――ギッ、ギシギシッ…―  
 
ベッドの軋む音が、やけに大きく聞こえる。  
 
「―…あっ、あっ、ふぅんっ」  
 
アタシは、ディレクターの藤田によって後ろから犯されていた。  
 
「はっ、はっ…ミハルさん、気持ちよさそうですね…  
――おいアキ、もっと胸さわってやれ」  
 
 リズミカルに腰を打ち付けながら、彼はわたしの下にいる“もう一人”に声をかける―…。  
 
「はい、ご主人さま…んっ、ちゅっ…」  
 
名前を呼ばれたのは、後輩アナのアキだ。一糸纏わぬ姿で、アタシの胸を口や手で愛撫する。  
 
――あぁ、どうしてこんなコトになっちゃったんだろ…?  
 
 
 話は、数時間ほど前にさかのぼる―…  
 
 
 アタシ、野村ミハルは入社6年目のアナウンサーで、  
最近になってようやく、夕方の報道番組のキャスターも任せてもらえるようになってきた。  
 今日もその放送を終えて、アナウンサー室に戻る途中、彼を見つけた。  
 
「あっ、お疲れ様です、藤田“ディレクター”」  
 
「あっ…野村さん、おつかれさま」  
 
彼はアタシのひとつ後輩だけど、企画に携わった番組が軒並み高視聴率を叩きだしたことで、  
異例の早さでディレクターまで昇格した、いわば天才。普段はふざけてる感じなのにねー…。  
アタシが出ている『おめざめヴィジョン』も担当していて、一緒に仕事する機会は少なくない。  
 元々才能もあったのかもしれないが、陰では社長の隠し子なんじゃないかって噂もあり、  
出世の真偽は定かではない。しかし、彼の決して憎めない性格も手伝って、  
彼を悪く言う人間は誰もいなかった。かく言うアタシも、彼のことは結構気に入っている。  
 
「野村さん、今日はもう上がり?」  
 
「んー…今夜はたまってる原稿チェックしないといけないから…また泊まりかな」  
 最近は、残業してからしばらく仮眠を取り、朝番組の生放送を終えたあと、  
ようやく自宅に帰るというような生活が続いていた。女子アナも、なかなか楽ではないのだ。  
 
「そっか、大変ですね…」  
 
「くすっ、何言ってるのよ、お互い様でしょ?  
ありがとう♪じゃあまた明日ね、藤田くん」  
 
と言って、アタシは手を振って別れる。彼もどうやらもう一仕事あるようなのだが、  
彼が少しでも自分を気にかけてくれたことが、うれしかった。  
 だからか、アタシはまったく気付かなかったのだ。  
 
「……ええ、また“あと”で」  
 
彼が、去っていくアタシの背中を見つめながら、妖しい笑みを浮かべていたことに―…。  
 
 
「ふ、あ…っと。やっと終わった―…」  
 
思いっきり背伸びをする。時刻はすでに、夜9時をまわっていた。  
翌朝の特集の原稿や、収録予定のクイズ番組の台本のチェックなどを念入りにしていたら、  
いつの間にかこんな時間になってしまっていた。明日も早い、すぐに眠らなければ。  
急いで机の上を整理していると、脇に置いてあった携帯電話が目に入る――  
…今日も着信はナシ、か。  
 
アタシには付き合ってる彼氏がいた。今人気のロックバンドのボーカル、カズだ。  
と言っても、最近はお互い忙しくてほ4、2とんど会えていない。彼は現在、全国ツアーの真っ最中だ。  
アタシが司会を務めた音楽番組で知り合ったのがきっかけで、交際ははじまった。  
 最初はそれなりに一緒に過ごす時間もあったのだが、  
バンドがブレイクし、アタシも任される仕事が増えてきたことで、  
それは少しずつ、しかし確実に減っていった。今じゃ、一ヵ月に一度会えればいいほうだ。  
会えなくなるにつれて、すれちがうことも多くなった。  
最後に一緒に食事したときも、人目もはばからず大ゲンカしてしまった。  
しかも、そのときのことを写真週刊誌に撮られ、それがアタシを余計いらだたせた。  
 同じ週刊誌にカズが別の女性をホテルに連れこんだことが報道されたのは、その二週間後――。  
 
 
「……もう、おしまいかなー…」  
一人廊下を歩きながら、つぶやく。それでも、本当は諦めきれない自分が、いた。  
 
――いっそ、アイツを忘れさせてくれる人が現れればいいのに―  
なんてことを考えながら自嘲気味に微笑う。そうしてるうちに、仮眠室の前にたどりついていた。  
先に眠ってる人がいるといけないので、音をたてないよう、ゆっくりとドアノブをまわす。  
すると、ドアの隙間から部屋の明かりが漏れ出した。何か声や物音も、少しだけだが聞こえる。  
 
「…だれか起きてるのかな?」  
不思議に思ったアタシは、隙間からそっと中を覗いてみた。そこには―……  
 アタシは、自分の目を疑った。  
 
「んあぁ…っ、だ、だれか来ちゃいますぅ…やめてくだ…ぁあっ!!」  
 
「…いいじゃん、みんなに見せてあげようよ、アキのえっちな姿。  
それに、これは“おしおき”なんだよ。この前心配かけた…ね」  
 
――二人の男女が、ベッドの上で、交わっていた。  
 
それは異様な光景だった。アタシの目の前で、誰かがそういう行為をしているという状況自体が  
まず異常なのだが、男に組み敷かれている女性の姿が、それに拍車を掛けた。  
 
彼女の頭上にかかげられた両腕は、ネクタイのようなもので縛られており、  
その顔は、この部屋に備え付けてあるアイマスクで目の周りを覆われていた。  
 彼女は、両腕の自由と視界を奪われたまま、男に犯されていたのだ。  
そんな身動きできない状態で短い嬌声をあげていたのは、同僚の水川秋穂に他ならなかった―…。  
そしてもう一人、扉に背を向けながら、そんな彼女に容赦なく腰を打ち付けている男――  
そう、アイツ。ついさっきアタシと談笑していた、藤田だ。  
2人とも顔はよく見えなかったのだが、声や雰囲気でわかった。いや、わかってしまった―…。  
 
前々から彼がアキのことを気に入っていたのは知っていたが、  
まさか2人が既にこんな関係だったとは、自分で思ってもみなかった。  
いや、むしろこれは強姦というやつじゃないか…?早く誰か呼ばないと…いや、しかし――  
 
様々な思惑が頭の中を駆け巡る。今までAVすら見たこともないアタシは、  
知り合いによる、SMまがいの性交が、しかも社内で行われているのを目の前で見せつけられ、  
軽い混乱状態に陥っていた。何もできず、固まったようにただじっとその光景を見つめ続ける。  
 
 
「…あっ……」  
 
ふと我にかえると、そんなアタシの後ろを通り過ぎていく人達が、  
みんな自分のことを怪訝そうな目で見つめていたことに気付く。  
それはそうだ…部屋のの扉の隙間からじっと覗き見するなんて、普通の人のやることじゃない。  
 彼らから部屋の中は見えないだろうが、アタシがこんなところで立ち止まってたら―…  
 
「…あ、、えっと…」  
 
 たしかにアタシは今、『普通』じゃなかった。パニックになったアタシのとった行動は―…  
 
 
―――バタンッッ!!!  
 
勢いよくドアを開け、部屋の中に入ってしまった。  
自らがやったことに自分でも驚きつつも、誰かに覗かれないようすぐに後ろ手で扉を閉めた。  
 深呼吸して、息を整えようとする。アタシの緊張感は今、最大限まで高まっていた―。  
 しかし、アタシの決死の行動とは裏腹に、中にいた2人の反応は、意外にも冷ややかだった。  
 
「んっあぁ、エェッ…だ、だれ…?」  
「…………」  
 
アイマスクのため、侵入者の正体がわからず怯えているアキとは対照的に、  
藤田はこちらを振り向こうともせず、行為をやめるそぶりすら見せなかった。  
 
――ゴクッ…。  
 それにしてもなんと淫らな光景なんだろう。思わず唾を飲み込む。  
部屋に入ったことで、さっきまで気付かなかったことも少しずつ、見えるようになってきた―…。  
 アキのシャツとブラはたくし上げられ、大きめの乳房が露わになっている。  
大きく開かれている脚には、脱ぎかけの下着が絡み付いていた。  
そしてその脚の間には、アタシが見たこともないくらい立派なモノが、  
割れ目から出たり入ったりを繰り返していて、そのたびにアキはいやらしい声をあげていた―…。  
 
――はっ、と再び我にかえる。  
 冷静に考えると、あの純情そうなアキに、こんな趣味があるはずがない。  
考えたくはないが、仮眠室で寝ているところを無理やり藤田に襲われたに決まっている――。  
 そう思ったアタシは、意を決して声を絞り出す。  
 
「…ゃ、ゃめなさぃよ…」  
 
…返事はない。相変わらずの無反応ぶりに腹が立ち、少し声を荒げる。  
 
「……やめなさいって、ゆ、ゆってるでしょ!?アキちゃん、イヤがってるじゃない!!」  
 
彼は、それでも腰を動かすのをやめずに、ようやく少しこちらを向いたかと思うと…  
 
「…なんだ、野村さんですか…」  
 
…冷たい目だった。アタシにはまるで興味のないような声で、一言そう放った。  
さっき、廊下でアタシのことを優しく気遣ってくれた彼は、もうそこにはいなかった。  
 
「えっ、み・ミハルせんぱ…い?」  
 
「そ。オマエの尊敬するミハル先輩だよ。ホラ」  
彼はそう言って彼女のアイマスクをはぎ取る。  
 
「そ…んな…んぁあぁ!!」  
 
素顔を完全にさらされたアキは、より一層声を荒げた。その瞬間、アタシとアキの、目が合う。  
 
「あぁ…っ、わたし、せ・せんぱいに見られながら…イッちゃぅううう……っっ!!!」  
 
アキは叫びながら、思いっきり背中をそらした。  
「よし…っ、オレも出すぞ……うっ」  
 
「――あぁ…っ、あついぃ…」  
 
……どうやら中に出してしまったようだ。アキは痙攣を繰り返し、藤田も細かく震えている。  
 
――ぺたん…っ  
 
達するところを目の当たりにしたアタシは、思わずその場にふらふらとしゃがみ込んでしまう。  
……鼓動が速い。心臓の音って、こんなにも大きいものだったろうか。  
動揺を隠し切れないでいるアタシに、彼はさらに追い討ちをかけてゆく。  
 
 

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