一時の夢を見る事は誰にでも許されている。  
父にも、兄にも、そして私にも。  
けれど同じオーグスの血を持っていても、この三人が同じ夢をみていたとは限らない。  
 
「私は先に御挨拶をしてくる。お前達はここで待ってなさい。」  
父と母がリヴェスタールの次の担い手の元へと向かう。  
「お前は幸運だ。もしこの話がなかったらお前は確実にファンダルのとこに嫁がされてた。いや、グレイグあたりか?あいつ父上にいくら積もうとしてたか知ってるか?」  
皮肉るような兄の物言いに義姉が口をはさむ。  
「そんな風におっしゃったらエミリアが傷付くでしょう?」  
「大丈夫ですわ、お姉様。」  
「これしきの事気にしてたら五公家の娘は名乗れない。そうだろう?エミリア。」  
兄の言葉に私は無言で頷く。  
「お前も幸運だが父上はもっと幸運だ。いや、一番幸運なのは私か?オーグスが失いかけていたもの。金、名誉、権威、全てを運んでくれる妹がいるんだから。」  
兄は私と義姉をひき寄せる。  
「これからはオーグスの時代だ!カインフォルタでもバズでもない、我等の時代が来るんだ!!」  
兄の腕には力がこもっていた。  
せっかくあつらえた髪飾りがずれてしまわないようにと頭をそらす。  
兄の言うところの我等の時代には、王冠をつけた気の弱い王と実家の期待を冠にのせた王妃がいようと、かつて皇太子と呼ばれていた病弱な王子など既に存在しない世界なのだろう。  
うっすらそんなことを考えた。  
 
馬車が着飾った招待客たちを次々と運んで来る。  
招待客は普段父が好むようなこじんまりとした夜会の倍以上だろうし、これからもっと来るだろう。  
父は家長として挨拶をしてまわりながらも心はそこにないようでそわそわしていた。  
私は取り囲む男達に適当に言葉を返し、時折ダンスを踊り、その時を待つ。  
フレド様が、この会場に姿を現し、私とステップを踏むその時を。  
一方のアレド様は今日はお忍びという感覚がないのか、時折どこかの婦人と談笑してはまたふらりと姿を消している。けれど私には声もかけないし目もあわなかった。  
フレド様はまだ皆の前に姿を現していない。  
父から聞いていた予定の時間が近付く。  
だがいつになく慌てた形相の執事が父の元に駆け寄ると、何を伝えたのかわからないが、父は血相を変えて出ていく。  
父の顔色から何か良くない事が起きたと察した母が、取り巻いていた古い友人達を置いて私の元に来る。  
「エミリア、私も下がります。あとで貴女も呼ぶからお兄様は大分お酒を召してしまってるけど貴女はお客さまに粗相のないようにね。」  
顔を赤くして上機嫌の兄は、父も母も姿を消したことなどお構い無しのようだ。  
彼の頭の中では既にオーグスの時代が始まっていたのだから。  
 
「あ、あのっっ、エ、エミリア嬢さま、」  
背後から小声で名を呼ばれ、驚いた私は勢い良く振り返る。  
見れば年若い女中、恐らくまだ家人に接するような機会が少ない下の者だろう、猫背でおどおどしており、私と目線があわせきれていない。  
「お、お嬢様に、お、お渡しするようにと……」  
震える手で差し出されたカード。  
文を読まずとも、字だけでわかった。差出人が誰かも、その目的も。  
 
「まさか本当に抜け出して来るとは。仮にも今日は君が主役になるはずだった夜会だろう?いくらお披露目が潰れたとはいえ、まさかね…」  
するすると袖を抜きながら、話し掛ける彼。  
「呼び出したのは貴方でしょう?どうしてこんな時に!」  
「あんなに今日を楽しみにしてた割にフレドの奴はさっさと帰ったし、どうも暇でね。」  
彼は早くおいでよと急かすようにベッドをぽんぽんと叩く。  
「暇だなんて恐れ多い…王族は次々に王城に集まってるって父が。王太后様が心配ではないのですか?」  
「別にまだ危篤ってわけじゃない。年寄りにはよくある話さ。それに仮にそうだとしてもあのばあさんは僕に看取られて逝くなんて死んでも嫌だろうよ。」  
「そんな……でも、貴方のお祖母様でしょう?」  
「君は何も知らない。」  
「……?」  
中途半端に脱ぎかけてはだけた服。いつも通り、血色の悪い肌が垣間見える。  
「君は知らない。君の父上も、オーグスだけじゃない。他の五公家連中も、知らない。何も知らない。」  
腕を強く引かれ、彼のからだの上に倒れこむ。  
〜只の駒になる前に、知りたい  
下にいたはずの彼がいつの間にか上になり、わけがわからぬままほうけている私の唇を塞ぐ。  
細腕ながらも私のからだを押さえ付ける力はとても強く、その一方で唇に伝わる温もりはとても優しいものだった。  
〜色々教えてあげようと思ってね  
ドレスの内部に侵入してくる細い指を感じながらも、私の頭の中はこの目の前にいる『何も知らない男』のことでいっぱいだった。  
「絶えてしまえばいい。僕が滅びる様に。」  
耳もとで囁かれるのは愛では無く呪いの言葉。  
「リヴェスタールも、君も。」  
 
触れあっていれば、繋がっていれば、  
何もかも解りあえているいるように錯覚してしまう。  
実際に解っているのはからだを求めあっていること。  
本能に近いただの衝動。心などともわなくてもいい行為だというのに。  
だから思うのだ。  
この行為はからだではない、心を開きあった者達にだけ神が許す行為なのだろう、と。  
 
ドレスの胸元は大きくはだけ、片方だけ露になった乳房からはつんとたった桃色の乳首。  
乳房をこねくりまわされ、乳首をつままれ、しごかれた。  
赤児のように乳首を口に含まれ、しゃぶられ、渇き切らない唾液のあとがうっすらと夜風に冷たい。  
桃色の乳輪にわずかに滲む血。彼がつけた歯の跡だ。  
腰までたくしあげられたドレス。  
足は左右に大きく広げ持ち上がれられ、  
曝け出された秘所は彼の思うが侭に愛撫にされる。  
「あ……んっ!!」  
溢れる蜜を掬い取るように舌で拭われる。  
ぱっくりと開かれた花弁は色を赤らめ露に濡れながら同じ様に赤い侵入物に翻弄される。  
舌先で突かれぷっくりと肥大したクリトリス。  
そこに歯をたてられた瞬間、からだ中の全神経を一斉に刺激されたかのように痙攣する。  
くちゅくちゅと蜜を存分に絡めながら一本、また一本と増やされていく指。  
悪戯な彼の舌は蜜壷を素通りし、小さな皺の寄った菊門に伸ばされる。  
「そこは!!」  
必死に放った拒絶の言葉。  
だが、舌はそこを離れようとせず、閉められた入り口をつつきながら侵入を試みる。  
「んっっ!!やだ……」  
からだをよじって逃げようとするも思う様に彼の頭は離れず、蜜壷は絶えず新しい蜜を菊門に向かって垂らし続けていた。  
その光景はまるで嫌がる子供をあやしながら言う事を聞かせる様だろう。  
彼の舌は閉じた菊門を柔らかく広げ、そこに蜜に濡れた指がすかさず侵入する。  
ゆっくりと、粘膜に傷をつけない様に。  
初めは爪先すら隠れぬほど。次に爪の甘皮も見えなくなるまで。  
そして第一関節までもがすっぽりと埋まった。  
排泄器官への逆流という経験の無い行為。  
私は快も不快も感じることなく、ただこのおぞましいこの行為が一刻も早く終わる事でけを願っていた。  
抵抗すらできないほどに固まってしまった私を見て、彼が要約その行為を中止する。  
「どうやらお気に召さなかったようだ。」  
解放された足が久々に地を踏む。  
 
安堵もつかの間。  
体勢を変えられ、目の前につき出されたのは半勃ち状態の男茎。  
彼はわかるだろうと言わんばかりの目で私を催促する。  
おずおずと口を開き、唾液をたっぷりと含ませた舌で裏側から舐めあげる。  
先端から包み込む様に咥え、歯をたてない様に気を付けながら口中の粘膜で粘液を絡ませていく。  
時折強く吸いたて、先端から滲む苦味をこらえ、口の中で熱く、硬くなるそれを必死でしゃぶる。  
喉に当たるくらい奥まで咥え、鬼頭付近まで戻す。その繰り返し。  
舌で包みこみながらその大きさを感じ、これから与えられるであろう快感を思うと先程の愛撫の熱が冷めぬままの秘唇が更に熱くなる。  
存分に大きくなった男茎を咥え続け顎のだるさを感じはじめる頃、動きを止められ、また体勢を変えられる。  
四つん這いになった私の尻を彼が支え、ゆっくりと挿入が開始された。  
向かい合って挿入される時とは違い、互いの顔を見る事のないまま、ただ快感だけを共にわかちあう。  
獣の交尾と大差ない。  
男茎が最奥まで侵入する度に、ぱんぱんと肉同士のぶつかり、尻だけでなく足にまで伝いそうな愛液がぐちゅぐちゅと音をたてる。  
彼の腰の動きに私の両の乳房は大きく揺れ、それを尻から離れた彼の手が掬い、優しく揉む。  
「はあ……あっっ、ん!」  
与え続けられる快感に体重を支えていた両腕の力は奪われ、私は顔を床についてしまう。  
果てることなくずっとつながったまま、快感の波に揺られたままでいたかった。  
体位を変えられ、向かいあった彼が私の唇に、頬に、額に、耳たぶにと啄むような口付けを落とす。  
首筋を強く吸われ、脇も、腕も、乳房も彼の口付けの的となる。  
私は開かれた足を彼の腰に回し、快感の波にあわせて彼の分身を逃さぬ様にと膣を締め付ける。  
〜君は何も知らない  
そう、私は彼のことなど何も知らないに等しかった。  
確かに知っているのはこの温もりだけ。  
最奥に放たれる白濁の熱を感じながら、私は瞳を閉じた。  
 
翌日気付いた。白い肌の上に花咲く薄赤い印。  
それは弟王子がなし得なかった所有の標というよりは、  
彼が生きていたという証だったのかもしれない。  
 
 この国を紡ぐ糸の一つになるはずだった  
 かつては絹糸だったかもしれない  
 いや、光り輝く金糸だったかもしれない  
 でも今はどんなに梳いて撚っても、  
 糸になれない細くか弱く役に立たないかたまり  
 彼の糸車はもう長いこと空回りしたまま、壊されてしまった  
 
祝砲が空砲になってしまった肩透かしの夜会から数週間。  
王太后が亡くなった。  
王族及び五公家は慣例に倣い彼女の喪に服し、  
もともとはっきりした形にまとまっていなかった私とフレド様の縁談は白紙に戻されたも同然だった。  
そもそもフレド様の后を五公家からと推していたのが王太后だったため、喪があけた後その大前提がなくなる可能性もあったが、時折私宛に寄せられるフレド様からの書簡は父を無駄に勇気づけていた。  
民草はともかく貴族達も、実のところ五公家ですら、死んで初めてその存在を思い出す程度だった王太后だが、実際には王を動かしていた真の王は彼女だった。  
血を辿れば同じと言えども、五公家はもう王家とは別のもの。  
各家には各家の事情があるようにリヴェスタールにはリヴェスタールの事情が、闇が存在した。  
王太后は三代に渡り王族に強い影響力を及ぼし続けていた。  
彼女の後ろ楯で王になったものもあれ、王妃になったものもあれ、その逆も然り。  
自らの子ですら容赦なく切り捨ててきたというのなら自らの孫に対する罪悪感など雀の涙すらないのだろう。  
 
結論から言うと、王太后の喪が開けぬまま王族は続けて新たな喪に服すこととなる。  
そして長かった喪が開けてほどなく、暗かった空気を一変させる明るい話題が都中を駆け抜ける。  
皇太子であるフレド王子の妃が決まったのだ。  
久々の明るい話題の中、人々は忘れたはずだ。  
かつて五公家が一つオーグスの家長にエミリアという娘がいたことを。  
 
 
「しっかし驚いた!まさかあのエミリアがここにいるなんて。セナの遠縁ってのは聞いたけど。」  
「シスタースウ、その名は棄てました。ヴァーナ、と、そう呼んで下さい。」  
「そうは言われてもだってエミリア=オーグス本人じゃないか。」  
好奇心なのかお節介やきなのか分からないが、  
ここ、メイア修道院に来てからも相変わらず同性に、つまりは他の修道女達に敬遠されがちな私を構うのはこのシスタースウと元々遠縁であるシスターセナくらいだ。  
社交界にいた頃同性に煙たがれていた私だが、修道院の中でもその状況はあまり変わらない。  
神に操をたてた信心深い人間の集まりのはずなのに、私は嫉妬と嫌悪の入り交じった視線に毎日曝されている。  
足早に洗濯物の入った籠を持って歩く私の後ろをシスタースウが追う。  
「他のシスターには言わないからさ、教えてよ。ここに来た理由を。」  
「理由も何も、シスターセナが言ってた通りです。」  
「病気ですって言われてもねえ。あんた血色いいし、ぴんぴんして……エミリア?」  
籠を持つ手に力が入らない。  
急に襲ってきた激しい痛みのせいだ。  
「ちょっと、真っ青じゃないか。大丈夫かい?エミリア?」  
スウの呼び掛けに応じようと笑顔を作ろうとした瞬間、私の意識は落ちた。  
 
この終わりかけた長話にはまだ少しだけ残りがある。  
シスタースウも聞きたがってることだし、どうせだから洗いざらいしゃべってしまおう。  
それで私を軽蔑したいのならすればいい。  
彼の罪と、私の罪。  
そして私が黒衣を纏う理由を。  
 
 

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