女性アイドル事務所の帝王として長年君臨し続ける、芸能事務所アリスプロダクション。  
 70年代初頭に登場した伝説のアイドルグループを筆頭に芸能界史に名を残す数々の女性  
アイドルを生み出し続け、写真週刊誌さえ手を出せない程強大な影響力を持つまでに至った業  
界の盟主的存在だ。  
 現在ではアイドルのほか女優、女性ミュージシャンも関連事務所から多く売り出されており、  
TV番組で目にする女性芸能人全てがアリス系タレントであるということも少なくない。  
 俺、諏訪原芳成はそんなアリスプロダクションを率いる、諏訪原芳美社長の孫として育った。  
「……今から? マジっすか?……はい、あー、わかりました」  
 電話の相手は女である。と言っても彼女とかじゃなくて、事務所の女性マネージャーだ。  
 ある有名女優を駆け出しの頃から担当していて、彼女の育ての親と言われる存在である。そ  
んな彼女から、突然呼び出しがかかったのだ。  
 その辺にあったジーンズとジャケットを羽織り、月三万一人暮らしの部屋を出る。夜風が強  
く、肌寒い。  
 外階段を降りようとしたその視線の先に、既に迎えの車が停まっていた。  
「……あ、どうもー」  
 その脇でお辞儀する、先程の電話の相手。  
 高1の俺なんかにそんなヘコヘコする必要ねーだろ、と思いつつ、その車へ乗り込んだ。  
「すいません、うちの浅間がどうしてもと言いまして」  
「いやいや、これが俺の仕事なんで、気にしないでください」  
「ちょうど明日が久しぶりのオフなものですから、どうしてもと……」  
 浅間悠希、今をときめく実力派若手女優だ。  
 その凜とした清らかな美女っぷりから大和撫子を体現した女優と称され、今時珍しく礼儀作  
法や立ち振る舞いも完璧で、業界内でもファンが多い。  
 どうやら、その浅間悠希が俺を呼び出したようだ。  
 
「あの、マネージャーさん」  
「はい?」  
「俺なんかにそんな、低姿勢になんかならなくていいっすよ。姉貴とは違いますから」  
「いえ……」  
 ハンドルを切りながら苦笑する、そんな顔がバックミラーに写った。彼女の立場上、はいそ  
うですねとは言えないだろう。  
 俺には三つ上の姉がいるのだが、彼女は現役大学生ながらアリスで音楽プロデューサーとし  
て活動している。何というか最近マスコミからバッシングを受けた女優が可愛らしく見えるほ  
どの傲岸不遜な女で、敵に回したらコイツ程恐ろしい人間はいないだろうという、そんな姉だ。  
 当然、事務所のスタッフは皆平身低頭、社長の孫ということもあって逆らう人間はほとんど  
いない。まあ、影では色々言われているだろう。  
 車はそのうち閑静な住宅街へと入り、とある高級マンションの地下駐車場へと潜っていった。  
 そこで降りて建物に入ると、さっそく最新のセキュリティが俺達を出迎える。この間TVで  
見た静脈を認証するやつだ。  
 彼女の部屋はすぐそこ、二階にある。インターホンを押してマネージャーが声をかけると、  
聞いたことのある声が返ってきた。  
『開いてますから、どうぞ』  
 部屋に入った途端、アロマの香りが出迎えてきた。一人暮らしなのに掃除が行き届いている、  
清潔な玄関だ。  
「お久しぶりです、芳成さん。どうぞ」  
 ブラウン管の向こうにしかいなかった女が、笑顔で出迎える。浅間悠希だ。  
「お、お邪魔します」  
「じゃあ私はこれで。失礼します」  
 大事なタレントを残し、マネージャーさんはさっさと帰ってしまった。俺を信頼していると  
考えていいのだろうか?  
「今お茶入れますから、ソファに座っててください。紅茶でいいですか?」  
「あ、ああ、何でもいいです」  
 歳は俺とそう違わないのに、この大人っぽさは何なのだろう。いかにもアートっぽいインテ  
リアで統一された内装、大きなオーディオ設備、馬鹿でかいTV。俺の現在の資産全てをつぎ  
込んでも、この中の家具一つでさえ買うことはできないだろう。  
「どうぞ。アールグレイですけど」  
「ど、ども」  
「今日も突然ですいません。お忙しかったですか」  
「いやぁ、全然いいっすよ。全然」  
「そうですか? よかった」  
 ふふっと微笑むその笑顔、まさにCMで見るあの顔だ。  
 さらりと流れる長い黒髪、メイクの必要ないだろうってくらいの白い肌、正直乳は無いがモ  
デル顔負けのそのプロポーション。ぴったりとした白のボトムスを穿いているが、質感が妙に色  
っぽい。  
 
「正直、男の人と二人っきりになるのってかなり久しぶりなんですよ」  
「ドラマとか映画の現場では、そうならないんすか」  
「ってもう、私には敬語やめてくださいって言ったじゃないですか」  
「あ、ああ、ごめん」  
「どうしてもマネージャーとかメイクさんとか、そういう人達に囲まれるから」  
 そう、アリスは所属タレントに対する躾が超厳しい。  
 創立当時からの方針で80年代アイドル並の禁欲生活が科せられており、例えば男関係なら恋  
愛はもちろん、番組等の打ち上げ以外ほとんどのプライベート交遊を禁止している。例え各界の  
大物からの誘いであっても例外はなく、相手もだいたい、アリス系タレントは落とせないことを  
理解している。  
「明日、学校とか大丈夫ですか?」  
「俺は大丈夫だけど……え、かなり今日、やる気みたいな?」  
「え? あはは……」  
 照れくさそうに笑う悠希、どこまでも気品がある。  
 彼女の性格から、自分からしたいと言い出すことはまずない。いつもこうして俺が切り出して  
やるのがお決まりなのだ。  
「じゃあ……こっちに」  
 差し出された手を握ると、すぐに指が絡まる。恋人握りというやつだ。  
 そのまま奥に通されると、すでに薄暗くコーディネイトされた寝室が姿を現した。セミダブル  
のベッドに間接照明、うっすらと焚かれたアロマの匂い。やる気マンマンといったカンジだ。  
「じゃあ、ベッドに寝そべってください」  
「寝そべるって…… !」  
 彼女の方を向いた瞬間、香水の香りがして、唇に柔らかいものが触れた。  
 そのまま少しだけ顔が離れ、吐息がかかる距離で呟く。  
「今日はもう、私が仕切っていきますから」  
 タレント教育が厳しいアリスだが、たった一人だけ――飲み会だろうがセックスだろうが乱交  
パーティーだろうが、この人物相手なら全てが許されてしまう、そんな人物がいる。  
 それがこの、俺だ。  
 アリスプロの頂点に君臨する諏訪原芳美の孫である俺は、信じられないかもしれないが所属す  
るアイドルや女優達の、いわば欲求不満の解消係を命じられているのだ。姉貴からの発案になぜ  
かばあちゃんからのGOサインが出てしまい、以来、俺は時としてこういった秘密のアルバイト  
をしている。  
 はじめは食事や買い物など一緒に遊ぶ程度のことだったが、それに性欲処理が加わるまでそう  
時間はかからなかった。  
「前に映画で見たんですけど。どんな感じですか」  
「正直、怖いかも」  
「でも、なんか面白い」  
 ベッドに俺が両腕を封じられた状態で縛り付けられ、その上に悠希が馬乗りになった形である。  
 既に悠希は上がキャミソール一枚といった格好なのだが、いかんせんムードもへったくれも  
ないような明るい口調だ。  
「こちょこちょこちょ」  
「ぶっ! ちょ、や、やめ……!」  
「アハハハハッ、これはキツイかも〜〜」  
 子供のように、長い黒髪でくすぐり始めやがった。  
 彼女はそのイメージとは裏腹に、ベッドの上ではとにかく無邪気にはしゃぐのが好きなのだ。  
キスでも本番でも何をしていてもイタズラを仕掛けてきたり、冗談を言ったりなどまるで雰囲気と  
いうものがない。  
 
「こうやって爪でなぞられるのって、どうですか?」  
「あなたが半笑いじゃなきゃゾクゾクきてると思う」  
「えー、そこはしょうがないじゃないですか……あむぅ」  
 全くキスするタイミングじゃないが、彼女の薄めの唇が重なってきた。髪と香水の良い匂いがし  
て、舌がゆっくりと絡みついてくる。  
「んふ……ふ……んん」  
 唾液を吸いながら声が漏れる。ちょっと目を開けると、彼女は少しはムードに浸っているのかと  
思いきや完全に笑っていた。  
 それにしても慣れた感じだ。片手で俺の髪や頬を撫でつつ、もう片方でズボンのベルトを外し、  
チャックを開く。首筋に冷たい感触がしたかと思うと、彼女の手が胸元へ下がってきた。  
「今ちょっと預けてるんですけど、猫飼ってるんですね。それで、そのコがよくこういうことする  
んですよ」  
「へぇ…… いでっ!」  
「んふっ」  
 悠希はそっと乳首を口に含むと、前歯を立てて甘噛みをし始めた。  
 わざと痛くして俺の反応を楽しんでいるように見える。滑らかな舌と唇の愛撫と、時折襲ってく  
る痛み。さっきから始まっている股間への刺激もあり、マイサンはすでに戦闘態勢だ。  
 悠希はそいつを指先で撫でながら、俺の胸のあたりで両手で頬杖をついた。  
「残念お知らせがあるんですけど、今日いわゆる本番はNGですから」  
「……で?」  
「でもだいじょぶ、私の趣味と実益を兼ねて楽しませてあげますよ」  
 と、一瞬嫌な予感が走る。この展開、過去に一度経験があるからだ。  
 悠希は妖艶な笑みを浮かべると、俺にまたがった状態で着ているものを脱ぎ始めた。  
 キャミをたくしあげ、白いボトムスを脱ぎ捨てる。そこから現れたのは、余りに白い肌と対照的  
な暗い赤のホットパンツ型ショーツだった。  
「あとでシャワー浴びた方がいいかも」  
 言いつつ、脇の小棚?に置いてあったワインをグラスに注ぎ、一口。それを飲むかと思いきや、  
俺の胸から腹にかけてぱたぱたと垂らし始めた。  
「じゃ、いただきまーす」  
 れろ〜っと、鎖骨からヘソまで舌が走る。それはまさに、悠希の舌と唇による全身愛撫の始まり  
を告げるものだった。  
「ちょっ、ちょっと待って、これって勘弁してくれって言ったじゃん!」  
「んっ……ん、ちゅるっ、ちゅっ」  
 全身愛撫というのはとても正確な表現だと思う。  
 彼女はこれまたイメージに合わず、こうして俺の体のすみずみまで舐め尽くすのが好きなのだ。  
案の定、彼女はつま先をしゃぶり終えるとスネから腿、腹、胸、そして鼻や目とエスカレート  
させていく。  
 それをワイン片手にやるもんだから、酔っぱらってタチが悪くなる。  
 
「つか悠希さん、飲むペース早くな……おぅぅ」  
「ほんはほほはいえふお」  
 世間一般の男なら誰もが夢見る、浅間悠希のフェラ。それが酔っぱらいの激しいバキュームフェ  
ラだと一体誰が思うだろうか?  
 腰が抜けそうな快感が走り、思わず腰が浮いてしまう。悠希は尻を撫でつつも、片手は自分のシ  
ョーツの中に伸びているのが見えた。  
「……っと、ここで終わっちゃだめですね。じゃ、今日のメインイベントー」  
「メインイベントって何……んなっ!?」  
 彼女の肉体が重なったと思うと、うつぶせの状態にひっくり返された。  
 合気道を習っていると言っていたが、腕は本物らしい。簡単に腰を上に持ち上げられた。  
「この体勢って……まさか」  
「前はすごい嫌がって、結局できなかったんですよねー。じゃ」  
「いやちょっと待っ、悠希さん落ち着かない!?」  
「だーめー……ん〜」  
「やめてぇぇぇぇ!」  
 まさかとは思ったが、彼女に後ろの処女まで奪われてしまった。  
 未知の感触、というか異物感。ペニスをしごかれつつ舌を遠慮無く深くつき入れ、荒々しく愛撫。  
凄い快感とともに、どうしようもない喪失感が俺を襲う。なんかもう、泣けてきた。  
 そのまま間もなく、昇天。ベッドに倒れ込んだ俺を、悠希は形の良い胸に抱き寄せた。  
「ごめんなさい芳成さん、今凄いカワイイ」  
「いや……もうあなたが喜んでくれたら、それでいいっすよ……」  
「私って、自分がされるよりしてあげるのがたまらないんですよね。だから……ほら」  
 悠希が俺の顔の所まで動いてきたかと思うと、ゆっくり、穿いていたショーツを下ろして見せた。  
うっすら程度に生えた茂みが、明らかに濡れている。  
「まだ、ヒック、夜は長いですよー」  
「……」  
 そう言った彼女の笑顔に、何か薄ら寒いものを感じた。   
 
 

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