胸の前で十字を切り、今日も形だけの空っぽな祈りを捧げる。  
礼拝堂の聖母像が声無き声で私に問いかける。  
汝の罪を悔い改ぬのか、と。  
だが、私は何も返さない。  
 
失ったものは山程ある。  
後悔する気はない。  
たとえあの情熱は長らえないものだったとしても。  
色とりどりのドレス、豪華な食事、尊敬すべき家族。  
何不自由のない生活はもう過去のもの。  
黒一色の一張羅、質素な食事に感謝し、頼れるのは自身だけ。  
当たり前のものさえ容易には手に入らない現在。  
そしてきっとこのまま代わり映えのないであろう未来。  
祝福を受けるための資格はとうに手放した。  
死してこの身が地獄へ堕ちようとも恐くはない。  
きっとあなたが待っているのだから。  
 
 記憶の糸が交差する  
 
「何という恥知らずな!」  
「恐ろしい、どうして貴女はそんな愚かなことを…」  
「おまえは一族の名を汚したんだ。」  
「貴女にはみんなが期待してたのに、よくもまあ。」  
「貴女の行いはお父様の顔に泥を塗ったのよ!」  
やっと起きれるようになったばかりの私を取り囲む皆の顔には憐憫の情などかけらもなく、鬼の形相で非難の言葉をぶつけるばかり。  
いまだ癒えることのない私のからだを気づかう者など皆無だった。  
それだけの罪、それだけの罰。  
私が切望して、あっけなく失った情熱は―  
 
例え偽りでも、夢見ていられるなら見続けていたかった。  
 
 絡まった糸が別の記憶を呼び覚ます  
 
月夜に照らされて浮かび上がるひとつの影。  
遠くで聞こえるワルツの音色。  
誰も知らない。気付きもしない。彼と私が二人ここにいることを。  
互いの熱を感じ、互いの鼓動を感じ、互いの息遣いを聞き、互いの名を呼ぶ。  
けれど交えたからだを二つに離せばあとはまたそれぞれの場所に帰るだけ。  
一緒にいられる時間は限られている。  
なごりを惜しむような睦み合い。  
甘い言葉を期待しながら指と指を絡ませる。  
青白い腕で私を包みながら彼は私に囁く。  
「ねえ、フレドとも寝てみてよ。」  
いつもと同じ、冷ややかな声で。  
「それで君が孕んだらどっちの子かわからなくなる。素敵だろう?」  
くすくすと笑いながら彼は私の腹を撫でる。  
月のものは終わったばかり。何も宿していないはずの腹を。  
「憧れの女を手に入れたと思ったら、恋敵とすら思ってなかった死に損ないのお下がりだったなんてね。」  
 
彼が私に近付いたのは、純粋に私に好意があったからだと思いたかった。  
彼が私を抱いたのは、私同様に彼も私を愛しているからだと思いたかった。  
でもそれは夢。  
どこまでも自分にだけ都合のいい甘い夢。  
 
 糸がほどけはじめる  
 
時は溯る。  
夢のはじまりの時へと。  
 
「今日もなんて美しい。」  
「おい、お前何抜け駆けしてるんだよ。あいつなんか無視して僕と一曲踊ってくれないか?」  
「君の為に駆け付けたよ。今日こそ僕の気持ちに答えてくれよ。」  
男達はいつもの薄っぺらい賛辞を武器に私を取り囲む。  
「気分が優れませんので。」  
男達の顔もろくに見ないで、会釈だけしてその場を後にする。  
「見ろ、彼女が俺に笑ったぞ。」  
「何馬鹿言ってる。僕にだ!」  
愛想笑いをしただけなのに、残された男達は馬鹿な言い争いをしていた。  
「…やあね、きれいだからってお高くとまっちゃって。」  
「私達とは出来が違うのよ。お家柄はもちろんお顔の出来も。男なんて選び放題よね。」  
「男には挨拶してもどうせ私達なんか無視よ。」  
同世代の娘達に歩み寄ろうとしても、聞こえて来る陰口に自然と足が他を向いてしまう。  
人目を避けて静かなところへ。そう願って選んだ裏庭に面したテラス。  
月夜というには雲が多く、月も星もさほど見えない。  
表の大庭園と比べてぱっとしない裏庭を見ながらため息をつく。  
(早く帰りたい。)  
元々私の両親はこういった夜会が好きではない。  
もちろん貴族である以上出席しないわけにはいかないのだが、  
私のような嫁入り前の娘をあまり人目に曝すべきではないと思っている。  
あらぬ懸想をもたれぬために。  
持って生まれたこの容姿はどうも人目を惹き付けてしまうらしい。  
言い寄る男達と一言でも口をきくようなら、家に帰った途端父母に囲まれ「男に媚を売っている」と咎められる。  
必然的に私はこういった場で男達を避けるようになっていた。  
だが、そんな私の態度は彼等をかえって煽ってしまったらしい。  
落とせぬのなら落としてみせる、と。  
そんな噂が同世代の娘達に良い印象をあたえるわけもなく、  
友人と思っていたものがひとり、また一人と陰口を叩く側へと変わるのに時間はかからなかった。  
 
今日はカインフォルタ家主催とあって、賑やかなところを好まない父母でもそ知らぬ顔をするわけにいかない知人が多くいるようだ。  
当分帰らないだろう。  
「好きでこんな顔に生まれたわけじゃ…」  
誰に聞かせるわけでもなく、ぽそりと呟いた本音。だが、  
「へえ、君ってそんなひどい顔してるの?」  
一人だとばかり思っていた私はベランダの片隅から思い掛けない返答を得てしまった。  
目が暗闇に慣れず気付かなかっただけで、テラスには先客がいたのだ。  
 
雲が晴れて月明かりが私達を照らす。  
テラスの端で、壁に背もたれ床に座り込んでいたのは細身の青年。  
月明かりのせいかその顔はやけに青白く、生気の乏しい瞳が私を見ていた。  
「なんだ、言う程ひどくないじゃん。」  
彼はつまらなさそうに言うと、私から視線をはずし、再び月を見上げる。  
だが気紛れな雲はまた月を隠してしまい、暗闇がテラスを包み込む。  
残ったのは静寂と気まずい空気。  
先客の邪魔をしても悪いと思い、ひとまず広間に戻ろうと踵を返す。  
衣擦れの音を聞いてか、先客がまた声をかけてきた。  
「もう行くの?戻ったってつまんないよ。あんな奴ら…」  
暗闇に慣れてきた両の目で彼を見る。  
つまらないと言いながらも退屈してるのは彼本人のように思えたがそれを口にできるわけもなく、  
「お邪魔でしょうから。」  
悩んだ末にそれだけ言い私はテラスを後にした。  
 
広間に戻ると父に呼ばれ、カインフォルタ公やその友人と名乗る人物らと言葉をかわす。  
訛りまじりで話し掛けられ、公の友人がこの国の人間ではない事を知る。  
今日はこの国の貴族だけではなく、隣国の貴族や将校、名だたる豪商なども招かれているらしい。  
カインフォルタの家は昔から新しいもの、異色のものにも開放的だ。  
異国の人間とも積極的に交流をはかる。  
珍しいもの、おもしろいものがあれば都に持ち込み、それらがこの国の流行や文化となることすらある。  
式典の時位しか顔を出さない引きこもりがちなフィングリードは別にしても、しきたりを重んじる家の多い五公家の中で、新しい物事を好むカインフォルタは特殊とも言える。  
酒に酔った声。怒った声。笑う声。訛りまじりの声。  
かわされる会話の中で、たまたま耳に残った言葉があった。  
「今夜は……がお忍びで……てるらしい。」  
お忍び。そう聞いた時、何故かあのテラスの青年のことがまっ先に思い浮かんだ。  
けれど確信はもたなかったし、すぐに他の話題に気を取られていった。  
もう少し耳をすまして話を盗み聞いていれば、わかったのに。  
 
「今夜は皇太子がお忍びで来てるらしい。何せカインフォルタのパーティーは毎度美女揃いだ。」  
「へえ、そういえば今度の皇太子妃は異国の姫じゃなくて五公家の娘から選ぶっていう噂を聞いたけど。」  
「ならばあの娘に決まってる。王子と年も近いし、何よりあの美貌にかなう娘は都中、いや、国中探したっていないはずだ。」  
 
あのテラスでの出会いが始まり。  
それは偶然ではなく、かといって赤い糸に結ばれた運命の出会いというわけでもでもなかった。  
 
ニ度目の出会いは確かバズ家の演奏会だ。  
その晩は雲もなく満月が夜空を飾っていた。  
演奏会とは名ばかり、お粗末な素人演奏のあとはお決まりの馬鹿騒ぎ。  
外の空気を吸ってくると母に伝え、庭へ向かった私は噴水の傍に座る一人の青年に気付いた。  
顔もろくに見てなかっはずなのに、あの時の彼だと一瞬でわかった。  
柔らかな月明かりが青年を照らす。  
ぼんやりと月を見つめる彼の姿から一瞬でも目をはなしたら月明かりにのまれて消えてしまいそうな気がした。  
 
青年は私の気配に気付くとゆっくりと私の顔をとらえる。  
「ああ、この間の。また会ったね。」  
座り込んだままの彼は顔だけこちらに向けるもとくに動く気はないらしい。  
「今夜も同じ。つまらない奴しかいないだろう?」  
つまらないと言いながらも何故招待に応じているのか?彼の言葉にひっかかった。  
「あなたはつまらない他の客とは違うの?」  
私の問いに彼は当然のことのようにうなずいた。  
「僕は付き添いで来ただけだからね。僕が来たかったわけじゃない。」  
付き添い、ならばこの青年には男であれ、女であれ、連れがいるのだろう。  
「あなたがこんなところにいたらお連れの方は困らないかしら?」  
「さあね。僕はあいつのお守りじゃない。ここに着いてから僕は僕、あいつはあいつで好きにやってる。」  
「あっさりしてるのね。」  
「ああ、あいつには一生の問題でも僕には生憎と関係ないんでね。」  
この青年の話し方にはどこか皮肉めいていたが、不思議と不快にならなかった。  
そういえば普段近寄って来る男達は薄っぺらい賛辞の言葉で私の気をひこうとするだけ。  
こういう話し方をされるのは珍しかった。  
彼は積極的に私に話し掛けるわけでもなく、酔い覚ましでもしたいのか時折水に手を浸し、あとはぼうっと座っているだけ。  
私も彼とは少し離れて、噴水の縁に腰をおろす。  
明るい室内、華やかな音楽、陽気な笑い声、色んなものに満たされた邸内。  
だが、ここに流れるのは会話すらない、水の音と月明かりだけが全ての穏やかな時間。  
「曲が変わった。僕の方はもう行くことにするよ。」  
ものぐさそうに立ち上がる青年。  
身長はそこそこ高いが青年男性にしては肉付きは悪く、痩せていた。喧嘩でもふっかけられたらひとたまりもないだろう。  
着ている服は月明かりの下で見てもかなり上質な生地と思えた。そこそこ財力のある家の人間なのだろう。  
顔色が悪く見えたのはきっと月明かりのせい。  
去り行く彼の背中を見ながら、そう思った。  
また話をしてみたい。そう思うような人に会ったのは久しぶりだった。  
 
二度までなら偶然。まだそう思えただろう。  
だが、私は三度彼と出会うこととなる。  
本来仕組まれていたのは私と彼の出合いではなかった。  
そんなことは微塵も知らずに。  
思えばカインフォルタの夜会にもバズの演奏会にも、両親だけ出席すれば家の体裁は保たれたはず。  
伴うのも、私ではなく、兄と兄嫁でも良かったはず。  
だが、わざわざ私を連れて出席した。  
私があのお方の目にとまるように。  
 
いつも見つけてしまうのは私の方だったのに、三度目は彼の方からやってきた。  
エンシェン夫妻は数多い子供の中でも末娘がかわいくてしょうがないらしく、母と私は延々と自慢話を聞かされていた。  
だが、父、もしくは母といれば煩わしい男達は容易に声をかけてこないし、女達の嫉妬を買うことはないので、私はしばらく長話に付き合う気でいた。  
そこに背後から私の肩を軽く叩く者が現れる。  
「やあ、また会ったね。」  
彼、だった。  
心のどこかで今日もどこかで会うかもしれないとは思っていた。少し期待もしていた。  
だが月明かりの下でなく、人の灯した明かりの眩しい邸内でこんな風に会うとは思わなかった。  
いつも私に群がる男達は、一人でいる時はともかく、両親といる時の私に気軽に声をかけるのタブーと決め込んでいるようで、それを堂々とやってのけた異端児の出現に会場がざわめくのがわかった。  
エンシェン家自慢のシャンデリアの下でも、彼の顔色はどこか青白かった。  
「お知り合いの方なの?」  
母が小声で囁く。いつの間に男と知り合ったのかとどこか咎める様に。  
でも私はまだ彼が何者かを知らない。ほんの二回、言葉をかわしただけなのだから。  
母にも彼にも何も言葉をかえせずにいると、理由を察したらしく彼は母に向き合う。  
「マダム、ちょっと彼女をお借りしても?」  
私に悪い虫をつけてはならないと母は彼に警戒の目を走らせる。  
その母の視線が一点で止まる。  
「あっ…」  
母は急いで扇を口元にあて、その表情を隠す。  
そして一呼吸おき、答えた。  
「勿論でございます。アレド様。」  
 
「ありがとう、マダム。」  
満足そうに微笑む母。あっけにとられた顔のエンシェン夫妻。  
母の許可まで得て正々堂々と私を連れ出す青年に再度ざわめく室内。  
そんな空気などお構いなしで、彼は私の手を引き歩みを進める。  
「今日は君とゆっくり話してみようかと思ってね。」  
私の手を引く彼の手。その指にはめられた指輪。  
それは豪華な宝石のきらめきを放つためのものではなく、ただ、彼の出自を象徴するためだけのもの。  
交差するニ本の剣と対に並ぶ獅子。リヴェスタール王家の紋章。  
「まさか……あなたは…」  
「ん?人に名を尋ねる時はまず自分から名乗るべきだと思うけど。まあいい、僕は君の名は十分知っているしね。」  
重いカーテンに仕切られた貴賓用の小部屋。邸の主の許可なくここに入れるものは限られている。  
彼はソファに腰掛けると銀の器から葡萄をつまむ。  
「僕はアレド、さっき君のお母上が言ってた通り。姓も名乗った方がいい?もうわかると思うけど。」  
彼はさっき母が食い入るように見ていた指輪をかざす。  
カーテンの向こうでは先程のざわめきが落ち着き、ワルツが聞こえる。  
「せっかくだから座れば。」  
彼は目を丸くしたままの私の腕を引き寄せる。  
急に引っ張られてバランスを崩した私は勢い余ってソファに崩れてしまう。  
「あっ、大丈夫ですか?」  
倒れた私を心配そうに覗き込む新たな目が二つ。  
それは紛れも無く皇太子フレド様のものだった。  
「フレドが君のファンでね。散々話を聞かされて僕も興味があったんだ、君にね。」  
 
第ニ王子のフレド様は、背はあまり高くないものの、血色は良く、肉付きもいい。  
ふっくらとしすぎている感は否めないが愛嬌のある顔をしていると評判は悪く無い。  
皇太子を廃された第一王子は昔から体が弱く、長くは生きれないと医師の宣告を受けているとの噂を聞いたことがある。  
式典にもあまり参加しないから、王家と近しいはずの五公家の者にも彼の顔は知られていない。  
事実私も王子としての彼の名は知っていても顔は記憶になかった。  
妃がいることも知っていたが、十も年上で連れ子もいる彼の妻は皇太子でなくなった夫には興味がないらしく、ここ数年は都にいることすらほとんどないらしい。  
病弱なはずの既婚の兄が放蕩三昧、健康体の未婚の弟が品行方正というのが現状だ。  
最近彼等兄弟はお忍びでいくつかの夜会に来ていたそうだ。  
皇太子妃候補となる五公家の娘を品定めするために。  
アレド様から声をかけられたことで、両親は私がフレド様のお眼鏡にかなったと勘違いした。  
フレド様はもともと私のファンだったと言うから、それは間違いではなかったが、  
アレド様は私を弟王子に引き会わせる手助けをしていたわけではなかった。  
実際アレド様と一緒にいるフレド様とは軽く言葉をかわした程度。  
自分で呼んだ遊女に作法がなってないと冷ややかな視線を送るアレド様の横で、もじもじと赤くなるフレド様とたわいのない世間話をしたのを覚えてる。  
 
お忍びで行動することの多い彼の教え通り、一度コツを覚えてしまえば夜の闇に紛れて抜け出すことなど簡単で、厳格な両親が張り巡らせていた囲いは意外と緩かったことを知る。  
こっそりと届けられる彼からの手紙。  
その度に私は夜闇に紛れて彼の元へと急ぐ。  
「死に損ない」  
彼は自分の事をよくそう言った。少し寂し気に、諦めたように。  
確かに私に会っている時の彼は顔色も良くなく、咳込んだり、快活に動き回るよりかはいつもけだる気にしてたものの、私には彼が死に向かった人間とはどうしても思えなかった。  
「いくら君が美しいと謳われようと、所詮君はオーグスの駒に過ぎないんだよ。」  
彼は私の髪を一筋すくいあげ、口付けを落とす。  
「じゃあ、あなたは?リヴェスタールにとって何?」  
「僕はいなくても構わない存在。生きながらも死んでいる。」  
彼は私の顎をくいとつかむ。  
「だから死人なりに好き勝手させてもらっている。弟の想い人をこうやって呼び出したりしてね。」  
 
唇と唇が重なりあう。  
一度はなれ、またひかれ合うように吸い付く。  
彼の唇は確かに温もりのある、生きた人間のものだった。  
「アレド様……」  
首筋に唇を、舌を這わせる。  
私の両肩に置かれた彼の手は決して強引ではなく、促すようにゆっくりと私のからだを横たえていく。  
「捨てられた駒が何をしようと誰も気にはしない。君も別に僕に気を使う必要なんてない。」  
拒むなら今のうち、そう言いたかったのだろう。  
私は彼の頬に手を伸ばす。  
「私がただの駒になる前に、知りたい。あなとのこと。」  
唇と唇が重なる。さっきよりも長く、彼の熱を感じた。  
 
慣れた手付きで私のドレスを脱がせる彼。  
私は彼に身を任せはしたものの、服を一枚脱がされる度に、ちっぽけなプライドも剥がされているようでどんどん気弱になっていた。  
彼の手が止まり、すっかり硬直してしまった私を見下ろしてくすくすと笑う。  
「いつもは毅然とした君が今はまるで子供だね。いや、狼に睨まれた羊?」  
額に口付けを落とす。  
そしてどこからか小さな封を取り出し開けると中の粉を半分程己の喉に流し込み、残りを私の唇に添える。  
「飲んでおいて。その方が楽だから。」  
私は言われるままに飲み込んだ。  
 
猛毒だろうが、麻薬だろうが、媚薬だろうが、どうでもいい。  
頭の中は真っ白い光がはじけていた。  
ふわりふわりと投げ捨てられる彼の服が空を舞う。  
血の気のない彼の裸体は力強い青年というよりは少年のようにか細く、彫刻のように白かった。  
 
「愚かだね、エミリア。千の男をも惑わすと言われた君がこうも簡単に堕ちるのか。」  
 
 
 
 
 

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