―久しぶりに会えた僕の憧れの人は黒衣に身を包んだシスターだった。
彼女の口の中で暴発寸前だったペニスは熱を失い、弱々しく頭をおろしていく。
萎えたそれを隠すことすら今の僕にはままならない。
何故僕はこんな目にあっている?
「ばっちり撮れてるよ」
小百合さんは金髪のシスターからカメラを受け取ると画面をチェックする。
「僕に、何をしたんですか?」
恐らく四畳もない狭い部屋。窓は無く、僕の座らされている椅子以外は何も無い。
「コーヒーにほんの少し薬をまぜただけ。ここへ運んできて、服を脱がせて、写真をとった。事細かに聞きたい?」
小百合さんの視線がちろっと僕の股間にそれる。
「どうしてこんなことをするんだ?あなたたちシスターなんでしょう?」
僕の声はかすかに震えていた。けれど小百合さんも、金髪の女性の方も動じる様子はない。
「リリーを探すからいけないんだよ。」
それは当たり前の事ができない駄目な大人を詰るような冷たい声だった。
「えっ…探す?だって僕らはたまたま」
「とぼけないで!」
憎悪に満ちた視線が僕の次の言葉を制する。
「栗津を出て、母に捨てられて、シスターになって、それでも後ろ指さされるのがどんなことかあなたは知らない。何年たっても追いかけられる。詰られる。それがどんなに辛いか」
僕が口を挟む間もなく、小百合さんはヒステリックに言葉を続ける。
「いくら私を追っても父の消息なんて知らないし、他の人たちも」
「ちょっと待って、僕の話を!」
「父も私も悪者のままでいいから、これ以上生駒小百合を探さないで。他の人に私のことを話さないで。でないと……」
カメラを軽く振った。
「わかるわね?柳瀬さん」
小百合さんが僕から目をはなし、くるりと背を向ける。
「マリー、先に戻るから」
「待って、違うんだ!」
けど、小百合さんは僕の声に振り返る事なくパタンと扉を閉めた。
安っぽいビニール製のロープがゆっりとほどかれていく。
あいかわらず露にされたままの下半身。
だが既に羞恥心は麻痺していた。
「どうして小百合さんはこんな…犯罪みたいなことを?」
ロープを持つ手が一瞬止まる。
「この方法がね、一番効果的なんだってさ。男限定だけどね」
解き終わったロープが床に落ちる。
立ち上がろうと足に力を入れるも、半分身を起こしたところでふらついて床に尻餅をついてしまった。
「まだ薬が残ってるんだ。暫く休んでた方がいいよ」
言われてみれば頭腕も肩も腰も、というか全身がけだるく重たい。
達者なのは口だけで、からだは本調子とは程遠い。
―月日の流れは残酷なもの。僕の憧れの人は薬を飲ませて寝込みを襲う悪女になっていた。
「立てる?」
僕は差し出された手をはね除け、翠の瞳を睨み付ける。
「あなたたち最低だ。ろくに知りもしない人間をこんな罠にはめて、シスターだなんて思えない!」
「好きに言えば?さっきまでカチカチにしてリリーにしゃぶられてたくせに」
「それは……」
うっすら覚えてる。夢でみたこと。
夢の中、僕は小百合さんに誘惑されて悦んでた。
話すだけでいいなんて綺麗事を言いながら、実際の僕は与えられた肉欲を拒めない単純な生き物。
「オジサンも、しつこい記者も、探偵も、大抵はこれで大人しくなるんだって」
「あなた達は、小百合さんはいつも誰かをこんな目に?」
「そうだよ」
あっさりとした肯定の返事は、僕の心に重りをのせた。
「悲しい?」
シスターが僕の目を覗き込むようにしゃがみこむ。
「それとも、」
偽りの緑の瞳に僕の顔がうつりこむ。
「したい?」
僕は本日ニ度目のピンチを迎えていた。
「ちょっ、何するんですか?やめっやめて下さいよ」
おかしな薬を飲まされた後とはいえ、自分よりも小柄な女性に押し倒されてしまうとは。
のけようと力をいれたつもりが軽く押し返すのが精一杯だった。
幼子を寝かし付けるかのようにやんわりとだが確実に、押さえ込まれてしまう。
「君みたいな若い子は珍しいからね。ちょっとおすそわけ頂いちゃおうかな〜」
温かだった小百合さんの口の中とは違い、体温の低いひんやりした指が股間に伝い、ゆっくりと僕のペニスをしごきはじめる。
「シスターってのは男を襲うんで…っう」
唇があわさる。艶めくグロスがぬるりと滑る。伸びた舌が僕の唇を割って口腔内に侵入する。
僕の舌を絡めとり、二人の唾液がごっちゃになる。
リズミカルに動き続ける手からはもう冷たさを感じない。
さっきが不発だったせいか、手の中で僕のペニスはみるみるうちに硬度を取り戻していく。
意識の無い時に襲って来た小百合さん相手ならともかく、こんな素性もろくに知らない恥女みたいなシスターに愛撫されてもたやすく勃起してしまう自分が情けない。
「そういえば私の名前言ってなかったね、永瀬君」
「やなせです!」
「あれ、違ってた?ごめんね。私はシスターマリ。こう見えてもリリーより先輩よ」
先走りで指の腹を滑らせながら鬼頭をぐりぐり押さえられる。
ふいに僕に馬乗りになっていたマリが立ち上がり、僕の頭をまたぐように立った。
一瞬の暗闇。でも目が慣れてくると否応無しに僕はマリの黒いスカートの中を見せられてしまう。
足首から太腿へかけて肉付きをましていく白い足、その先にあるもの。
白、と思った途端、僕の顔に温かい布がおちて来る。
少し酸っぱい女特有の匂いが鼻孔をくすぐる。
鼻にひっかかっていたパンツは顔を軽く振ると床に落ち、次に視界に飛び込んできたのは羽を広げた鮮やかな翠の蝶だった。
それが無毛の秘部に彫られたタトゥだと気付くのに僕は数秒を有する。
なんで無毛なのかはさておき、あそこに入れ墨彫るのって丸見えだよな、なんて馬鹿なことを考えてしまった。
蝶を捕らえるように蜘蛛が、いや、白い指が蝶に伸びていき羽を、秘唇を割って赤い恥肉に侵入していく。
指の動きにあわせてくちゅりと粘液が絡む音がする。
溢れた愛液は指を伝い、腿を伝う。
いつの日か窓越しに見た自慰行為、あれよりももっと近くで、まさに目前で見せつけられているのだ。
外気に曝されたままのペニスが不思議と熱く感じた。
ふいに黒いスカートがなくなり、再びマリのの顔が僕を覗き込む。
「こっちも準備おっけー。そろそろ頂いちゃいますか」
「ちょっ、本気ですか?」
「ここまできたらするしかないでしょ?」
スカートをたくしあげたシスターマリは自分の指で陰唇を広げ、僕のペニスの上にゆっくりと腰をおろしていく。
蜜を垂らした花弁が僕を包み、翠の蝶を赤黒い塊が穢していく。
温かな肉が僕のペニスを全周包み込んでいく。
「ふふっ、全部入っちゃった」
マリは手を床につき、接合部はスカートで隠れてしまう。
ズッ、ズッ―
マリの腰の動きにあわせて粘液が、粘膜が擦れあう。
「はあ、あん」
切なそうに漏れる吐息。
僕は女性上位で与えられる快感を享受するしかなく、下半身の血液も、熱も全てペニスに集中していった。
「あんっ……君の、気持ちいいよ」
マリは腰を上下させつつ、うっとりとした表情で僕の頬を撫でる。
ズッ、ズッ、ジュブッ―
ペニスとヴァギナが愛液にまみれながらぶつかりあう。こすれあう。
「あっ、あん」
頬を紅潮させながら、マリは僕の上で腰を振るう。
僕はなされるままだ。マリの胎内で僕のペニスは更に大きさを、硬度を、熱を増していく。
そして下からマリのからだを貫く。
だが一方で騎乗位で腰を振っていたマリの動きには疲れが見えてきた。
いや、繋がりあう快感に腰がくだけてきたのかもしれない。
これだけじゃ僕は物足りない。
もっと感じたい、突きたい、喘がせたい、めちゃめちゃにかき混ぜたい。
このままじゃ僕は物足りない。
腕をのばし、マリの腕をぐいとつかむ。押し倒された時と違い、力が入った感覚があった。
そのまま僕は身を起こし、今度はマリを押し倒す。
「いつまでもそっちのペースだって思わないで欲しいですね」
形勢逆転。
僕らは繋がったまま、シスターマリのからだは下に、僕が上に来る。
「あれえ、今度こそ薬切れちゃったの?」
「そうみたいですよ」
彼女の太腿を高く掲げ、腹に向かって膝を折り曲げる。そして僕は腰をより奥にすすめる。
スカートは腹までめくれ、接合部が露になった。
僕のものと接合したままの秘唇は充血し、溢れる愛液のせいで形を歪めた翠の蝶が濡れている。
今まで女性に支配されてた鬱憤をはらすように僕は乱暴に腰を打ち付ける。
相手が気持ちいいかなんて考えもしない。求めるのは自分の快感だけ。
根元から先端まで全てが恥肉に擦られ、拡げた恥肉は押し返すように僕を締め付ける。
服ごしにマリの胸を揉む。ブラジャーのかたい感触があったが、気にしなかった。
接合部の上にはぷっくりと膨らんだピンク色の突起。
指でつつけばマリは苦しそうに顔を歪め、ぐりぐりとこねると顔は赤みを増し、膣の締め付けが強くなる。
勢いに任せてしまったせいか、限界が近い。
なのにマリは僕の顔を見て、両足を僕の腰の後ろでロックする。
「いいよ、中で出して。私、ピル飲んでるから」
「シスターのくせに避妊薬なんて、あなたどんだけ淫乱なんだ!」
僕は今にも発射寸前で余裕なんてないくせに、軽口をたたいてしまう。
「ふふっ」
マリは笑う。
異物を押し込まれ形を歪めていた翠の蝶が一瞬羽ばたいた、ように見えた。と同時に僕も限界を迎える。
ペニスを引き抜く機会を奪われ、僕は繋がったままマリの最奥、子宮めがけて白濁を放出する。
ビュッ、ビュッ―
全てを彼女の中に出し切る。
射精による快感、でも同時にうしろめたさが脳裏をよぎった。
避妊しなかったことにではない。
何故だろう。
マリがそうだったように、きっと小百合さんも処女じゃないのだろう。
弱味を握るためとはいえ、あって間も無い男に躊躇いなくフェラチオできる人だ。
僕が目を覚ましてなかったら、僕が射精をしてたのは小百合さんの中だったかもしれない。
でも現実として僕は途中で目を覚まし、小百合さんも既にここにはいない。
ああ、そうか。
なんだかんだ言って僕は小百合さんを抱きたかったんだ。
たとえ互いの純潔は既に散らしていたとしても。
マリの足は僕から離され、僕は興奮を失い小さくなった自身を抜く。
不自然に離れたままの翠の二枚の羽。そのまん中にぱっくりと開いたままの膣口。
透明な愛液で光る羽の上に、とろりと白い精液が流れた。
この狭い部屋のどこにあったのか、マリはティッシュで僕のものを丁寧に拭ってくれた。
「どうせこれもどこかでビデオにでも撮ってるんでしょ?」
「まっさかー。事後処理は私の個人的趣味だから。はい、これ」
手渡されたジーンズはきちんとたたまれていた。
トランクスに足をくぐらせながら僕はいまだ解けぬ謎を問う。
「なんで僕が栗津の人間てだけで小百合さんはあんなことを?」
「栗津からじゃなくてもリリーを調べる奴は来るよ。記者とか、探偵とか」
「……小百合さんも言ってたけど、探すとか逃げるってどういうことですか?僕は偶然会っただけなのに」
「へ?だって君って例の事件の絡みででリリーを追っかけて天咲に来たんでしょう?」
「例の事件ってなんですか?僕は只の学生ですよ。天咲大の」
「えっ、大、学生。天咲大?じゃ……ええ〜!!」
シスターマリはカラコンが飛び出るんじゃないかと思うくらい大きく目を見開いた。
薄暗い電球の灯りを頼りに階段をおりる。
人一人を監禁するような場所だ。廃工場とか、海辺の倉庫とか、どんなあやしい場所に出るんだろうと思いきや、下は昼間呼び出された喫茶店だった。
店内は暗く、既に閉店してるようだった。というかほんとに普段営業してるのか?
とにかく、シスターマリ同様、この店の店員もグルだったんだろう。
シスターリリーを、いや生駒小百合を探してはいけない。追跡者に身をもって教えるために。
マザーと呼ばれていたあの時の老いたシスターはこのことを知っているんだろうか?
チカチカ点滅する携帯のライト。
画面に表示される数件の不在着信と留守録。主に遠藤からだった。
どうせ飲みかマージャンか、よくて合コンか、他愛のない誘いなんだろう。
とんでもない目にあった自分と比較して気楽なイメージの強い彼に対し、意味も無くいらつきながらもメッセージ再生のボタンを押す。
『お〜い、柳瀬何やってんだ?出ろよ。ちょい頼みがあるから電話くれ、急ぎでな!』
知るかよ。遠慮なく消去のボタンを押す。
だが、画面の点灯が消えた途端、今度は着信の表示が光る。菊池だ。そういえばこいつからも着信があった。
「もしもし」
「おー!!柳瀬、やっと出てくれたか。今まで何してたんだよ?」
「何って…、まあ色々と」
さすがに綺麗なお姉さんとナニしてましたとは言えない。
「それよりさ、おまえ地元栗津だろ?社会学Aのレポート手伝ってくれよ〜」
栗津、さっきまで嫌と言う程ネックになってた単語。何故こいつにまで言われるんだ?
「栗津だけどさ、それなんか関係あんの?」
「大アリだよ。レポートの課題俺等の分担が栗津事件なんだよ。おまえ地元だし詳しいだろ?」
「栗津…事件」
それはついさっきシスターマリから聞いたばかりの言葉。
〜「栗津事件?なんですかそれ」
「君ほんとに地元栗津?普通知ってると思うんだけどな、テレビでやってたでしょ?」
「全然記憶にないですよ」
「うーん、私馬鹿だから……細かい話は自信ないな」
「簡単でいいんです。後は自分で調べますから」
「ほんとかいつまんでだけど、詐欺、横領、失踪ってとこかな」
「はあ、それと小百合さんがどう関係あるんですか?」
「事件には犯人がつきものでしょ?栗津事件の場合、容疑者の名前は生駒英夫。つまりはリリーの父親」〜
小百合さんの解けない呪縛、栗津事件。僕を混乱の渦に落としいれた元凶。
それが今紐解かれようとされようとしていた。