「ここから入るんだよ。」
付いてこい来いと手招くクーツ。どうやらここに来るのは初めてではないようだ。
「肝試しでもするのか?」
彼の問いにクーツの友人はにやりと笑う。
「まあいいから付いて来なって」
「見つかったらやばいんじゃないのか?」
動こうとしない私の手をクーツが引く。
「ひょっとして捕まるとでも思ってるのか?そんなんだからおまえは臆病者と笑われるんだよ。それともお前は噂通り弱虫野郎の童貞君なのか?」
臆病者。都に戻って間もない私に付けられたあだ名の一つだ。
ほかにも裏ではもっとひどいことを言われているに違いない。
理由は私自身にある。
女性の手を握らない。目を見て話さない。
ダンスのパートナーを断り、友人が宴の余興にと呼んだ娼婦を追い払う。
付き合いが悪いの一言では済まされない。はっきりとした拒絶。
おもしろい場所がある。
友人に誘われて訪れたのは深夜の修道院だった。
(やばいんじゃないのか?)
自分たち以外誰もいないのは十分にわかっているのに周囲の無人を何度も確認する。そしてようやく扉を抜ける。
(見つかったら大事になるぞ。)
音を立てないように伸びた枝を避ける。
(一体何があるんだ?)
寝息をたてている修道女達が目を覚まさぬように、息をひそめて。
そして目的の場所はあっさりと姿を現した。
周囲一面が暗闇の中、唯一そこだけ光を放っていた。
訪問者達を歓迎するように。
教会ではなかった。廃墟でもなかった。そこは、塔だった。
開けた途端埃まみれにでもなるのではないかと息を止める。
だが、ノックした扉を開いたのは埃どころか汚れ穢れ全てが不似合いな女性だった。
「いらっしゃい。ご無沙汰だったじゃない。」
当たり前のようにクーツを招き入れた黒衣姿の女性。
綺麗な人だと思うと同時に、勿体ないなと感じた。
うら若いとは言えないが、彼女なら修道女なんかやらなくても嫁の貰い手が数多あるだろう。
「最近忙しくてね。でも君は益々美しい、エミリア。」
クーツはエミリアと呼んだ女性の手を取り、甲にキスをする。
「お前が言ってた通り本当に美人だな、クーツ。こんないい女デンへにもそうそういないぞ」
コートを脱ぎながらクーツの友人が、確かハンスと言ったか、エミリアを誉め、それに応えてエミリアは微笑む。
通された小部屋は質素な机と寝台があるだけの簡単な作りだった。
修道院に飾るには派手すぎるのではないかと思うが、真っ赤な薔薇が花瓶に生けてあり、外壁どころか部屋中が灰色のこの部屋の中で異様に目立っていた。
美しいはずのものが毒々しいと思える。
そういえば「デンへ」は行ったことはないが確か高級娼館の名前だ。彼はそこの常連なのだろうか?
「エミリア、こいつはハンス。で、そっちがベイニー。本当はベイニーだけの予定だったんだが、ハンスが連れて行けと煩くて。」
「あれだけ自慢を聞かされればどんな女か抱いてみたくもなるさ」
抱く―私はハンスの何気ない一言が引っかかる。でもクーツもエミリアも特に気にする様子もない。
まさか、そういうことなのだろうか?クーツが私をここに連れてきた訳は。
ハンスは上着のボタンを緩め、クーツもいつの間にか半裸に近い格好になっていた。
私だけがマントもブーツもしっかりと身につけたまま、一人だけ場違いの招かねざる客のようだった。
エミリアは服を着たままだった。私はそれがありがたかった。
私の頭によぎる、「これから」を否定できたから。
しかし彼女は言った。「これから」を決定づけるために。
「誰から相手する?それともみんな一緒がいいの?」
ハンスが一歩身を乗り出しエミリアに抱きつく。
エミリアはそれを振り払うこともなく、ハンスの求めるままに柔かな唇を吸われ、舌を絡める。
椅子に腰を下ろしたクーツがやれやれとぼやく。
「ハンス、言っただろ。今日はベイニーの為にここに来たんだって。」
エミリアの腰から尻に手を回しながらベイニーは視線だけ私に送るが、私はハンスから目をそらす。
「あんな木偶の坊みたいに突っ立てるだけの奴になんで遠慮する必要がある?やりたきゃお前も混じればいいさ。」
尻を撫でまわす手のせいでエミリアの黒衣の裾は上がり、白い足が見え隠れする。
ハンスは上着を脱ぎ捨て、エミリアをベッドに押し倒す。
固そうなベッドが二人分の体重を受け痛そうな音をたててきしんだ。
「ベイニー?」
クーツが私を促す。ハンスに混じれと。
エミリアはベールを残しあとはほとんど脱がされた状態で、ハンスは彼女の乳房に顔を埋めていた。
桃色のの乳首はハンスの唇に、歯に、舌に翻弄されながらぷっくりと天を向く。
湿った吐息はエミリアが漏らしているのだろう。
鷲掴みにしてる手から白い乳房が覗く。
手のひらの中で自在に形を変えながら、おさまりきらない分がこぼれていく。
口を唾液で光らせたままハンスが起き上がり、緩めたズボンから己の欲望を取り出す。
血流の集まり始めたそれに、エミリアの細い指が伸びる。
「どうしたい?手?口?」
くすぐるように指が睾丸を撫でる。
「胸もなかなかいいぞ。」
クーツが横やりを入れるが、ハンスは半勃ちの肉茎を彼女の唇にあてがう。
美しい彼女の口に、醜い男の肉棒が飲み込まれていく。
手淫にふけるクーツの肉茎の先端はうっすらと滲むものがあった。
バクバクと早鳴る心臓。
ハアハアと整わない呼吸。
ガクガク落ち着かない膝。
全てが煩わしい。
誰かこれを止めろ、うるさいんだ、邪魔なんだ。
絡み合う裸体に釘付けで瞬きを忘れていた目を閉じ、ふと自分をみる。
股間には、窮屈そうにそそり立つ物があった。
「うわあーーっっ!」
私は叫んでいた。
ハンスもクーツも手を止め、驚いた顔で私を見ていた。
エミリアだけはハンスの肉棒を咥えたまま、唾液で光る唇を懸命に動かしていて、
私を見つめる翡翠色の瞳はこの光景と不釣り合いなくらい澄んでいた。
そう、あの時の彼女達の瞳と同じ―
「見るなーっっ!!」
私は部屋を飛び出した。
どれだけ時間が経っただろう。夜は白み始めていた。
どこをどう歩いたのか、それともどこかで座り込んでいたのか、倒れ込んで寝ていたのか、それすらもわからない。
私はまだ修道院の中にいた。
井戸で顔を洗い、歩き出す。
灰色の塔の窓からは、かすかに光が漏れていた。
三人は逃げ出した私を笑ったか?それとも気にせず愉しんだだけか?
どちらでもいい。
塔の階段を上る。皆もう帰っただろうか。
私も日が昇り、修道女達が日課を始める前に帰らなくてはいけない。
飛び出した部屋の扉をノックする。数秒待ったが返事はなかった。
木の扉を押す。部屋はランプの光が揺れていた。
花瓶の薔薇は姿を消し、代わりに無数の赤い花びらが床に落ちていた。
そしてベッドに腰掛ける黒衣姿の修道女が一人、翡翠色の瞳で私をまっすぐ見つめていた。
「おかえりなさい。ベイニー。」
彼女はにっこりと微笑んだ。
この快感は知っている。
与えてくれる相手は違えど、本能は否定できない。
充血した肉棒は恥肉と擦れ合いながら硬度を増す。
さんざんいじられたのか、陰核はうっすらと赤く、
今宵何回も男を迎え入れた腫れた秘唇は肉棒が出入りする度に悲鳴をあげているようだった。
それでもあふれ続け絡み付く透明な愛液は私をさらに奥へと誘う。
打ち付けられる衝撃に息を乱しながら、エミリアが聞く。
「童貞なんて、嘘じゃない」
おそらくクーツにそう聞かされてたのだろう。
私は返事をせず、エミリアの足を掲げ自身をより奥に侵入させる。
片手で乳房を揉む。うっすら血のにじんだ歯形が残る白い乳房をいたわるように優しく。
彼女を上にのせ、腰を振らせる。
接合部は粘液で光り、互いの恥毛も濡れぼそっていた。
彼女はクーツ達を見送ったあと、二人の精液に汚れた身を清め、脱ぎ捨てた黒衣を再びまとい、そしてまた今私に抱かれている。
今宵三人の男に抱かれたエミリア。
そこに愛はない。
あるのは互いの快感だけでいい。
瞬く瞳に私の顔は映らない。快楽に溺れ、瞳は朧げに空を彷徨うだけ。
懺悔室。私がここを任されるのは月に何度もない。
今日も顔も目すらも見えない相手を諭すようにゆっくりと口を開く。
「神は貴方を赦すでしょう」
むせび泣きながら老人が感謝の言葉を述べて去っていく。
この一言を聞きたくて打ち明けられない秘密を話しに人は懺悔室へとやってくる。
ここにいると、自分の過去すらちっぽけな罪だと思えてしまう時があるから不思議だ。
次の訪問者の男は当然顔は見えぬが、若者のようだった。
やや緊張した様子で用意された椅子に腰掛ける青年。
私はそれを解きほぐすように優しく話しかける。
「貴方のお話したいことはなんでしょう?」
私の声を聞き、一瞬彼はとまどったようだった。彼は口を開く。
「私は過去に二人の女性を不幸にした。そして今は私を支えてくれようとする家族や友人を捨てようとしているんです。」
「それが貴方の罪ですか?」
「罪、と呼んでいいかはわかりません。でも忘れたい、逃げたいとずっと思っていました。とても、苦しかった。」
「よく話してくださいました。神は決して貴方を見放したりは、」
「シスター、その先は言わないで下さい。この罪が赦されたとしても、私は救われないんです。」
「……では今日は何故ここに?」
「私は来月にはテイウェンを出ます。神学を学びに行くつもりです。もう家には戻りません。私の家を継ぐものはいなくなりますが、どうにかなるでしょう。」
「家を出て、私達と同じ神の道に入られるのですね。」
「はい。今日はそれを伝えにきたかったんです。」
「同じ道を志すものとして、あなたの苦しみが安らぐことを祈りましょう。」
「ありがとう……今日は来てよかった。もしかしたら旅立つ前に貴女にもう一度会えないかと思って。」
男の声には安堵がこもっていた。しかし、私はそれに水をさす。
「ここは懺悔室。神の名に誓って秘密は守られます。私が貴方の名を聞くこともなければ、貴方が私の名を知ることもありません。」
形式的な私の返事に、彼が何を思うかはわからない。
だが、私がエミリアであるのは水曜の夜、灰色の塔の中だけのこと。
昼間ここでこうして会うのは名も知らぬ他人なのだ。
「…そうですね。聞いてくれてありがとう。」
彼はそう言い席を立つ。
カーテン越しに見える背中は少し寂しげだった。
「次にお会いできる時があってもお互い違う名で呼ぶのでしょうね、」
少しくらいなら、エミリアとしての情を…。私は彼の背中に声をかける。
「さようなら、ベイニー。」
これが私の精一杯の餞別。
名を呼ばれ、彼は驚いて振り返る。顔は見えないけれど、きっと暗いものではないはずだ。
「さようなら、エミリア。」