「なかなかいい眺めだね。」
グラスを傾けるアレド様。
「ふふっ。エミリアったらまたいっちゃったのかしら。」
濡れた指を戦利品のように掲げるシシー。
「そう。そうよ、舌を使って……」
うっとりとした表情のミランダ。
薄暗い部屋の中絡みあう肢体。
快楽という名の逃げ難い檻の中、私は得る術と与える術を知った。
細い指が濡れた秘唇をつたう、
柔らかい乳房が顔を塞ぐ、その頂きを赤く彩られた唇が包み込む―
「エミリア。……聞いているのですか?エミリア。」
母の呼び掛けにはっと我に返る。
「ちょっと考え事をしてて。何か?」
「今夜のことよ。全く、そんな調子でフレド様の前に出ないで頂戴。お父様に何を言われるか。」
母の心配は私が今夜の夜会でフレド様の機嫌を損ねやしないか、それによって父が憤慨しないかということのようだ。
「心配しないで、お母様。」
母はふうっとため息を吐く。
「そうは言っても……貴女最近ぼうっとしてることが多くてよ。」
母の小言はいつの間にか耳から耳へと抜けていく。
気を抜けばほら、あの声が、吐息が、耳にこだまする。
呼び出されるのはいつも通り、薄暗い部屋。
違ったのは彼以外の客がいたこと。
彼と共に我が者顔でベッドに横たわる二人の女。
「へえ。あなたがあのエミリア。知ってるわ〜、お客さまからしょっちゅう聞くもの。」
色濃く塗られた紅がなければただの少女に見えるに違い無い。
だが、あどけない童顔と不釣り合いな豊満な乳房を揺らしながら金の髪をかきあげる。
「出来過ぎたお人形さんみたい。男はこういうのが好みなのね。」
顔をしかめて睨みつけてきたのはもう一人の女。
南方の生まれか、血でも混じっているのか、褐色の肌に赤毛と都では珍しい組み合わせだ。
「それじゃ、あたし達は帰った方がいいのかしら?」
身繕いをしようとする金髪の女に対し放ったアレド様の答えは意外なものだった。
「いや、シシー。このままここにいてくれ。」
きょとんとする金髪の女、シシー。
「君もだ、ミランダ。」
赤毛の女、ミランダの方は訝し気な表情を見せた。
他人が見れば私もきっと怪訝な顔をしてたに違い無い。
正直なところ、遊女達と同室にいるというだけで不快だった。
それが今後も続くと宣言されたのだから。
扉の前で立ちすくんだままの私を見てアレド様が優しく微笑む。
出会った時から変わらぬ生気の乏しいくすんだ瞳で。
「さあおいでエミリア。彼女達から色々教えてもらうといい。」
「きゃー、見てこのお肌。どうやったらこうなるのかしら?」
長く伸ばされた爪で傷を作らぬ様そっと撫で回す指。
「くやしいけど綺麗ね。食べちゃいたい…」
そういう口の端からはきらりと唾液が光る。
わたしのからだにまとわりつく四本の腕。
振払ってもも振払っても抵抗空しく、次々と身ぐるみを剥がされ、
からだの一つ一つを己と競べる様に値踏みされていく。
同性である女に服を着せられることも、脱がされることも慣れている。
だがこの二人は屋敷にいる侍女達とは違う。全く性質の異なるもの。
彼女達は本来異性であるはずの男に奉仕するための存在なのだから。
「さっきから黙りっぱなしじゃないの。ちょっとはしゃべったらどうなの?」
私は唇をかたく結ぶ。
彼女らと話す事などない。
遊女だからというのもあるが理由の全てでは無い。
元は遊女であろうとも、男の愛を勝ち得れば堂々と表舞台で本妻さながらに振舞う者もいると聞く。
その子が家を継ぐ事もある。
ただ、悔しかったのだ。同等に扱われることが。
彼女達には一夜の奉仕に対する見返りがある。
金銭と言う分かりやすい報酬が与えられる。
だが、私にはない。
金銭や宝石を私に与えても意味の無い事を彼は知っている。
せめて心通じあっているのなら救いがある。
けれどどうしてわかってしまうのだろう。彼の心は私に向けられていないと。
「ふん、噂通りね。男にしか微笑まないって。」
肌に食い込んだ爪の痛みに思わず相手を睨みつける。
「ほんとに男ってどうしてこういう女を…」
「まあミランダ、彼女も緊張してるんだ。仲良く頼むよ。」
言葉を遮ったのはガウンを緩く羽織り、ソファで酒を注いでいるアレド様だった。
目の前に突き出されたのは赤い毛に覆われた女の秘部。
「まさか自分だけ気持ち良くしてもらおうと思ってるの?」
濡れた毛先から女の匂いが香る。そしてもう一つ、生臭いあの臭いも。
要求されていることを飲み込めぬまま私は顔をそむける。
だが、無理矢理頭を戻され、私の唇に己の秘唇を押し付けた。
「さっきのがまだ残ってるでしょ。綺麗にしなさいよ。」
唇に、顔に、彼女のものとそうでない粘液がこすりつけられる。
「早く、舌で舐めるのよ。」
顔にミランダの全体重をかけられどうになり、息苦しさから唇を開く。
「ミランダはお嬢様が嫌いなのよ。でもあたしは可愛い子は大好きよ。男でも、女でもね。」
そういうとシシーは私の足をつかみ、指を口に含む。
想像しなかったできごと。背筋に寒気が走った。
親指から始まり小指へと、一本一本味わうように舐め、時折指の股を舌でくすぐる。
「ミランダを気持ち良くしてあげられたら、あたしも気持ち良くしてあげる。それまではお預け。」
そういうとシシーは足を持ちかえた。
私の頭を押さえ付けるミランダの手は緩まることがなく、観念した私は恐る恐る舌を伸ばす。
濡れた陰毛の先にわずかに触れる程度に。
「やっと言う事を聞く気になったのね。これからが本番よ。」
「女の感じるところは皆一緒よ。覚えておきなさい。」
私の脛に己の秘部を、愛液をすりつけながらシシーが言った。
屈辱的なこの状況を逃れられない以上、命に従うしかなかった。
必死で舌を動かし、肉のヒダの中に埋もれている何かを探り当てなければならなかった。
ヒダの付け根にわずかな突起を見つける。
「そこがクリトリス。女は感じるとそこが勃起するのよ。」
試しにその突起を舌先で突けばミランダは曇った声を漏らす。
だが、私の恥部を毛の上から優しく撫でているだけだったシシーの手がするりと秘唇に滑り込む。
そして渇いた肉のヒダを割り、クリトリスをつまむ。
「……んんっっ!」
いきなりの行為に驚きからだが飛び上がってしまったかと思った。
だが、シシーが同じ行為を繰り返し、その度に同じようにからだを溶けるような刺激が走る。甘い刺激が。
自分もミランダと同じ、クリトリスを弄られているからだ。
ミランダがからだを動かし、私の舌を己の更に深い場所へと導く。
溢れてくる温かい蜜を必死で舐め取るも、時折混じる苦味に思わず顔をしかめる。
「苦い?それ、彼のよ。二回も出したからまだ中にたくさん残ってるかしら。」
自慢するようにミランダが言い、同時に足下からシシーの笑い声が聞こえた。
「あんまりいじめちゃ可哀想よ。この子今日はまだ彼に愛されてないんだから。」
秘部をなぞるシシーの指は渇いていた私の秘唇を潤わせる。
そして蜜にまみれた彼女の指も自分の一部と錯覚してしまうような穏やかな愛撫を繰り返す。
「ほら、舌を休めないで。ミランダが怒るわ。御褒美をあげるから……」
柔らかい、細い、女の指が中の蜜をかき出すように蜜壷に出入りを繰り返す。
男茎に満たされているのとは違う、弱々しいながらもからだの内側をくすぐられ続けている。
やはり舌はおろそかになってしまい、ミランダが腰を動かし続きをせかす。
鼻の頭も顎までも彼女の愛液でべとべとだった。
もう、彼女達が男でも、女でも、どうでも良くなり始めていた。
彼女の熱を舌で感じながら、女の秘部と男茎とどちらの方が熱いのかとくだらないことを考えたりした。
会ったのはあの夜一度きりだったというのに、不思議と彼女達は私を覚えていた。
皆が私を忘れたあとも。
互いの顔の見えないはずの懺悔室の中。
貴婦人にしては強すぎる香水の匂いが狭い部屋に充満する。
紅に彩られた唇が開き、語られるのは悪魔の囁き。
「ねえ、シスターヴァーナ。一晩だけ戻ってみる気はない?エミリア=オーグスに……」
彼女達は知っていた。覚えていた。
私が堕ちたことを。
いつからかこの糸は黒く染まっていた
いくら別の色で染めようともこの黒は消えない
もし父が望んだようにあの夜会で私とフレド様が踊っていたら、事態は変わったのだろうか?
「エミリア、よく覚えておきなさい。」
「はい、お父様。」
目の前の父はいつになく厳しい面持ちだった。
「フレド様はこのところ五公家全ての催しに非公式とはいえ出席されている。だが、表に顔を出してはいない。あの兄王子は別だが……彼には継承権がない。多少好き勝手しようがただの貴族と思えばよい。」
兄王子、継承権が無い、名前すら出し手もらえぬアレド様の事を父が口にした瞬間ちくりと胸が痛む。
「だが、今晩お前をダンスのお相手をして指名した。どういうことかわかっているか?」
「はい、お父様。」
私の返事に母も頷く。
「カインフォルタでもバズでも一族の娘達が王子の相手として用意されたはずだ。だが王子は選ばなかった。
お忍びのまま姿も見せなかった。だがお前は違う。まだお前が妃になると確定したわけではない。王子がお前を選んで皆の前に姿を現した、今夜はその事実が皆に伝わればよいのだ。」
言い切った父の顔は満足気だった。
長年かなうはずのなかった他の五公家を出し抜く。
その期待に満ちあふれていた。
父は厳格だった。そうでなくては己のプライドを守れなかったのだ。
同じ土俵にいたはずの五公家はいつの間にか遥か先を歩んでいた。
カインフォルタが新しいものを好むなら、オーグスは古いものを好むしかなかった。
バズが派手を好むなら、オーグスは地味を好むしかなかった。
だが父は意外な思わぬ幸運でついに他の五公家に王手をかけようとしていた。
私という駒を使って。
「旦那様…」
ノックして入ってきた執事が彼等の来訪を告げる。
ふと振り返った鏡にうつった自分。義姉が選んだ翡翠の髪飾り。
いつぞや屋敷に呼ばれていた宝石商。
義姉は自分の買い物に私をつきあわせているとばかり思っていた。
だが、実際に用意されていたのは私の為のもの。
「貴女にはみんなが期待してるのよ。」
そう言って義姉はこの飾りを渡しにきた。
見た目程この飾りは重くは無い。だが、重い気がした。
からだ全てが地に沈んでしまう程に、重く、重く。