頭が重い。  
喉は灼けつく様。  
からだを動かすのも億劫で、  
ひたすら眠気に身を任せる。  
 
部屋に立ち篭めるのはジンジャーのかおり。  
うっすらと目を開く。  
心配そうな顔の女性は誰?  
母?過ごした記憶は3つまで。産んだだけに等しいひと。  
義母?できることは保身だけ。健気に耐えて、儚く散った弱いひと。  
姉?あの人はこのにおいが嫌いだった。  
それでは誰?  
うちにいた女性は他にはもう…  
 
ああ、そういえば彼女がいた。  
 
「私、あの人嫌いよ。」  
新しい住み込みの女家庭教師。  
彼女がいなくなった途端姉の言い放った一言。  
初対面の人間のことをどうして嫌うのか、理由がわからなかった。  
ひっつめて結った黒髪、表  
情の見えない黒淵の眼鏡、  
薄い化粧では隠せていないそばかす、  
おまけに色気のない流行遅れのドレス。  
はっきりいってミス・ワーフはうら若き女教師と言われても  
疑ってかかりたくなるような 地味な外見の女性だった。  
世の男性は彼女を一目見ただけなら全員、  
並より下に位置付けてしまうだろう。  
でもおそらく姉は気付いていた。  
同じ女として嗅ぎとっていたのか?  
 
僕はいつ気付いたんだっけ?  
彼女の魔性に―  
 
地味ななりをしているからこそ目立ったのだろうか、  
真っ赤な紅をひいた彼女の唇は。  
「坊ちゃまは本当に勉強が得意なのね。」  
眼鏡の下でしたたかに光る目。  
不正解が多く、膨れっ面の姉は早々と部屋を去り、  
部屋には僕と彼女の二人きり。  
近くで見ると、ミス・ワーフは顔は平凡でも  
胸はそこそこ大きいことに気付く。  
ウエストもくびれているし、  
ヒップのラインもやわらかで、  
姉に比べてなんというか凹凸のはっきりした大人の女性という感じだ。  
女は顔の善し悪しに関係なく、皆成長すればこうなるのか?  
そんなことを考えたりした。  
「お父様も本当にあなたの成長を喜ばれているのよ。」  
お父様、と言った彼女の唇はぷっくりと厚く、  
赤い紅が女の性をあらわしているようで  
毒々しいと思った。  
 
違う、もっと後だ。  
 
僕は書斎にいた。  
書斎は廊下と繋がる扉の他に、父の部屋と中でつながる扉もある。  
その父の部屋へとつながる扉が中途半端に開いていて、  
そこから漂う甘いかおり。  
引っ張られるように足は扉へと進む。  
甘いかおりが強くなる。  
部屋の主である父ともうひとり、女性の姿。  
父は下半身のみ脱いでいるようで、  
女性は上半身のみドレスがはだけていた。  
腰から下に確認できる見慣れたドレスを見て女性の正体に気付く。  
ミス・ワーフだ。  
いつもはきっちりお団子に結っている黒髪はおろされ、  
彼女が上下する動きにあわせて波打つ。  
不自然にさらけだされた乳房はピンク色の乳頭までてらてらと  
なまめかしく濡れて光る。  
いつもつけている眼鏡は外され、まるで別人のよう。  
唯一いつもと同じなのは唇に赤くひかれた紅。  
そしてそのふっくらとした赤い唇が父の…  
バサッ  
手に抱えていた本を落とし、あわてて拾い上げる。  
大きな音はたててない、大丈夫、きっと気付かれて無い。  
隣室の二人を見る。  
父は行為に夢中で間抜け面のまま。  
だが、もう一人は、ミス・ワーフは違った。  
扉の隙間からのぞく僕の両の目を見据えていた。  
赤い唇で父のものを咥えたまま。  
本を抱え、僕は全速力で書斎を出て、  
そのまま自室にこもり、鍵をかける。  
扉の前で座り込み、勃起した分身をしごく。  
あの赤い唇の感触を想像しながら。  
 
父が誘ったのか、彼女が誘ったのか、今ととなってはもう知る由もない。  
だって父はもういない。  
 
ミス・ワーフはおもむろに眼鏡をはずす。  
「ねえ、あの時見てたんでしょ?」  
あの唇で、父のものをおいしそうなものをしゃぶるようにべとべとにしてたあの唇で、  
僕を追い詰める。  
「………」  
彼女は机に肘をちき、頬杖をつく。  
「あのあと私をオカズにした?」  
「そんなこと…」  
してない、と言えなかった。嘘になるから。  
「お嬢様には内緒ね。クビはいやだから。」  
それだけ言い、部屋をあとにする。  
ふんわりと漂う彼女の残り香は、昨日感じたあのかおり。  
香水なんかではない、  
その時ははっきり思い出せなかった。  
けれど記憶の奥底で知っているはずのかおり。  
 
僕は秘密の共有者に、  
父や彼女の共犯者になることを望んでいたのかもしれない。  
 
「ねえ、坊ちゃま、今夜はお父様はお出かけよ。書斎に行っても誰もいないわ。」  
彼女は僕の後ろにまわる。  
あの時見た豊かな胸をわざとぼくの頭に押し付け、頬を撫でる。  
「いい?書斎に行っても誰もいないから。」  
そう念を押し、彼女は部屋を出た。  
父が馬車に乗り込むのを見送り、  
暇つぶしにチェスをしたがる姉をなだめ、  
足早に書斎へと向かう。  
震える手でノブを回すも、中は真っ暗。物音一つしない。  
彼女の言葉の通り、「誰もいない」。  
では何故彼女はあんな事を自分に言ったのか?  
僕をからかっただけなのか?  
明かりも灯さず呆然と立ち尽くしていると、  
あの扉から、父の部屋へと繋がる扉から光がもれる。  
光の向こうに見えたのは彼女、ミス・ワーフ。  
眼鏡をはずし、髪をおろし、唇はいつも通りの赤。  
そしてあの甘いかおりが鼻孔をくすぐる。  
 
むせかえるような甘ったるいかおり。  
子供の頃、姉と一緒に台所に忍び込んで  
こっそりつまみ食いしていたもの。  
ハチミツ―  
 
彼女はまるでパンケーキの上にたらすように  
肉棒の頂点に半透明な金色の蜜をたらしていく。  
「おいしそうなキャンディーね。」  
舌先で鬼頭の蜜をつんつんと突くように舐める。  
「こんなに大きいキャンディーはどこから食べればいいのかしら。」  
反りたった肉棒の裏筋を下から上へと丁寧に舐めあげる。  
「もう我慢できないわ。ぜーんぶ頂きましょう。」  
赤い唇は蜜に濡れて妖しく光る。  
その唇が開き、肉棒を隠していく。  
肉棒を頬張ったまま上下に動き、  
たらした蜜をすべて舐めとるように前へ後ろへ横へと舌が這い回る。  
頬をすぼめて陰圧にしたり、玉の方も舐めたり。  
竿も玉もぬるぬるに覆っていたハチミツと、  
彼女の唾液とがすっかり置き換わるころ、  
限界を迎えた僕は彼女の口の中で射精した。  
彼女の口からたれていくのはハチミツと唾液、  
そして甘い甘い蜜とは似ても似つかぬ白い液。  
 
食べ物を粗末にしてはいけない、それは義母の教えだったか。  
ではこの遊びは?  
 
首から流れる蜜は鎖骨のくぼみに金色のの小さな池を作り、  
また流れだす。  
「どこにたらしてほしいの?」  
蓋のあいた小瓶からこぼれそうな金色の蜜。  
「ここかしら?」  
傾けた瓶から金色の糸がピンクの乳頭へと流れていく。  
蜜漬けのサクランボを食べるようにそこをむさぼる。  
鼻のあたまに蜜がついていたが、気にとめる事も無く、  
蜜を舐め尽くしたあとの乳首からさらなる蜜を搾るように吸いたてる。  
うっかり歯をたててしまい、しかめ面をされてしまった。  
「痛くしないで。優しくして。じゃなきゃおやつは終わりよ。」  
今度は歯をたてないよう、乳首を舐め回すだけにする。  
「ねえ、いい事してあげる。おっぱいは吸うだけじゃないのよ。」  
そう言い彼女は胸の谷間にハチミツをたらしていく。  
「もう元気になってるでしょ?」  
視線の先には再び硬さを取り戻した肉棒。  
蜜に光る両の乳房が充血したキャンディーを包み込んでいく―  
 
ハチミツはいけない遊びの大事なおもちゃ。  
いけない遊びには罰が待ってる。  
終焉を告げたのもあの甘いかおり。  
 
どうして気を許してしまったのだろう、父も、自分も。  
もっと姉のように疑ってかかるべきだったのに。  
あの頃の我が家は来るべき時に備えて  
屋敷の警備も人の出入りも厳しくなっていた。  
なのに僕達はのんきに共に住み、共に学び、共に愉しんでいたんだ。  
敵の放った刺客、ミス・ワーフと。  
 
「ちち…うえ…?」  
あらぬ方向を向いたままぴくりとも動かない父。  
左胸に刺さったままのナイフ。  
父のシャツにも、倒れこんだ絨毯にも、  
まだ赤いままの血がしみ込んでいるというのに、  
まっ先に感じ取ったのはあの甘いかおり。  
父と自分を虜にしたハチミツの…  
そしてテーブルに置かれたままの黒淵の眼鏡。  
「ちちうえーっっ!」  
 
はっと目をさます。  
大声で叫んでいたつもりだったが  
喉は思ったよりもいかれているらしく、  
すーすーと音の無い息を吐いているだけだった。  
右手が温もりに気付き、眠りの合間に垣間見た女性の存在を思い出す。  
「ミムザ、ミムザ、大丈夫?」  
伸ばした右手を握ってくれたのはルーエラ。  
そう、シスタールーエラ。  
黒いヴェールから心配そうな顔をのぞかせている。  
 
最近ルーエラにはつんけんされていたが、  
今日は体調をくずした自分に付き添ってくれていたようだ。  
感謝の笑みを浮かべ、  
部屋にただようジンジャーのかおりに首をかしげる。  
「ああ、シスタースウに聞いて生姜湯を作ったの。咳してるみたいだったから。寝てる間に少し冷めちゃったけど。」  
そう言いながら恥ずかしそうにコップを見る。  
寝汗をかいて渇いた喉にはいいかもしれない。  
ベッドに寝たまま手を伸ばし、おねだりをアピールして取ってもらう。  
いいだろう?病人なんだからわがまま言っても。  
人肌よりあたたかい程度の生姜湯。  
母と暮らしていた幼い頃、何度かのまされたことがある。  
あの頃は生姜の臭いが苦手だったが、  
鼻も喉も半分いかれた今日はあまり苦にはならなかった。  
「冷めちゃったけど、どう?飲める?少し甘めがいいと思ってハチミツ多めに入れてみたの。」  
ハチミツ…  
ぶふっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ。  
思わずむせ返り、気管の痛みに咳を繰り返す。  
「え、大丈夫?まずかったかしら?」  
ルーエラはおろおろする。  
「あら、服濡れちゃったわね。着替えないと。」  
吹き出した生姜湯と、寝汗で濡れた服を脱がせようと  
ルーエラが手を伸ばす。  
いけない、今着替えるわけには…  
駄々をこねる子供のようにいやだいやだとばたばたし、  
必死の抵抗を見せる。  
「もう、ミムザったら強情ね、子供じゃないんだから。」  
数分の攻防戦ののちルーエラはやっと着替えをあきらめ、  
半分残ったままの生姜湯のコップを持つ。  
「これもう一回作って来るから。それまでに着替えなさいよ。絶対よ!」  
 
ルーエラの足音が聞こえなくなるのを確認して、  
ごそごそと服を脱ぐ。  
さすがに脱がされたら正体がばれてしまう。  
弱っている今はそれは避けたい。  
 
いつも通りの静寂しかない部屋の中。  
頭の中にこだまするのは彼女、ミス・ワーフの声。  
縄に繋がれた彼女とかわした最期の言葉。  
「ねえ、見てたんでしょ?私がお父様を殺すところを。」  
 
そう、見ていた。  
けれど止められなかった。  
彼女が嬉しそうに父にナイフを突き刺すところを。  
 
 

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