「ふう……風呂、上がったぞ」  
「さつきお姉ちゃん、一緒に入ろっ?」  
「え、でも、私は……」  
「いいんですよぅ。さ、一緒に入りましょう?」  
「女同士で中のいいこったねえ……ほれ、ぬるくならないうちに入ってきちゃいな」  
 
雪女、さつきが徹の居る(と思われる)街へやってきたその日の夜。  
さつきは、自らの危機を救ってくれた卓一行について行き、卓宅にてとりあえず一泊することとなった。  
そうなるまでを説明するには、昼までさかのぼることとなる。  
 
 
「はい、さつきさん、ケーキですよ」  
「あ、ありがとうございます……」  
甘そうなショートケーキを乗せた皿が、さつきの前に置かれる。  
さらにその隣に、なんだか高そうなティーカップが置かれた。淹れられたものは香りから察するに、紅茶だ。  
ティーカップを手に取り、芳香を楽しむように、さつきがすぅーっ、と息を吸う。  
そして一口。  
「……おいしい」  
「上手く淹れられたみたいでうれしいです。それ、セーデルブレンドっていうんですよぉ」  
レイチェルはうれしそうに微笑みながら、さつきの正面に座っている男……卓の前にも、紅茶の入ったティーカップを置く。  
「レイチェルは普段抜けてるんだが、なぜかこういうのは上手いんだよな」  
「抜けてる、は余計です」  
子供みたいに頬を膨らませふてくされるレイチェルに苦笑いしてから、卓はさつきに向き直る。  
「で、さつきちゃんの今までの話を総合すると……カレシに待ちぼうけを食らって、追ってきたと」  
「お兄ちゃん、そういう言い方は失礼だよ」  
妙なまとめ方をした卓を、卓とさつきの両者が見えるように座っていたシルフィが諌めるが……。  
「カ、カレシ、ですかあ……」  
当のさつきはそんなことはまったく気にせず、「カレシ」というワードに反応し、ぽややんと悦に浸っている。  
あさっての方向を見ながらぽっと頬を赤らめているその姿は、どこか危ない。  
 
「でも、その肝心のカレシがどこにいるのかまでは把握できてないわけか。そして、途方にくれているところに、そこの天然戦乙女がやってきたと」  
「天然は余計ですっ」  
またも頬を膨らませ、プリプリという効果音つきで怒るレイチェル。しかし卓は相手にしていない。  
「はい……そのとおりです」  
さつきは、改めて自分がどれだけ無謀なことをしようとしていたかを実感し、すまなそうな表情のままうつむく。  
「まっ、分からないんだったら探すしかないよな。なにかあてはあるのかい?」  
「いえ……あるとしたら名前と、この腕時計くらいしか……」  
自分の腕につけてある腕時計を見せてから、はあ、とため息をついて、さらにうなだれてしまう。  
「名前は分かっていても、この街の中、ってだけじゃなあ……いかんせん範囲が広すぎる」  
ふむ、と言いながら、卓は思案しているような仕草をとった。  
シルフィも口出しはしないようにし、卓の決断のみを待っている。  
といっても、シルフィの考えが、裏切られるようなことはないだろうが。  
「四人ならどうにかなるよな」  
「え?」  
さつきがあわてて顔を上げる。  
正面には「なんかまずいこといったか?」といわんばかりの笑みを浮かべている卓と、なにか満足そうな笑みを浮かべる姉妹二人。  
そう、彼女たちのしっている男なら、ここで見捨てるなどといった選択はとらないものなのだ。  
それを確信していたからこそ、シルフィは口を出さなかったのである。  
……レイチェルはどうだか分からないが。  
「んじゃあ、とりあえず明日から捜索開始ってことで」  
「え、あの」  
「行くあてもないんだろう?だったらうちを使えばいい。三人でも広いんだよ、ここ」  
「使うって、その……」  
「あ、そのことなら大丈夫ですよ。卓さんは困っている女性に手を出すほど外道じゃありませんから」  
「そうそう、お兄ちゃんはきちんと段階を踏むんだから……って違うでしょ!」  
にこにこしながらまったく的を得ていないことを言うレイチェル。  
顔を真っ赤にしながら、どこからか取り出したハリセンでツッコミを入れるシルフィ。  
話は済んだから飯でも食うか、などと言いながら台所へ入っていく卓。  
あまりに話が唐突すぎて、遠慮の言葉も何も出ないさつきは、結局、このまま雰囲気に流され、卓一行に世話になることになった。  
 
「ねえねえ、さつきお姉ちゃん」  
「ん?どうしたの、シルフィちゃん」  
女性だけの浴室。  
身体を洗うさつきに、湯に浸かりながらシルフィが話しかけた。  
レイチェルはシルフィの後ろで、「あぁ、ヴァルハラヴァルハラ〜」とかなんとかつぶやきながら、気持ちよさそうに湯に浸かっている。  
さっきまでシルフィに対して敬語だったさつきも、いつのまにか打ち解け、すっかりお姉さんっぽい口調になっている。  
さつき本人も、「お姉ちゃん」という響きに、あまり悪い気がしていないようだ。  
「お姉ちゃんが好きな人って、どんな人なの?」  
純粋な好奇心から出たその質問に、さつきは恥ずかしそうに、それでいて本当に幸せそうにはにかみ  
「えへへ……あったかい人っ」  
とだけ言った。  
「え〜、それじゃ分からないよ〜」  
唇を尖らせてつまらなそうにつぶやくシルフィ。  
「それじゃあ、お風呂あがったらたっぷり教えてあげる」  
「ほんとっ?じゃ、早く上がろっ」  
湯船から飛び出そうとするシルフィだが、後ろに居たレイチェルがそれを制した。  
「フィー、さつきお姉ちゃんはまだ湯船にも入ってないんだから、もうちょっと待ちましょう?」  
大人びた、母親のような微笑でそんな風に言われては、シルフィもしたがってしまうというものである。  
仕方なく湯船に肩まで浸かり、じれったそうに動き回るシルフィと入れ違いに、レイチェルがさつきに近寄る。  
「普段は大人びてますけど、こういうときは幼いでしょう?」  
昼の卓の口調を真似するように言ってから、ウィンクをするレイチェル。  
大人びたその外見とは裏腹なそんな行動に目を細めながら、さつきはうなずく。  
「でも、できるだけ早く上がっちゃいましょうね?」  
ひそひそと耳打ちをするレイチェルに対して、さつきの頭の上にハテナマークが浮かぶ。  
「どうしてですか?」  
レイチェルはもう一度ウィンクをして、  
「決まってるじゃないですか。私も聴きたいんです、さつきさんの好きな方のお話」  
と、悪戯っぽく言った。  
 
その後浴室を出るまで、さつきがずっと二人に急かされていたのは言うまでもない。  
 
不意に、脱衣所の扉が開く音がした。  
「おう、ようやく出たか」  
女三人寄ればかしましいたあよく言ったもんだ。  
あんなに謙遜してたさつきちゃんも、今じゃあんなに仲良くなってるし。  
「あれー?お兄ちゃん、何やってるの?」  
湯上りのためかほんのり頬が赤いシルフィが、パジャマ姿のまま、俺のとこまでとことこ歩いてきた。  
可愛らしい猫の絵が柄の、シルフィらしいパジャマだ。  
洗い立てでさらに輝きを増すその髪からは、シャンプーのいい香りがしてくる。  
「ん?いや、暇だったからちょっと調べてたんだ」  
「さつきお姉ちゃんの、彼氏さんのこと?」  
俺はその言葉にこくりと頷いてから、電話帳を閉じた。  
もしや自営業だったりするのではと思い見てみたが、やはり意味はなかった。  
どうせ暇つぶしにやったことだ。落ち込んだりしているわけじゃない。  
なにより、まだスタートすらしていないからな。  
「詳しいことは明日から調べてくさ」  
「そうですね。それでは、明日のためにも早く寝てしまいしょう」  
シルフィと同じ柄のパジャマを着て、さらに三角帽のようなファンシーなナイトキャップを被っているレイチェルが言った。  
……ほんと、こいつの趣味って見た目に合っているのか、合っていないのかわかんねえ。  
「あ、あのぉ……」  
脱衣所の扉の陰から、ひょっこり顔を出すさつきちゃん。  
困ったような笑顔のまま、ダボダボのパジャマの袖を振って見せた。  
「これ、ちょっと大きすぎるような……」  
どうやらレイチェルのパジャマを着ているようだが、レイチェルの身長が比較的高めだったためか、ぜんぜんサイズが合っていない。  
ていうか……さつきちゃん、ちょっと縮んでない?  
 
「きゃーっ!」  
と、ダボダボのパジャマを着ているさつきを見たとたん、レイチェルが奇声をあげながら、さつきちゃんに抱きついた。  
「ああああ、ちょっとミニマムなサイズになって……かわいーですーっ」  
そういやあいつ、かわいいものに目がなかったんだった。  
突然の変貌に、さつきちゃんは目を丸くして驚いている。  
シルフィは頭を抱えて嘆息している。……まあ、そうだよな。  
さつきちゃんに頬ずりしながら、なにやら熱をもったため息をついている戦乙女が一人。  
俺、こんなやつに導いてほしくないや。  
「ああ……ちょっぴり見える胸元もそうですけど、やっぱりダボダボの袖口からほんの少し見える指先が萌え〜、ですぅ」  
「も、萌えってなんですかぁ!なんだかすごく危険な香りがする言葉なんですけどぉ!?」  
さつきちゃんはいよいよ、身の危険を感じ始めている。  
「さっ!さつきちゃん、今夜は一緒に寝ましょう!そしてキャッキャウフフといろいろなことをしましょう!」  
光速よりも早く寝室へ行ってしまうレイチェル。もちろん、さつきちゃんを抱えて。  
ドアがバタン、と閉められるとともに、さつきちゃんの悲鳴が聞こえた気がするのははたして、気のせいか。  
「あっ……そ、それじゃあおやすみ、お兄ちゃん!」  
そのあとを、シルフィがあわてて追いかけ、そのまま勢いよくドアを開けて寝室に飛び込んでいった。  
もう一度聞こえてくるバタン、という音。甲高い声、悲鳴。  
……なんだ、何がおきているんだ。  
居ても立ってもいられなくなり、俺はドアの前まで駆けつけた。  
そ〜〜っとドアに耳をくっつけてみる。  
「あぁ、雪女なだけに、まさに透き通るような白い肌です〜、うらやましいです〜」  
「やっ、ちょっ、やめ……ひゃうっ!」  
「おっ、お姉ちゃん!何やってるのよぉ!」  
「それにこんなに瑞々しくて、ハリがあって、スベスベして……たまりませ〜ん」  
「だめ、だめですぅ……そんなことしたらぁ……はぅんっ」  
「お姉ちゃん……お願いだから、そんなはしたない真似…ってきゃああ!?」  
「ふふふ、フィーも見てるだけじゃ寂しいでしょう?」  
「嫌……いやぁぁぁぁーーー…(フェードアウト)」  
 
まずいな、こうなったら、突入してヤツを……  
と思いドアノブに手を伸ばすと。  
 
 
ギギギギギ……  
 
 
俺がドアノブに触れるより早く、扉が開いた。  
……あのー、なんで別に老朽化してるってわけじゃないのに、こんな不気味な音がしますか?  
しかも部屋の中真っ暗で何も見えねえし!怖えよ!  
とか思っていると、暗闇の中に、突然ギラリと光るものが現れた。  
「うひぃっ!?」  
「……卓さん」  
な、なんだ、レイチェルの眼か……ってなんでこんなに禍々しい光り方してますか?  
「卓さん」  
レイチェルが俺の名前をもう一度呼んだ。  
ていうか、なんか妙なエコーがかかっててほんと怖いんですけど。すっげえ邪悪な感じが漂ってくるし。  
「な、なんだよ」  
ここで気圧されるわけにはいかない。  
俺は暗がりで表情も十分に見えないレイチェルを精一杯睨めつけた。  
「今入ってきたら……」  
見えなかったレイチェルの表情が、徐々に見えてきた。  
笑顔だった。  
怖い!怖いよ!僕こんなに誰かを恐れたことないよママン!  
完全に萎縮してしまった俺に、まるで母親のように優しく語り掛けてくる邪悪な戦乙女。  
「滅しますよ?」  
 
 
バタン。  
 
 
……なんつーか。  
マジだった。あいつの目はマジだった。  
ダメだ。死ぬ。ていうか確実に消される。塵芥も残らずに抹消される。ヤバい。今のあいつはヤバイ。  
何がヤバイって今の言葉に誇張とか嘘とか冗談とか脅しとかそういう含みが一切ない。ヤバすぎる。  
ヤバイ。レイチェルヤバイ。思わず有名なコピペをパクっちまうくらいヤバイ。  
「………」  
しかし。  
「………ふふ」  
俺の身体は恐怖ではなく、武者の震えを起こしていた。  
残念だったなレイチェル、お前の脅し(といっても本気みたいだが)は、逆に俺の中に眠るドラゴンを呼び覚ましてしまったぜ!  
止められない、今の俺は誰にも止められないぜ!  
滾る命の片道切符〜 ただ逝くだけさ〜♪  
そんな歌もあったなと思いつつ、俺はドアノブに手をかける。  
全身を襲う重圧、しかし俺はそれを気合だけで振り払う。  
そのまま勢いを殺さずにドアノブを回し!  
俺は!  
ドアをあけ!  
身構え!  
心の準備をし!  
部屋へと突入した!!  
そう、シルフィとさつきちゃんをヤツの魔の手から救うために!!  
行け行け俺!逝け逝け俺!字が間違ってる気がしないのが怖いぜ!  
僅かに残った恐れを殺し、俺は力の限り駆け込み、先手を取ろうとしたそのとき――――――!!  
 
「きゃっ、な、なんですかぁ!?」  
「な、なんで入ってきてるのよおにいちゃん!」  
 
「……アレ?」  
なんだ?  
俺はてっきり、レイチェルがさつきちゃんとシルフィにあんなことやこんなことをしているのかと思っていたのデスガ・・・・。  
なんで皆さん楽しそうにキャッキャウフフ笑いながら話してますか?  
なんでこんな「女だけの秘密会議」的な雰囲気出てますか?  
そしてなぜ俺に枕やらなにやらが投げつけられてますか?  
「おにーちゃんのエッチー!ヘンタイー!インキンモチー!」  
「ちょ、ちょっとまて、別に俺はインキンじゃねえよ!ていうかノーパン派だから風通しいいし・・・ってうぉっ!」  
レイチェルは、さつきちゃんと一緒に困ったように笑っているだけだ。  
くそっ!全部演技だったのか・・・!  
「早く出て行ってよー!!」  
 
カツン。  
 
・・・まずいぞ。  
レイチェルにではなく、シルフィに殺られる……!!  
そう直感した俺は、急いで女の園から逃げ出し、隣の寝室へと向かった。  
 
 
「なんか……孤独だなあ」  
壁のむこうから微かに聞こえる楽しげな笑い声を聞きながら、俺は一人ごちた。  
こういうときは、男が入るべきじゃない時なんだろう。  
だったらおとなしく寝るとしよう。  
布団を頭まで被りながら、まだ納得いかない自分を無理やり眠りの世界へと引きずりこんだ。  
起きて聞いてるわけにもいくまい。  
……好きな人のことについての話題じゃあね。  
 
 
眠りにつけたのは、それからしばらくしてのことだったが。  
 

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