日本中が智美の全裸画像流出で騒然となりつつある中、当の智美本人は知らぬが
仏であった。連日、寝る間もないほどのハードスケジュールをこなす売れっ子歌手で
ある智美はインターネットをする暇もないのだった。仕事の時間帯は携帯電話も持た
せてもらえなかった。
その日の午前中はテレビ番組の収録予定で、スタジオでマネージャーとも合流する
はずだったが、事務所から突然、当日の予定は全部キャンセルになった。社長が会
いたがってるから大至急戻って来い、と連絡を受けたのだ。そこでタクシーに乗って、
一人で事務所に向かっていた。
(番組キャンセルして戻って来いなんて、何だろう?)
どうも胸騒ぎがしてならない。きっと何か良くないことだ。ひょっとして英明との関係
がばれたのだろうか? 智美にとっては純粋な愛であったが、事務所が看板タレントの
スキャンダラスな話を歓迎するはずもない。無理矢理別れさせられてしまうのだろうか?
(いやよ! 英明さんとは絶対別れない!)
智美の所属する事務所は規模は小さかったが、社長の野口は業界ではやり手とし
て知られており、とかくの胡散臭い悪評もつきまとっている人物だった。智美がデビュ
ー1年で瞬く間にトップスターの座に駆け上ったのも、彼女自身の魅力もさることなが
ら、野口社長の手腕も大きかった。
(でも、社長が知ったらどうするだろう?)
湧き上がる不安で胸が一杯になる。せっかく掴んだトップアイドルの座を簡単に捨
てるつもりもない。まさか、男と付き合ったくらいで簡単に解雇される事はないとは
思うが……
あれこれ考えている内に、タクシーは目的地に着いた。緊張した面持ちで事務所に
入っていく。事務所の中にいた社員たちの態度が、なぜかよそよそしかったが、気に
しているゆとりはなかった。社長室のドアをノックする。
「誰だ?」
「智美です」
「入りなさい」
コチコチになって部屋に入る。部屋にはデスクに座っている野口社長と立っている
専務がいたが、二人とも険しい顔をしている。やっぱりばれていたのだ。
「そこに座りなさい」
ソファーを勧められた。対面した向こう側に野口と専務が座った。野口が切り出す
「今日来てもらったのは、もうわかってるだろうが、今大騒ぎになってる件について
聞きたいからだ」
今大騒ぎ? 何のことだろう? 英明の件ではないのか?
「えっ? 何のことでしょう?」
「とぼける気か! インターネットに流れてる画像の件だ」
インターネット? 画像? さっぱり心当たりはなかったが、英明の事を追及され
るのを恐れていた智美は少しホッとしていた。
「画像?、何のことかわかりませんけど」
「呆れたやつだな。ホントに何も知らないのか?」
「はい、わかりません」
智美が実際に知らない事を見てとった野口は肩をすくめたが、先を続けた
「いいか、落ち着いてよく聞くんだ。今ネットに流出しているある画像が、大騒ぎに
なっている。江橋智美の裸と称する写真だ!」
「ええっ!」
智美は今度こそ心底驚愕した。わたしの裸の写真がネットに流出している? ど
ういう事なの? 事態を理解することができない。
「それも一枚や二枚じゃない。お前が男とセックスしている写真や卑猥なポーズを
取っている写真が100枚以上だよ」
そう言うと野口は智美に、ネットからプリントアウトしてきた画像を見せた。五枚
ほどで、例の開脚写真やハメ撮りも入っていた。
「きゃあああっ!」
超美少女は悲鳴を上げて両手で口を覆った。
――これは間違いなくわたしの写真だ! どうしてこんな事になってしまったの!
智美にとって夢想だにしていなかった衝撃だった。この破廉恥すぎる自分の写真が
ネット上に流出したということは、全国の人たちの目に触れているということだ。
とても耐えられない。
――いやっ! いやっ! こんな恥ずかしい写真をみんなに見られてしまうなんて!
智美の大きな瞳からは、涙があふれ出た。
「ああっ、あああっ……」
口を手で覆ったまま、嗚咽が止まらなかった。英明とのセックスの時に撮らせた写
真だ。さしたる抵抗も感じないで、求められるまま軽いノリで撮らせてしまったのだ
った。それにしてもどうしてこの写真が外に漏れてしまったのか? 英明が流したは
ずはないし……
野口は号泣する智美を冷ややかな目で見つめていたが、おもむろに話を続ける。
「智美、一つ確認しとかなきゃならんことがある。この写真は本当にお前なのか?」
智美は絞り出すような声だったが、きっぱりと答えた。
「はい、わたしです」
「そうか」
社長と専務は、深いため息をついたが、その後、社長は智美を慰めるどころか、激
しい口調で怒鳴りつけた。
「泣いて済む話か、この大バカもんが! 清純派として売り出しているお前の、こん
なハレンチな写真が外部に流出したらどうなる! アイドルとしての価値はなくなる
だろうが! キズものになっちまったじゃないか! もう取り返しはつかん! お前
をスターにするのに今までどのくらい金を使ったと思ってるんだ!」
野口社長は怒りにまかせて、一気にまくし立てた。この社長の反応は深く傷ついた
智美に頭から冷や水を浴びせるものだった。
(なんてひどい! わたしの事よりお金の方が大事なのね……)
野口は更に智美を問い詰めようとした。
「で、誰なんだ相手の男は?」
この問いに智美は、ハッとした。
――わたしの恥ずかしい画像は流出してしまったけど、相手の男性が誰かはまだわか
ってないのね。よし、言っちゃだめだ。英明さんだけは守らないと。
先ほどの社長の無情な叱責で、智美は悲劇のヒロイン気分からすっかり冷めてしま
っていたが、答えたくないので、泣き続けるフリをした。
「泣いてばかりじゃ、わからんじゃないか。まあいい、おいおいわかって来る事だ」
社長はそれ以上追及しなかった。
ここで専務が口をはさんだ
「とにかく、今は今後どうするかを考えることです。智美にはしばらく身を隠しても
らう必要があります。私の方で隠れ場所のホテルを確保しておきました。女性社員の
田口君についてもらいましょう」
田口が部屋に呼ばれた。丸顔で不細工な顔はしているが人は良さそうな中年の女性
だった。
「田口君だ、事情は話してある。これから智美の世話をしてくれる。しばらくホテル
から外に出られない生活が続くが我慢しろ。マスコミがお前のコメントを取ろうと、
血眼になって行方を捜すだろうが、こちらから指示があるまで絶対に見つかるな、何
もしゃべるな、わかったな」
専務はそう言うと、智美と田口を送り出した。智美は何もあいさつをせず、力なく
立ち上がり部屋を出て行った。ところが、部屋を出たすぐに田口が
「ヘヘ、ちょっとトイレに行ってくるからここで待っててね」
と言って手洗いに行ってしまった。智美はガックリと壁にもたれかかった。これか
らまるで逃亡者のように世間から隠れる生活が始まるのだ、一体どうなるのだろう?
その時だった、社長室の中の話が智美の耳に入ったきたのだ、智美にとっては衝撃的
で恐ろしい話が。
「これから稼ぎ時という時にあのバカ、とんでもないことしてくれおった! なまじ
清純派アイドルで売ってきたばっかりに大変なイメージダウンだ。もうファンの前に
は出せん」
「しかし社長、なんとか今まで投資してきた分だけでも回収しませんと」
「うむそこだ。これだけの写真が流出した以上、人気の回復は不可能だ。まずAV女
優に転向させるより他にあるまい」
「でも智美は、まだ未成年です」
「専務、蛇の道はヘビだよ。裏DVDに出すんだ、それも一般客対象じゃない。俺の
人脈で一部の金持ちだけに売るんだ。政治家、高級官僚、企業経営者、客はいくらで
もいる。そして……」
そこで、野口は声を潜めた。
「そいつらに智美を抱かせるんだ。なにしろ現役トップアイドルだ。一人300万は取
れるぞ。そうして地下に潜って時間を稼ぎ、智美が成人したら、堂々とAV女優で売
り出すんだ」
「社長、相変わらず恐ろしいお方だ。しかし、智美が承知しますかねえ」
と専務が首を捻るように言うと、野口は
「承知するも何もあるか、無理やりやらせるんだ。あいつが悪いんだよ、あんなハレ
ンチな写真を男に撮らせた上に、みすみす流出させるなんて。もっとも、清純などと
思ってたのはこっちだけで、あんなにあっさり股を開いてるようなら、意外とあっさ
り喜んでやるかも知れんな」
「ハッハッハ」
情の欠片もない社長の話に応じた専務の品のない笑い声が聞こえてきた。二人の会
話を立ち聞きしていた智美は愕然とした。
――AV女優、裏DVD、一人300万、何よ、それ! 冗談じゃないわ!
だが、これは紛う事ない現実の話なのだ。智美は、信じていた世界がガラガラと音
を立てて崩れていくのを感じていた。もう何もかもおしまいなのね……
社長達の話を立ち聞きしてしまった智美はその恐ろしい内容に、思わず絶叫しそう
になったが、かろうじて自分で口を押さえてこらえた。
(いやっ! いやよ、そんなの!)
せっかく泣き止んだのに、再び大粒の涙がこぼれ出していた。自分がもう、人前
に出ることができない存在になってしまったことをいやでも思い知らされる。それに
してもアイドルだった智美にAV女優になったり、知らない男に抱かれろとは酷すぎ
る話だ。受け入れることはできなかった。
「ごめんなさい、待たせたわね」
女性社員の田口が来た。野口から事情を聞かされているらしく、泣いている智美
を促して、事務所の裏から車で隠れ家のホテルに向かった。智美の世話係とは体
のいい口実で、智美が悲嘆にくれて自殺したり、どこかに逃げ出してしまわないよ
うに監視する役なのだった。
車の後部座席で智美は黙りこくっていた。これからどうなるのだろう。今頃、智美
のマンションには事件を知ったマスコミが押し寄せているはずだ。しばらくマンショ
ンには帰れない。今智美が考えている事は
(英明さんと話したい)
これだけである。今回の件の経緯を聞きたいのもあったが、それより何より、突然
運命が暗転したこの状況で一番愛する者の声を聞きたかったのである。
一般人にはわからないように変装した姿で、ホテルに入った智美だったが、携帯電
話は返してもらえなかったので、田口に頼み込んでホテルの電話から英明と話すのを
なんとか許してもらった。今日は英明は自分のマンションにいるはずだった。
「もしもし、英明さん?」
「智美!? 智美なのか? ごめんな、大変な事になっちまった」
頭から英明は謝ったが、どこかよそよそしかった。
「どうして、あの写真が外に流出したの?」
「うかつだった。この前パソコンを修理に出したんだけどさ、画像は全部バックアッ
プ取って、消去したつもりだったんだけど、そこの店員が復元したみたいだ」
智美は呆然とした。なんという馬鹿な話だ。
「相手が英明さんという事はばれてないみたいだけど?」
すると、英明はバツが悪そうに
「う、うん、実はパソコンに入れてた画像にオレの顔が入ってるのはないんだよ。バレ
たらどうしよう?」
この答えに、智美は呆気に取られた。この男は自分の保身しか考えていないのか?
「ああ……どうしたらいいんだ?」
智美は英明の口調に激しく落胆していた。智美のことより、相手が自分だとバレな
いかしか関心がないのがアリアリだった。わたしは彼の間抜けな行為のせいで地獄
に突き落とされたというのに……
「英明さん、わたしを見捨てないで! もし、あなたがわたしを裏切ったら、破廉恥画像
の相手は赤梨英明だって、マスコミに暴露するから!」
「……」
英明から無言で電話を切られてしまった。智美は不安に襲われた。追い詰められた
彼女の心の叫びだったのだが、この一言が智美にとって決定的な命取りになることな
ど知る由もない。