「き、緊張した〜」
「まったく、これくらいのことでそんなへばんなよな」
元々ヤクザの娘であるあたいと付き合うという時点で、ある程度のことは覚悟しとくだろ普通。
ん?なんのことか分からないって?なら今からあたいが説明しておこうか。
ここはあたいの家のあたいの部屋。とある用事で呼んだのだが、用事を済ませたこいつはこの有り様だ。
その用事とは、親父への顔見せ、である。
緑の将来の婿を一度きちんと見ておきたいから家に呼んでおいてくれ、というのは親父の話だ。
将来の婿?ハア?何言ってんだ?あいつがあたいの婿になるんじゃなくて、あたいがあいつの嫁になん………なっ、なに聞いてんだ!?
ま、まあそんなわけで顔見せが今日実現したわけだ。分かったか!?
ちなみにあたいの親父はサングラスが標準装備。理由は「父親の威厳を保つため」だそうで。
あたいも素顔は一度しか見てない。その一回も寝込みを襲撃してやっと見られたのだ。
素顔が案外可愛かったことと素顔を見られた親父が三日間不貞寝したことは、ここだけの話ってことで。
「疲れた………、緑さんのお父さんって、なんか、すごいね……。威厳があるっていうか、なんていうか」
その威厳の八割はグラサンでできています。合掌。
「まあ、仮にも組を指揮してるからな。ちったぁ威厳ねぇと面目たたねぇだろ」
「…ホントすごいや。僕の父親とは大違いだ」
「…おい、聞いてんのか?」
無視されんのは案外腹が立つものだ。特にこいつに無視されんのは我慢ならねぇ。
「でも怖いだけじゃなかったなぁ。山みたく揺るぎ無いものも感じたりしたし…」
「おいこら!あたいを無視するなんて良い度胸してんじゃねえか!!」
おもいっきり耳元で叫んでやった。
「うわっ!?え、え?緑さんなにか喋ってた?」
……まじで聞こえてなかったらしい。緊張で鼓膜でも破れたのか?それとも……
「ちょっと見せてみろ」
ぐいっと耳を引っ張り中をのぞき込む。抗議の声は無視。あたいを無視した罰だ。
「あ〜あ、やっぱりか」
案の定、中はかなり汚れていた。きちんと手入れしとけよな。だらしねぇ。
「仕方ねえな。耳掃除してやるから、少し待ってろ。道具取ってくる」
「え、してくれるの?」
「今のままじゃまともに会話できねぇだろうが。それとさっさと着替えとけよ。いつまで袴でいる気だ」
そう捨て台詞を残し、部屋をあとにする。
えっと、耳かきと綿棒はっと……
再びあたいの部屋。部屋にいるのは寝巻き姿のこいつとあたい、それに耳かきと綿棒と水の入ったカップ。
「始めんぞ。こっちこい」
「じゃあ遠慮なく」
言うと同時にあたいの膝に頭を下ろす。
む…、
早めに終わらせた方がいいかもな。長時間の正座はキツイ。
とにもかくにも耳掃除。スタートである。
まずは耳かきから。特に大きなゴミを掻きだし、奥まで見やすいするようにする。
サッサッサッ
あー、まじで汚れてんなこれ。
「………」
黙って掃除されてるこいつは、なんだか眠そうだ。そんなに気持ち良いのか?
「うん…なんだか…眠くなってきた……」
…ま、まあ、今日は疲れただろうし、別に寝てもいいぞ。
その…あれだ…。別に寝顔があれだからずっと見ていたいわけじゃないぞ!?
「それじゃあ……おやすみー……」
……ホントに寝ちまったよ。始めてから一分たってねーぞ。
っと、余計なことしてる場合じゃねーな。早いとこ終わらないと、足がやばいことになりそうだ。
奥の方はあまり汚れてなかった。結構早いが仕上げに入る。
綿棒の先を水に浸し、ティッシュで軽く拭き取る。濡れすぎてると耳の中がえらいことになるからな。
細かいゴミを取るため濡れ綿棒を耳に突っ込む。と、
「わきゃあっ!?」
うおっ、びっくりした!
「な、何だ急に」
「…い、いや、濡れた物がいきなり耳に入ってきたから。びっくりしちゃって」
むう、文字どおり寝耳に水というやつか。それにしても「わきゃあっ!?」って…。昔の漫画かっ。
「いいから横になれ。続きやんぞ」
「う、うん……」
やや警戒しているようだ。これしきのことで、情けない。
その後乾いた方で水気を取り、反対の耳も同じように掃除した。濡れ綿棒を突っ込んだとき、今度は「ひでばぁっ!?」と叫んだのは本人も自覚がない模様。こっちが驚いちまったぜ。
「ほい、おつかれさん」
これでばっちり聞こえるようになったはずだぞ。
「……うん、さっぱりした。ありがとね、緑さん」
…べっ、別に礼を言われるためにやったわけじゃないっつーの。
「……そうだ。お礼に僕も耳掃除してあげようか?」
へっ?お前がか?
んー……ま、まあ、どうしてもって言うんなら、されてやるぞ。
……こいつのあのときの顔……。きっとすげぇ気持ちいいんだろうなぁ……
……なに聞いてんだ!!
「それじゃ、行きまーす」
そんな気の抜けた声で始まった耳掃除。あたいの時と同じように、まずは耳かきから。
サッサッサッ、と耳を探られる。
……なんか、くすぐったいような…こそばゆいけど気持ちいいような……
あー、なんか眠くなってきたぞ……
「眠い?」
んー、眠いし気持ちいいぞー。憎たらしいくらいうまいなーこんちくしょー。
「寝ててもいいよ。というか、たぶん起きてられないと思うけど」
むー、そんならー…いじでもおき……て……て…
辺りは一面、白。あたいはその中の一つ。まるで雲にでも包まれているようだ。
やわらかくて、あったかくて。ふわっふわのもっふもふで。あー、いい夢見てんなー、あたい。
……なんか、夢だとわかってんのに眠くなってきたぞ。
ま、細かいことはどうでもいっかー。もう一眠り…
「わきゃあっ!?」
耳の中に異物が侵入したことを察知した脳は、あたいを夢から強引に覚ました。
「な、ななな、なにを!?」
何だ今の!?眠気が一瞬で消えたぞ!
「あ、やっぱり起きちゃった?」
声の出所を探そうとして、ほどなくそれが真上であることが判明した。
そして、さっきの異物は濡れ綿棒だったようだ。
「さっきのお返しだよ」
と、こいつはぬけぬけと言いやがった。くそっ、どうして寝ちまった!さっきのあたい!
…まあ、同じ失敗はするまい。反対の耳の時は絶対起きててやろう。
「じゃあ続けるよ」
と言って再び同じ耳に綿棒が差し込まれる。
ん?……な…なんだ、これ?
冷えた感触。耳の中を撫で回される、奇妙な感じ。
背筋が…ぞくぞくする……!
「や……ぁ…」
やばい…!声が……!
「どうかした?」
「いや、なんでもない!続けてくれ!」
「?」
不審がりながらも、それ以上の追求はしなかった。それはいいのだが……。
(こ……これ…)
気持ちいい、なんてなまやさしいもんじゃない。快感に近い。
それも普段感じているものとはまるでちがう。うまく言えないが、とにかくちがう……!
(…は……んぁ…!)
早く、終わって……くれ…!
「はい、終わったよ。反対向いて」
や……やっとか……。これはやばかった…。あとちょっとで……とにかくやばかった。
ん?反対?なんで……
この時、あたいは初めて耳が二つあることに怒りを感じた。
(……は……んぅ…)
その後耳かきによる反対の耳の掃除を終え、再び綿棒による攻撃が始まった。耳の中を優しく、撫でるように擦られる。
(…く…うっ……んぁ……)
くそっ!なんであたいがこんな棒っきれなんかに…!
(……や…ぁ……声…でちゃう……!)
なん…でこれしきの……ことで…
(…んぁ…っ……ぁ!)
もう…我慢……できない…!
「……はい、終わったよ縁さん」
……終わり?これで、終わり?
あ、危なかった……。危うく本能全開になるとこだった……。
とにかく気持ちを落ち着けるため、目を閉じて二、三度浅く呼吸をする。
「縁さん、縁さん?……寝ちゃってるのかな?」
すまんが今のあたいには会話するだけの体力が残ってない。もうちっと待ってくれ。
「……」
と、頭を軽く持ち上げられ、優しく膝まくらを解かれる。そっとベッドに頭を下ろされ、
「いい夢見てね、縁」
耳元で、
「おやすみ」
そんな言葉を囁かれて、
ちゅっ
頬に……きすされた。
「……!?!?」
ようやく落ち着いた鼓動が、さっきの数倍の速度で鳴り響き、脳が沸騰する。
そして。
あたいの中の檻が、ぶちやぶられた。
内に秘められたもう一人のあたいは、本能の赴くままに行動する。
狙いはもちろん、隣で寝ようとしているこいつ。横向きでいたのを強引に引っ張って仰向けにし、その上に馬乗りになる。
「……え、ちょ、縁さん?」
慌てている。当然だろう。
今までこいつは押し倒された経験がないはずだ。こいつが求め、あたいがそれに答える。それが基本になっているから。
「…お前が、悪いんだぞ」
「え?」
人に火をつけておいて、ようやく静まりかけたところに今度は油をぶちまけやがった。
もう、止まれない。
「このまま、するぞ」
「な、なにを…」
とぼける前に口を口で塞ぐ。それだけではなく、舌を差し出して口の中をなめまわし、互いの舌を絡ませる。
ペースなんて考えない、全力のきす。息が切れるまで、続ける。
「…は…ぁっ……ん…」
「ぷはっ……縁…さん?」
相変わらず状況が飲み込めないようだ。ちゃんと言葉で言ってやったのに。
「だから……するって言ってんだろ……」
「…えっと……これを?」
言うと同時に、あたいの胸と股間に触れる。
「きゃうっ!…はぁ……そう、だよ。他に、なにがあんだよ……んぁ…」
両手の指が蠢き、敏感な二カ所をいじられる。
「いや……縁さんの方から誘ってくるなんて今までなかったから、ちょっと驚いちゃってさ」
言いながらも指の動きは止めない。右手の指は先端を探るように動き、左手は早くも下着の中に入れられている。
「仕方…ん……ないだろ…。なんか……興奮…しちゃって……!」
絶え間なく与えられる刺激。頭の中を白く染めあげる、幸せな感覚。
「だから……」
「うん、わかった」
あたいの思考を読んだかのように、自分とあたいの下の服を素早く取り去る。
そして、あたい自身に自分のモノをあてがう。
「きて……」
「いくよ、縁」
言うが早いか、腰を落として挿入を始める。
「ぅ……んぁ……やあっ…!」
思考が、さらに白く染まる。圧倒的な心地よさが、あたいを満たしていく。
「全部、入ったよ」
耳に響くのは、最も愛しい人の声。この人の肌のぬくもりを知っているのは、世界であたいだけ。
一緒に居たい。ずっと、一生、いや、あの世に逝ってからも。
ずっと、二人で。
「……なあ、お前の、十八歳の誕生日にさ……」
「え、なに?」
これは、普段のあたいには絶対言えない、すごく恥ずかしいこと。だけど…今のあたいなら…
「二人だけで、結婚式挙げないか?」
「………………え?」
たっぷり十秒停止し、ようやくでたのはそんな言葉。
「それって……つまり…?」
そ、そうだよ。あれだよ!
「え、えっと、なんか突然で、驚いちゃったけど…」
突然、か………。まあ、こんなことしてるときに言うことじゃないよな。………断られちまうかな。
「そんなこと言われたら……もう…我慢できないよ……!!」
瞬間、腰を打ちつけられた。荒々しく情熱的に、体をぶつけられる。
「ふあ……あぁっ!?」
「縁っ!好きだ!!大好きだ!!!」
加速する行為。互いが互いを最も感じられる瞬間。
それがもうすぐ、くる。
「あたいも……あっ……も…もう……くるっ……!」
「僕も…もう…!」
頭の中は真っ白に染まり、ただひたすらに愛しい人を貪欲にむさぼる。
ただ、愛をむさぼる。
「ふぁ……や……やああぁぁっ!!」
全身がびくびく痙攣し、絶頂の快楽が電流のようにかけめぐる。視界が薄れ、瞼が閉じられ始める。
意識が消える前、あたいは心にある素直な気持ちを、言葉にした。
「大好き……」
目を覚ましたとき、視界いっぱいの顔があった。
「おはよう、縁さん。と言ってもまだ夜だけどね」
あー、うん、おはよ……
…なんだかよくわからんが、まともに顔が見れねぇ。なんだこりゃ?
「えっと……さっきの返事だけど…」
……ホントはわかってたよ。勢いの力も借りて言った、結婚のこと。素に戻ったら今さら恥ずかしくなってきた。
大体話早すぎねぇか?結婚って何年後の話だよ?
「結婚式、どこで挙げよっか?」
は?
「二人っきりだから、どこか静かな所がいいよね。誰も居ない浜辺とか、夕日の綺麗な湖とか」
ちょ、ちょっと待て。
「いいのか?あたいなんかと結婚して…」
「あたりまえだよ。今じゃもう縁さん無しの生活なんて考えられないからね」
………やれやれ。気が早いのはお互い様、か。
「ねえ、縁さんはどこがいい?」
ん、色々あるけど、まずはするべきことがある。いや、言うべきことか。
結婚。それはすなわち、あたいがこいつの嫁になるということ。今のあたいじゃ、それにふさわしくない。だから少しずつ変わっていこうと思う。
まずは……
「どこがいいかしらね、あなた」
小さなことからコツコツとね
おわり