
「君はこの暗い暗い牢屋に咲く一輪の花ってとこかな。」
ミシミシっとベッドがたわむ。
彼が全体重をベッドに移した証拠。
「僕が咲かせた花、それを僕が摘み取る。」
外気に曝され、温もりを求めて鳥肌の立っている肌に彼の温かい手が伝う。
胸を這うその手は一番感じるはずの場所は避けて通り、その場所は彼の手による愛撫を求めて存在を主張する。
乳輪のまわりに円を描く指。違う、その先を触って欲しいのに。
焦らされて身をくねらす。彼の指が頂きに触れるように。
だが、指は遠ざかり、かわりに与えられたのは違う感触。
「ひゃんっ!」
くすぐったいような、ふわりと触れるか触れないかの感触。
胸の頂きを右から左に横に通り過ぎたそれは、今度は左から右へと戻ってくる。
「あんっ!」
ふわふわと頂きをくすぐられ、身をよじらせてしまう。
「ふふっ、いい反応だね。」
彼の手ではない何かは腹の上に移動して、臍の窪みにさわさわと触れる。
「ひゃあん!なに、何なの?」
何かが触れる度にぞわっと寒気が走り、からだをくねらせてしまう。
「さあ、何だろうね?」
太ももの内側をつうっと通り抜け、膝の頭をふわふわとかする。
「やめて、やめて、くすぐったいから。」
だが、彼はやめてくれない。
今度は無防備な足の裏に標的を移した。
「ひゃっはっはっはっ!や、やめ、やめて!」
悶えながら必死でからだをよじり、むずがゆい攻撃をやめるよう嘆願する。
こらえきれない笑いのせいで腹の底が痛い。額にはうっすらと汗。
彼の攻撃から逃げようと芋虫のようにぐにぐにとからだをよじる私はさぞや滑稽だろう。
「……はあっはあっ。」
彼のくすぐり攻撃がやっと止んで、私の乱れた呼吸が正常を取り戻していく。
「ふうん、こんなもんか。」
言い放つ彼は新しいおもちゃの性能にいまいち満足しきれない子供のよう。
「お遊びはここまでだね。」
これからまた彼に抱かれる。罪を重ねる。
そう覚悟したものの、彼はそのまま一向に私を求めてこなかった。
くすぐられて敏感になったからだはもっと強い刺激を欲しているのに。
「何も、しないの?」
おそるおそる尋ねる。
部屋の冷えた空気が私の熱を奪っていく。
何もしないのならば解放してほしい。鳥肌たつからだに服を着せてほしい。
くすくすと笑いながら彼は答える。
「それは君次第だね、ルーエラ。何をしてほしいの?」
彼の湿気を含んだ吐息が耳をくすぐる。
「君の望むようにしてあげる。」
この罪は消えない。
あの時私は彼に何を望むべきだったのだろう?
解放?それとも謝罪?
けれど愚かな私の選択はもう覆せない。
楽園の意味を知ったのはミムザが去った後のこと。
かつて私と似た罪を背負った修道女がいたのもその時知った。
灰色の塔。そこは私の希望の場所であるはずだった。
修道院という閉ざされた空間の中で、私はミムザの演じる偽りの友情に簡単に引き寄せられていった。
罠とも知らずに。
牢屋の囚人だったのは彼?
違う。それはきっと私。
私は今も一人この灰色の塔に囚われたまま…