安田君の彼女になってから早二ヶ月。  
だけど、あれからこれといった進展はない。  
いや、あったら困るんだけど。  
キスも最初の一回だけ。  
クラス委員である彼に仕事を頼むついでに二人っきりになって、普通なら生徒としない話  
――休日は何をしてるのかとか、得意料理は何かとか――をすることはあるけど、  
最近の私はあろうことか、彼は今の状態で満足しているんだろうか、なんて考えてしまう。  
だってねぇ、高校二年生の男子なんていったら、そういうことをしたい真っ盛りの筈。  
現に何人かの男の子たちは普通にセクハラ発言をしてくる訳で……。  
彼には悪いけど、彼が例外だなんて思っていない。  
もっとも、学校以外で会わないっていうのも彼の彼女になってもいいっていう条件の一つだから、  
そんなことになるっていうのは学校で、ってことな訳で、それは非常に困る。  
というより、実際問題無理よね。  
にしても、こんなことを考えてしまう彼女ってどうなんだろう。  
高校生だったら、手を繋ぐのもドキドキとか、彼に迫られて泣き出しちゃうとかっていう可愛い展開に……。  
いや、最近の高校生はきっとその辺りはもっとあっさりしてるんだろうな。  
私の頃とは違うよね。  
 
なんてことを考えながら参考書やら問題集やらを本棚に並べていたら、  
入れようとしていた本を落としてしまった。  
「あ……っと」  
”数学I”と書かれた表紙が恨めしげにこっちを見上げてくる。  
私が使った参考書じゃないのに。  
確かに数学研究室で一番下っ端なのは私だけど、自分が使ったものくらい自分で戻せっつーの。  
しかも今回はテスト明けだから、本棚から引き出された参考書や問題集の数が半端じゃない。  
安田君が手伝ってくれなかったら、途中で投げ出したかも。  
そんなことを考えながら、落とした本を拾うと、  
「先生」  
不意に声をかけられた。  
心なしか咎める口調。  
戻しかけていた本をそのままに、彼の方に顔を向けると、彼は何故だか顔を僅かに赤らめて少しこっちを睨んでいた。  
「なあに?どうしたの?」  
「あのさ、前から言おうと思ってたんだけど」  
そう言えば、この二ヶ月で彼の敬語は完全に消えた。  
二人きりの時だけだけど。  
「先生さ、物拾う時、しゃがまないでしょ」  
「そうだっけ?」  
自分のことっていうのは意外と気がつかないもので、私は自分がどうしているか、すぐに思い出せずにそう聞いた。  
 
「そうだよ」  
彼は怒ったような口調のまま続けた。  
「チョーク拾う時とかも、ただ手ぇ伸ばすだけじゃん」  
そう言われればそうかもしれない。  
だけど、それがどうしたというんだろう。  
「うん、まぁ、そうかもしれないけど……それってダメなことなの?」  
「ダメ。…………っていうか、あんまりしないで欲しい」  
「……どうして?」  
更に顔を赤くした彼の心の内が全く分からなくて、私が首を傾げてしまうと、彼はそれには答えず、  
「先生さ、なんでジャージなんて穿いてんの?」  
と聞いてきた。  
「だって、動き易いもの。今みたいな作業する時も汚れとか気にしなくていいし」  
そんなの聞かなくても分かりそうなものなのに。  
教師らしからぬ不満を覚えながら答えると、彼は、まあそうなんだろうけど、と不満そうに呟いた。  
「安田君?私がジャージ着てるのと、物を拾う時にしゃがまないのと関係があるの?」  
その繋がりが分からなくて、私が持っていた参考書を本棚の端でトントンと整えながら尋ねると、彼は声を大きくして、  
「大ありだよ」  
と言った。  
それから慌てたように本棚に向き直り、上の、私じゃ届かない段に問題集を入れながら、  
「先生、ホントに自覚ゼロなの?」  
と、どこか呆れたように聞いてきた。  
 
と言われても、何を言われているか分からない。  
彼の口調にややむっとしつつも、それを出さないようにする。  
「うーん……そう言われても、なんで安田君が怒ってるのかは分かんない」  
「マジで?」  
そう言うと、彼は空になった手を下ろしてはあ、と大きなため息をついた。  
「何よ」  
しまった。  
素でつっかかってしまった……。  
そんな私に気づいたのか、彼は視線をこっちにむけるとにやりとした。  
「先生じゃない先生見っけ」  
このセリフ、既に五、六回言われてるけど、言われるたんびに顔が熱くなる。  
私がそれを誤魔化すために、軽く胸を反らして、  
「それはいいから、何が悪いのかさっさと言う」  
と急かすと、彼はまた顔を赤らめて、すぐ脇の机に置いてあった本に手を伸ばした。  
「あのね、先生。普通にしてると、ジャージってわりとだぼだぼしてるでしょ?」  
「してるねぇ」  
窮屈な隙間に最後の参考書を押し込んで相槌を打つ。  
「だけどね、前かがみになったりすると、結構、身体の線、出るんだよ。知ってた?」  
そう言われると、そういう時は引っ張られているような感じがしなくもない。  
「あー……なるほどね。で?」  
「で?じゃなくて。先生がそういう格好すると……っ、下着の線とか出んの!」  
ああ、なるほど。  
それは確かに気をつけなくては。  
 
だけど、  
「それは分かったけど、どうして安田君がそんなに怒るの?」  
どうにかこうにか本棚に参考書を突っ込み終えて彼の方を向くと、彼は呆れと驚きが混ざったような顔をして私を見ていた。  
それからまた大きなため息をついた。  
「先生さー、あの、一応、仮にも、オレの……か、彼女でしょ」  
「うん、まぁ、そうね」  
照れながら言う彼を見ていると、こっちまでなんだか初々しい気分になってしまう。  
「だからね、彼女のさ、そういう姿を」  
「見たくない?」  
最近の高校生は進んでいるとは言っても、やっぱり女性にある種の幻想を抱いているのかな。  
かわいいなあ。  
なんて思ってたら、かなり強く否定された。  
「違う。そうじゃなくて。……あのね、オレは先生のそういうトコ、他の奴らに見られたく、ないんですけど」  
ああ、なるほど。  
そんなことを思って、言ってくれるのはちょっと嬉しい。  
だから、私は少し素直になってみた。  
「そうか~……じゃあ、今度から気をつけるね」  
彼はほっとしたらしく、ようやく笑顔になってくれた。  
「でも、しゃがんでも下着の線て、出ちゃうでしょ?」  
数学研究室と言っても職員室が一回り小さくなったような所で、小さな流しがあったりする。  
そこで手を洗いながら、気になったことを聞くと、彼は濁すみたいにして、まぁね、と言った。  
 
「それはちょっと隠せないよ?手で隠したらかえって変だし」  
そう考え始めると、なんとなくお尻が気になる。  
私は仕事を終えて手を洗いに来た彼に流しを譲って、そんな自分を悟られないように、  
彼の後ろ、というか流しの目の前にある自分の席に腰を下ろして尋ねた。  
すると、彼は意外にも、  
「そっちはまあ、いいよ」  
と言った。  
「なんで?下着のラインが出ちゃうのは一緒でしょう?」  
おやつ用に引き出しに入れてある一口サイズのチョコレートを出して、彼に渡す。  
「うん、まぁ、そうなんだけど、さっきほど深刻じゃないし」  
また彼の顔が赤くなってきた。  
それも、さっきより更に。  
「……?え、そうなの?前かがみの時って、そんなに深刻だった?」  
口に入れたチョコレートのおかげで、少しリラックスできた筈だったのに、焦ってくる。  
多少は仕方がないけれど、そういうことにまるで無頓着なおばちゃんにはまだなりたくない。  
「え、あ、いや、うん、今度から気をつけてくれればそれでいいよ」  
彼に目を逸らされて、私はいつもならそんなに動揺したりしなさそうなことに動揺してしまった。  
「良くない良くない。そんなにまずいんならジャージのサイズ変えるし。  
っていうか、少しダイエットした方がいいのかな」  
そこまで太っていたつもりはないんだけど。  
なんて考えていたら、彼は慌てたように手をぶんぶんと横に振った。  
「や、そんなんじゃないから!」  
「えー、でも」  
「違うんだって。なんて言うか……」  
彼は顔を真っ赤にして、出かかった言葉を手で押さえ込んだみたいだった。  
でも結局、  
「ああいう格好って、色々……想像、かきたてられるから」  
と言って、出た言葉を口に戻すみたいにしてチョコレートをほおばった。  
 
なるほど、と頷きそうになって、納得しかけていた私は軽く混乱した。  
想像っていうのはつまり、アレですよね、いやらしい方の想像ですよね。  
え、で、なに?安田君はそういう想像をしているのか?……私で?まさかね。  
いや、あり得るのか。私を好きと言う奇特な人だもんね。  
で、他の奴には見られたくないと?  
え?でも、他の奴が安田君の頭を覗けるなんてことはない訳でー……。  
と、私がただでさえまとまらない考えをあちこちに飛ばしていると、いたたまれなくなったのか、彼は勢い良く頭を下げた。  
「えっと、その、ごめん!……なさい!」  
「あ、いいのいいの、そんなの気にしないから」  
さっきまで、安田君だって健康な高二男子だって考えてたじゃない。  
私は自分に言い聞かせながら、必死に冷静さを取り戻そうと勤めた。  
「だって、そういうのって普通でしょう?」  
「そうだけど……でも、それだけじゃないじゃん。  
オレ、そういうののために先生と付き合ってるんじゃないつもりだし。  
でも、ちょっとした時に……。それに、他のヤツもそんなこと考えるかもって思ったら  
……って、……だああっ!ごめんなさいっ!」  
うわぁ、なんて純情なんだ。  
これは食べ……  
私は、真剣に考えてくれている彼を差し置いて、不埒な考えが浮かんだ自分自身を  
心の中で殴りつけて椅子から立ち上がり、パニックに陥ったらしい彼を宥めようとした。  
 
「安田君、安田君。あのね」  
「あ、はい」  
今にも泣き出しそうにしょげ返っている表情すら愛おしくてたまらない。  
両手でちょっとニキビのあるほっぺたを包んで、鼻の頭にちゅーの一つもしたい衝動に駆られる。  
「そういう気持ちで私に接してくれているのって、凄く嬉しい」  
「どっちの気持ち?」  
彼は真剣なんだろうけど、笑ってしまいそうになるのを必死で堪える。  
「どっちも」  
「ホントに?」  
「ホントに」  
そう言った瞬間、抱きしめられた。  
一瞬、何が起こったか分からなかったけど、目の前にあるのが彼の肩だと認識すると、私は慌てて彼から自分を引っぺがそうとした。  
「ちょ……安田く、ん……はなれな、さいっ」  
だけど、彼の腕の力は思っていたより強くて、私の力なんて何の役にも立っていない。  
「先生、ダメだよ、そんなこと言ったら……オレ、ずっと我慢してたのに……」  
首にかかった息にぞくりとして、私が反射的に首を竦めると、それを阻止するみたいにして、彼の鼻らしきものが首に押し付けられた。  
「先生……マジ、好き……」  
「わ、分かったから……あっ!」  
首にキスされて、思わず声が出てしまうと、彼は更に首にキスを繰り返してきた。  
荒っぽくて、色気なんてどこにも感じられないけど、私は身体の中で多分、首が一番弱い。  
始めは彼を押し返そうとしていた手に力が入らなくなってきて、むしろ彼に縋りついてるみたいになってきた。  
 
「こ、こら、やめ……やめなさいっ!」  
気が付いたらお尻が揉まれていて、今まで以上に慌てて声を上げると、やっと彼の腕から力が抜けて、行動もとりあえず止まった。  
だけど、あくまで力が抜けただけ。  
抱きしめられているという図に変わりはない。  
「オレとそういうことすんのイヤ?」  
ほっぺたに唇が触れてくる。  
耳に届く声が切ない。  
「い、イヤ、ではないけど……」  
「学校だから?」  
「そ、そう」  
彼が顔を覗き込んできた。  
なんだか、切ないとかいうより、おあずけを食らった犬という表現の方が適切な目をしてる。  
「でも、ホテルは行けないよ?」  
「それはそうね」  
……って、いや、そういう問題じゃないだろう!  
「あのね、やっぱり教師っていう立場の人間と生徒っていう立場の人間がそういうことになるのは大変まずいと思うの」  
「なんで?」  
「やっぱり、生徒と教師っていうのは教育と言う立場上、私情を挟まないようにしなくてはならない訳で」  
 
彼は二回目のキスで私の言葉を遮った。  
「彼女になってくれた時点で、そんな理屈どうにかなってるでしょ?」  
言葉が返せないでいると、彼は、  
「もう、無理、ごめん」  
と言って、また私の唇を塞いだ。  
どうにかしなきゃと思うのに、どうしていいか何も考えつかない。  
そして、次に思ったのは、キスの仕方がぎこちないな、ということだった。  
ちらりと時計を見ると、八時少し前。  
守衛の畑中さんはいつも九時に校内を巡回する。  
あんまり余裕は無いけど、できなくはないよね。  
私は目を閉じると、片手を彼の肩にかけて、ただ触っているだけだった唇をそっと舐めた。  
びっくりしたらしい。  
彼の顔が離れたけど、ここで間をおいたら決心が挫けそうで、私は背伸びをして彼の唇に舌を這わせた。  
自分が世に言う『キスが上手い』人種ではないっていう自覚くらいはあるけれど、  
ホントにする気なら、軽いキスだけじゃちょっとイヤだ。  
これで引くようなら、まだちょっと早かったね、って突っ撥ねることもできる。  
と油断してたら、彼の舌が私のに、おっかなびっくりだったけど触れてきた。  
始めは舐めてるんだかなんだか分からない動きだったけど、彼の舌の動きはどんどん乱暴になってきて、  
彼は私の頭を逃がさないように抑えて、口の中をめちゃくちゃにかき回し始めた。  
 
眼鏡に彼の顔がぶつかってるのか、鼻の頭が痛い。  
息が詰まる。  
口の中に唾液がちゃんと納まりきらなくて、顎の方に垂れてくるのが分かる。  
片手が、私の腰の辺りでどうしていいか分からなくなって困ってる。  
しかも、脚にはなんだか硬いものがしっかり押し付けられてる。  
こんなこと言ったら失礼だけど、経験がないのがよく分かる。  
だけど、なんでだかそれが嬉しいと私は思ってしまった。  
なんでだろう、なんて自問自答する間もなく、私はすぐにその答えが分かった。  
そうか、私、二ヶ月の間に彼のことを好きになってたんだ。  
十以上年下だけど、生徒だけど、でも彼と二人で喋ってる時はすごく楽しくて、笑ってくれると不思議な安心感を感じてたじゃない。  
そう自覚したら、私は今までとは違う落ち着きを感じた。  
だけど、この状況はさすがに苦しい。  
胸を二回ちょっと強く叩くと、やっと顔が離れた。  
「ぷはっ……」  
二人の唇にはの間には透明な橋が……なんて色っぽいもんはなく、べたべたになった彼の唇から唾液の雫が下に落ちた。  
いかん、色っぽくはないんだけど、妙にドキドキする。  
「せんせ……」  
相変わらず困ったような顔で何か言おうとした彼の唇に私は指先を添えた。  
唇の周りのべたべたを舐め取りたい衝動を堪えて、代わりに指でそれを取りながら、私は極力冷静を装って聞いた。  
「コンドーム、ちゃんと持ってる?」  
 
目の前の顔が真っ赤になった。  
「あ、え……っと」  
私の方もかなりその気になってるけど、これだけはちゃんとしないとさすがにまずい。  
まずいし、教育上……の話は今はやめよう。  
私が妊娠して一番困るのは私より多分彼だ。  
彼の唇をきれいにし終えると、私は唾液が付いた自分の指の置き場にちょっと困りながら、うろたえてる彼の返答を待った。  
今までの私たちの関係からすればこんなことになりそうな気配はなかったから、持っていないかもしれない。  
でもさっき、ずっと我慢してた、と言ったところから考えると、そのつもりは常にあった訳で、  
そうすると万が一の時に備えて持っている可能性は高い。  
多分、持ってるだろうな。  
そう思って、指を舐めたのと彼が返事をしたのは同時だった。  
「うん、も、持って…………る……」  
やっぱり。  
心構えがなかったのはむしろ私の方なのかもしれない。  
でも、その辺りもちゃんと考慮しててくれたことが嬉しくて、  
「そっか。ありがと」  
私は多分、笑顔で言った。  
 
「つけたことある?」  
財布のファスナーを開く指先が震えているのを見ないフリをして、大して散らかってる訳でもない自分の机の上を片付けながら聞く。  
「あ、いや、まだ……。あのっ、習ったことはあるんだけどさ」  
そこまで言ってしまう彼が可愛くて仕方がない。  
特別サービス。  
時間も無いし、  
「貸して。つけてあげる」  
財布をズボンのポケットにしまっているのを見ながら、手を出すと、彼はびっくりしたみたいだった。  
当然かな。  
引いた?  
自分から言い出したくせに、彼の反応に不安になってる。  
「いや、あのね、ゆっくりしてると守衛さんが見回りに来ちゃうかなー……って」  
何を言い訳してるんだろう。  
心拍数が上がってきて、落ち着いて思考できなくなってるのが自分でよく分かる。  
顔が熱い。  
きっと赤面してる。  
それを隠したくて、私は下を向いた。  
ズボンの前が思いっきりこっちを向いてる。  
照れて、顔がもっと熱くなってきた。  
 
「保健体育で習ったの?」  
困ってるっぽい彼に構わず、私はベルトに手をかけると、その手を止められた。  
「それは、そうなんだけど……せんせ、オレ、自分でするからっ……」  
彼の顔を伺うと、相変わらず赤面したままだった。  
きっと、こんなこと、されたことないよね。  
触られるのも、きっと初めてだよね。  
「安田君的に、こういうことする私って、引いちゃう?」  
引かないで欲しいな、と思いながら、でもそれを表に出さないようにして、  
できるだけあっけらかんとした口調で、わざとらしく首を傾げると、  
彼は強く首を横に振ってくれた。  
「ちがっ……全然、そんなんじゃなくて、けどっ」  
心なしか目が潤んで見える。  
まずい、押し倒したい。  
普通逆だろ、とどこかで自分にツッコんではみるものの、今までに感じたことがない  
高揚感に持って行かれそうになる自制心を必死に自分の手元に引き止めながら、  
「……けど?」  
と聞いてみた。  
私の手を握ってる手の力が強くなった。  
緊張と興奮のせいなのか上がってる息をどうにか落ち着かせようとしてから、  
「けど、オレ、も、いっぱいいっぱいで……先生に触られたら……で、出る、かも」  
と、教えてくれた彼に私の理性はどこかに影を潜めてしまった。  
「そっか、分かった。いいよ、出しちゃお。そこ、座って」  
 
「え……えぇっ!?」  
私が、普段私が使ってる椅子に目を向けると、始めは何を言われてるのか分からないみたいだったけど、  
分かると彼は素っ頓狂な声を出した。  
「『えぇっ!?』じゃなくて」  
手を押さえられているから、ファスナーを下ろしたりはできないけど、  
こっちを向いてるいわゆるテントの頭の辺りを指でつついて、私は急かした。  
明らかに彼より私の方が我慢できなくなってきてる。  
ここ三年ばかり色気とは縁のない世界に居たせいかも……。  
相変わらず、冷静にそんなことを考える頭は残っているけど、  
だからと言って、ここで彼が慣れない手つきでゴムをつけるのを待っていられるほど今の私は忍耐強くない。  
背伸びをして軽く口づけてから、もう一回、座って、と言うと、  
彼は本当に座っていいのかな、という感じの表情で安い灰色のオフィスチェアに座った。  
彼の足元に膝をつくと、彼はまた焦ったみたいだった。  
けど、もうそんなのは気にしない。  
いっぱいに張り詰めてるズボンのボタンを外して、ファスナーを下ろす。  
彼の大きな手がズボンを握り締めるのが見えたから、顔を見たくなって上を見ると、彼は赤い顔でぎゅっと目を瞑っていた。  
ホントにどうしていいか分からないくらいかわいくて、ドキドキする。  
更にちょっと覗いた青いトランクスの前を寛げてあげると、苦しそうなそれが顔を出してきた。  
先っぽからもう透明な雫が出てきてる。  
これは確かに触っただけで出ちゃうかも。  
びっくりさせないように、そっと指先で触ると横にあった手に力が入った。  
 
今度はそうっと包んであげる。  
上から荒い息遣い。  
ちょっとだけ手に力を入れると、小さな呻き声。  
このまま、手を動かしたらどうするんだろう?  
ホントにいっちゃうのかな。  
私はだんだん興奮してくる自分を感じていた。  
だけど、この状態で出されるとまともにこっちに飛んでくる訳で……。  
それは場所が場所なだけに、ちょっと困る。  
私は空いている手で眼鏡を外すと机に置いて、改めて彼の方に向いた。  
「脚、もうちょっと開いて……」  
なんだかエッチな小説とかで男の子が女の子に言いそうなセリフを言ってしまったけれど、彼は素直に脚を開いてくれた。  
片手を彼の手に重ねて、身体を進めて彼の膝の間に入ると、私は思い切って少し色の濃い先っぽに唇を触れさせた。  
「あ……ッ!」  
掠れた声が耳を打つ。  
私は口の中に唾液を溜めて、今度は濡らした舌で傘の裏っかわを舐めてみた。  
「んっ!」  
声にあわせて、手の中にあるそれもひくんと揺れた気がした。  
意外とまだ大丈夫そうかも。  
私は私に反応してくれる彼と彼のそれが愛おしくてたまらなくなってきて、あちこちにキスを繰り返した。  
その度にく、とか、う、とかいう声が耳に届く。  
さっきより明らかに多くなった先走りをちゅる、と吸って、私はぱくりとそれを咥えた。  
 
「あ……あ、待っ…だ、ダメッ!」  
今更そう言われても、やめるつもりは毛頭ない。  
勝手に出てくる唾液を熱ぅくなってるそれに舌でなすり付けたり、  
零れそうになる分をすすってみたりしながら、私はゆっくり手と顔を動かし始めた。  
ちゅぷ、とか、じゅぶ、とか結構やらしい音が私の唇とあれの間から出る。  
いまいちこれが上手くない自覚はあるんだけど、彼に声を上げてもらうにはこれで十分らしい。  
「くっ、……ふ、うぅ…………あ…せんせ、えっ!」  
声を殺そうとしてるみたいなんだけど、殺しきれてなくて、ちょっと変な声が上がってる。  
でも、そんな声にも今の私は反応しちゃう訳で、実はもうかなり濡れてきてる自覚がある。  
あそこがうずうずしてきてる。  
触りたいけど体制的に苦しいし、そんなことより、まだそんな私を見て欲しくない。  
欲しくなってる自分を抑えて私は口に意識を集中させた。  
「ん!……あ、で……っ!」  
させたと思ったら、私は頭を押さえつけられた。  
喉の入り口に先っぽが当たって、軽い嘔吐感とめまいを覚えた次の瞬間、  
喉の奥を何かに押されて、口の中にどろっとしたものが広がって、もわっとした独特の匂いが口の方から鼻へとのぼって来た。  
「ん、んうっ!」  
反射的に顔を離しちゃったけど、とっさに口を押さえて息を止め、私は一気に口の中のものを飲み下した。  
 
「せんせ、ごめんっ!出して!」  
我に帰った彼に両肩を掴まれて、そう言われたけど、  
「ムリ。飲んじゃった」  
口の中に残っている苦味を新鮮な空気で緩和させながら、私は笑って見せた。  
彼は言葉を探しているのか、私の顔のあちこちをしばらく見てたけど、やがて、もー、と何故だか不満そうな顔で言ってキスをしてきた。  
ちょっとびっくりしたけど、やっとし慣れたみたいなキスは優しくて、私はほっぺたが緩くなるのを感じた。  
もっとずっとこうしていたかったけど、ちゅっ、と音を立てて彼の唇から顔を離すと、  
私はきれいにしなきゃ、と元気がなくなったそれをちらりと見て言ってみた。  
「自分で……するよ」  
バツが悪いのかちょっとふてくされた口調が、ちょっと意地悪を言って見たい気分にさせる。  
「だーめ。私にさせて」  
手を伸ばして触ると、さっきとは全然違う感触がする。  
「ま、また勃っても知らないからねっ」  
「んー、……今何時?」  
眼鏡がないせいで時計が見えないから、そんなことを聞いて彼の苦情には取り合わない。  
「え?えーと……八時半、ちょっと前かな」  
「ああ、じゃあ、まだぎりぎり時間あるからだいじょぶじゃない?」  
私はからかうように笑って見せると、周りに付いたのを舐め取り始めた。  
 
「え、そうなの?」  
「んー。それとも……もう満足した?」  
私は全然なんだけどなー、と言いたいのを必死に押さえ込んで口を離して聞くと、  
彼はまた顔を赤くして、自分の口を手のひらで隠してから、  
「いや、えと……最後まで、したい、です」  
と言った。  
すごく嬉しい。  
早くして欲しいと思ってしまう。  
疼いてるからとか、そういうのもあるけど、それ以上にこのいっぱいいっぱいな感じで抱きしめてほしいと思ってしまう。  
「はい。じゃ、しましょ」  
私はそう答えると、少しだけ元気になってきたように見えるそれをまた口に咥えた。  
さっきより口がいっぱいにならないから、舌が思うように動かせる。  
調子に乗って口の中でそれをぴちゃぴちゃ舐めていたら、すぐにそんな事は出来なくなってきた。  
また呻き声が聞こえたけど、さっきよりは余裕があるのかな、なんて考えていたら、コツーンコツーンと廊下から足音が聞こえてきた。  
冷や水を浴びせられたように、って言うのはこういうことかもしれない。  
心臓が飛び跳ねたんじゃないかと思うぐらいびっくりして、慌てて顔を離すと目を細めて時計を見た。  
はっきりとは見えないけど、彼が言ったとおり、八時半の辺りに針はある。  
もしかしたら、私の他にもまだ教員が残っていたのかもしれない。  
「安田君、ちょ、ちょっと隠れてっ!」  
私は彼をひっぱると狭い机の下に無理矢理彼を押し込んだ。  
幸い私の机はドアの方を向いてるし、目の前には副主任の机があるから向こうからは見えないはずだ。  
いて、とか何とか聞こえたけど、アレを出しちゃってる状態で見つかったら言い訳は効かない。  
まずはそれを隠す方が先とか、そんなことを思いつきもしないくらい慌ててると、研究室の前で足音が止まった。  
 
誰?  
扉の方を睨んでから、眼鏡をかけていなかったことを今更思い出す。  
眼鏡をかけるとそれを待っていたみたいにして、ドアがノックされた。  
「はっ、はいっ?」  
安田君が入っている机の前に立ったまま、我ながら間抜けな声で返事をすると、  
「おお、やっぱり先生でしたかー」  
ドアが開いて、守衛さんの畑中さんがのんびりした調子で声をかけてきた。  
なんで??  
心臓が守衛さんにまで聞こえるんじゃないかと思うくらいバクバクいってる。  
「あ、ああ、畑中さん……きょ、今日は早いんですね」  
その音を誤魔化すみたいにして私は口を開いた。  
「いやあ、実はですねー、今日、テレビで見たい映画をやるんですわ。  
ほらエピソードがどうとかこうとか」  
「ああ、はいはい。あれ、面白いですよね」  
「あ、そうなんですか?いや、お恥ずかしい話、私、あれを見たことありませんでねえ」  
このおじさんのだらだら会話に付き合うのは慣れたけど、今日ばかりは勘弁して欲しい。  
「それで、孫が、あー、中学生の孫がいるんですけどね」  
「はあ」  
前に聞きました。  
「その孫が面白いから是非見ろと」  
「ああ、それでですか……。お孫さんの推薦は正しいと思いますよ」  
「ほう。先生がそう仰るなら間違いないんでしょうなあ。  
いやね、ほら、中学生の感性と私らの年齢の人間の感性じゃ違いますでしょう」  
「でも、あれはそういう違いに関係なく楽しめるんじゃないかな。  
私の母親も畑中さんと同世代だと思いますけど、シリーズ全部見てますよ」  
 
ああ、私のバカ!  
話引き伸ばしてどうすんの!  
自分に悪態をついてると、視界の端で彼が机から這い出してくるのが見えた。  
何?何で出てくんの?  
自分のへまと安田君の不可解な行動に焦っている私をよそに守衛の畑中さんは続ける。  
「ほう。先生のお母さんもご覧になっとるんですか。しかも全部。  
それじゃ本当に面白いんでしょうなあ」  
「ええ、私も見てますけど、面白いですよ」  
「確かにテレビとかでもよくコマーシャルされていますよねえ。  
映画欄でも大きく取り上げられてたりしますしなあ。見所はどこです?」  
「みどこ、ろっ!?」  
いきなりお尻を触られて、私は声を裏返してしまった。  
「え、えーっとですね、私は……こう、主人公の心境の変化とか、見るのが好き、なんですけど」  
「ほうほう」  
お尻に置かれた手は触るだけに留まらず、両手でお尻を揉んでくる。  
感度が上がってしまっているのか、今はそれだけで普通に喋るのが辛い。  
蹴ろうとしたけど、空振り。  
あっさりかわされてしまった。  
「戦闘の場面とかも迫力あって、いい…っ、かと」  
バカ!それ以上下に触んな!  
身体が震えそうになるのを堪えるのに必死で、だんだん落ち着いた思考が出来なくなってきた。  
「戦闘、と言うと~……やっぱり銃撃戦ですか?ハリウッドですもんなぁ」  
これは畑中さんと安田君の連携焦らしプレイとかそういうんじゃなかろうか。  
彼の指はもう完全に脚の間というか、普通にあそこをなぞってる。  
「やめなさいっ!」  
畑中さんが何か思い描いてる隙に、小声で彼を叱咤すると、とりあえず指の動きは止まった。  
 
が、畑中さんがそれに気づく。  
「お?先生、どうかしましたか?」  
「えっ!?いえ、いや、なんか虫が……」  
「ゴキブリですか?そりゃいかん」  
研究室に畑中さんが足を踏み入れた。  
「いえっ!気のせいです!虫がいるかなーと思ったんだけど、ゴミでした。ほら、私目が悪いんで……。  
そろそろ眼鏡の度、変えないとダメですねっ!」  
苦しい誤魔化しだったけど、人のよい畑中さんは疑うことなく、勘違いならよかったですが、と言ってくれた。  
けど、また今度は別の話題に。  
「ああ、でも眼鏡の度は早めに合うものにした方がいいですよ」  
「そうですか」  
「ええ、私もね、若い頃近眼だったんですけどね、そんなに金もなかったし、  
ちょっと見えづらいくらいで不自由だと感じたことはなかったんでそのままにしちゃったんですよ」  
「はあ。…………?」  
また手が、今度は腰に伸びてきた。  
なんだろう、もそもそ動いてて、くすぐったいんですが。  
「そうしたらですねえ、いつの間にやらどんどんどんどん悪くなっておりましてー……。  
度を勧めすぎるのもよくないらしいんですが」  
「……ッ!」  
ズボンを下ろされた。  
しかも下着ごと、一気に膝まで。  
机は腰の高さよりちょっと下だけど、幸い机の前にずらりと並んでいる教科書やファイルの類が壁になって  
畑中さんには見えていないらしい。  
 
目の悪い守衛さんはパニックな私に気づかないで、どんどん話を続けていく。  
「合わないものを使うと、視神経ですか?あれにも負担がかかってよくないから、  
視力検査はこまめにした方がいいと四十を過ぎてから医者に言われましてなあ」  
「やめ……、バカッ!」  
また小声で怒ったけど、今度は効果なし。  
むしろ直にあそこに触ってきた。  
「ッッ!……たなかさんっ!あの、そろそろ行かないと」  
「お?」  
悠長なオジサンに焦れたのか、指が私の敏感なところをくにくにと舐り始めた。  
あ……そこ、そんなとこ触っちゃダメ……っ。  
机についた手を握り締めて、唇を噛み締めて、さっきとはまるで逆。  
私の方が上がりそうになる声を殺してる。  
「他の、所も回るんですよね?そろそろ行かないとっ……テレビ、始まっちゃい、ますよ?」  
満足いく答えを出したらしい。  
指が止まって、やっと私は普通に息が出来るようになった。  
「おお、おお、そうでした。先生と話してるとついつい……」  
「いえ」  
「お仕事中失礼しました。ではまたー」  
孫オススメの映画が、というよりそれをネタにした孫とのコミュニケーションが気にかかるらしく、  
畑中さんはがらりと扉を閉めて珍しく素直に退場してくれた。  
 
「っはあ~」  
力が抜けて、机に突っ伏す。  
すぐにでも文句を言いたかったけど、畑中さんは意外と耳がいい。  
まだ足音が聞こえる距離で会話するのは早計かも。  
なんて思っていたら、  
「んあっ!?」  
指が入ってきた。  
くちゅくちゅという音が聞こえてきて、中からぞくぞくとよく分からないものが湧き上がって来る。  
「あ……ふ、あっ……んっ、ちょ、こら」  
ジャージの袖で口を塞いで声を殺しつつ、後ろを睨むと、指が止まり彼が視線を上げてきた。  
思い切り睨みつけたけど、説得力がないのが自分でもよく分かる。  
眼鏡をかけてるのに、顔がぼやけているのは涙が滲んできている証拠だ。  
足音が聞こえなくなると彼はお尻を撫でて、嬉しそうにキスしてきた。  
「先生のお尻、すべすべ」  
「バカっ!」  
「だって、先生、のんきに畑中さんと喋ってんだもん」  
大げさなふくれっ面を作る彼に、私は身体を起こし、声を大きくして抗議した。  
「全然のんきじゃなかったからっ!ばれたらどーすんの!」  
「ばれないと思ったから」  
「何を根拠に……」  
「だって、先生、絶対ばれないようにしてくれると思ったし、実際そうだったじゃん?」  
彼はお尻を撫でながら、中に入ったままだった指をまた動かし始めた。  
「ふ…うっ……、あたり、前でしょっ。退学とかになったら、たいへんっ……」  
膝ががくがく震えてきた。  
「あ、や……んっ……」  
我慢してきた分が一気にあふれ出したみたいに、声が止められなくなってきてる。  
 
「さっきね」  
彼の言葉と同時に指が抜けて、身体の中から与えられてた圧迫感がなくなった。  
さっき?  
声に出せないまま、私は顔を彼の方に向けると、彼は出せなかった声を聞き取ったかと思うようなタイミングで続けた。  
「先生のジャージ下ろした時」  
あー……。  
その時の状況を思い出したら、恥ずかしさとちょっとの腹立たしさで眉間に力が入った。  
「そんな顔しないでよ。オレ、嬉しかったんだからさ」  
そりゃ、そうかもね。  
口を動かすのが面倒で軽いため息をつくと、お尻の肉が左右に開かれた。  
「えっ、な、なに?」  
濡れてる部分が露になって、ちょっとした風も冷たく感じられて、ちょっと落ち着き始めていた私はまた慌てた。  
これじゃ、あそこが丸見え……っていうか、お尻の穴も見えるじゃない!  
恥ずかしすぎる。  
「ま、待って。やだ、そんなに……」  
あれ?目の周りが異様に熱い。  
泣きそうなのか?  
なんで?  
理由は分からないけど、とにかく私は泣きそうになりながら、彼の手から逃げようとしてみた。  
だけど、彼はしっかりとお尻を掴んでて、親指であの辺りを刺激してきた。  
「ダメ、見たい」  
「やだっ、ってば」  
言ってみるけど、声に力が入らない。  
 
安田君は聞こえません、て言ってるみたいにお尻にキスをすると、  
「でね、ジャージ下ろしたら、結構濡れてて、パンツの方にもちゃんとしみが出来ててさ。  
あー、先生もその気になってくれてたんだって思ったら、嬉しくなっちゃった」  
ホントに嬉しそうにさっきの話を続けた。  
喜んでくれたのはいいけれど、ダイレクトに言われた方は相当恥ずかしい。  
私、そんなに濡れてたのか?  
恥ずかしさとか、気まずさとか、なんかもっと色んな感情で私が言葉を出せずにうろたえていると、  
その隙を突いて、彼はあそこを押し広げて口を寄せてきた。  
「ちょっ……っと!あ…だ、だめっ」  
「なんで?先生もオレにしてくれたじゃん。お返し」  
今はやりの寝癖みたいにくしゃくしゃになってる頭を抑えようとしたけど、  
そんな抵抗も空しく、私は彼の口付けにあっさり屈服してしまった。  
私の形を確かめるように動く舌に頭がくらくらする。  
彼の唾液と私が溢れさせてるものが混ざった液体がももを伝ってゆっくりと落ちていく。  
舌が中に入ってきて、入り口の辺りで動くたんびに腰から背中に電気みたいなものが走って、  
私は声が上がってしまわないようにと机に突っ伏したままジャージの袖を噛むのが精一杯。  
奥の方が切ない。  
もっと、こんな浅いところだけなんてイヤだ。  
もっと奥……。  
我慢できない。  
 
「やす……だくん……ぎゅ、って……」  
喘ぎながら、それだけ言うと、彼がやっと顔を上げた。  
目が合った。  
私が彼がはっきり見えないくらい潤みまくってる目で、多分、懇願するみたいにして彼を見つめると、  
彼は物凄い勢いで立ち上がって、言葉通り私を後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。  
なんだか凄く安心する。  
「せんせ、……いい?いい?」  
彼は私の手を握って、顔を覗き込んで、熱い息遣いで聞いてきた。  
彼も相当せっぱ詰まっているらしい。  
硬くなったあれが私のお尻に食い込みそうなくらい押し付けられてる。  
一度、小さく深呼吸をしてから頷くと、彼は身体を少し起こしてお尻の境にそれを移動させてきた。  
あ、そこ、  
「ち、ちがう……」  
「え、あ、えっと……」  
「ん……」  
私は額を机に押し付け、どうにかつま先立ちをして、お尻を上げた。  
「そのまま……も、ちょっと……したに……」  
予想以上に辛い姿勢を保ってるせいで、聞いてもらえるかどうか怪しい掠れ声だったけど、  
彼はちゃんと降りてきてくれた。  
また身体を走るぞくぞくが強くなってきた。  
この体勢を続けるのはもうムリだ。  
脚から力が抜けた瞬間、ずちゅっと音がして身体の中に彼が滑り込んできた。  
 
「あ、んッ!」  
「あふっ……」  
同時に声が上がる。  
切なくなっていた奥の方がじわじわと埋まっていくのが感じられる。  
「あ、ああっ……ぁ…んぅ……」  
その感じに浸っていると、また抱きしめられた。  
重さがたまらなく気持ちいい。  
「せんせ……」  
耳元に囁かれてぞくりとすると、締め付けちゃったらしい。  
小さく堪える息遣いが聞こえた。  
「せんせ」  
また呼ばれて、私がのろのろと顔を彼の方に向けると、彼はかなり苦しい姿勢でキスしてきた。  
「すっげ、きもちー」  
なんて幸せそうに言うかな、この子は。  
「そ?」  
ホントは、私も、って教えてあげたいんだけど、そのくらいしか声が出せない。  
されてる時はどうでもいい声がいっくらでも出るのにね。  
「うん。このまま死んでもいいかも」  
いつもだったら、多分、ツッコミの一つや二つ浮かぶんだろうけど、  
今日の私はそんなことは何にも浮かばなくて、ただ小さく、バカ、ってだけ呟いた。  
実は私も今の気持ちのまま死ねるんだったら、悪くないかも、って思えてる。  
ああ、もう、なんでちゃんと口が動かないかな。  
そういうことは、素直でいられそうな今のうちに聞いてもらいたいのに。  
「ね、……キスして」  
ホントは色々言いたいのに、どうにか口を動かしてみた私が言った言葉はそれだった。  
そうだね、とりあえず、まずはキスができればいいか。  
 
びっくりしたような顔をしてから、彼はまたちょっと身体を起こした。  
なんだろ。  
してくれないのかな。  
勝手に一人で少し寂しくなっていると、眼鏡を外された。  
元々、息で曇ったりしてたせいで、あんまり役目を果たしてなかったけど、  
予想していなかった行動に、ぼうっとなりかけていた意識が呼び戻された。  
「な、なに?」  
「するんでしょ?……き、キス。そんなら、これ邪魔じゃん」  
「あ、そっか……」  
机にぴったり張り付いていた私のほっぺたを持ち上げると、彼は唇を合わせてくれた。  
乗り出してきたせいで身体の繋がりが深くなって、私が声を上げてしまうと、彼は急に動き始めた。  
中の圧迫感が緩くなったと思ったら、また強くなる。  
「んっ!ふううっ!」  
せっかく合った唇が離れそうになったけど、彼は私の頭を抱え込んで離れないようにしてくれた。  
上半身がねじれるような格好になって息が上手く出来ない。  
なのに、唇を離したくなくて、私は入ってきた舌に自分から舌を絡めた。  
「んっ……んうッ!……ふ、あっ!……く…ふっ……ああっ!」  
荒っぽく求め合う口付けに比例するように、身体を突く動きも強くなってくる。  
「あッ!……んーっ…んあっ!」  
奥から押し上げられるみたいにして上がる声が止められない。  
息を継ぐ間、ちょっと離れた瞬間に彼が荒い息遣いで、せんせ、と呼んでくれる。  
そしてまた唇と唇の隙間がなくなる。  
私の意識は彼の動きに身体ごとどんどん突き上げられて、自分が何をしてるのか分からなくなったころ、目の前が真っ白になった。  
 
脚が冷たい。  
脚というか、下半身。  
寒いな。  
ちょっと身体を震わせて、お布団を掛けなおそうかと思ったら、お布団に抱きしめられて、私は我に帰った。  
お布団にしては硬い。  
それに、横になっているというよりは座っている感じだ。  
…………。  
………………。  
かなり真面目に間の抜けたことを考えてから、私を抱えているのはお布団ではなく、安田君だと気がついた。  
どうやら床に座って私を抱えてくれていたらしい。  
顔を上げると、彼は安心したような笑顔を見せて、  
「あ、起きた」  
と言った。  
それから、大丈夫?と心配そうな顔になった。  
とりあえず、頷くと、彼は良かった、とまた笑顔になって、  
「先生、急に動かなくなって、何にも言わなくなっちゃったから……。  
しかもなんかぴくぴくしてたし……」  
と教えてくれた。  
あろうことか、教え子にイかされてしまったらしい。  
不覚と言うか、何と言うか。  
 
それにしても、ほんの一時間前まではこんなことになるなんて思っていなかったなあ。  
なんて、色んなことを同時に考えようとしていると、彼が顔を覗き込んできた。  
「な、なに?」  
ちょっと驚く。  
「えーっと、その……だいじょぶなら、とりあえず、服着た方がいいかな、って……」  
何のことだろう?  
上は着ている。  
襟元を緩めてくれたのかジャージのファスナーはお腹の辺りまで開いてたけど……。  
下は……あれ?  
安田君のブレザーから覗く足は私の足では。  
「え、あの、ず、ズボンは?」  
慌ててきょろきょろすると、彼は椅子に手を伸ばしてそれを取って、  
「いや、あの……上手く穿かせられなくて……引っかかってるのもあれかなあ、って……。  
ごめんなさいっ!」  
私に渡しながら勢いよく頭を下げた。  
危うく頭がぶつかりそうになるのを回避して、それを受け取る。  
「あ、うーんと、いいよ。ありがとう……」  
どうフォローしていいか分からなくて、私はとりあえずお礼だけしか言えなかった。  
ちょっと目を瞑っていてもらって、それを穿く。  
何気に後始末もちゃんとしてくれていたっぽい。  
ありがたいやら恥ずかしいやら。  
 
……あれ?  
ふと私はすっかり頭から抜けていたことを思い出した。  
かなりの焦燥感に見舞われる。  
「や、安田君……」  
「なに?」  
「あの、えーっと……ひ、避妊はしていただけましたでしょうか?」  
どうしよう。  
もしかしたら危険日の辺りな気がする。  
一人で勝手にパニックに陥りそうになっていると、一度息を吐いた安田君に、  
「しーまーしーたー」  
と、やや呆れ顔で言われてしまった。  
手を引っ張られ、改めて彼の膝にお邪魔する。  
そうする間考えたけど、いつそんなことしたのか分からなくて、私は聞いた。  
「でも、いつ?そんな暇、あったっけ?」  
「ここにいた時」  
指が机の下の狭い空洞をさした。  
「先生が畑中さんと喋り始めた時。オレ、わりと落ち着いてたし、畑中さんが帰ったらすぐできるよーに、って」  
得意げなにんまり顔に顔が熱くなる。  
あの時焦っていたのって私だけ!?  
「ず、ずるい……」  
むうっと口を尖らせると、その唇にキスされた。  
 
気のせいか凄く嬉しそうだ。  
「なんで?」  
「私一人で焦ってバカみたいじゃない」  
「そんなことないよ。おじさんにはそんなに焦らなかったけど、オレはオレで早く先生としたくて、焦ってたもん」  
ほっぺたに唇が落ちてきた。  
「あ、焦らなくったって……」  
「だって、今日逃したら次、いつできるか分かんないじゃん」  
そう言われて、そうか、次はいつになるか分からないんだ、と思ってしまった。  
「まあ、そうだけど……」  
ちょっと寂しい。  
この子にこうされてるのは凄く気持ちが良くて好きなのに。  
普段は気がつかない結構広い肩に頭を預けると、私は、つまんないね、と言った。  
少し間をおいて、つまんないよ、と返ってくる。  
彼は今の言葉をどんな意味で取ったのかな。  
正しい意味で取ってくれてるといいな。  
ちょっとだけ身体を伸ばして、彼の顎にキスすると、強く抱きしめられた。  
何故だか胸が痛くなったけど、  
「またさせてね」  
という彼の言葉に、重くなりかけていた私の気持ちはふわりと軽くなった。  
シリアスに浸っていた自分がおかしくて、笑ってしまうと、  
「なんで笑うんだよ」  
彼は不満そうに、でも赤い顔で不平を漏らした。  
別に、って誤魔化したけど、彼は納得してないみたいだったから、私は大げさに彼にぎゅっと抱きついて、  
「またしようね」  
と言ってみた。  
反応なし。  
様子を見ようと顔を上げると、彼は今日一番の赤い顔で固まっていた。  
 
(終)  
 
 

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